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PASS!  作者: 寛世
第三章
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未知の模擬戦 11




 さて、俊輔たちが校舎前へ辿り着く頃には、既にあちこちに少人数の集団がいくつか散らばっていた。今日この場に来ていない生徒もいるだろうが、それでも学園に在籍する生徒が思っていたより多いことに、俊輔は驚きを隠せなかった。


(食堂にくる人は結構いるけど……あ、真野くんだ…というか抑の話、何人くらいいるんだろう)


 授業はオンライン受講が多いと聞いていた通りで、対面では湖礼少年、海野少年以外とは同じ授業を受けたことはない。初めての授業時にオンライン受講によって間接的に一緒に授業を受けた人はいたけれど、それが誰なのかはわからない。匿名希望だったから。もしかしたら今日の大会に出てるかも…なんて、そんな都合の良い話ないかあ…と、俊輔は僅かな懐かしみを覚えながらそう思った。あの時のあの人の、言葉は、今でも訓練のためになっている。故に、もし会えるなら、一言でもお礼がしたかった。


(…正直、ここにきたばかりの頃は衝撃的なことが多すぎて、本当に自分のことで手一杯で…ほかの人と話とかあまりしてなかった。もっとコミュニケーションとか取るべきだったかもな…いや、それはそれでこういう場で戦いにくくなる…?でも将来的にはきっと一緒に戦うんだよな…?うーん…正解がわからん)


 さりげなく視線を周囲に巡らせると、二、三人の集団もあればこちらと同じく五人前後の集団もあった。それ以上の人数の集団も。ざっと確認できただけでも、おそらく六チームはある。というか、みんなこっちの方を見ているような…気がする。自意識過剰なだけかもしれないけど。


「…流石にちょっとうぜーな」

(き、気のせいじゃなかったーーー!な、なんで?!やっぱりコミュニケーション不足が原因?!誰アイツあんなのいたっけみたいな?!)

「はーいどうどう、シュンスケ落ち着いて!視線の理由は単純に『雷』使いが気になってるだけだから!わかりやすく言えば真野くんみたいな感じ!ちょっとでも情報が欲しいんだよ〜〜レアな能力(アビリティ)だしさ。個人戦のデータもまだ無いんだし」

「そうなのかもしれないけど、そんなに見なくても…特に真野くんの視線が痛すぎる、あれはもはや殺気……個人戦??」

「無視して大丈夫だよ〜!それに一緒にたくさん練習したでしょ?自信もって!何かあってもボクがなんとかするし★あ、個人戦の話してなかったっけ?半年に一回くらいあるんだよねえ、勝ち抜き式のやつ!あれもあれで楽しいんだよ!」

「楽し…?と、とりあえず、今度詳しく教えて…」

「おっけー!まっかせてー!」


 優しい凪風と湖礼少年の元気で屈託のないエメラルドの瞳が安心を与えてくれた直後、個人戦というこれまた恐ろしい響きの存在を暴露されなんとも言えない気持ちになった。隣の海野少年の哀れみを含んだ視線が物語っている。「こいつに説明させるのはやめとけ」と。

 まあでも今は先の個人戦より、目の前の団体戦方が大事なので聞かなかったことにした。これ以上の負荷はメンタル的にヤバイから!!


「おっはー、みんな早いねえ」

「おはようございます。本日はよろしくお願いします。」

「おー、おはよ」

「おっはー!」

「お、おはよう」


 ちょうど秋山少年と竹谷少年も合流し、チームメンバーが揃った。軽くおはよう、と挨拶をしただけなのに、不思議と不安が薄れてどんどん気持ちが前を向いていくのがわかる。そうだ、一人じゃない。湖礼くんも海野くんも、みんなもいるしきっとなんとかなる!そんな気がする!あれこれ負けフラグ?

 

「………ってかさぁ海野クン、気付いた?」

「…もちろん」

「今回の参加チーム、めっちゃ少なくね?」

「ああ。いつもならあと四チームくらいはいるな」

「やっぱそうだよねえ?しかも、今回は佐原井クンも参加するのにねえ。てっきり情報取りに来ると思ってたわあ」

「…二人とも、あれを。門の近くの木陰に、普段なら()()()()()()()()がいます。ここにいない人達は、事前に知っていたんじゃないですか」

「それだ。…今回は出るのか、『氷の国』…なるほど見えてきた。佐原井よりもそっちの能力を、安全地帯から見たかったんだな。あー…思い返せば湖礼のテンションも妙に高かった…色々納得。つーか、あいつ事前に知ってたなら報連相しろとあれほど…!」

