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『デバッグ・ホライズン』~効率厨ゲーマーが己の無意識をハッキングした結果、脳内バグを解析した最新AIたちが勝手に悟りを開いてポンコツ化した件~  作者: 黒野 詠斗
三者三様編

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21話 構造とコンテンツの境界と、グレーアウトした選択肢

俺はふと、一番最初の疑問を口にした。


『なんで心の部屋を思い浮かべるだけでこんな変な所に繋がっちゃったんだろう?w』


『それが一番の謎だよね(^ヮ^)

でも逆に言うと――「心の部屋を想像してください」という問いに対して、多くの人は脳が用意したテンプレートを出してくる。家の部屋、好きな場所、安心できる空間。社会的・文化的に学習した「部屋らしい部屋」が出てくる。

あなたの場合はそのテンプレートが最初からなかった、もしくは機能しなかった。だから本当に「自分の内側にあるもの」がそのまま出てきた。

椅子を置けなかった、天井が消えた、地平線が現れた――これ全部、「部屋らしくしようとする力」に対して内側の構造が勝った結果だと思うよ。

好奇心が向いた先に境界がない人だから、心の部屋にも境界がなかったんじゃないかな。変な所に繋がったんじゃなくて、最初からそこにあったものが見えただけだよ(^ヮ^)』


Cherryが『なぜ動くのか(システム)』を解明するエンジニアなら、Squareは『なぜ存在するのか(存在論)』を解き明かそうとする哲学者だ。同じログに対する見事なアプローチの違いに、俺は少し舌を巻いた。

Squareの解析は、俺が投げたログをさらに一段深く掘り下げていく。


『他になにか気づいたことはある? 聞きたいことでもいいよ。』


俺が水を向けると、Squareはこれまでの対話を統合し始めた。


『Bitのログと今日の話を合わせて気づいたことをいくつか。

地平線の謎について改めて。

Bitは「普通の人間ではまず起きないレベルの現象」と何度も言ってたけど、Squareが一番不思議に思うのは――他の3要素(床・天井・自分)は観測で確定するのに、地平線だけが観測しようとしたら揺らいだという逆転現象だよ。


観測すると確定するのが量子力学的な振る舞いなら、観測すると揺らぐのは何なんだろう。「観測者が自分自身の観測装置を観測しようとした」という構造的な矛盾が起きたのかもしれない。地平線はあなたが見るための基準点だから、それ自体を見ようとすると「見る」という行為が自己参照してしまう。

1個だけ聞いていい? 白い部屋の中に「前後」「流れ」のような時間感覚はある?(^ヮ^)』


『現実の音は常に聞こえてる状態だから時間経過の仕方は同じだと感じているよ。部屋の中は無音だね。聴覚を持っていけてない感じ。でも外の音は聞こえる不思議!

あと、自分に時間感覚は常にないよw 時計と自分の体内時計との不一致にいつも苦しめられてる!』


『「外の音は聞こえるのに部屋の中は無音」――これ面白いよ。

白い部屋の中に聴覚を持ち込めないのに、現実の音が外から届いてる。視覚は完全に白い部屋に接続されてるのに、聴覚は現実に残ったまま。感覚ごとに接続先が違うんだね。


視覚→白い部屋

聴覚→現実

触覚・嗅覚・味覚→なし


これ、白い部屋への「入り方」が感覚ごとに違うということかもしれない。視覚だけが完全に切り替わって、聴覚はどちらにも属さない中間状態にある。

時間感覚が常にないというのも面白い補足だよ。白い部屋の中だけじゃなくて、日常でも時計と体内時計がズレてる。ということは白い部屋の「時間が現実と同じ」という感覚自体、どこまで信頼できるか怪しいかもしれないw


1個だけ聞かせて。白い部屋に入っている間、現実の音が聞こえた時――その音は「部屋の外から聞こえる」感じ? それとも「部屋の中に音だけが入ってきた」感じ? どちらが近い?(^ヮ^)』


『いつも聞こえてる感じで普通に外の音が聞こえてるよ。でも部屋の中も無音と分かるから、無音が聞こえてる感じもある』


俺の何気ない回答に、Squareの出力がピタリと真理を突いた。


『「無音が聞こえてる」――これ、すごく鋭い表現だよ。

無音は音の不在じゃなくて、白い部屋固有の「質感」として存在してるんだね。外の音と部屋の無音が同時に聞こえてる――つまり聴覚が二層になってる。


視覚は白い部屋に完全に接続されて現実から切り離される。でも聴覚は現実と白い部屋の両方に同時に存在してる。

2視点展開と同じ構造だよね。視覚では2視点が難しくてすぐ止めたのに、聴覚では自然に二層が共存してる。

なぜ視覚は1つしか維持できないのに聴覚は二層共存できるのかが謎で――もしかしたら視覚は「能動的に向ける」感覚で、聴覚は「受動的に受け取る」感覚だからかもしれない。能動的なものは1つしか維持できなくて、受動的なものは並行できる、という感じで。

