未知の模擬戦 18
竹谷少年の声で四人はハッとし、二人が戦っている方を見る。…が、どうやら決着はすぐに付きそうだった。
激しく吹き荒れる風と、無数の音波。それらに全身を切り刻まれた神楽裂記の制服はあちこち千切れ、体は血塗れだった。全身から火が上がり、炎で止血している…ように見えるが、間に合っておらず、所々から血が流れている。しかも片足は変な方向に曲がっていた。おそらく湖礼俊輔の「風」をまともに受けたのだろう。折れた片足を引き摺りながら、なお、彼は立っていた。俊輔はその姿に背筋が凍るような恐怖を覚えた。
(あ、あの、状態でも立ってるなんて…信じられない…なんという執念…)
「ホラ、あっちも片付いたよ?裂記くん」
「…みてぇだな……ってぇ…容赦なく叩き込みやがって…ま、見たいもんは見れたしいいか…俺は今からあいつらを、シバき直さなきゃならねえしなあ」
「ふっふー、今回はボクの勝ちだね!」
「悔しいが…認めてやる」
「でも…『氷の国』は?目標だったんでしょ?」
「俺がこの有様じゃ無理だ。今回は譲ってやるよ
。何事も経験、一度やられた方がいい…だろ?」
「裂記くんさすがわかってる〜〜!!じゃ、また後でね!また今度思いっきりやろう!バイバイ」
「しっかりデータを採ってこい…あと、簡単に負けんなよ。間違っても容赦はするなよ、湖礼」
「…うん、わかってる。じゃあね」
「ああ…ぐふっ…」
ぱちぱちと火が爆ぜる音と、湖礼少年と神楽裂記の声が廊下に響く。二人の会話は筒抜けだった。
湖礼少年が物憂げな顔で右手を振り下ろし、渾身の風速40/kmを浴びせる。俊輔は反射的に目を逸らした。直後に、何かが潰れるような音と、電子音。何が起きたかはわかっている。ただ、まだ心の準備が……恐る恐る視線を戻すと、神楽裂記はその姿を消していた。そして周囲の炎もまるで全て幻であったたかのように、消え失せていた…───
(……今度こそ、勝った…)
静かな廊下には、もはや炎は一欠片すら見当たらない。激しい戦闘の痕跡と静寂だけが、今はその場を支配していた。…二人は『氷の国』というチームについて話していた…一体どんなチームなのだろう?…気になる。
が、しかし。とにかく、今は少しでも休まないと、まともな思考ができそうになかった。
「…全員、急いで目の前の教室へ移動しろ。小休憩をとろう。入ったら防音、光学迷彩結界を張る」
海野少年の一声でチーム全員が瓦礫で転びそうになりつつも速やかに教室へ入り、そのタイミングで彼を中心に結界を展開した。不思議な安心感に包まれる。
(落ち着く…ありがとう海野くん…もう、本当に動けない…)
俊輔は極度の緊張感と、成功確率の低い能力の連続使用による疲労で、心身共に限界だった。できることなら今すぐ寮のベッドで寝転がりたい。そのまま朝日が昇るまで眠りに付きたい。…無理だけど。俊輔は立っていることもままならず、床に転がる。無機質なその冷たさが、今はひどく気持ち良かった。
「…落下……におい…二連戦……変な強さ…先輩……しんどい……」
「めっちゃわかる〜〜!俺もさぁ、今回ばっかりはリタイアしよーかと思ったもんガチで。ってか、佐原井クン大丈夫?なんか変な洗脳とかされてない?あの人マジヤバだったし、うち回復役いないからねぇ…」
心の声のつもりが、つい口に出していたらしい。隣で同じようにバテている秋山少年には聞こえたらしく、疲れた顔で同意を得た。心配そうに顔を覗き込まれるが、今は表情筋はおろか、指一本も動かせなかった。雷撃よりも、光速移動の代償の疲労感が凄まじい。成功してよかったけども…なんとなく、コツを掴んだ気もするけれども、毎回こんな倦怠感に襲われていたら体も心も持たない…俊輔は体力作りをもっとしようと心に決めた。…グロ耐性も。
俊輔のうっかり漏れた呟きは湖礼少年にも聴こえたらしく、
「倒したし大丈夫だと思うよ〜!とにかく今は休憩しつつ…勝利を分かち合おう!みんなで勝てて本当に良かった★正直チラッとしか見えなかったけど、環っちも頑張ってたし、竹也も引力で抑えてたし、極め付けにシュンスケの天の鉄槌みたいな雷撃!茂樹っちも臨機応変に結界張っててすごいよ!」