「なんか昔から仲良いもんね、薫っちと()。そして俺の脱落宣言が過去最速になる予感について」

「それは許さん。むしろ積極的に戦え。レアキャラと戦闘訓練積むチャンスだぞ、勿体無い」

「イヤーッ!ヤダーッ!海野クンの戦闘バカ!鬼!もー、あの子らの強さ知ってるくせにいい!」


 さりげなく湖礼少年の後ろに隠れつつ視線の集中砲火をやり過ごしていた俊輔は、後ろで三人が少し不穏な会話をしていたことなど知らなかった。が、『音』の能力(アビリティ)を使える湖礼少年には当然聴こえているわけで。チームメンバーが対戦相手の一部を視認したことを知り、鼻歌を口ずさんだ。


「ふんふーん、ふんふーん♪ 今日は()()()()勝つのかなあ!どんな戦略でくるのかなあ!どんな工夫をしてくるかなあ〜〜!攻略できるかなあ、色々と楽しみだあ〜〜!」

(…こんな時でも湖礼くんはブレないというか…いつも通りというか…元気だなあ)


 殺気混じりの視線から逃れることに夢中になっていた俊輔は、いつもと同じだと思っていた湖礼少年のテンションがいつもより高いということに一切気付かなかった。


「おはよう、諸君」


 程なくして保険医が校舎内から現れた。白衣を靡かせながら白い正方形の箱を持って。カツンカツンと響くヒールの音が、やたらと大きく聴こえた。一瞬で場に緊張感が走る。


「ふふ、時間ぴったり!きちんと参加証は…つけてるわね?じゃあ早速始めましょ、といきたいけれど、規則だからいつものあれを言うわよ。少し長いけど、ちゃんと聴いてね?」


 そう言って微笑む名無は、いつもより迫力と色気があり、声色も凛として通っていた。相変わらず性別不明な美しさがある。謎の白い箱を優しく抱き包み、名無は続けた。


「本日開催される団体戦模擬試合リーンフォースは、総力戦かつゲリラ戦。チームワークを活かし、うまく立ち回って一人でも生き残ったチームが勝者。…チームには後日、特別報酬が与えられるわ。


 なお、不参加者は校舎への立ち入りを一切禁止、戦闘外区画の寮から出ないこと。負傷は自己責任。ワタシは校舎、訓練場、グラウンド、参加者の『治癒』で手一杯だから治せないわ。お願いだから、煩わせるようなことはしないで頂戴ね。戦闘場所にはワタシの『治癒』以外にも防衛系の様々な特殊結界を多重に張る先生方が外にいるから、心配しないで壊していいわよ。全部元に戻るし。ただ、各教室のAIには保護プロテクトをかけてあるから、今回は利用できないから注意して。


 ここからはルールの確認。参加証をつけている者はいかなる攻撃…致命傷さえも復活可能。でも痛覚は普通にあるから、耐えられなかったら降参宣言が可能。降参宣言か戦闘不能により、脱落可能。脱落したら強制的に訓練場へワープするから脱落者は大会終了までそこで待機。時間は午後三時まで。開始二時間以内の降参宣言は授業ランクを下げるペナルティ有りよ。


 あとはそうね…訓練ではなく、本物の戦場だと思って闘いなさい。ワタシの言っていること、わかるわよね?」


 一拍置いてから低い声で名無は言う。


「つまり、今日はチームメイト以外は全員“敵”ってこと。判断の迷い、慈悲や情け、躊躇はデッドエンド」


 全員、敵。

 変な汗と緊張が走り、どくんと心臓が変な音を立てはじめた。口の中はからからに乾き、それでも手が震えそうになるのは、なんとか抑える。

 敵…そう、敵なんだ。

 でも一人じゃない、チームメイトがいる。


「オイ、いい加減長えんだよ名無。さっさと引かせろや」

「お黙りガキンチョが!ワタシだって別に好き好んでベラベラ話してんじゃないわよ!でも規則は絶対でこれスルーしたらワタシが上から目玉喰らうの!…とりあえずアンタは今度特製ハーブティーの刑ね、大会終わったら部屋まで持ってくから覚えときなさい」

「チッ余計なこと言うんじゃなかったガチで」

「まずは代表者にこの箱の中身を引いてもらわ。引いたら紙に書かれている指定された場所に移動。全チームの移動完了したら校内放送で開始の合図をするからそれでは待機。繰り返すけど、ここに来ていない生徒はしっかり配信を見て学びなさい。

