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PASS!  作者: 寛世
第2章
38/53

mission 1 : to the MOON⑩


 

 ───諸々の処理を終え、西区からムーンベースへ戻る頃にはすっかり日が暮れていた。作りものの夕陽は、夜の帷のような在りもしない昏い地平へと沈みかけている。もうそんなに時間が経っていたのか、なんだかあっという間だったなぁと驚いた。さあこのあとは、今しがた起きた事の詳細を海野少年に報告しなくては。


「いやあ、西区からだとけっこー距離あるんだよねえ。しかも今日は事件も起きたし、ヒトフタマルマル集合とか普通に無理だよー、もう日も沈むよー。茂樹っちに怒られるー、着いたけど歩き疲れたー」

「…集合時間は、イレギュラーが起きたから仕方ないよ。海野くんもきっとわかってくれる。というかさっきから思ってたんだけど、徒歩以外の手段ってないの?」

「ないことはないけど、ボクらは特別な許可が降りないと使えないんだよねえ。よし着いた、とりま中入ろー!あそうだ、扉開けてみて!こういうのもちょっとずつ慣れていかないとね」

「う、うん、わかった…」


 少年に促され、出入り口が隠してある迷彩効果付きの自販機へむかって恐る恐る腕を伸ばす。腕はあっけなく迷彩を貫通した。その際に一瞬、迷彩効果が乱れて目の前にあるこの自販機が実物ではなく、ただの映像であることを改めて実感する。やはり月は不思議だと、俊輔は思った。

 その先にある硬い鉄のドアノブを掴み、そのまま回そうとして、


(あ、この扉って重いんだっけ)


 出発前、湖礼少年もこの扉を開けるのに相当な力を入れていたことを思い出す。

 月における重要な拠点、その入り口なのだから当然この重厚な扉にもいろいろと細工がしてあるらしい。万が一簡単に突破されないように、現存するあらゆる兵器に耐えられるものだとか。

 そして、それとは別にノブに触れた瞬間から、いや、もっと前から、自分の体がひどく重たく気怠い。とてつもない疲労感が、じりじりと彼を襲っていた。


(…体が変な感じがする。とりあえず、開けよっと)


 ……ドアノブは半分しか回らなかった。正確には、扉が半分しか開かなかった。閉じかけたそれを、咄嗟に全体重を乗せて寄りかかり半開き状態を維持する。それでもそれ以上は、ぴくりとも動かない。そんなことある?


「ブッ!ちょ、そんなことあるーーー?!確かに重いけど、そんな張り付かなくても!」

「…俺もそう思ったとこ!」

「あっははははは!や、ご、ごめん、笑うつもりは…ちょっとシュールで…いやまあほんと重いんだよね!いきなりすぎたかも。ごめんね、手伝うよ」

「…ありがとう。でも、やってみたい」

「おお!?ナイスガッツ!フレフレー、シュンスケ!頑張る子には後で飴ちゃんあげちゃうー!でも、本当に無理はしないでね?」

「う、うん」


 つい意地を張ってしまいすぐに後悔した。なんで断ったんだ本当に。腕は潰れそうだし、足にも力が入らず踏ん張れない、全身を扉に押されている。素直に助けて貰えばよかった。

 落ち着け、とにかくここで焦ってはいけない。一旦深呼吸して気合いを入れ直し、下半身に力を込め、全力で体当たりをするイメージで、再度扉に全体重を乗せる。身体中にかなり負荷がかかったが、なんとか扉は全開し、慌てて二人して雪崩れ込むように中へ入った。


「いやあ、おつかれーーー!これ慣れるまでほんっとに辛いけど、大丈夫!そのうち嫌でも慣れるから!」

「……」

「あ、閉めるのはボクがやるね!」

「…頼んだ」

「よいしょっと……大丈夫?ちょっと前から思ってたんだけどさ、シュンスケって結構無理するタイプだよねえ。別に、難しかったら無理って言っていいんだよ?」

「……うん、ありがとう」

「そりゃあまあ色々慣れては欲しいけど無理はして欲しくないし、全然迷惑なんて思わないし、むしろ頼って欲しい!」

「…うん」

「同じチームだし、助け合いって大事じゃん!」

「うん…うん?そうかな…そうかも…」

「でしょ★」


 その後は二人並んで談笑───ほとんど湖礼少年が一方的に先程の戦闘の件を話していただけなのだが───をしながら、ムーンベースの灰色の長い廊下を歩く。ふと上を向くと、通路上に『一F 異常なし』と表示された薄い電光掲示板があった。しばらくまっすぐ歩くと、通路脇に上りと下りの階段を見つけ、電光掲示板には『二F』と書いてあった。


「気になるよね?でも今はこっちー!」

「わかった」


 促されるまま廊下を歩いているうちに、道中に『装備部屋』『部品予備庫』『資料室』『メンテナンス部屋』などの部屋を確認することができた。出発時は見る余裕がなかったが、こうしてゆっくり見渡すと、ムーンベースはそれなりに広い作りだとわかる。


(…まずい、いよいよもって歩くのも辛くなってきた。足だるい……思ってるよりヤバいな、今すぐ横になりたい…布団…)


 管制室までの道のりが、遠い。遠すぎる。やっとのことで到着した頃には、すでに両足の筋肉が鉄の棒よろしくガチガチに固くなっていた。


 さて、管制室とは。

 ムーンベースの情報の統計や指示を出す『脳』であり、任務の出発地点。対宇宙スーツやオペレーター席、モニターが沢山ある部屋。俊輔たちが月に来て初めて入ったところだ。中央の半円形の席の中央には、海野少年が腰をかけ腕を組み、複数の巨大なモニターを険しい顔つき、鋭い眼で射抜くように見つめていた。その気迫たるや、まるで親の仇を取らんばかり。俊輔はかなりびびった。


