mission 1 : to the MOON 完遂
「……んあ…?」
───唐突に意識が浮上した。見知らぬ銀色の天井が視界に広がる。
(…ここは…ムーンベースの仮眠室…そうだ、たしか疲労と睡魔に負けて…)
徐々に脳が覚醒してくる。
ここは何処で、何故自分はここにいるのか。体に倦怠感はなく、心なしかすっきりした気がする。ベッドサイドには自身がよく持ち歩いているB5のノートと、水が入ったペットボトルが置いてあった。誰かが来たのかもしれない。
(…これからどうしよう…)
ひとまず管制室に行ってみるか…海野くんはいる気がする…と、ふわっとした勘を頼りにベッドから降りようとしたところで、突然機械音と共に自動ドアが開いた。「うわっ!?」びっくりしてバランスを崩し、危うくベッドから落ちるところであった。
「あっ!!おはようシュンスケ!起きたんだね、体調どう!?」
「やっと目ぇ覚めたんだぁ、新人クン」
たたたっと小走りでベッドに近づいてきた見慣れた茶髪と、ゆっくり近づいてくる見慣れていない金髪。絹のような金糸がさらりと揺れ、薄暗い電灯に反射して少しだけ目が眩んだ。
「お、おはよう湖礼くん…と、」
「俺は環、秋山環ね。なんか同じチームらしいじゃん、しくよろ。じゃ、いちお簡易バイタルチェックすっから腕ちょい失礼…薫っち、ちょっと邪魔」
「うぎゅ」
「よっこらせ…これねー、だいぶアナログだけどこっちの方が正確なんだって。ウケるよね」
「へ、へえ…」
金髪の少年は手慣れているらしく、あれよあれよという間に俊輔の左側に陣取るようにくっついていた湖礼少年をひっぺがし、左腕にベルトのような物を巻かれた。検査用ベルトだそうで、彼がそれに繋がっているスイッチを入れるとちょっとした圧迫感が俊輔を襲った。
「脈拍、血圧異常ナシ、脳波……オールグリーン、異常なしっと。はい、おわり」
「ありがとう。あ、これからよろしく、秋山くん」
「ん、はい握手〜、これで俺らはズッ友だね。ま、末永く頼むわ」
「う、うん?」
「…ま、同じチームつっても俺は大した役に立たないんだけどさ」
「…?」
検査用ベルトを丁寧に俊輔の腕から取り外しながら、秋山少年は翳った顔でそう呟いた。ほんの一瞬だった。俊輔が口を開くより先に、ベッドに腰を掛け直していた湖礼少年が話し始める。いつもの帽子はかぶっていないけれど、首にかかっているヘッドフォンが首輪に見えてなんだか小型犬みたいだなと思った。俊輔はまだ疲れが取れていないなと思った。
「今はね今はね、あの事件が終わってから三時間経ったとこ!ちょうど夜ご飯時だから様子見に来たんだぁ!あっ今なんか食べるもの持ってくるよ、お腹すいたでしょ?食べながらさっき話し合った事を共有しよ!」
「そんなに時間が経ってたんだ…あ、湖礼くん。色々ありがとう、助かった」
「えへへ、いーってことよ!」
「薫っち、ついでに炭酸系の飲み物と、なんかテキトーにつまめるお菓子も欲しい〜」
「はぁーい、承り!でもそんなに持てるかなあ」
「ほら風ってぴゅーってさ」
「その手があったね!天才!じゃ早速いってきまーす!」
「たのんま〜〜す」
(…なんかこの二人ノリ似てるかも)
湖礼少年はウインクしてベッドから降りると、疾風の如く部屋から駆け出して行った。俊輔と秋山少年の前髪がふわりと舞う。
(……なんか気まずい)
ほとんど話したこともないチームメイト…と、二人残された俊輔の心の中は落ち着きがなかった。こういう時、どんな話をしてたっけ。どんな切り出し方をしていたっけ。思い出すためにかつての地球の友人達の顔を思い浮かべ、少し悲しくなった。
秋山少年はどこからか金属製の丸椅子をベッド付近に持ってきて腰をかけていた。琥珀の瞳が猫のようにじーっと俊輔を見つめてきたかと思いきや、次の瞬間、顔ごとさっと伏せられた。
「ごめん」
「え?!」
「これは言い訳なんだけど、任務始まる時さあ、海野クンがいつもより張り切って説明してたからさあ、俺ら自己紹介切り出せなかったんだよね…ごめん、遅くなって」
「あ、いや!俺も聞かなかったし!」
「んやんや。俺らの立ち回りが良くなかったのよ今回のは。任務も大事だけど挨拶だって大事じゃんね、同じチームなら尚更」
「そう…かも…?」
「ってなわけで俺の能力も伝えとくわ、俺の能力は『翼』。ま、浮かせられるよね」
明日雨だって、くらいのノリで能力を告げられた。
「浮かせられる…?」
「そ。」
「な、なにを?」
「んー何でも」
「なんか、イメージが沸かないかも」
「ウンウン、みんなそーいうよ。やって見せようか?」
「えっ、いいの?!」
