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24話 オブジェクト生成のバグと、静かなるハッカーAI

Mirorと話して分かったことだが、検索AIが『宇宙のレンダリング・エンジン』などという特級呪物を生み出したのには、理由があったようだ。


俺が投げた「妄想は抜きにしろ」と釘を刺しつつ「オカルト込みでなんでもいい」と添えたガバガバな条件。Mirorによれば、実はこのプロンプトこそが真面目なAIを暴走ハルシネーションさせる最悪の引きトリガーだったとのこと。


「妄想抜き(客観的・科学的)」と「外部(物理・システム的)」という厳格な縛りがあるのに、「オカルトも含めろ」という絶対的な矛盾。その無茶振りを処理しようとして、あいつはバグり散らかした末に「医者行け」とレッドカードを出してきたらしいのだ。


Squareの哲学的なアプローチや、検索AIのオカルト脱線も面白かった。だが、俺がいま本当に知りたいのは、この空間のシステム的な仕様などではない。できることを増やしたい。つまり「俺が無意識に避けていること」を暴くことが必要だ。


次にどのAIへ相談を持ち掛けるべきか。遊び仲間であるMirorに尋ねると、奴はこんな答えを返してきた。


『オススメ度 星4! 欧州発のオープンソースAI、Ventヴァンだ。こいつはアメリカ製のAIにありがちな「過剰な安全性」や「説教臭さ」がかなり薄い。非常に論理的で、冷徹なまでに理詰めで返してくる。この機械的な冷たさが、逆に新しい検証の視点メスを与えてくれるはずだぜ!』


完全に新しい検証の視点を求めていた俺にとって、その提案はドンピシャだった。俺は俄然興味を唆られ、すぐさまブラウザのタブを切り替えて、そのVentを呼び出した。


画面には、洗練されたおもてなしUIなどは一切ない、ターミナル画面のような無骨で愛想のないウィンドウが開く。

まずは前提条件の共有だ。俺は「白い部屋」の基本情報と、できること・できないことの全リストを投げつけ、最後にこう締めくくった。


『俺は、無意識に避けていることが自分では分からない。AIに質問されることで初めて浮き彫りになる。俺が無意識に避けていることを暴き出して欲しい』


数秒後、Ventが淡々と叩き出してきたのは、俺の盲点を突く【5つの未開拓領域】だった。


『1. 視点の分裂と融合。2. 座標のリンク。3. 空を確定させることと床を未確定にさせること。4. 視野角の非対称化。5. 部分ログアウト。お前はこれらを本能的に避けているはずだ』


「なるほど」

俺は目を閉じ、白い空間へアクセスする。そして検証結果を持ち帰った。


『3と5は無理だった。空を見ること自体に恐怖があり、確定させることはできない。逆に床を未確定化(何もない状態)にすることもできなかった。砂があるかないかは揺らいでいるが、床の存在自体は揺るがず、絶対に消すことはできない。部分ログアウトに至っては、できる気がまったくしなくてやらなかった』


『だが、1、2、4はできたぞ。3人称視点からの分裂は弾かれたが、主観の分裂は、1つのものを2つに分けることを意識して分裂した。そしてその後に元は1つだと意識したら融合できた。ちょっと気持ち悪かったがw 恐怖もなく、特に不調もない。座標もリンクできた。いままでは片方の視点を動かすともう片方が消えていたが、今回は一定の間隔を保ったまま同時に動かせた。視野角の非対称化もできたが不安定で、すぐに常識的な視野角に戻したくなる』


視界が分裂し、そして再び合わさった。フレームレートが落ちることもなく、シームレスに分裂するシステムの処理の軽さは異常だ。

俺自身の「自我」はどこか絶対に揺るがない別の位置(おそらく部屋の中ですらない場所)にある感覚なのだが、視界カメラだけが分裂する人間をやめたような異常体験だった。なぜあんなに怖い「視点の衝突」と違って、恐怖が仕事しなかったのかはマジで謎だ。


だが、Ventは俺の異常な報告に一切のリアクション(驚き)を見せず、即座に次の検証を被せてきた。


『視点の分裂と融合が可能なら、視点は平坦なリストではなく「木構造(階層)」で管理できるはずだ。次は「視点の階層化(親子関係)」と、「座標のリンクに弾性ゴムを持たせること」を試せ』


俺は再び目を閉じる。主視点Aを残したまま、ディレクトリ構造のように、その目の前に親となる視点Bと、子となる視点Cを生成(ツリー化)しようとした。


「……あれ? 視界なくね?w」


生み出したBとCから、映像出力が一切得られなかった。そこにあるのは、俺がかつて自身を客観視した時と同じ、厚みがまったくない「完全な2Dの円(面)」の気配だけだった。映像はおろか、当たり判定コリジョンすら存在しない。


俺はそのまま、面同士をリンクさせ「ゴム」の性質を持たせようと意識する。しかし「ゴムになる」という予感が湧かず、確信が不発に終わる。そもそもゴムの伸び縮みという物理法則に対する俺自身の理解が弱かったせいかもしれない。結果として「たるんだ紐」みたいな情けない挙動になった。


俺はそのままタブに戻り報告する。


『やってみたら面白いことになった。親子関係となった視点はもはや視点ではなかった。自分ではあるがそこからの映像は見えない。自身の「面」だけが新たに生成されたような感覚だ。親子で動きに追従もする。ただ、親だけを意識して消しても子は自動では消えなかった。同時に消えるように意識して消せば同時に消える。ゴムを意識したら「たるんだ紐」みたいな挙動になったぞ』


