未知の模擬戦⑧
(あと二体いるんだった…!)
少し離れた場所で、何かが動き出すような音が聞こえた。疲労で徐々に下がっていた顔を上げる。視界に飛び込んできた光景は、すでに臨戦体制に入っていた秋山少年と竹也少年、そして対峙するNPCたち。彼らは木の足で強く床を蹴り、二人に襲いかかってきた。
(……っ!)
恐怖でドキリと心臓が嫌な音を立てる。逃げないと、という思いがつい、先行しそうになった。まだ異形のNPCの姿は見慣れないし、それが武器を持って迫り来る姿は、正直とても怖い。
しかし、今は後衛の二人に任せるべきだというのもわかる。少しでも休んで体力を戻さないと…きっと、このあともシミュレーター内での仮想訓練は続くはずだから、そう、頭の中ではわかっている。わかっているはずなのに、言葉にできない恐怖と焦りが、心の中をじわじわと侵食してくる。
(今できることは休むことと、ほかの人の戦いを見て学ぶことだ…ちゃんと見ないと…焦るな、焦っちゃだめだ……)
「秋山先輩!」
「わかってる、練習通りにね!そんなわけで、君はこっち!」
二人は一瞬だけ目線を合わせた。秋山少年が迫り来る右側のNPCに『翼』の能力を発動させたようで、急にNPCが地上からおよそ30センチほど浮遊した。
さて、するとどうなるか。わずか数十センチだとしても地面から離れ足場が不安定になれば、当然バランスを崩す。さらにもう少し高度が上がった。
(いつ発動したのか全然わからなかった…!)
「こっちはおっけーよ!暫くはこのまま維持できる、具体的には三分ちょい」
「了解!ありがとうございます!…もう少し距離が欲しいな」
もう一体のNPCは、竹也少年が走りながら引き付けていた。広い訓練場もとい仮想の体育館の中を、攻撃を避けながら器用に逃げる竹也少年。容赦無くひたすら追いかけてくるNPC。
(竹也くん、すごい…追いかけられてるのに…冷静だ。俺も見習わないと)
体育館の端の方へ走った頃、竹也少年が振り返って秋山少年の方へ手を上げた。おそらく秋山少年への合図だ。その頃には、大体20メートルくらいの距離が二人の間にはあった。
「秋山先輩、準備できました!」
「りょ!じゃ離します!」
「『引力』解放、行け!」
秋山少年が言葉通り能力を解除し、浮いていたNPCが地面に落ちる…その時、同時に竹也少年も能力を発動した。今まさにNPCの獲物が竹也少年に振り下ろされるその寸前に、何かに引き寄せられたかのように、そのNPCは俊輔たちの目の前をものすごいスピードで文字通り飛んでいった。
そして、衝突した。俊輔は一瞬何が起きたのかわからなかった。とてつもない速さと勢いを伴って衝突したNPCたちから、派手に木材が折れる音が響く。辺りに二体分の木っ端が舞った。
「……な、何…?今の?」
「ふふふー、なんだと思う?当ててみてよ」
「え?!えっと、なんかこう、真横に…平行?に飛んでいったような…あの位置からこう、直線的に…………平行に横移動したってこと?!そんなことある?!」
「あっはははは!わかる、わかるよ!ボクも初見は何が何だかわからなかった!とりま落ち着きたまえ、茂樹っちが解説するから」
「ちなみに俺も初見はわからんかった。気が付けば壁に貼り付けられてたからな、あれは忘れもしねえ…秋山と似てんだよな、能力の系統的には。つまり佐原井、正解だよ。引力による平行移動で間違いない。まさか重力無視とはね」
「ほんとそれ!能力教えてーっ言ったらいきなり壁にビターン!だもんね笑っちゃうよ、草しか生えない!…ポテンシャル高い能力だよねえ、二人とも。扱うの難しそうだけど。特に竹也」
「壁のことは忘れろ」
「無理!無様すぎて忘れられなーい!」
「………」
壁に貼り付けられる海野少年とかなにそれ超見たい気になる、とうっかり口が滑りそうになったが、今言ったら鬼が降臨するのが目に見えているので俊輔は口を噤んだ。口は災いの元やらならなんちゃら、地球の教師が何か言っていたような気がする。あと湖礼くんは煽るのやめて!隣の人の顔よく見てやばいから!俊輔は心の中で叫ぶ。