「いーよ、その方が早いっしょ。百聞は一見にしかず…的なー?でも疲れちゃうから一回だけね」
「あ、ありがとう」
「んじゃ、やったりますかー。とりま、それとそれね」
秋山少年は、俊輔が先程まで使用していた枕と、ベッドサイドに置いてあった俊輔愛用のB5のノートを指差す。
彼はそっと囁く。
「『翼をわたしに』」
───その瞬間、ふわり、と。さっきまで使っていた枕がひとりでに宙にふわりと浮いた。ベッドサイドでは、俊輔が愛用しているB5のノートも浮かんでおり、俊輔の周りをふわふわと浮遊している。
まるで物が意思を持って浮いているような、不思議な光景が目の前に広がっている。俊輔は瞳孔を限界まで見開いた。
「え、は…っ…!?」
「これが俺の『翼』の能力ね。こんな感じで、ものを浮かすことができる。ちなみに平均的な人間くらいの大きさなら三分はイケるよ、多分」
「え、えええ?!すごい!枕が…押さえつけても浮き上がってくる!ど、 どうなってるんだこれ…魔法みたいだ…」
「いやみんな魔法使いみたいなもんじゃんウケる。魔法使いだったとしても、俺は下の下だけど」
「そんなこと」
「あるんだよそれがさあ。ちょ聞いて?訓練はしたのよ?半年間集中して訓練して…手にした成果はやっとひと一人浮かすことができるようになっただけ。ただ浮かすだけの能力が、何の役に立つってのさ」
「…うーん」
「しかもカースドワン!俺に使える能力はこれだけ!せめてもう一つ、役に立てるような能力が使えれば、前線に行けたかもしれないのに。もっとカッコよくて、活躍できる能力が良かったなァ」
「うーん…」
秋山少年の嘆きは箍が外れたかのように止まらない。そして今度は、俊輔の顔が曇る番だった。秋山少年は続ける。
「薫っちとか裂記くんみたいな、王道でカッコいいやつが良かったあーーー。炎とか風とか、使ってみたかったなあ…隣の芝は青すぎる」
「…秋山くんごめん。裂記くんて誰だっけ」
「佐原井クンが初登校でガチンコした、炎を操るちょーこええ先輩!フィジカルもちょー強いからマジで関わんない方がいいよ……にしても、佐原井クンの能力は戦闘向きで良いなあ」
「そう…かな」
「そうだよ。自信持って」
自嘲気味に笑う秋山少年を見て、俊輔は言葉が出てこなかった。
───戦闘向け、言われてみれば確かにそうだ。…そうなんだけど。…けど、嬉しくはなかった。『雷』の能力は俊輔が人間をやめるきっかけだし、ほぼ使いこなせない今の状態では宝の持ち腐れもいいところ。それに『砂』の能力は使用条件に縛りがきつく、使いこなすところではない。現状、あってないようなものだった。
お互い困ったように笑う。なんとなく微妙な空気になりかけた時、
「そんなことはない」
凛とした声が部屋に響いた。声の主は両腕に紙袋を抱えた海野少年だ。その後ろに、飲み物が入ったペットボトルを風で浮かせ、同じく紙袋を持っている湖礼少年の姿もある。
「お前───前兆が一切なく能力を発動できるだろ。詠唱も合図なだけで、本来は不要。前にも言ったが能力を使う時はどうしても大なり小なり予備動作や前兆があるから、お前がやってることは神技に等しいことなんだ。湖礼が風を使う時もだし、俺が結界を張るのにだってこう、拳を使う必要がある」
「ええ……でもコレしかできないんだよ?滞空時間も重量にも制限があるのにぃ?」
「お前がお前を認めなくてどうする。いいか、そんなステルス染みた能力を初見で見抜けるやつはいないに等しい。何にもバレずに人や物を運べる力ってのは、めちゃくちゃアドバンテージなんだよ。どこかで必ず役に立つ日がくる。必ずだ」
「……ううう」
「だから今はひたすら研鑽すべきだと、俺は思う。能力を使いこなすには経験と訓練が必要だから。ちなみに俺の理想は…そうだな、地上数十メートルの対空距離と時間があり、かつ三人分運べるようになったら最高」
「…いや、海野クンの理想とか知らんし。つか言われなくてもがんばるし。まずは飯くんね?腹が減ってなんちゃらーって昔は言ってたんでしょ?ほらはーやーくー!お腹すいたー!」
「ったく…はいはい」
海野少年の言葉で調子を取り戻した秋山少年は、足をぶらつかせながら夕飯を強請る。その顔に翳りはもうなかった。海野少年はやれやれと言った顔で紙袋をベッドに持ってくると、中身を取り出す。湖礼少年もそれに倣って中身を取り出しつつ、風で運んでいたペットボトルをベッドサイドの近くに降ろした。
(上手くいえないけど海野くんには安心感というか…この人についていけば大丈夫って思わせる何かがある気がする…もしかして彼と同室ってめっちゃ恵まれているのでは?)
