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『夕景 #02』
後部座席のドアが開いて、驚いた。「あぁ、ごめん」と、やわらかい声が聞こえる。ここがどこだか、ふとわからなくなった。すぐ思い出す。先生の車だ。
「気分はどう?」と、訊かれた。わたしは首を横に振る。「そっか。サンドイッチ、食べれない?」
「たぶん」声を絞り出す。「あの、無理です、ちょっと」
「そう」
黄色い夕焼けを背に、先生はちょっとはにかんだように笑って、
「じゃあ、これだけでも」と、緑茶のペットボトルを一本くれる。「摂れるときに摂ってください。水分補給は大切だから」
体育祭のときの保健委員みたいなことをいう。ひとつ笑顔を見せて、先生はドアを閉める。それから運転席に。
エンジンがかかる。その音に体内のすべてがかき乱される。血が逆流する感覚があり、脳がずきりと痛む。必死に呻かないよう堪えていると、車がすうっと動きだした。駐車場を出ていく。
窓を見上げると、そこらじゅうによくあるコンビニの看板が見えた。遠ざかっていく。『コンビニ』。なんのキーワードだったのか、痛みがゆっくり引いていく。呼吸が落ち着いてくる。脳は縛り付けられていた苦しみから解放されて、歓喜のメッセージを細胞という細胞に送る。つい笑ってしまう。
「どうかした?」先生が尋ねた。
「いいえ、なにも」すこしやさしくなれた。
横になっていたからだを静かに起こして、もらった緑茶のふたを開ける。ぱすり、と音がした。のどに流し込むと、内側から浄化されていくような興奮があった。
「もう起き上がれる?」
「たぶん」
「よかった。あ……テレビとか、みる?」
先生がカーナビのパネルを操作して、てきとうな民放にチャンネルを合わせる。この時間はどこも情報番組で、たいして面白いものはない。ただ、なんとなく「五チャンです」と指定してみた。いつも家で流れている番組になる。
「ここでいい?」
頷く。
「いつも家で流してるのはここで」
「そうなんだ。かっこいいもんね、このアナウンサー」
と、先生はにこにこしながらいう。端正な顔立ちのアナウンサーが、ニュースを読む声。たしか、数年前、このひとに変わったんだっけ。それまではパッとしないオジサンが滔々と読んでいた。
「違いますよ。小さいころからの習慣っていうか」
「うん、うん。そうだね」
愉快そうな声だった。む、とすねた感じで頬を膨らませてみる。
「違います。本当に、そういうんじゃなくて」
「わかってる。怒らないでよ」
「怒っていません」
「……」先生はくつくつ笑う。「なんだ、いつもの相川さんだ」
ぴん、と肩が跳ねた。自分でも、なにに驚いたのかわからない。
「どうしたの」
先生は微笑んでいる。両端をゆるく釣り上げた清廉そうな唇が、途方もなく遠いものに感じる。わたしは先生と話しているのだろうか。そこがまず、不安になる。
「いえ、なんでも」どうにか返す。「……」
――――。
「相川さん?」――――。「もうちょっと休んだほうがいいよ。ぼーっとしてる」
「……はい、そうします」
ぐったり、シートに体重すべてを預ける。あたまがきちんと機能しない。全身の痛みはないが、いまは逆に、なにも感じない。ふわふわとした浮遊感があって、わたしは空気の一分子であるような気がする。空間を満たし、振動を伝え、飛び回る。エンジン音、アナウンサーの声、心臓の鼓動。それらがわたしを媒介にして世界に触れている。
そう、世界。わたしは世界だ。音がわたしを媒介とするなら、それはつまりわたしは音にとっての世界になる。さらにいえば、音はわたしを通して世界を知るのだから、世界はわたしのなかにある。
太陽があり、月が満ち欠けするのを、音は知らない。しかしわたしを通せば音はすべて知る。わたしはすべてであり、太陽であり、月の満ち欠けである。音はわたしに太陽を見る。深い、深いところの太陽。
公転を知り、自転を見る。ゆっくりと宇宙へ滲みだして――否、染み込んでいく。宇宙とはわたしであり、音はすべてをわたしだと知る。この世界には神様がいるのではなく、この世界は神様の腹のなかなのだと気付く。
魂は包み込まれている。まず肉というものに。次に家屋というものに。さらには大気に、加えて宇宙に。そして最後は神様に包み込まれている。だからひとは安心するし、同時に不安にもなる。神はわたしたちを見ていると信じるし、神はわたしたちを見ているのかと疑う。
音の神様はわたし。だけれど、と泣きそうになる。わたしにも神様がいるはずで、それは誰だろう? 父は死に、母はわたしを顧みない。この世界には、わたしが世界を覗き見るための媒介が存在しない。もしいるとしたら……
『コンビニ』というのは、たしかにキーワードだった。わたしはいくらか大人びて見えるようで、私服姿ならば、まず煙草やお酒を買っても怪しまれることはなかった。
高校に入って、半年だったと思う。家の近所ではない、ずっと離れたところのコンビニで、わたしはいつものように煙草をひと箱買おうとした。そのときレジにいた店員は、四十代くらいの太った男で、どうにもまっとうな大人には見えなかった。だから、
「ガキに煙草は買えねぇぞ」と、そいつがいったのは驚きだった。「どこの高校生だよ、てめぇ。まぁどうでもいいけどよ。とにかく売れねぇ」
正直、バレたのはそれが最初で最後だった。ただ、わたしは、若干救われた気がして、かなり素直に煙草を棚に戻した。男はそれを見て、ひとこと、
「なにも間違いじゃない」と、ぼそりといった。わたしの鼻腔を鋭いものが突いた。「なにも間違いじゃない。いいか、てめぇ。ひとつだけ知っておけばいいと思う。この世界は完璧だ」
その日から、煙草はやめた。お酒はたまに飲んだけれど、その量は極端に減った。三か月に一度、どうしてもやりきれなくなったときだけ。
でも、このごろは、お酒だってめっきり飲まなくなった。間違いだったと思ったのではない。必要でなくなっただけ。それ相応に、わたしが大きくなっただけ。
むかしのわたしは、不良という言葉が結構気に入っていて、表面上ではまともな人間でいたけれど、だれも見ていないところではとても自由勝手に暮らしていた。ひとに教えられたわけでもなく、煙草は自分で勝手に知ったし、お酒の便利さも早いうちから知っていた。そんな自分が好きで、そう肯定したから、わたしはわたしでいられた。
どこで変わったのだろう。それがよくわからない。明確なきっかけはなかったと思う。ただ、そんなわたしが嫌いになった。他人のまえではいい子ぶって、それでも本当は違うのよ、なんていうわたしが嫌いになったのだ。そして、こういうふうに自省するわたしをも、わたしは嫌いになった。
自分と自分の距離が離れていく。そういう奇天烈な感慨は、自己を蝕んで、どんどん思考を悴ませる。わたしはふたりいるが、わたしはひとりだ。それをどうやって肯定しようか!
わたしはなにを望んでいるのか。なにを望まないのか。不安定でいることを望むのか、望まないのか。わたしは神様でいられるのか、わたしの神様はどこにいるのか……
「もうすぐ」と、先生がいった。「もうすぐ海に着くけど」
先生はバックミラー越しにわたしを見る。そのしぐさが綺麗だ。どこまでも清純で、成熟していて、性的だ。
わたしは先生が好きだ。
「降りる?」
そう訊かれて、迷わず頷く。エンジン音が、潮騒を呼び立てていた。
2012/01/26




