エピソード9 「忠告」
「——見つけた」
低い声だった。喉が潰れているような、掠れた声。
レオが一歩前に出る。
「誰だ、お前」
木剣を構えるレオ。
けど、相手は動かない。ただただじっと、僕らを見ている。
いや、ちがう。
”僕”を見ていた。
【???】
【敵意:73】
【生存率:89%】
数字が揺らめく。生存率が高い。昨日の旅人とは真逆だ。嫌な汗が背筋を流れる。
「……水蜜?」
レオが小声で呼ぶ。
僕が黙り込んでいるのを見て不審に思ったんだろう。
「知り合いか?」
「……知らない」
本当に知らない。
でも、向こうは僕を知っている。そんな気がした。
そいつはゆっくりとこちらへ歩いてくる。足音はほとんどしない。
森の空気だけが妙に重くなってくる。
「止まれ」
レオが木剣を向ける。そいつはぴたりと止まった。
そのまま数秒、沈黙がその場を支配した。
やがて男が薄く笑った。
「……なるほど」
「何がだよ」
「いや」
フードの奥で口元だけが歪む。
「”まだ”普通の子供らしい」
意味が分からない。
でも、その言葉を聞いた瞬間背筋が冷えた。
その言い方はまるで、僕が”普通でなくなる未来”を知っているようだった。
「水蜜、下がってろ」
レオが一歩、前に出る。
【レオ・グラン】
【警戒:92】
【生存率:24%】
生存率の数字は変わらない。
ずっと、24%のままだ。
男はレオを見て、小さく鼻で笑った。
「ふっ、剣士適正か」
「……なんで分かった」
「見れば分かる」
その返答にレオは眉をひそめる。だが、僕は目を見開いた。
”見ればわかる”。
それは、まるで……僕のような——。
「……あんた、なんなんだよ」
思わず口から出た。男の視線が僕へ向く。
フードの奥。暗くて顔は見えない。でも、笑った気がした。
「ただの旅人だ」
昨日も聞いた言葉だ。でも、もう信じれなかった。
そいつは懐から何かを取り出した。紙だ。くしゃくしゃの、古い紙。
そして、それを僕に投げた。
「……え?」
足元に落ちた紙を見る。地図だ。今朝レオが言って鋳物に似ていた。
この辺りの村が描かれている。
そして——この村だけが、真っ黒に塗りつぶされていた。
「っ………!」
思わず息を呑む。
男は静かに言った。
「その村は、近いうちに消える」
「……は?」
レオが顔をしかめる。
「お前何言って——」
「だから、忠告に来た」
男は淡々と言う。冗談を言っている感じは一切ない。
「逃げろ」
風が吹く。木々が揺れる。いつの間にか日の落ちた森の中でその言葉だけが妙に重く響いた。
「ここはもう、終わっている」
その時だった。——ズキン。
突然、頭に鋭い痛みが走る。
「っ………!」
視界が揺れる。
そして、男の頭上の文字が一瞬だけ変わった。
【???】
【敵意:73】
【罪悪感:81】
【生存率:89%】
「……え?」
瞬きの間に罪悪感の欄は消えた。
しかし、その文字が表示された瞬間、フードの奥の男の表情がほんの少しだけ苦しそうに歪んだ気がした。