「…お、戻ったか」


 海野少年は俊輔たちの存在に気づくと、スッと威圧感はそのままに立ち上がる。思わず背筋が伸びた。鬼上司?と思ったが、口には出さなかった。湖礼少年は慣れているようで笑顔で敬礼している。


「たっだいまー!湖礼と佐原井、無事に任務達成し戻りしたっ!」

「た、ただいま戻りしたっ」

「おかえり、そしてお疲れ様。思ったより時間かかっ……佐原井」

「は、はいっ!」

「顔色が悪いな、怪我でもした?救護室か仮眠室行ってもいいぞ」

「ギリ大丈夫!ギリ!俺のことはいいから続けてください!」

「そ、そうか……あ?東院寺と秋山は?あいつらも西区へ向かったはずだが」

「ああーー、そういや救援送ってくれたんだっけ?うーん、会わなかったよ。もしかしたら、入れ違いになったかも」

「把握した。…もしもし、こちら海野。すまないがイエローは湖礼たちが解決したようだから、一度ムーンベースへ戻って欲しい…ああ、そのことは本人から後で説明させるから…ああ、気をつけて」


 海野少年はささっと通話を切ると端末を金属の机に置き、そのままザッザッと俊輔の近くまで歩いてきた。身構えていると、優しい顔でポンと軽く肩を叩かれる。


「まだ任務の全ては終わってないが、改めて初任務、お疲れ様。色々あったんだろ、その体と顔を見たらわかる」

「う、うん…ありがとう鬼上司」

「リーダーは隊員の様子を見るのも仕事のうちだからな、今のは聞かなかったことにしてやる。ってなわけで、ここ出たらまっすぐ行って右に曲がったら仮眠室があるから行け」

「え、報告とかは?!」

「ああ、あるな。報告会と今後の方針の確認が。でも今のお前じゃ無理。ギリとか駄目です。休養しろ」

「そんな…」


 俊輔は固まった。その報告のために足の感覚がなくなろうが腕が痺れようが我慢しているのに。情報交換はいつどこにおいても大事だと、この間の授業でもちょうど習ったのに。自分だけ、情報の共有ができなくなるのではないか。置いて行かれてしまうのではないか。

 そんな戸惑いと不安真っ最中の俊輔の横から飛び出す影があった。湖礼少年である。


「大丈夫!シュンスケにはボクがいるじゃん、 一緒に戦ったんだし、報告関係は任せて!共有もきちんとするから、安心して寝てきなよ。数時間でもマシになるから!」

「湖礼くん…」

「いやほんとガチで休める時に休まないと!あのね、最悪、第三の地球(あっち)に戻ったら名無先生による四六時中看病の刑になる可能性もあるんだよ!?」

「そんな恐ろしい刑があるんですか!?俄然休む気出てきたわ、湖礼くん報告よろしくお願いします!お言葉に甘えておやすみなさい!」

「おー、なんかあったら叩き起こすから安心して寝とけ。おやすみ」

「オヤスミ、シュンスケ!」


 とんでもないことを聞いてしまった。これは無理して報告会やってる場合じゃねえ!一刻も早く寝なければ!


(二人には、助けられてばっかりだなあ)


 ───正直助かった。湖礼少年の言う通り、先ほどの『雷』の能力の反動がまだ体に響いているのが自分でもわかる。管制室を出てまっすぐ、眩暈がして歩くことさえやっとな状態になった体を、壁に寄りかかり前に引き摺るように移動する。言われた通りに突き当たりを右に曲がると、仮眠室と書かれた電光掲示板が光る部屋を見つけた。


(あ、くそ…考えるのも辛くなってきた。能力は使い慣れないと疲労、反動で、動けなくなる……慣れないと…もっと、練習が必要だ…もっと、訓練を…)


 静かな機械音を立てて自動に扉が開く。自動ドアで助かった。とにかく横になりたくて一番近くのベッドに力なく倒れ込む。微かな消毒液の匂いが鼻を掠める。愛用しているノートがばさっと落ちる音と、スプリングが軋んだ音が耳に残った。


(自分の意思でコントロール、できるように…ならないと…話に…ならない…)


 ────この先、この体が持つわけがない。 

 

 俊輔の意識は、ここで途切れた。












 一方管制室では、騒がしい声と静かな声が合流していた。一人は真ん中で分けた金髪が目立つ、機嫌が悪そうに顔を顰める細長い男で、もう一人は高身長で威圧感のある男。彼らは今回の任務のメンバーである。


「秋山と東院寺、ただいま戻りましたァ〜!ってか薫っちさあ、終わったなら終わったって言ってくんない!?俺たち今の今までずっと二人を探し回ったんだよ?!何千里走らせる気よホント!連絡つかないし、例の会社には誰もいないしさぁ!もー!謝って!」

「いやあ、ごめんごめん!救援のこと普通に忘れてたんだよねー、通信は途中から能力(アビリティ)でミュートしてたっぽい!まあでもさ、ボクら二人でなんとかなったし結果オーライ的な★」

「そーいう問題じゃないのよ!ハイむかつく、デコピーん!」

「あいたーっ!」

「で、きちんと解決はしたのか?」

「東院寺センセ!うん、そっちはバッチリ!あ〜〜!東院寺センセにもシュンスケの活躍を見せたかったな〜!!」

「ならいい。その佐原井は?」

「佐原井はちょっと動けないから仮眠室。その件も含めて、俺たちだけで報告会を始める…じゃ、秋山から」






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