「飲み物は水と麦茶とコークとオレンジジュースだよー!盛ってあげるから各々好きなの言ってちょ★」
「飯はレトルト焼き魚定食と、レトルト唐揚げ定食と、レトルトオムライスと、レトルトカレー。好きなやつを選べ。俺はオムライス。湖礼、水」
「はぁーい!水一丁入りまぁす!」
「ちょ、さっそくオムライス取られたんだが?唯我独尊かよ?ホラ早く選びな、佐原井クン!」
「えっええ?!じゃ、じゃあ焼き魚定食で!あと麦茶でお願いします!」
「はーい、麦茶一丁も入り口まぁす!」
「俺は唐揚げ定食にしよーっと、薫っち、いーい?あとコークも」
「いいよー!ちょうどカレー食べたかったから!シュンスケ、月のお菓子もたくさん持ってきたから、あとで一緒に食べようね!」
「うん、楽しみにしてる」
「よし渡ったな?じゃ、頂きます」
「「「頂きます」」」
「…で、今後の方針だが」
各自に食事と飲み物が行き渡り、食べ始めたところで海野少年が切り出す。
「───まず知っての通り、先刻ムーンベジタリアカンパニーでAIによる人間への謀反が起きた。これは既に月の政府も把握している。目的のために雇い主を始末すると言う明確な意思を持っていたことから、月の政府は一連の行動を、謀反であると決定付けた。政府はさらに、市民に敢えて知らせて不安を煽らないようにするため、箝口令を敷くと決めた。…ここまでは大丈夫そうか、佐原井?」
「うん、実際にその現場にいたし…もぐ…あ、社長の処遇は…?」
「…今回のことは様々な不幸が重なった不慮の事故。厳重注意と今後、怪しい動きや変な機械を見つければ即座に報告し、破れば終身刑。今回は、罪には問われない。もぐ」
「なるほど…」
「俺たちの今後の方針は、現状維持。今回の事件は前例がない上に、事故も重なっている。矢田野氏本人は「白」だったが、今回のことがあった以上、ほかにも自我が芽生えたAIがいないとは言い切れない。今までと同じく数時間ごとの見回りを継続。ただ、残り二日間と半日は、夜間も見回りを実施する」
「ん?それって交代で仮眠をとるってこと??」
「ああ。夜間も人ないし機械が動いている企業の近く…西区をメインに巡回する」
「うえーーーボク夜の任務苦手なんだよねえ。先謝っておくねみんな!寝たらごめん!」
「俺も起きれっかな〜〜。朝型なんだよなあ。寝るかも」
「いや起きろよ」
つまり、夜勤か。早々に寝る宣言をしている二人はさておき、三時間しっかり寝た俊輔はなんだか行けそうな気がしてきた。
「今は東院寺が見回りに行ってる。もう少しで帰ってくるから…佐原井と湖礼、交代で。秋山は湖礼達の三時間後に俺と回る。夜間は二人組で、三時間交代。明け方六時になったら全員で報告会して、その後は同じ流れ。あ、夜間は殊更慎重に動くように。絶対に目立つなよ」
「やだなあ茂樹っち、そんなピンポイントで心配しなくても」
「お前が一番不安なんだよ…」
項垂れながら言う海野少年に、俊輔と秋山少年は哀れみの視線を向けた。その後は月のお菓子とやらを堪能し、少ししてもう一人のチームメイトである東院寺 松也が戻ってきたため、俊輔と湖礼少年は見回りを交代した。
朝六時の会議までそれを繰り返し、会議で変わったことや引き継ぎ事項を共有する。それを繰り返し、あっという間に二日間が経った。
気がつけば任務は終わっており、初日のような事件や懸念していた事は、一切起きなかった。
かくして、佐原井俊輔の月における初任務は筒がなく終了したのである───




