未知の模擬戦⑦
(き、きた……!)
俊輔たちのすぐ目の前に、NPCたちが迫ってきていた。乾いた木の足音を立てながら近づいてくるその姿がまるで処刑人のようで恐ろしい。時折何かを探すように獲物を振ると、空を切る音がする。全員に恐怖と緊張が走った。
「ふ、普通に怖いよぉ…何回見ても慣れない…帰りたくなってきた…で、薫っちはなんで笑ってんの?」
「いや笑ってるつもりはないんだけどね、なんかやる気が満ちちゃって!」
「お前のがこええよ…俺が守るから大丈夫だ、気合い入れろ」
「うう、はぁい…」
(正直わかる……怖いし、あの棒みたい奴…当たったらめっちゃ痛そう…)
秋山少年の今にも泣きそうな声に心の中で激しく同意する。月での戦い…巨大な機械と戦った時とは違う、複数対複数の緊張感。無意識に手に汗が滲む。背中に嫌な汗が流れる。
「…結界、解くから」
「うん、いつでもいいよ!あ、でも3カウントは欲しいな!」
「言うと思った……3、2、1、」
海野少年のカウントに合わせて、湖礼少年が腕を前に出す───
(…怖い)
俊輔の頭の中に、余計な思考が一瞬だけ混じった。
──もし海野少年の光学迷彩効果のある結界がなければ、すぐに戦闘になっていたのたわろうか。そうなった時、咄嗟に自分の判断で動けただろうか。──もし、NPCの正体を知らないまま対峙していたら?当然、恐怖のあまり倒れていた自信がある。倒れた場合は…
「たられば」でしかない想像が、ぐるぐるとぐるぐると頭の中を巡っては消えていく。
ああ、邪魔だ…!どうしてこんな時に悪いことばっか考えてしまうのか…!
(できるだけ足を引っ張りたくないのに…俺は……俺は、戦闘に期待されてるんだから…)
不安になった俊輔は、つい助けを求める気持ちで横目で隣を見る。いつも笑顔の湖礼少年は、こんな時でも笑顔のまま。不敵な笑みにすら見える。
ただ、敵を見据える眼差しだけはいつだって真剣だ。
「…0!」
「くらえ風速40m/sくらい!!」
二つの結界が解除された刹那、身体を覆っていた感覚がなくなり、次いでぶわりと周囲に風が吹いた。タイミングを合わせた湖礼少年が、二体のNPCに向けて右手を振るう。正面から奇襲を受け、横向きの突風に殴られたNPCたちは、ばきばきと木が折れたような音を立て地に臥したかと思われたが……ぎりぎり体勢を保っていた。よく見ると頭や体のあちこちに亀裂が入っており、腕や足が今にも千切れそうだった。
俊輔は一瞬、この一撃で決まったのでは?とさえ思った。
しかし流石は仮想空間のNPC。攻撃を受けても難なく立っている。そして、武器を振りかぶって、向かってきている。
(再起不能に、完全に倒すには、あれより強い力がいるってことか…!次は俺が攻撃を…大丈夫、できる!)
俊輔は震える左腕で震える右腕を支えながら、右腕を木製のNPCに向けて翳す。指先の震えが止まらない。それでも、瞳だけは敵から逸らさずに。短く息を深く吸って吐く。俊輔の周りの空気か、ぱりぱりと乾いた音がし始めた。
(ん、なんか乾燥してきた…静電気も…今のシュンスケにちょっとでも近づいたら感電するかも。んー、でも授業では乾燥はなかったような?もしかして、大きめの能力を使う時のみ予備動作の範囲が広がるとかかな?…なるほどねー。まだまだ確認の余地ありだなぁ)
そんな中、湖礼少年は心の内で一人分析していた。戦友となるかもしれない友の能力を見定めるように。海野少年もまた、さりげなく二人を見ていた。
(よし、いい感じ…このまま目の前のNPC二体を、跡形もなく粉砕するイメージ)
集中して、狙いを定めて。震える指先を叱咤して。
怒号と共に、破壊を堕とす。
「こっちに、来るなあっ!!」
ピシャッ…ドゴォォォ…ン…
二対の雷撃は激しい光と音を伴って体育館の上部から発現し、見事に落雷した。NPC直撃コースである。
「…っうわーー!?シュンスケすごーい!!すごすぎる!やばいって、あんなん当たったら大体のやつは一発ケーオーじゃない?!うん、味方で良かった!」
「本当にすごいよ佐原井、まさか二体とも倒すとは…思ってたより成長してるじゃん。防電結界張るか一瞬迷ったわ」
「さ、佐原井クンやる〜!スゲェよマジで!ぶっちゃけ怖いと思いました」
「まずはお疲れ様です……目の前の適性NPC、二体消滅。」
俊輔の雷が直撃し全身黒焦げ、ボロボロになったNPCは機械音と共に消えた。…倒したらしい。各々が褒めてくれて、なんだかくすぐったい気持ちと共に、とてつもない疲労感が襲いかかってきた。身体から力が抜けてゆく。倒れそうになるのをなんとか意地で立つ。
「あ、ありがとう…けど、やっぱり、やばいくらい疲れる…っ!」
「そうだよねえ、あんだけの威力あったんだったんだし、めっちゃしんどそう…一回休みな〜?後ろから接近してきてる二体は俺と!」
「自分がなんとかしますから。」
秋山少年がウインクと共に肩を叩いてくれた。先程大声をあげてパニックに陥った人物とは思えない。俊輔はつい二度見しかけた。そして、終始目標から目を離さない竹也少年のなんと頼もしいことか。
海野少年は眉を顰めていた。
「じゃお言葉に甘えて二人ともヨロ!にしてもホントに良い感じだったねぇ、もしかしてボクらベストペア?!『音』と『雷』で複合技も作れそうだし、こんな感じで一緒に頑張ろっ!あ、とりあえず一旦休もっか、シュンスケは座ったほうが良いね」
「…なんか後衛二人もやる気あるみたいだし、大丈夫そうだから俺も休んどく。佐原井、ガチでナイス。肩貸すよ」
「う、うん…ありがと…」
湖礼少年に促され、肩を借りながら床に座り込む。海野少年も隣に腰を下ろし、肩をこつんと軽く叩かれる。さりげなく湖礼少年も隣に座っていた。深碧の瞳は爛々と輝いていて、いつも以上に上機嫌に見えた。反対側にいるピーコックブルーの瞳もまた、期待の眼差しを向けていた。しかし、それらを気にする余裕が、今の俊輔にはなかった。
(つ、疲れた……)
深く息を吸っては吐く。嫌な汗が絶え間なく溢れ出る。疲労感がとてつもなく、今すぐ布団に入って転がりたかった。たった二発分、大きめの雷を同時に堕としたらこの様だ。なんて情けないのだろう。湖礼少年は全然体力有り余ってそうなのに。一瞬の放電や小さな雷堕としなら、ここまで疲れないのに。…まあ、でも、コントロールは概ね練習通りで良かった。
(…もしかして…今の俺に一番必要なものは…体力…?)
「攻撃系は消耗激しいって聞くし、そうかもね。ボクも初めの頃はよく色んな場所でガス欠して名無先生に回収されてたよ」
「また心読ん出るし湖礼くんは何?何者なの?」
「ガチでスタミナは大事だから。しばらく能力のコントロールより筋トレした方が良いと思う」
「海野くんまで…もう、この人たち怖い」
───けれど、確かに。体力が付いて、これが普通に使えるになったなら。もっと強くなれる、絶対に。
そして、戦う意志がある限り、能力は使える。…たまに言うこと聞かないけど。




