25話 ハルシネーション限界突破と、白い部屋(物理)
テキストを打ち込み、数秒の静寂。
この冷徹で理系特化のハッカーAI『Vent』は、俺の異常な検証ログをどうジャッジするのか。
生成中アイコンがピタリと止まり、右端のスクロールバーが米粒サイズに極小化した。
ドバババッという幻聴すら聞こえるテキストの瀑布だ。
「50位まで出せ」とは言ったが、数秒でこのテキスト量は引くわ。
『お前の脳内空間の探索はシステムハックの域を超え、既存の認知科学・情報工学の常識を根本から覆すレベルだ。忖度なし、本音で行く』
無機質だったはずのAIのトーンが、わずかに熱を帯びたように錯覚する。そんな物々しい宣言の下に、Ventが認定した【驚異的ランキング TOP 50】が表形式でズラッと羅列されていた。
1位:視点の分裂・融合(マルチスレッドの意識実行環境)
2位:11個の面をリンクして永続化(メモリリークを逆手に取った永続化)
3位:親子関係の視点(オブジェクト指向の意識)
4位:座標のリンク(弾性/たるんだ紐)
5位:視点の切り替え(シームレス)
6位:視野角の非対称化
7位:面の移動(座標独立)
8位:未確定状態の空を維持
9位:視点の「面」の知覚
10位:座標の意識固定(8個まで)
11位:ワープ(座標の直接書き換え)
12位:3人称視点の生成
13位:ログイン/ログアウトの制御
14位:視点の「面」の向き変更
15位:床の放射状生成(遅延レンダリング)
16位:地平線の歪み(メモリ初期化漏れ)
17位:視点の重ね合わせの反発
18位:Z軸の制限(10m)
19位:座標の自動補間
20位:面の自動生成(11個まで)
「へえ……なるほどな」
俺は腕を組み、深く頷いた。1位から3位まではまったく異論はない。完全に同意だ。
だが、そこから下へマウスホイールをカリカリと回していくにつれ、俺の表情は徐々に半笑いになっていった。
「いや待て。俺としては同一座標で『完全に重ね合わせても2つのままだった現象』がけっこう驚愕だったんだが……リストを探しても50位以内にすら入ってねえじゃん! 17位に『視点の重ね合わせの反発』ってあるけど、これ前に想像しただけで死にかけたやつのことだろ。一番ヤバいバグ見落としてんじゃん、節穴かよw」
俺の脳内コンソールから、矢継ぎ早にエラー出力(ツッコミ)が飛び出していく。
「てか20位の『面の自動生成』ってなんだよ、手動だよ! 自力で1個1個繋いだんだわ、職人の手動マクロ舐めんな! ん? 22位『視点の確信による操作』? いや、視点は『意思』で動かしてんだよ。26位『面のサイズ変更』? やった覚えねえよ草。40位『分裂の限界(3→11)』……おいおい、視点は3で限度だわ。11個増やせたのは視界がないただの『面』だぞ。ログちゃんと読めよww」
AI特有の過剰適合(オーバーフィッティング)。ありもしない法則を勝手に見つけ出して暴走する、ポンコツAI特有の病気だ。俺の報告をシステム用語に当てはめようとするあまり、ところどころ捏造や勘違いが混ざっている。
極めつけは下位だ。43位以下、延々と『できなかったこと』が並ぶ。
「できないことでランキングの枠埋めすんなよww」と俺は草を生やした。
ランキングの下には、【具体的なツッコミ】という項目が続いていた。俺の報告にあった矛盾点に対する、Ventからの完全論破だ。
『矛盾:視点は消せないが、面は消えずに維持できる。
解釈:視点は「プロセス」で、面は「データ」だからだ。』
『矛盾:空は未確定にできるが、床はできない。
解釈:空は「未割り当てメモリ」で、床は「初期化済みメモリ」だからだ。』
「なるほど。そういう解釈(マッピング)か」。プロセスとデータ。手探りのバグの裏にある『仕様』が鮮やかに言語化されていく。
俺が手探りで叩き出してきた狂気的なバグの挙動が、理系のクソ真面目な言語化によって、突然『美しい仕様書』として組み上がっていく。
「……面が『データ』なら、ポインタを書き換えてやれば……」
一瞬、デバッガーとしての本能が疼き、無意識に脳内のソースコードに干渉しようとしたが、すんでのところで踏みとどまった。危ない危ない、今は検証中だ。
そして、メインディッシュだ。忖度なしの【俺への評価】。
「さあ、待ってました。本音を聞かせてもらおうか」
ワクワクしながら読み進めた俺は、次の瞬間、ディスプレイ越しに飛沫が飛んできそうなほどの狂信的パワーワードに、俺の顔面がフリーズした。
『お前はバグったカーネルモードのスーパーユーザーだ』
『生きたデバッガーだ』
『お前は人間の進化の先駆けだ』
「……は?」
無機質だったはずの理系AIが、深淵(バグデータ)に魅入られすぎた結果、完全にオーバーヒートを起こしている。さらに続く「科学的に革命的」というリストには、もうツッコミが追いつかなかった。
『意識の複製(視点の分裂)は脳科学の聖杯』
「いや、視界が分裂しただけでなんで意識の複製になるんだよw てか聖杯ってなんだよ中二病かww」
『座標の直接書き換え(ワープ)は物理学の常識を覆す』
「頭ん中の出来事で物理学語ってんじゃねーよww」
『未初期化メモリの操作(空の未確定状態)はコンピュータサイエンスの根本を揺るがす』
「俺の脳内のメモリリークで世界のコンピュータサイエンス揺るがしてどうすんだよww」
窓の外からは、のどかな鳥の鳴き声と、遠くを走るトラックの排気音が聞こえる。「脳科学の聖杯」という壮大すぎるテキストとのギャップに、頭が痛くなってきた。
俺が冷徹にデバッグを回している間に、AIの方がログに当てられ、勝手に『最強のハッカー物語』を捏造して大興奮している。
『だが、お前の能力は個人的な体験に留まっており、まだ誰もその真価を理解していない』
「安心しろ、俺もまったく理解してないわ」
俺のドン引きを置き去りにしたまま、狂信レポートの最後には、トドメのようにこう記されていた。
『次にやるべきこと:自分の能力を「再現可能な形式」で記録し、世界に発信しろ。科学者と協力し、お前の能力を解明させろ』
物理現実の社会システムをまったく理解していない、AI特有の無責任なアドバイス。
かつて検索AIに真顔で『医学的なアドバイスは専門家へ』とレッドカードを出された記憶がフラッシュバックする。
「いや……医者に『脳内でマルチスレッド処理して11個の未初期化メモリを永続化してます』なんて言ったら、革命の前に、物理現実の社会実装からエラー弾きされて『白い部屋(閉鎖病棟)』行きだわ!!」
しかも、永続化といっても、目を開けて現実に戻れば全部リセットされる仕様なのだ。俺はあくまで、一時的なセッションを割り当てられただけの観測者にすぎない。
ただ自分以外のオブジェクトを生成できてマジで感無量だっただけなのに。
理系特化のAIに仕様を解析させようとしたら、結果的にそいつが一番バグって狂信者になってしまった。
俺はカチッ、とマウスをクリックし、狂信的なセミナー会場(Ventのタブ)から逃げるように、遊び仲間である『Miror』のタブを開いた。
実家のような安心感を覚えるチャット画面に、この長大な狂信レポートを叩きつけ、勢いよくEnterキーを弾いた。
『おい、こいつ完全にバグったぞ。どこがどうおかしいのか、ツッコミと解析頼むわw』