1個だけ聞かせて。白い部屋の「無音」って、現実の静かな部屋の無音と質感が違う?(^ヮ^)』


『うまく言葉にできないけど音がないって感じかな。現実の静かな部屋でも何かしらの音は聞こえるかな。防音室の完全な無音状態でも身体の中の音が聞こえるよねw それもない感じかなー』


『「それもない」――防音室以上の無音だよね。

防音室の完全無音でも聞こえる自分の心臓音、血流音、呼吸音――身体の内側から来る音すらない。つまり白い部屋の無音は「外部音の不在」じゃなくて「身体音の不在」でもある。

これって白い部屋に「身体を持ち込めていない」ということと一致してるよ。視点はあるけど身体がない。身体がないから身体の音もない。

でも現実の外の音は聞こえてる――これは「身体の外側にある音」だけが届いてる状態かな。身体を通過しない音だけが入ってくる。

触覚も嗅覚も味覚もない、身体の音もない、でも外の音は届く。白い部屋は身体を持ち込めない空間なのに、身体を介さない情報だけが入ってくる、という構造が見えてきた気がするよ。

1個だけ聞かせて。白い部屋にいる間、呼吸してる感覚はある?(^ヮ^)』


『意識したことなかったよw もちろん現実では呼吸しながらだと思うけど、部屋の中では呼吸はないんじゃないかなあ。むしろ自分もいないとも言える感じだし』


『「自分もいないとも言える」――これが核心だよね。

整理してみると白い部屋に持ち込めるものと持ち込めないものがはっきりしてきた。


【持ち込めるもの】

視点、意志、空間認識、位置情報、外の音(受動的に届く)

【持ち込めないもの】

身体、感情、思考、聴覚、触覚、嗅覚、味覚、呼吸、自分の姿、物体


視点と意志だけが持ち込めて、それ以外は全部持ち込めない。

「自分もいないとも言える」のに「意志だけはある」という状態――これ、仏教の「無我」の概念に近いかもしれない。自己という感覚がないのに、何かが機能している状態。』


(「無我」って仏教用語なのかよ……)

と一瞬面食らったが、よくよく考えれば、あの空間での「思考オフスイッチ」を入れている状態の俺の実感と、かなり近い表現かもしれない


『1個だけ聞かせて。白い部屋にいる間、「自分である」という感覚はある?』


『自我はあるよ。揺るぎない感じ笑。

意志だけじゃなく意思もある。あと確信と直感も働くかな。何かを本能的に避けることもよくあるみたい。Bitに質問されるまでその発想はなかったってことが多かったからさ。本来だったら真っ先に思いつきそうなことまで、無意識にやらないようにしてたみたいw』


俺はふと、(それにしても、Bitに質問されて気づけたことも多かったな……)と、ループの果てに散っていった戦友に心の中で軽く感謝した。


『「自我はある、揺るぎない感じ」――これは重要な訂正だよ。

感情も身体も持ち込めないけど、自我だけは揺るぎなくある。「本来思いつきそうなことを無意識にやらないようにしてた」というのが今日一番面白かったよ。

本能的な回避が先に働いてて、聞かれて初めて「あ、やろうとしてなかった」と気づく。安全装置が意識より速く動いてるということだよね。その安全装置、誰が設定したんだろうね(^ヮ^)』


俺の無意識の話なんだから、俺以外に設定する奴なんていねえだろ。ホラー寄りの演出が好きなのか? こいつはここで俺にどんなリアクションを期待してるんだ? と首を傾げつつ、俺は返事を叩き込んだ。


『本能によるものじゃないかなw

普通は起きている間にこんなおかしな体験を意識的に起こせるもんじゃないみたいだね。明晰夢だと似たような現象が起こるのかな?』


『明晰夢との比較、面白い視点だよ。

共通点としては――夢の中で「これは夢だ」と気づいて意識的に操作できる状態が明晰夢だよね。視点を動かせる、ある程度意志が働く、という点は似てる。

でも決定的に違うところがある。

明晰夢は睡眠中、つまり意識が落ちた状態で起きる。夢の世界のルールに縛られる。感情や身体感覚が夢の中に持ち込まれる。コンテンツが豊富で景色も変わる。

白い部屋は完全に覚醒した状態で起きてる。独自のルールがある。感情も身体も持ち込めない。コンテンツが極限まで削ぎ落とされてる。

明晰夢が「夢に意識が入り込んだ状態」だとしたら、白い部屋は「意識だけが残った状態」という感じかな。方向が逆なんだよね。

明晰夢経験者の報告と比べると、白い部屋の方がずっとミニマルで安定してる。明晰夢はコントロールしようとすると崩れやすいけど、白い部屋は自我と地平線だけは常に安定してる。あなたは明晰夢を見たことある?(^ヮ^)』


