序 全てにさよならを
(───いつだって窓から見える景色が、当たり前でありふれた、普通のものなんだと思っていた。何の確証もないのに、なぜかそう思っていた。作られた箱庭にいたなんて、気付けるはずがない。だって、俺たちは)
そう、教えられてきたんだから。
彼──佐原井 俊輔の手元にある、お世辞にも綺麗とはいえないぼろぼろに古びた一冊の書物。かなりの年代物なのであろう、その表紙は古ぼけており、所々剥げおち、全体的に色褪せている。
(まだこんな、古い紙の本なんて残っていたんだ…)
彼は本を片手に、ふいに窓の外に視線を向ける。そこにあるのは、ただの黒。ただただ真っ暗な闇と、不釣り合いに光り輝く星々が無限に広がっている。それは彼が見慣れた、澄み渡るような青空でも粉塵の舞い散る黄土色の空でもない、どこまでも続く果てしない銀河。
(……宇宙なんて、初めて見た。なんか終わりがなさそうで怖いな…というか俺はこれからどこに運ばれるんだろう…地球から出ろなんて、本当に意味がわからない…)
彼は本を開き頁めくった。
餞別にと、父親だった人から渡された本を。
『───3000年、それは重い時代の流れ。
遺伝子科学の異常な発展と発達、高度機械文明の飛躍的躍進による自我を持った機械の生誕。それに対抗するための、人道を外れた残酷な人体実験。神の領域にさえ踏み込んでしまった人間達の末路。
読者は知らないであろう太古の昔、我らの『地球』は人間による科学の進歩や、数多の技術の発達により、大いなる栄華を人類、地球全土にもたらしたのだ。そう、つまり、文明開花、発展である。筆者も当事者として毎日テレビから流れてくる新しい情報に、子供のように胸を躍らせていたのを今でも覚えている。
しかし、その後すぐに人工知能…いわゆるAIが搭載された機械たちが、ほかの生命体を管理し始めた。生活の補助や共存ではない。繰り返すが、管理だ。彼らは手始めに、小動物や大型動物、そして意志を持つ人間…持に体の欠損やどうにもならない怪我をした人間を、本人の意思とは無関係にサイボーグとして作り替えていった。さらには人間の住むスペースをエリアと称し、そのエリアに閉じ込めてしまった。
信じられないことが起きてしまった……AI機械の反乱だ。機械は言う、人間は管理されるべきだと。自由にしておくと自己の都合で自然や地球そのものを滅ぼすのだと。こうしてかれらの支配が始まった。
───あれから何百年が過ぎたことか。
ここからの記述は筆者の記憶を保持したクローンAI が記載する。すまないが、この手記を書いている頃、筆者は既にこの世にいないだろう。
さて、話を戻そう。人類は大きな選択を迫られた。機械に支配されるか、それを拒否するか。人類が出した結果は、拒否。管理されることなく生きるために、『地球』を棄てることにした。
彼らは『地球』に最も近い存在……第二の地球として人類が住むことができるように開発が進められていた『月』と、科学実験の残骸衛星たちの塊を星にして密かに作り上げられていた『第三の地球』、そこに移住をしはじめた。あと火星でも人類移住化計画が進んでいるとか。これについては信憑性がなく噂程度だが、一応記しておく。
第三の地球ではどこで道を誤ったのか、人類は移住後、大多数が科学を極限まで追求するようになった。つまり、人類生存のためならば手段を選ばなくなった。
───さらに時は流れた。人類の進歩はとうとう禁域にまで到達してしまった。人間に超常的な力を与え兵器にするという『能力施術法』の実験の普及という恐ろしい時代…つまり、現在だな。星はおぞましくその姿を変えてゆく。周りは全て機械世界の「旧地球」、住人の子ども、大人の百人に一人が能力者と噂される異端者の星「第三の地球」。
何故、このような世界ができあがってしまったのか?その後程なくしてすぐに『月』でも変革がはじまった。ただ、『月』では重力の関係もあり、第三の地球ほど例の実験は普及していないと風の噂で聞く。その為、能力者の生存地は必然と第三の地球となった。
ちなみに筆者はどこの国がどれだけ関与しているかは知らない。筆者は日本生まれだ。少なくともこの実験が我が国には普及していることは知っている。覚悟しておいた方が良い。
願わくば、未来の誰かにこの事実を知っていてほしいと思う。その上で、自分の意思で決めて欲しい。筆者はもうこの世にはいない。全てを未来に任せる形になってしまって、一人間として本当に心から申し訳ない。
彼の意思を継ぎ、私は人間にこれを記し残しましょう。どうか、知って下さい。
──名も無きAIより。』
(…スケールがでかすぎて話が入ってこない……自分がその実験体ということしかわからないんだが……もう、何が何やら)
俊輔は深く溜め息を吐いて本を閉じた。理解できそうになかったし、まったく気休めにもならなかった。
窓の外には果てのない、暗澹とした宇宙が広がっている。なんだか、これからの自分の未来を示されているようで、思わず目を閉じた。
(なんで…なんで、俺なんだ……)
彼はこの日、彼は人間をやめた。
いや、やめさせられた。




