月からのメッセージ
少年は肩をがくりと落とし、目に見えてしょげた。そのあまりのしょげように、俊輔の方が慌てた。
「ごめん、またやらかしちゃった、ごめんね…」
「い、いや、気にしないで!えっと、俺の理解力がないのが悪い、むしろごめん!」
「はは、やっぱ君は優しい人なんだねえ…よし、切り替えてこー!というか一旦休憩にし………っ!?!」
───少年がさっと教壇から降りるその一瞬。窓の外に何かを見つけたらしく、彼は驚くべき速さで窓際へ走り、何かを呟いた。…残念ながら、俊輔には聞き取れなかった。何が起きたのかわからず、気づいた時にはすでに少年は教室にいなかった。突然のひとりぼっちである。
『すぐ戻ってくるから!この教室から出ちゃダメだよ〜〜!』
突如、教室の中に穏やかな風が発生し、ここにはいない少年の声があたりに反響する。…不思議な感覚だ、本人がいないのに、声だけは聞こえる。まるで、すぐ近くにいるみたいに。
(……今の、湖礼くんの声、だよな……えっ…と、『音』の能力で、声を飛ばした?そう言う使い方もできるんだ…いや、わかんないけど)
とりあえず、頭をクールダウンさせよう。彼は近くの椅子に深く腰をかけ、目を閉じた。頭がパンクしそうだ、理解がまるで追いつかない。脳が悲鳴をあげて全力で拒否している。誰かに全て夢だと言ってほしい。夢で、あってほしい。…人間でいたいなあ。
───それでも。変わってしまったんだから。自分のことなんだから、知らなくては。知らなければ、何も始まらない、これからのことも。
俊輔が少年に教えてもらったことを頭の中で復習しようとした、その時。ガラッと教室の扉が開いた。てっきり少年が帰ってきたものだと思って椅子から立ち上がり音のした方へ近寄り、
「湖礼くん、大丈…夫…?」
「誰?」
「て、転校生?です?」
「ふーん。見ない顔だと思った」
…固まった。教室に入ってきたのは、湖礼少年ではなかった。全く見知らぬ少年であった。彼は一瞬驚いた顔をしたが、特段気にもとめずに次々と机の中を物色し始める。
「まーじでどこやったっけな………あー、お前、送られたて?長旅…でもないか。ま、お疲れ様」
「ど、どうも…」
「勉強中にワリィな。忘れ物見つけたらすぐ消えるから」
「あ、はい」
「…ちなみにどこ出身?」
「地球です」
「ふーん、地球か。俺は月」
「月…」
月。地球の衛生にして人類の第二の移住区。俊輔は月に住んでいる人種を初めて見た。それもそのはず、彼は生まれてこの方地球から出たことなどない。まさかほかの惑星の人に会えるとは。見た目は自分達と何ら変わらない、普通のヒトに見える。物色をつづける彼を、あまりジロジロ見るのも…と思いつつ、つい好奇心から目で追ってしまう。黒髪で、少し大人びた……ミステリアスな雰囲気をもつ彼は、いわゆる学ランと呼ばれている学生服を着ていて、それを自然に着崩している。
俊輔は学ランを初めて見た。つい無意識に口から言葉が出ていた。
「かっこいい」
「ん?…ああ、これのこと?あー地球にはないんだっけ」
「結構前に廃止されたって…聞きました」
「ふーん、廃止ねえ…お、あった!帰ろ。じゃ、またなんかの授業で」
「は、はい」
「……………あー、転校生。あくまで、親切心で、一応、言っておくけど」
探し物が見つかった黒髪の少年は、教室から出て行く寸前で振り返った。その目が真剣みを帯びていて、俊輔はつい背筋が伸びる。少年は一言ずつ区切りながら続けた。
「俺たちは、兵器だ。忘れるな。いつか人間に戻れるなんて夢はさっさと捨てた方がいい、そんなものは無意味だ」
「…!」
「俺たちはみんな、生まれた時からそうなんだ。一人として例外はないし、正気でいられる方がおかしい。そんな奴は心が化け物だ。それでもあえて言うが、正気でいろ。化け物になれ。じゃないと…ここで生きられない」
それは、目を背けたかった現実を突きつけられているという、事実。この先生きるための警告。先にここにいる先達からの、おそらく経験からの心からの言葉。真っ直ぐな視線に悪意はない。その瞳にあるのは、献身と諦観と僅かな憤怒だけ。
(……この人は)
少年が話終わったちょうどその時、反対側の扉から湖礼少年が風とともに慌てて教室に入ってきた。突風が突き抜ける。二人の視線がそちらに向いた。
「話は聞かせてもらったあ!茂樹っちの伝えたいことはよおーくわかるんだけど、ちょっと落ち着きなよ!シュンスケが引いてる」
「俺は、十二分に落ち着いている。湖礼、その転校生に早めに教えた方が良いと思う、ここにいることがどういうことかってことかを」
「あっ、茂樹っち!」
…湖礼少年が止める前に月からきた少年、海野茂樹は教室を出て行った。
夕陽が差し込む教室には、困ったように笑う少年とどこか上の空の少年の影が二つ落とされていた。───