(というか、そのまんまなんだ。平行移動…重力無視…)
海野少年は今、重力無視と言った。そして竹也少年は、『引力』と『浮力』の能力が使える。
引力…引力とは?はて、昨日の会議中に誰かが説明していたような気もするが、途中から睡魔に負けうとうとと微睡んでしまった俊輔は、あまり覚えてなかった。目を閉じて、僅かに残る記憶を手繰り寄せる。
…確か、物体同士が引き合う力…物体同士を引き合わせることができる力…重力は惑星の地盤ありきだけど、引力は物体同士でも引き合える…万有引力…磁石で例えたら、強制的にS極とN極にするから引き合う力で速度が出る…ちなみに反対の力は斥力…みたいな…話だったような気がする。
(つまり竹也くんは、引き付けていたNPCを秋山くんが足止めしていたNPCに、『引力』で引き合わせた…ってことか)
そんなことをしたら、速度も出て衝突事故が起きる…あ、それが狙いか───
「ふーー一!仕事した!で、どう?どう?!俺らのスペシャルコラボ自信作は!名付けて、引力爆弾!シミュレーターでは時速80キロは出たよ!扱いゲキムズアビリティーズのめっちゃ工夫した苦肉の策よ、どーよコレ!」
「結構がんばって考えました。三日くらい徹夜して」
「…秋山、竹也。めっちゃ褒めたいし喜んでるところ悪いが…まだ消えてないぞ」
「あ…慢心しました…ごめんなさい」
「海野クンたら脅かさないでよね!大きければ大きいほど引力も増すし、スピードも乗るし、いこーる衝撃も大きいはず!あれだけの威力があって消えないワケ…」
海野少年の一声ですぐ振り返った秋山少年は、笑顔から一転し、険しい顔になった。
『翼』の解除により無防備な状態でぶつけられた方のNPCは、地面に伏したまま動けない程度には弱っているみたいだが、消えてはいなかった。消える一歩手前、あと一撃でもあればこちらは倒せそうだ。
『引力』で引き寄せられ衝突の「球」にされた方は、立ち上がっていた。片足を引きずりながらも動いている。ぼろぼろの両腕に獲物を構えて。
「あるんかーーーい!思ったよりタフじゃん!プラン変更!竹也クン、トドメは上から!『引力』に重力も上乗せてもう一回!俺は倒れてるやつを球にするのに浮かせるから、その後は頼んだ!」
「了解。じゃあ…とりあえず天井まで」
「よっしゃあ天井ね!天井??!?…よし気合い入れるわよいしょ重…っ!やっぱ連続しての移動はキッツイなあ…よし、いー感じ…ってわけでまた君は浮いてね!」
「そして、落ちて下さい。『引力』超降下!ぶつかって共々砕けろ!木屑が!」
天井まで『翼』で浮かせられ、そこから『引力』の能力を、重力によるブーストをかけた状態で、立ち上がったNPCに垂直に叩き落とす、容赦無く。バキ、と音を立てて、今度こそNPCたちは粉々になり、跡形もなく消失した。チームの勝利だ。
「…竹也、距離の計算もちゃんとしてるね。重力はある程度の星なら誰にでも何にでもかかってるから、それを利用して引力で更に引き寄せる力が強くしてる。なんなら浮力で自力で浮かせられるよね?これでもし、斥力まで使えたら……怖いこと考えちゃった!やめやめ、とにかくボクもうかうかしてらんないなあ」
「秋山も頑張ったな、なんかテンションおかしいし
めっちゃうるさかったけど。まあ良い戦い方だったんじゃないか。伸び代もあったし、課題もわかったしな。
それより問題は竹也だ。湖礼のいう通り、あいつ前衛やりたがってるわ……作戦に納得してなかったのか?それとこれは俺の思い違いであって欲しいんだけど、竹也戦闘中ちょっとだけ口が悪くない?」
「あ、それは俺も思ったよ!良かった勘違いじゃなかった」
「二人とも気づくの遅いよー!シュンスケはまあ会ってから日数少ないから仕方ないけど!竹也はね、戦闘になると割と過激なこと言うんだよ。なんか自然とそうなっちゃうとか」
「ええ…」
「…俺あいつ怖いかも」
三人の間には微妙な空気が数秒漂ったが───…何はともあれ、チーム『Pass』は仮想戦闘の一回目は快勝を収めることができたのであった。




