仮想空間マスターの憂い、未来
───同時刻 、シュミレーションルーム。
ある男がいつも通り仮想空間に入り浸っていた。彼は仮想世界での嫁の一人、彼が最も愛するナツミと海辺の見える白い一軒家にいた。ソファにどかりと腰をかけ、苦虫を潰したような顔を浮かべて彼は呟く。
「どうにも、嫌な予感がする」
『貴方がそんなことを言うなんて、珍しいですね』
「いやな、最近来た地球人の同胞……」
『?』
「あ、ナツミは会ってなかったな、んー、悪いやつではないよ。…とにかくあいつが来てから俺の心の深い部分がこう、ザワザワしている」
『新しい子が来て嬉しい、とかではなく?』
「んんん、そうじゃない、そういうんじゃないんだよなぁ。もっと言うと佐原井じゃない。あいつの周囲にいる奴らがいつもの感じじゃない、ような気がしてなぁ」
───海野と湖礼、なんだけど。
彼──栗栖は深くため息を吐いた。すかさずナツミが背中を優しく撫でる。「ありがとう、ナツミ。」僅かに安心した顔を見せ、男は女性の形をした、仮想の嫁を抱き寄せた。
「…とうとう、動くのかもなあ、敵も俺らも大々的に。イヤだ、戦いたくない。戦いたくねえよ。ずっとここにいて、ナツミたちと平穏な暮らしをしたい」
『貴方…それは、ダメ。そう言ってくれるのはとても嬉しいけれど、貴方が現実世界で生きてくれないと、私たちは…』
「わーってる!わかってるんだよ!…うん、いっそ俺の肉体も電子化してこっち住むか!そうしたらナツミたちともずっと一緒にいれるし、何も考えなくていいしな!衣食住も仮想だから問題ないし!天才では俺?!」
どう見ても空元気で、どう見ても無理して笑っている。だってそんなことしても無意味だと、栗栖もわかっているから。そんな彼を見て、仮想の嫁は設定された心がずきりと痛んだ。
『…できなくなさそうなところが怖いけど、ダメ。だって貴方はここの、管理人なんですからね』
「…うん」
『可能な限り、全てを見届ける義務ががあるのよ。最後までみんなを守って。私たちの……いいえ、私の大事な、旦那さん?』
「……」
彼らはその日ずっと、仮想世界で抱擁をしていた。
日が沈んだあとも。




