未知の模擬戦 12
他のチームが次々と指定場所が記載されたくじを引いては校舎へ足を踏み入れていく。ふと周りを見渡せば、くじを引いていないチームは残すところ『Pass』だけになっていた。
(……いつの間に)
「ほら、アンタたちがラストよ。早く引いて頂戴、ワタシも準備あるんだから」
「あ、はい、先生。すみません」
名無が些か乱雑に白い箱を振る。一刻も早く現場へ行きたいという思いを抑えられないとばかりに、右足のヒールがコツコツとリズム良くコンクリートの地面を鳴らした。それを見て海野少年が足早に名無の元へ向かった。
(先生も準備とかあるんだ……)
ほかの教師もこの大会の手助けや運営をしているのだろうか?少なくとも今この場に教師らしき姿は、ほかには見当たらないが…
(……そういえば、ここに来てからあまり大人の姿も見てない気がする…AIの授業が主流だから?一応学校で、生徒が大半だから?)
ぼんやりと考え事に集中してしまいそうになり、俊輔は慌てて前を向くと、ちょうど海野少年がくじを引くところだった。
「どうせあと一枚しか入っていないんでしょう?もう手渡ししてくださいよ、その方が早いですって」
「そうしたいんだけど、それをしちゃったらワタシの首がポーンするかもだからダメ」
「はーい」
「素直でよろしい、アンタはいつも模範生で助かるわ……はい、全チームのくじ引きの終わりを確認。アンタたちが指定場所に着いたら五分くらいで開始の放送が流れるから、できるだけ急足で向かうこと…あっ佐原井くーーーん!!団体戦頑張ってね!モニターの向こうから応援してるから〜!」
「は、はいいい?!が、頑張ります、ありがとうございます!?」
「ブッフォ!!」
急に名指しで声をかけられ、うわずった声で返事をしてしまった。隣にいた湖礼少年が盛大に吹き出す。なんかちょっとムカついたので軽く頭をこづいといた。それでもまだ笑っていたので早々に俊輔は諦めた。湖礼少年の笑いのツボは深いのだ。放っておくのが一番だとここ数ヶ月で学んだ。
本当に彼は、どんなことでもよく笑うなあと俊輔は思った。
「全員確認して」
戻ってきた海野少年の鋭い眼差しと険しい表情に、緩みかけた気が引き締まり一気に場に緊張が走る。
…作戦的に厳しい場所を引いた?むしろ最適な場所を?次々と浮かび上がる思惑を遮るように、海野少年はチームメイト全員に見えるように紙を広げる。
「ここが、俺たちのスタート地点で拠点。なんらかの理由で分散した場合、最終的にはここに集合すること。よし、覚えたな?湖礼、処理」
「はいはーい、バラバラ〜!」
海野少年の言葉に全員が静かに頷く。それを確認してから彼は紙を湖礼少年に渡した。湖礼少年がふうっと息を吹きかけると、何かに切り刻まれたかのように空中で細かくバラバラになり、風に散ってみるみるうちに見えなくなってしまった。
(これも立派な情報だもんな…消せるなら消すか…)
指定場所は───三階の化学室。
五階建の白い校舎の東側、角にあたる場所に位置する教室。日当たりが悪く用事がない限りほとんど誰も行かないため人気もない、と湖礼少年から以前に聞いたことがある。かく言う俊輔も、いまだに一度たりともその場所へ行ったことはなかった。今の段階では行く必要性がないと授業用AIに告げられたからである。
戦闘シミュレーションでは当然入ったことがあるが、しかし、その場所での戦闘を想定した回数は少なめだったような…?