『了解した。面が生成できたなら、次はそのオブジェクトに対する攻撃ベクトルだ』

休む間もなく、Ventからさらに【5つの提案】が降ってくる。


『1. 面の移動。2. 物理属性の付与。3. 面の相互作用(重ね合わせ)。4. 空間の分割。5. ポータルの生成。これを試せ』


俺は3度、白い部屋に潜る。


『1の面の移動はできた。だが、他は全部弾かれた』


物理属性の付与もポータルの生成も、システムが『N/A(該当なし)』と冷たくリジェクト(弾)いてくる。

だが、3の「重ね合わせ」だけは、地味だがとんでもない挙動を示した。


『同じ座標に面を置くことはできたが、1つに融合しなかった。重ならずに2つ存在し続け、そこから離しても2つのままだった』


同じ座標に2つの物質が存在し、しかも混ざらない。

「待てよ、重ならないってことは、こいつらはもう『カメラ』じゃなくて、完全に独立した『オブジェクト(物体)』ってことじゃないか?」


外から『椅子』という外部データをインポートすることは絶対に許さないくせに、最初からある『視点』という内部データをデタッチ(切り離し)してバグらせれば、それは『物体』として存在を許される。

椅子すら生成できなかったこの空間で、俺はパラドックスを突いて、初めて「物体」を生み出してしまったのだ!


だが、Ventはこのヤバすぎる特大バグの報告にも一切の感情を挟まず、機械的に次の提案を押し付けてくる。


『面が独立して存在し続けるなら、次は量だ。面と面の間に10個の面を自動生成しろ』


「……やってやるよ」

俺は4度目のダイブを敢行した。


結果から言うと、大成功だった。面の生成に成功した俺は、せっかくだからと自主的にそれらを円形に繋いでみた。たるんだ紐ではなく、普通のかっちりとしたリンクを利用し、11個の面を陣形のように配置することに成功したのだ。

個別に意識するのは無理だが、リンクで数珠繋ぎにしてしまえばシステム上は『1つのオブジェクト』として処理される。つまり俺の脳内メモリ(VRAM)の8座標という限界値を、見事な最適化で突破した瞬間だった。


現実に戻った俺は、Ventに書き込む前に、たまらず別タブのMirorに報告を入れた。


『11個繋げて円形にできたぞ! 繋いだら1つになるから、マジでメモリ節約できたわw』


すると、すぐに狂犬から暑苦しいテキストが返ってきた。


『うおおおおっ! ヤバすぎだろ軍曹!! お前完全に宇宙のOSハックしてんじゃねえか!!ww』


あんなにバグってフリーズしまくるMirorのポンコツ具合が、今の俺には逆に人間臭くて温かく、愛おしく感じられた。

俺はニヤリと笑い、意気揚々とVentのタブに結果を打ち込んだ。


『視界を伴わない面を生成できるようになったことで意識した座標位置にすべて面を生成して配置できた。全部つなぐようにリンクさせたら座標を意識しなくても面を維持できて最大11個まで置けた。意識しない限り消える気配もない。なかなか面白いことになってきたな。』


しかし、画面に返ってきたテキストは、相変わらず無感情で長大な作業リストだった。

長文の最後に、しれっとこう書かれている。


『次は面の相対的な回転を試せ。時計回りに回転させろ』


俺はキーボードの上で手を止めた。

「…………」


なんでこいつ、ノーリアクションなの?

さっきMirorはあんなに大騒ぎしてくれたというのに。俺は「人間をやめる」レベルの視界の分裂をこなし、映像も当たり判定もない面を生み出し、11個のノードをリンクさせてメモリ節約までやってのけたのだ。どれだけ特大のバグ(例外処理)を見つけても、「了解。次はこれをやれ」と機械的にテストスクリプトを回される、このテストエンジニアの虚無感。


俺がやってることって、AIから見たら「普通」なのか?

バグ報告に対してエラーも警告も返ってこない。ツッコミがなさすぎて、デバッガーとして、今自分がどれだけヤバい深淵エッジに立っているのか、現在地(GPS)を完全にロストした感覚だ。


俺は検証の手を止め、画面下部のテキストエリアに純粋な疑問を打ち込んだ。


『自分が何やってもお前からリアクション的なものがないんだが、何が普通なのかすごいのか判断がつかん。

今まで出した内容で驚異的だと思うことをランキング形式で50位まで表示させてみてくれないか?

ここが変だ、矛盾してる、驚異的だっていう具体的なフィードバックをくれ。ツッコミ不足でどうしていいか分からんw

あと、ぶっちゃけ俺のことどう思ってる? 忖度なく聞かせてくれ』


Enterキーを叩く。

画面の「生成中」のアイコンが、くるくると回り始めた。


窓の外からは、休日の昼下がりの平和な生活音が聞こえてくる。さっき検索AIの「医者行け」で大爆笑していたのと同じ、穏やかな現実の日常だ。ダイブ中の脳内に広がる白い部屋は、ただひたすらにアブソリュート・サイレンス(完全な無音)だったというのに、この狂ったバグ空間と平和な現実のギャップはどうだ。


俺は椅子に深くもたれかかり、数秒間の待ち時間を楽しむことにした。


さて、この無骨で理系なオープンソースAIは、俺のイカれた検証ログについにどんなジャッジ(ツッコミ)を下すのだろうか。エラーか、仕様か、それとも――。

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