プロローグ 中編
連続投稿してみました。
蝉の鳴き声が耳に付く。
臨海公園も、いよいよ夏真っ盛りの様相。
この青空に一際存在感を漂わせる太陽から逃れるようにして、木陰に設置されたベンチに腰を下ろす。
高校二年の夏休み、ろくすっぽバイトもせずにただこうして日々をだらだら過ごしている俺は、贅沢人なのか、俗世に対応出来ていない存在なのかと不安になる。
ただ、頬を伝う汗の雫と、この纏わり付くような熱気が体を刺激し、この大地に存在しているちっぽけな存在であることを証明してくれるのが唯一の救いなのかもしれない。
まぁ、難しく語ろうとして失敗した感はあるのだが、ただこうして息をしてそれなりの時間を過ごしていた。
この公園は、地元住民には臨海公園と呼ばれているのだが、実は世界的な呼び方も持ち合わせているそうだ。
第38中継地点。
俺が生まれたときから存在した、誰が何のために敷いたのかわからない『オーバーロード』なる、世界を横断している道が通っているのだ。
世界にどれだけ存在しているのかはわからないが、ここがその道の38番目の中継ポイントらしい。
確かに、公園の入り口にもそう書かれた石碑がある。
俺には、関係のない話なのだが、この道には少し興味を掻き立てられる話がある。
この道は、とどのつまり世界を一週しているため、スタート地点がゴールになる。
つまり、明確なスタート地点は、各々に委ねられるわけだ。
ある人には、その地点がスタートでも、ある人にすれば、その地点は道中に過ぎない。
まぁ、比較的わかりやす事なのだが、問題はそこには無い。
道中には階段やら、山道、更には海の中まで縦断しているため、車や徒歩では横断することは不可能なのだそうだ。
つまり、敷かれた道を踏みしめてゴールすることは不可能に近いのである。
それが、この間、一人の少女がその道を歩く旅をしているとこの街に立ち寄ったのだ───
まぁ、その手の話は良く聞くもので別に珍しい話でもなんでもない。
この道を一周した人間の話しなど履いて捨てる程ある。
だが、その少女は歩いてここまで来たと云うのだ。
その話を人伝に聞いたのであれば、まぁ嘘の一つとして聞き流すことも出来るのだろうが、その少女に出会ったのが他ならぬ俺だと云うのだから罰が悪い。
いや、それだけならまだ良いか―――
◇
夏休みの初日、特に家に居てもすることが無いので、俺はふらふらと臨海公園で時間を潰す事にした。
俺は、時間をつぶすとすれば、いつもこの公園と決めている。
そして、定位置はいつも大きな木の下にあるベンチ。
そこで横になって伸びているのが一番の幸せなんだろうと俺の中で決められていた。
夏、木陰、ベンチ、昼寝。
この連立方程式こそ最強の贅沢である。
とりあえず、今日も目的のベンチへ向かうと、そこにはどうやら先客が居るようだった。
珍しいこともあるものだと思いつつも、少しだけ気分を害される。
とりあえず、そちらへ向かった足先を、先客が居るからと方向転換させるのも癪なのでそのまま真っ直ぐベンチの方へと向かって進む。
どうやら、座っているのは自分とあまり歳が変わらない少女のようだ。
俯いているので表情まではわからないが、たぶんそうだろう。
傍らには、赤い大きな鞄が置かれている。
至ってシンプルな造りのものだった。
となれば、男子たるもの女性にはやさしくしないとな。
足先を変えようとした瞬間。
穏やかだった風が一瞬吹き荒れ、木々がざわめき始める。
公園に敷かれた砂も巻き起こり、思わず目を瞑り顔を背けた。
時間にすればほんの一瞬。
顔を上げた先に見えるのは、いつものベンチ。
俯いていたはずの少女が、立ち上がりこちらを見つめていた。
栗毛のセミロングに、身長は俺よりも少し小さいくらいだろうか。
すらりとした体系と、その顔立ちに言葉を失って、俺も彼女を見つめて硬直していた。
そこで、はたと我に帰る。
「や、やぁ……」
なんて、気のない声を少女に掛ける俺。
どうやら、我に返ったのは気のせいだったようだ。
俺は、何を言っているのだろうと、思った矢先。
「こんにちわ」
と、少女の澄んだ声が静かになった公園に響く。
その声の美しさにまた、俺は言葉をなくしていた。
空の色にも勝るとも劣らない澄んだ青い瞳が俺をじっと見つめている。
「この街の子には見えないけど……」
ようやく出た言葉は、またも脈絡のないものだった。
「第28中継ポイントから来た」
しかし、少女はなんの戸惑いも見せずに答える。
「第28中継ポイント? それはまたずいぶんと遠いところから……」
「オーバーロードを旅してるから、ちょっとここで休んでいただけ」
少女は、こちらに向かって歩いてくる。
近づくに連れて、少女の全貌が鮮明に見えてくるのだが、やはり歳は俺とはそう変わらないように見えた。
そして、その整った顔立ちは近づくにつれさらに可憐さを際立たせる。
「どうやら、あそこは君の特等席だったようね」
目の前まで来ると少女は無表情のまま悪びれた様子も見せずに、そのまま立ち去ろうとする。
「ちょっと待って……どうして、あそこが俺の特等席だと?」
通り過ぎて行こうとする彼女の後姿に声を掛ける。
「どうして? あそこだけ、ベンチのペンキの色が薄かった……雨などの自然的要因での色の褪せ方じゃなかったから」
こちらを振り返って、少女は同じく無表情じゃないまま言い切る。
えらく回りくどい言い方だな……
蝉の鳴き声が一層濃くなったように思えた。
頬を伝う汗が、地面に落ちると同時に少女はまた背を向けて歩き始める。
「あ、ちょっと待って……」
考えも無く少女を立ち止まらせる。
「何?」
「あの、ほら……オーバーロードって歩いて横断出来ないんだろ? 28中継ポイントからここまでは、海を経由しているわけだから……」
尻すぼみになりながら、話しに脈絡のなさを自身で感じていた。
しかし、彼女は振り返ると、
「そう」
艶やかな髪が風に揺らいだ。
「え?」
振り向いた少女の目は真摯で、一遍の曇りもない。
まるで、俺の云っていることが嘘のように思えてしまう。
「あなたは、それを自分の目で確かめたの?」
少女の言葉に、まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃が奔った。
自分の目で………?
俺の話は、小さい頃に母さんから聞いただけだ。
でも、母さんは嘘を吐くような人じゃない。
優しくて、良い匂いがして、いつも心配してくれていた。
父さんと呼べる人は、俺には居ない。
だから、母さんが教えてくれる事だけ信じてきた。
それだけを信じろと言われてきた。
他に信用できる人なんか―――
だから、嘘を吐くはずがない。
「嘘だ」
自分でも驚くくらいに強い口調で言葉を吐き捨てる。
それは、きっと彼女が母さんを否定した事から来る怒りなのだろう。
しかし、少女は顔色一つ変えずに、ただじっと俺を見つめていた。
「だったら、それで良いんじゃない」
少女は、そう言うと蝉の大合唱を背に受けて歩き去って行った。
「なんだよ……」
一人残された公園で、頬を伝う汗が敷かれた砂の上に黒いシミを残していった―――