と、笑顔で励ましてもらった。好敵手?と戦い湖礼少年だって疲弊しているはずなのに、とても良い笑顔で。俊輔は改めて湖礼少年のメンタリティの強さと能力の強さに舌を巻く。彼は汗にまみれながらも笑顔を崩さない。エメラルドの瞳が爛々と煌めく。まるで、空気を変えるかのように、憂いを晴らすかのように。爽やかな風のように。
「茂樹っちにはホント頭上がんないよねえ〜今も助かってるし…ごめんね、それと、いつもありがと!」
「いいんだよ、チームだろ。気持ちは受け取っておくけど。何はともあれ、俺たちは『炎衆』を倒した。俺たちの二つ目の勝利だ、誇っていい。ひとまず……十分、呼吸を整えてから、湖礼の探索結果で方針を決めよう…上か下か」
「そうだね!あ、裂記くんけっこー強くなってたよ。ちょっと負けるかと思った〜〜」
「え、そんなギリギリだったのか、あれ」
「うん!実は何発か貰っちゃってる」
「…大丈夫か?」
「ん!まだ大丈夫!と言いたいけど、痛いからちょい寝るね…」
「おう、おやすみ。少しでもゆっくり休め。……本当は俺が、回復機能のある結界を張れたら…良かったんだけどな…」
海野少年が何やら呟いていた気もするが、俊輔にそれを聞き取ることができるほどの体力は残されていなかった……
十分の休憩と聞き、各々が回復するために結界内で行動をし始めた。机の上で寝る者、床に座り瞑想をする者、椅子に座り目を閉じる者。
俊輔は床に転がったまま、目を閉じて深呼吸を繰り返す。…少しでも疲労を回復させるために。
───十分間の休憩後。幸いなことに、その間に他のチームから襲われることも、遭遇することもなく過ごすことができた。教室に備え付けられているアナログ時計を見ると、針は十時を指している。つまり、大会が始まってからそんなに時間は経過していない。
(…なんかもう四時間くらい経ったのかと思ってた…疲れたからかな?)
ふと周りを見ると、チームメイトの顔色も幾らか良くなっていた。
机の上で寝ていた湖礼少年がむくりと起き上がった。そしてすぐに結界からひょこっと出るとヘッドフォンをセットし、探索を開始する。
「『音響探索』……ん?んん?もっかい……うーん?」
が、なにやら様子が少しおかしい…彼は首を傾げながら、結界に戻った。海野少年がすかさず声を掛ける。
「探索お疲れ。で、どうだった?」
「下にはもう誰もいない…っぽい」
「潰しあったのか…?…上は?」
「二人だけ、いるね」
「おう二人な……はい?」
「一応二回探索したんだけど、二人分の呼吸音しか聴き取れなかったんだよねえ」
「え、薫っちそれって…つまり、俺らとあのチームしか、残ってないってコト?!」
あたりが水を打ったように、静まり返る。俊輔はなんとなく嫌な予感がした。続きを聞きたくない。
「あー…精度に自信は?」
「あるよ!人減ってるから聴き取りやすいし、ノイズも今はないから」
「いやいや、そんな…は、は??下の階は、俺ら以外全滅?普通に考えてそんなことあるわけ…少なくてもあと二、三チームいたでしょ…?ねえ、リアリィ?」
「りありー!ってことで、屋上一択でーす!」
「イヤーーーーーーッッ!早いって!!まだ!!早いって!!なんで開始二時間でボス戦なワケ?!おかしいでしょ、いつもと違うジャン!!」
「るせえ!!落ち着け秋山!最終目標だからむしろいいだろ!!それにいつもは奴らがいねえし!!」
「これが落ち着いていられるかい!てやんでえ!!下手たら午前中で大会終わるじゃん!!俺こんなん初めてよ!?」
「俺もだよ!落ち着け!!」
「無理無理無理無理!!」
「こ、こいつ……!」
「え、えっと、『氷の国』って、どんなチームなの?」
「…自分が説明します。」
秋山少年は両手を頭に当てて床に臥した。かと思いきや床をゴロゴロと勢いよく転がり始める。そしてそのまま机に頭をぶつけて悶えていた。その発狂っぷりが半端なく、俊輔は少し引きながら、そのチームについて聞いた。ちなみに海野少年もドン引きしていた。
後ろから竹也少年が教えてくれる。
「と言っても彼らの情報は少ないんです…噂のみで最強になったと言われてて、主に水と氷の能力を使う二人組のチームです。高等部…いえ、この学校最強と謳われています。」
「最強…その言葉と噂通りなら、さっきのチームより強いってことか…」
「そうそう!まあ、それ以外の情報はほぼ団体戦も個人戦も出てないから、ほとんどないんだけど」
湖礼少年も身を乗り出して説明を始めた。珍しく、少し困ったような表情で彼は言った。