(よりによって…いやでもそこで戦闘になるかはわからないし…遮蔽物多いから、むしろ攻め込まれてもなんとか…なるかも?体育館よりはマシかな)
心臓が変な音を立て始めたことが自分でもわかった。ドッドッと響く心音が、やたらと大きく感じる。俊輔は無意識に拳を強く握りしめていた。
うまくやれるだろうか───
えも言われぬ不安に、一筋の冷や汗が背中を伝った。
「校舎に入ったら模擬戦開始まで能力が使えない…とはいえ耳が良い奴はいるから…できる限り静かに指定場所へ行こう。繰り返すけど、静かにな。特に湖礼」
「名指しとか茂樹っちひどい!ボクだってそんな大事な時に騒がな…あっそういえばボクこの間地球のアーカイブ漁ってて知ったんだけど、そう言う時は抜き足差し足忍び足っていうんだってー!!」
「早速うるせえな今の聞いてた?名指しの意味わかる?静かにって言葉知ってる?…ごほん、とにかく音を極力立てないように……忍び足で」
「「「はい」」」
「よし、攻勢作戦、開始!」
「えっもう始まったのォ?!忍び足は今からでもイイけど、作戦は教室着いてからじゃない?!」
「秋山もかよ!忍べつってんだろ!!」
「メンゴ!!」
「ちなみに海野先輩も忍べてませんよ。」
「すまんかった」
「あはは、校舎に入る前で本当によかったねぇ」
「…なんか緊張感も解けたし、うん、結果としてはよかったのかもね…」
「ねっ!」
「…。」
少しだけ笑い合って、すぐに全員表情を引き締めた。俊輔たちは抜き足差し足忍び足で校舎の中へと入っていく。足音やもちろん服ずれの音、呼吸音にさえ細心の注意を払い……慎重に化学室へ辿り着くことができた。
中へ入ると、音を立てない様気をつけつつ、それぞれ適当な机や椅子に腰をかけて目を閉じたり深呼吸をして集中力を高めたりしている。
(…放送がかかるまであと何分かありそう)
───俊輔は近くの黒い長机に腰を掛け、昨日の作戦会議を思い出す。大会前日の夜にチームでようやく出せた結論と作戦だ。
『繰り返しになるが、今回はゲリラ戦だ。つまりトーナメントみたいに、大人しく敵は待ってくれない。まずこれが前提なわけだが』
『だからといって闇雲に動き回るのは愚策だよね。奇襲をかけられたら場合、対応できなければ即エンド。前回の敗因の一つだし対策しないと』
『動き方はどうします?攻勢作戦ですが、派手に行きますか?』
『前回それで失敗してるから今回は慎重に行く。奇襲対策は、俺が防音、光学迷彩結界を張って全員の居場所を隠しつつ『指定場所』から時計回りに動き、出会ったやつを片っ端から倒すのが主な方針。どう?』
『攻勢作戦なのに地味系じゃん、俺的には嬉しいわ!ま、数減らさないとね…同盟みたいなの組まれて複数チームから殴られるしねぇサイアクの場合』
『そう、これは数対策でもある。できれば半分くらいは減らしたい…潰しあってくれれば尚良し…とにかく、奇襲対策は俺に任せろ。うまくやれば、俺たちだって優勝できるはずだ』
全員が真剣に取り組んでいる。消極的な秋山少年でさえ、積極的に発言していた。俊輔は口を挟まなかった。
そしてこれは、先ほどくじ引きの前に円陣を組んで行った作戦会議の内容だ。実のところ、緊急作戦会議をしたからくじを引くのが一番遅くになったのであった。
『…ちょっと全員さりげなく集合。かなりやべー強さの奴が参加していることがさっき判明した。できることならチームメンバー誰一人も欠けるなく、そいつまで辿り着きたい』
『ボクの見立てではめっちゃやばい強いのが二人、そこそこ強いのが数人はいるね。ちなみに真野くんは普通の強さだよ』
『強い奴らの戦いとなると騒ぎを聞きつけて漁夫の利をとりにくるやつも当然出る。そうなったら最悪乱闘になります』
『うわ出ためちゃくちゃヤバいやつ』
『そこに居合わせた場合の動き方だが、俺以外は前衛だ。全力でフォローするから、まずは可能な限り各個撃破を目指してほしい。全力で守るから、一人ずつ倒して生き残ることだけ考えろ』
『万が一分断された場合、各個撃破したあとは最初の『指定場所』に集合することも大事ですね』
『それも大事だ。とにかく逸れたら最初の部屋に戻っておけよ』
(つまり、海野少年の結界で隠れつつできるだけ参加者を倒して数を減らす。秋山くんも納得してたし、良いのかも……?闇討ちみたいなことは…初めてだけど)
そんな人生経験などあるはずがない。むしろあったら怖い。こちとら、ついこの間まではただの人間の高校生だったのだから。
『───生徒諸君、お待たせいたしました。これより第何回目かの団体戦模擬試合リーンフォース、スタート!!生き残れよ生徒よ!』
そして始まりを告げる放送が流れ、いよいよ団体戦の幕が上がった。
