097 世界の形
「と、言うわけだけど」
相馬が話終える。
どうせ夢の中なのだと、会社に何も告げずに勝手に退社をして、須藤のマンションに全員を集めた。
誰一人として明るい表情の者はいない。
相馬の話を神妙な面持ちで聞いていたのは、須藤、真壁、凛、そして加藤菫。
加藤はこの日、初めて須藤の部屋を訪れた。
その隣に天城の姿は無い。
顎に指を当て、俯き考えていた加藤が口を開く。
相変わらず顔色は良いとは言えないが、加藤本人たっての希望で集まっていた。
「すごいわね石上さん。とんでもない能力だわ」
「そんなになんですか?確かに、いかにも夢らしい能力で、すごいとは思いますけど」
いまいち事態の飲み込めていない真壁に、加藤は疲れたその顔をさらに曇らせる。
「あのねえ、例えば身体能力強化の相馬と光、存在を希薄にできるあなた、三人の共通点は?」
「え、なんだろ、えーと」
「自分の体を変化させている・・・ですか?」
真壁に代わって凛が答えた。
真壁は『なるほど』といった表情。
「だいたい正解。言ってしまえば『自分に能力を使っている』の。では石上さんがやったことは?」
「お兄ちゃんは、椅子を変化させている・・・」
「そうね、つまり力を自分の内側ではなく、外に使っている。ただの力の方向性の違いと言えばそれまでだけど、彼は自分以外に力を使える。あなた達は今までそんな力を使う人間を見た事がある?」
「無い、です」
「私も無いわ」
加藤は明け方の一員として、この世界で他の勢力と対峙してきている。
相馬達とは比べられない程の人数を、相手にして見てきているはずだ。
その加藤ですら、見た事のない能力。
タマキは言っていた。力を使うには『感覚』が必要なのだと。
それで言えば自分の体を動かす感覚は、個人差があるとしても当然のように分かる。
だが、目の前に置かれた椅子を触っただけで変形させてしまうような感覚。
人類には成し得ない不可能。そんなものはあるはずが無かった。
だが、石上湊はそれをやった。
「あ、そういえば、石上がいた時だけはやけに静かで、周りに誰もいなかったんだよ。あいつが消えてすぐに、いつも通りになった。もしかしてあれも石上が」
「んなっ、それじゃあ自分以外の物質どころか、世界そのものを改変できるってこと!?そんな、いや、でも夢なら・・・」
加藤の唇は震えている。
彼女はどう見ても無理をしてこの場にいる。これ以上の負担は、このまま倒れてしまいそうな危うさがある。
「ねえ菫ちゃん、あなたは少し休んだ方が」
「いえ、大丈夫よ。お気持ちはありがとうね、須藤さん。でも、今動けるのは私だけだから」
「そう・・・?でも辛かったらいつでも横になっていいからね」
須藤はそう言うと、自分が腰かけていたベッドから降りる。
加藤は「ありがとう」とは言うが、もちろん横になるつもりはないようだ。
「ごめんなさい、私としたことが。石上さんの能力はあまりに理解が及ばないけど、今あれこれと考える話では無かったわね。今はとにかく、ハウザー」
「ああ、そして、あの陸とかいう棒使い」
「石上くんの話だと、翔太の力はまだまだ出しきれていないって感じみたいだけど、実際どうなの?」
「いや、ごめん。俺はいつだって全力のつもりだったし、なんなら限界を超えていたつもりだった」
全員の注目が相馬に注がれる。
もちろん、相馬を疑っているわけではない。
そもそも、ここにいる相馬以外は彼のような人並外れた身体能力を発揮することすらできないのだ。
願っただけで力が発揮できるわけではないことは、この場の全員が痛い程に理解している。
「翔太さんは、凛さんのお兄さんがが言う意味がというか、感覚が掴めてるんですか?」
「正直、半分も理解できてない。でも言われてみれば、全力を尽くす一方で、確かに俺の限界はもっと先にある気はしている」
相馬が、この世界を集合的無意識の層だと知らなかった頃。この世界を、自分の夢だと疑う事もなく、その力を遺憾なく発揮していた頃。もっと速く駆け抜けて、もっと高く跳んでいた。
石上のように世界を改変することはできなかったが、あれはあれで常識の枠に囚われず、現実離れした自由だった。
まるで世界は我が物のように。
(なるほど、『王』か。あの感覚は、万能感は、確かにそう言えるのかも知れない)
「ちょっといいかしら?あまり憶測で話すのは良くないなだけれど、スミレの考察を聞いてちょうだい」
全員が頷く。
「そもそも、この世界は『集合的無意識の層』でしょう?つまり、夢の世界の全てが、私達の脳内の情報からできている。だからこそ、ほとんど現実と変わらない。なぜなら、みんなの『共通認識』が世界に反映されているから」
再び全員が頷いたことを確認すると、加藤の話は続く。
「でもその反面、現実には無い『能力』がある。でも、それは世界に影響を及ぼすものでは無く、あくまで自己完結の範囲。それは夢ならありえない話じゃないわ。変えるのは世界では無くて、自分自身だけなんだもの。共通認識なんて関係ない。そして、その逆もあるんじゃないかって話なのよ。能力は世界の影響を受けて、常識の範囲内に収まろうとする性質があるんじゃないかしら」
「なるほど、石上が言いたかったのはそういう・・・『周りの常識に奪われている』って、気持ちの問題じゃなくて、そのままの意味だったのか。いや、でも今の話だと俺の力だって『自分自身』にしか作用してなくないか?世界の常識ってのが、どう関係してるのか分からないんだけどー」
「ええ、そこは謎よね。でも石上さんが言う通りなら、相馬の力は常識に縛られない力のはず。とはいえ今分からない事は仕方が無いわ。現状、その答えを持つのはー・・・」
「石上湊・・・」
石上湊の事はいくら考察しても、答えが出ない事は分かっている。
しかし、やはり話を突き詰めて行くと無視はできない存在。
それは全員が分かっていた。かと言って、今は時間が惜しい。
加藤の能力についての考えは、推論ではあるが、話の筋は通っている。全員が納得したのだ。納得できるのならば、あり得ない話ではないはずだ。
「ようやく勝ち筋が見えたとはいえ、なんて現実味の無い話だ・・・」
「翔太、そんな弱気な」
「違うよ玲奈、諦めたわけじゃ無い。ただそれこそ『感覚』が分からないんだよ。まるで魔法を使えって言われているような気分だ」
「今まではできたのに?」
「それが逆にややこしいんだよ。『できた!』って自覚が無いんだよ。できている時も、そうじゃない時も、俺は俺でしかないって、分かる?」
須藤は腕を組んで、頭を捻る。
どうやらその感覚を共有するのは難しいらしい。
その様子を見た加藤が助け舟を出してくれた。
「当たり前のように乗っている自転車を、今更乗れなかった頃に戻れないような話?」
「あ、それだ!かなり近い。今回はそれの逆なんだろうけど」
「あー、そう聞くと私でもちょっと分かるかも。翔太の中では力を使うというより、本能的な感じなんだ?なるほどね、毎回全力だっていうのも納得」
「伝わって良かったよ。とりあえず、改めて出来る事を色々試してみる」
「ええ、何かあればスミレも協力するから声をかけて」
そうしてこの集まりは、解散となった。
一縷の希望は見えたものの、雲を掴むような話。
全員の表情が晴れる事は無かった。