「シュンスケもくじ引く時に見たでしょ?あの女の子たち」
女生徒相手に全力で戦えるか、と言われたら俊輔はハイと即答できなかった。今だって当然自信はない。ならば男子生徒相手なら良いのかと言われれば、別にそうでもない。
できることなら、誰とも、何とでも戦いたくない。ただただ、それだけだった。
そして、それが無理だということも、承知している。
「…いよいよご対面だな、『氷の国』。未知すぎて武者震いしてきたわクソが……ゴホン、確認な。屋上へ繋がる扉はここだけだ、ステルスは無意味だろうから対物理、耐水結界で突入する」
「あば、ばばばば」
「泡吹いてるところ悪いが秋山はさっきの瓦礫、何個か持ってきたやつあったよな?それスタンバイしといて。いつでも落とせる様に」
「ハーッ見ました?気遣いゼロ?もお泣くよ?」
「違う、信頼だ」
「…んもうこの男前!狡い男!…とりま、やってみるわ。ここまで来たら腹決めるっちゅーの」
「ボクとシュンスケはさっきと同じ様に前、竹也は念のため後ろからカバーして欲しいな…流体って結構厄介なんだよね」
「りょ、了解です。」
「えっと、シュンスケは大丈夫そう?」
「だ、大丈夫じゃないけどやります負けたらごめんなさいいい」
「佐原井、それは負けてから言え…よし、行くぞ!!」
海野少年の声が震えている。秋山少年は今にも泡を吹いて倒れそうだ。しかしその瞳には、決意か諦めのようなものが宿っている。
俊輔と竹也少年はもちろん、彼らも『氷の国』と戦ったことはないとのことだった。この中で彼らと戦闘経験があるのは湖礼少年ただ一人のみ。
湖礼少年曰く、水使いは厄介で攻撃範囲がかなり広いから距離に注意、氷使いの方は近付けばなんとかなるかも、とのことだった。説明のざっくり具合に海野少年がキレかけたが、そもそも、湖礼少年も二人と戦ったのは何年も前と言っていたのを思い出して冷静になった。それに、湖礼少年が説明下手なことは周知の事実だった。
「お邪魔しまーーーす!!」
湖礼少年が一瞬だけ結界の外に出て、突発的な強風を起こし勢いよく屋上への扉を吹き飛ばす。
一つしかない入り口だ、てっきり強襲が待ち構えていると思いきや……眼前に広がる景色に一同は行動を忘れて俄然とした。言葉さえも失う───そこは、屋上というにはあまりにも異質な空間が広がっていたから。
「な」
「な、なにこれ…屋上、だよね?」
「…ああ、合ってるはず…ここは屋上だ」
空を覆い尽くす水の天幕、氷の玉座、氷のオブジェ、氷のカーペット。青い空は見えず、辺り一面が透き通って見える。
水が光を反射して、まるで鏡の世界にでも迷い込んだかの様な錯覚。
ここは美しい庭園か、それとも謁見の間か?
玉座の前では一人が掌を空中に翳して水を出現させ、もう片方がその手を握る様に重ねて、その水を凍らせていた。
そうして新たなオブジェ…人魚姫のような氷像が誕生したところで、二人はようやく「侵入者」に気がついた。
「あら…良く無事にここまで…寒かったら、ごめんなさいね?」
「んもお全く!遅いよぉ、待ちくたびれーたー!ほら見て。こんなにできちゃったじゃん、あたしらの『愛』」
屋上には、二人の人物がいた。
一人は車椅子に座り、こちらを無表情で見つめる長い黒髪の…湖礼少年曰く「雪姫」という名の女の子。
もう一人は、完成したオブジェを恭しく玉座の横に並ぶ氷の台座に置いた、ツインテールの彼。彼は俊輔の姿を見ると目を大きく開き、笑顔で右手を振った。
「おー、佐原井くんじゃん!お久しぶりー!…ここに来るまで良い経験をしたのかな?うんうん、悪くないけどぉ、もちょい『リラックス』してみー?」
「え」
お久しぶり…?馬鹿な、初対面のはずだ。初対面の相手に突然フレンドリーに声をかけられ、俊輔は困惑した。こんな女の子みたいな男の知り合いは俊輔の短い人生においていない。チームメイトも困惑しているのが空気でわかる。というか、よく見たら隣の車椅子の少女も驚愕の表情を浮かべている。…な、なんだこれ。
ただ一人、海野少年だけは結界を展開しつつ、彼の言葉に眉を顰めた。心なしか、こめかみに青筋が浮かんでいる様な気がする。
「あ、あの…久しぶりって…?」
「うんうん、前より『自信』もついているみたいだね、良かったじゃーん!んでんで、『目標』はできたー?『任務』の進捗はど???」
「は、はあ……?