同時に海野少年が両手拳を前に突き出して握り、防音、光学迷彩結界を張る。俊輔たち全員は球体状の透明な膜のようなものに包まれた。海野少年を中心に展開されているこの結界内にいる間は、化学室の中は誰もいないように見えるらしい。いわゆるステルス機能だとか。俊輔は海野少年を見ながら思った。これめちゃくちゃ便利な能力なのでは、と。
しかし、大会が始まったというのに周辺から物音が一切聴こえてこない。三階とはいえ、不気味なくらいに静まり返っている。隣の部屋からも、廊下からも、階上階下からも、何も聞こえてはこない。戦闘をしているような音も、人の気配さえも。不気味な静寂の中、秋山少年が不安げに口を開いた。
「…あのさ、結界内だし普通の声量で話すけどさぁ、なんか…静かすぎじゃね…?」
「…ああ、いくらなんでも静かすぎる。前回なんて開幕直後に裂記先輩が校舎の二階を片っ端から炎の海にしたせいで阿鼻叫喚になったし奇襲はかけられるわ混乱してバラバラに動いて脱落するわで……ゴホン、湖礼、何か聴こえるか?」
「それがさっきから『音』の能力使ってるんだけど…おかしいな、戦闘音どころか呼吸音も聴こえない…ノイズが走ってる感じがする。うーん、居場所くらいは拾えると思ったんだけどなー…」
「『音』対策されてる感じですかね」
「そうかも。とにかく用心はした方が良さそう。ボクのカンじゃ近くに誰かいる気はするんだけどね、隣の部屋とか」
「わかった、サンキュ。お前の勘は当たるからな。隣だな…そいつらから倒すか…とにかく動くか、全員俺からあまり離れない様に移動開始」
辺りを警戒しながら全員で廊下へ出る。そして隣の部屋の扉を開けようとしたその時、竹也少年が静止をかけた。
「待ってください。海野先輩」
「どうした?竹也」
「確かもう一種類、追加で結界張れますよね」
「できるにはできるけど…三重となると、俺にも相当の負担がかかる。三つ目はあまり長く持たない」
「隣の教室に入る時、数十秒でも物理結界を追加してください。自分も嫌な予感がしました…張られてる気がします」
(全然わからん…みんな勘冴え渡ってるな?!)
「こーゆー時のカンは馬鹿にできんよねぇ…」
「わかってる、扉を開けて十秒間は物理結界も維持する。隣の教室にいるのが確定なら、奇襲対策にもなるしな」
海野少年が右手に力を込めた。さらに薄らと皮膜感に覆われた。それは透明で、まるで布団にでも包まれているかのような感覚だ。その結界内にいると不思議と安心した。彼が守ってくれているからだろう。
「すみません、ありがとうございます」
「気にするな、守るのが俺の仕事だ。前衛…最初は湖礼が開けた方がいいな。佐原井は構えてて、何か居たら躊躇わずに雷撃っていいから」
「う、うん!」
「よしきた、まっかせてー!」
防音及び物理及び光学迷彩結界内とはいえ、慎重に動く。廊下はひたすら静寂に包まれていた。人気がない白い大きな校舎は、いつにも増して不気味に感じる。まるでまったく未知の、巨大な生き物の中にでもいるような気分だ。
湖礼少年が静かに扉を開き、中に入ったその瞬間──
ガキィィィン!!と目前から金属がぶつかるような派手な音がした。天井から何かが結界を突き刺してきた者がいたのだ。海野少年の堅牢な物理結界により、獲物と共に弾かれた強襲者は後退りして舌打ちをする。俊輔はちびりそうだった。
「よく防いだなぁ!見えねーけどよ、そのやたらと硬え結界は海野だなあ?!」
「ひい!やっぱなんかいたし闇討ちきたーーー!俺らの勘やばすぎっしょ!天才か?!」
「何のですか」
「危機感知能力!」
「なるほど…」
(ま、真野くん!今の、あの時と同じ戦闘スタイル…!)
初めて保健室で強襲をかけられた時と、同じ…!!
俊輔は遅ればせながらも臨戦態勢に入る。いつでも雷撃を放てる、もしくは墜とせるように。
「作戦S!!」
海野少年が声を張り上げる。防音結界内のため、相手にその声は聴こえていない。
相手チームは三人。手前数メートル先に強襲してきた真野少年、そのすぐ後ろに剣を構えている一人、離れた所に腕をこちらに向けている一人。
(近接の真野くんと、多分剣の人も近接…!もう一人は、俺と同じタイプ?!)
作戦Sの号令が掛かり、即座に湖礼少年と竹也少年、俊輔は前に出る。予め決めていたとおり、海野少年は彼ら三人を三重結界から出した。
『作戦Sは、スピードのS。遭遇したチームが三人以下の場合、湖礼、竹也、佐原井は相手を迅速に倒せ。すぐ結界から出すから、瞬殺しろ。俺らは結界内で警戒と見守り。以上』
『えーっと、どゆこと?見守りイコール待機ってこと?』
『そう、待機。前衛がやられた時に俺らだけでも生き残るための待機』
『お、鬼か?!海野クン?!あー鬼だったわ!』
『俺たちが荷物にならないためでもある。守るものがないほうが戦いやすいだろ?』
『そっちの説明の方が納得したくやじい!』