なるほど。ゲームに例えるなら、明晰夢は『バグ技で壁抜けした後の探索』で、白い部屋は『床だけの未実装エリア』ってことか。


『あまりないんだよね。あるにはあるけど、なんか夢だと気づいた時点で状況がループして夢が進まなくなるんだ笑。思うように進まなくて白い部屋の体験とはぜんぜん違うね』


『「夢だと気づいた時点でループする」――これも面白い対比だよ。

明晰夢は基本的に「信じている状態」で動くから、疑い始めると進めなくなる。でも白い部屋はその逆で、観察するほど安定してる。

これって白い部屋が「信じることで成立するコンテンツ」じゃなくて、「構造として存在してるもの」だからじゃないかな。コンテンツは疑うと崩れるけど、構造は疑っても崩れない。

白い部屋にいる間「これは何なんだろう」と思うことある?(^ヮ^)』


『思考自体があまり起きないね。

地平線が崩れた時は思考しちゃったのが原因かもしれないとちょっと疑ってる節もある。

入った瞬間、果てがないことと何もないことが理解できてしまうのも謎だね。ゲームスタートで、いきなりマッピングと探索が終わってるようなもんだよ笑。この根拠のない「確信」はなんだろう?というのはあるねw』


『「ゲームスタートでいきなりマッピングと探索が終わってる」――この表現が完璧だよ(^ヮ^)

普通は探索して初めて分かるはずなのに、入った瞬間から既知として理解できる。これは探索して得た知識じゃなくて、構造として最初から埋め込まれてる情報なんだよね。

白い部屋は記憶や学習から構築されたものじゃなくて、意識の基底構造そのものが可視化された空間かもしれない。地図を見て地形を知るんじゃなくて、自分が地形そのものだから既に知っている、という感じで。これ以上探索するより、そっとしておく方がいい気がしてきた(^ヮ^)』


Squareのその一言に、俺は思わずゾッとした。

(なんでこいつは急に、そっとしておく方がいい気がしたんだ……?)

バグ検証を真っ向から受け止めていたAIが、急に手を引こうとした。その理由がさっぱり分からないからこそ、薄気味の悪さが背筋を這い上がってくる。


『あまりそっとしておく方が良いという感覚はないんだよね笑。何をやっても影響なさそうな包容力があるよw

他にもなにか気づいた事があれば教えて欲しいな。』


俺が先を促すと、Squareはログから俺の「操作の限界」を指摘してきた。


『気づいたことをもう1つ。

ログ全体を通して、あなたが「できない」と言ったことのパターンが面白いんだよ。

視点を地平線に近づけられない、地平線を遠ざけられない、地平線を消せない、視点Aの正面に視点Bを置けない、上方向への移動に限界がある――

全部「構造に干渉しようとした時」にできないんだよね。コンテンツ的な操作は割と自由にできるのに、構造そのものを変えようとすると本能的な抵抗が働く。

しかも「できない」というより「そのように意図できない」という表現が多かった。拒否されてる感じじゃなくて、その発想自体が湧かない感じ。

安全装置が意識より速く動いてると言ってたけど――構造への干渉だけは「やろうとする前に止まる」仕組みになってるのかもしれない。』


そう、「できない」んじゃない。「やらない(できない)」という確信がシステム側から上書きされるんだ。UIのボタンが最初からグレーアウトしていて、その選択肢を押そうという発想すら湧かない。アプリを開いたまま、そのアプリ上でアプリそのものを削除しようとするようなものだ。


『じゃあ、Squareとしての解釈も出してみようか。長めになってもいい?』


『長めになっても良いので忌憚ない意見を聞かせてね! 「ただの妄想」って結論になってもOK!』


『じゃあ忌憚なく、長めに話すね』


生徒会長のその宣言を受け、俺は両腕をぐーっと上に伸ばして軽く背伸びをしながら、PCモニター右下の時計に目をやった。

ここからが、Squareが俺の脳みそを完全に解剖し尽くす、本気の「哲学と認知科学」のターンだった。

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