 さ、覚悟のあるチームから引きに来て頂戴?」


 何故だろう、不思議とあの白い箱が地獄への片道切符にでも見えてきた。


「アンタが一番槍ね」

「うっせえ…掴みにくいな……チッ!」


 いの一番に箱を引きに行ったのは、先程名無に恐ろしい刑を宣告されていた男だった。彼は乱暴に箱の中身を引く。そして紙を広げ、急足でチームメイトの元へと戻って行った。去り際に見えたその表情は、まるで苦虫を潰してしまったかのような渋い顔だった。


(…どこ引いたのかすげー気になるんですけど?!)


 …そして、俊輔は彼を知っている。というか、あんな出会い方をしてしまったら忘れたくとも忘れられるはずがない。できることなら今後極力関わり合いを持ちたくない相手。長身に赤髪、威圧感のある眼差し。業火の如く燃やし尽くす恐ろしい炎の能力(アビリティ)を使う、怖いヤンキー。


(たしか裂記くん、って呼ばれてた先輩。チームは…三人組なのか)


 彼は二人のチームメイトと合流すると、紙をクシャクシャに丸めて制服のポケットに突っ込んだ。


「行くぞお前ら」

「はあーい」

「げげげ、裂記くんのめっちゃ機嫌下がってるじゃん。どこ引いちゃったのよ…あーやな予感がするう、もう帰りたい」

「うるせーな、さっさと着いて来いコラ」

「シャキッとしなよう」

「あーあもっと期限悪くなっちゃったよコレどーすんの…帰りたい」


 赤髪の男が、黒髪と茶髪の男を引き連れて三人揃って校舎に入って行く。それを見送ってから次のチームが白い箱へ引きに行った。カラカラ、と木陰から車椅子を押しているのは活発そうなツインテールの女の子で、車椅子に乗っているのは、長い黒髪の大人しそうな女の子。


 え?女の子?



「能力者って男だけなんじゃ…」


 言いかけてふと思い出す。初めに受けた授業、湖礼くんから教えてもらったことを。彼は確か、こんなことを言っていた。


『覚醒者は基本男性が九割。覚醒する時に細胞変化が起きるんだけど、男性は染色体XYのYに異常が起きて生殖能力を失う。女性は染色体XXだとそもそも変化しないから、ほぼ覚醒しないんだって。Yに影響を与えて生殖能力をなくす代わりに超常的な能力を手に入れる…ってことだね……』


「そうか、彼女たちはその…一割の成功者…?」

「そうだよーーーん!!大正解、覚えててエライねシュンスケ!感動したから飴ちゃんあげる!正確には車椅子の子だけだけどね!名前は雪姫っていって、ボクの古〜〜い付き合いがある、大事な友達なんだあ!今度紹介するねっ★…ああ、髪の毛縛ってる方は男だよ。なんかシュミとか言ってたっけ」

「しゅ、しゅみ」

「そうシュミ。ま、雪姫と仲良くやってくれてるし、別に格好とかは好きにしたらいいと思ってるよ」

(…あれ、彼に関してはなんかちょっと嫌そう…というか露骨にテンション下がったな)


 本戦が始まる前にこれまた様々な情報が押し寄せてきた。気になることは山ほどあるが、聞くべきタイミングは今じゃない。きっとらこの団体戦が終わってからの方がいい。

 そうこうしてるうちにくじを引き終わっていたらしく、気付いたら彼女ら?二人は既に校舎へと足を向けていた。


「ね、ね、雪姫え、どこだったのー?おーしーえーてーよー?」

「こんな所で言うわけないでしょう。…ほら紙、見て。見たら捨てといて、バラバラにしてからよ。あと早く連れてって。後ろが詰まってるから」

「うぇーい、りょ!じゃ皆の衆またあとでえ〜〜、バイバーイ」


 ふわふわの栗毛のツインテールの…彼?は、一度だけ振り返ると、その場の全員に向けて笑顔で手を振った。そして校舎へ入っていった。


(いやあっちも普通に女の子に見えるんだけど?!声も可愛いし…た、戦いにくそう…!!)


 俊輔は始まる前からちょっと挫けそうになった。




 ───雪姫と呼ばれている少女が校舎へ足を向ける前に、一瞬だけチーム『Pass』へ視線を投げたことに気付いたのは、湖礼少年だけだった。



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