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作戦7:不屈と反復(2)

 澄んだ空、連なる山々、静かに立ち並ぶ針葉樹、穏やかな湖に浮かぶのは、真っ白な渡り鳥。

 そして、美しい景色を突き破る………… ニワトリの声。


 今日も、おいしい卵をありがとう。


 隔離された元気すぎる雄を横目に、朝食の材料をバスケットへ移した。

 卵は大好物だ。深く考えれば複雑な気持ちになるので、今は無心で作業する。

 取り終えて立ち上がり、修道院へ踵を返した。


 雄大な自然を眺める。塀に囲まれてるカンタザー修道院と違い、ここは広い土地に簡単な柵があるだけだ。

 深呼吸すれば、清らかな空気が肺を満たした。


 想像してた以上に美しく、私好みの場所だ。

 離婚が成立したらフォレステン侯爵領へ帰るつもりだったけれど、ずっとここで暮らすのも悪くない。

 草原と畑の広がる丘を登り、小さく鼻歌を歌った。


 ふと湖から視線を外し、違和感に気づく。

 ……人の姿が見えない。

 普段なら、この時間でも三、四人は外へ出ている。それが今は、私以外に誰もいない。


 すぐに周囲を見回す。

 遠く、森と草原の境目辺りに……やたら見慣れた人影を見つけた。

 馬に跨る男性が二人、修道院の敷地内へ入っている。まだ距離はあるけれど、明らかに私の下へ向かっていた。


 まさか……! こんな直接、乗り込んで来るなんて!!


 慌てて駆け出す。

 合わせたように、それまで優雅に泳いでいた渡り鳥達が、次々と飛び立ち始めた。数が多いものだから、大きな音が上がる。


 北へ帰って行くのだろう。

 こんな時でなければ、姿が見えなくなるまで眺めるのに……今はそんな余裕など無い。

 羽ばたきの中に、蹄の音を聞く。前だけを見つめ、一心不乱に走り続けた。


 簡素な、けれど頑丈な作りの通用門を抜け、勢いそのまま閉じ、鍵を締める。

 直後、外で馬がいなないた。


 …………間に合った。


 門に背を預け、乱れきった息を整える。飛び去る鳥達を見上げた。

 来年は、落ち着いて観賞できるだろうか。


 最後に大きく息を吐き、門から離れる。

 歩きながらバスケットの中身を確認した。全く気にせず走ってしまったけれど、何とか無事だったようだ。

 顔を上げ、再びの違和感に足を止める。


 ここにも……誰もいない。




 ―― ガシャンッ


 不穏な音が響き、振り返る。

 しっかり鍵をかけたはずの門が、錆びた音を立てて開かれた。


 まず目に入ったのは、解錠したであろうベンシード伯爵。

 続けて、さも当たり前のように、騎乗したまま入って来るサミュエル。


 もはや驚いて良いのか、呆れて良いのか。


 無駄だろうとは知りつつ、屋内に続く扉へ駆け寄る。やはり開かない。私は、最初から締め出されていた。


「エレノア、アントース伯爵領は楽しめたか」


 馬から下りたサミュエルがこちらへ歩いて来る。


「とても気に入ったので、まだまだ滞在させていただきたいです」


 笑顔を向け、思ってる事をそのまま口にした。


「また連れて来てやろう」


 門から扉まで、あまり距離がない。

 すぐ追い詰められる。


「……いつの間に、女子修道院は男性が入れる場所となったのでしょう」

「教会には大きな貸しが出来た。君が修道院へ逃げ込むのは、もはや不可能だ」


 教会に貸し……と聞いて、思い当たる事がある。不妊による離婚の一件だ。

 教会が認可を覆すため、帝位継承の正当性を残したい皇族が泥を被ってやった。おそらく、これが真実。

 教会も皇族を敵に回したくない。泥を被せた代償は支払うはず。


「他の返し方を求めた方が有益では?」

「君が大人しくしていれば、そうするのだがな」

「申立書にサインしていただけるなら、大人しく皇城を去ります」


 サミュエルは相変わらず離婚に応じてくれない。


 醜態を晒した結婚記念日。

 ひと頻り泣いた後、2通目の離婚申立書を渡した。


『おかげ様で、気持ちの整理がつきました。どうぞ、お受け取りください』

『もらい受けよう』


 言葉通り受け取るや否や、目の前で真っ二つに引き裂かれた。

 それから何度、吹っ切れた、心から離縁を望んでると言っても、申立書を正しく使ってもらえない。

 だからこそ、再び強硬手段に出た。


「私の事はお気になさらず。今度こそ、きちんと諦めがつきました」

「仮にそうだとしても、離縁する気は無い」


 つい眉を寄せそうになり、意識して微笑んだ。


「なぜですか」

「何度も答えているだろう」


 こちらだって、何度も聞いている。その度に適当な嘘ではぐらかされた。

 変わらず微笑んでいると、サミュエルがため息をつく。


「ここまで離婚を拒絶され、なぜ君は俺の言葉を受け入れないのだろうな」


 言いながら、私の髪に指を差し入れた。感触を楽しむように滑らせ、毛先を絡める。

 どうも、戯れ言を本気にさせたいらしい。


「サミュエル様の言葉は、しっかりと受け入れております」


 扉の前にバスケットを下ろす。

 サミュエルの脇を抜けて、彼の乗ってきた馬の手綱を握った。あぶみに足をかけ、横向きで騎乗する。

 このまま逃げたい所だ。けれど、あいにく、出口はベンシード伯爵が塞いでいる。


「仰っていたでしょう。世継ぎを残せるなら、相手は誰だって良いと」


 追って同じ手綱を握ったサミュエルが、目を丸くした。

 ずっと昔の話を持ち出した事に驚いたか、実際に彼がした言い回しより、些か乱暴な言葉選びだったからだろう。


 婚約申し入れの際に言われた事を、はっきり覚えている。

 はたから見れば恋愛結婚したような私達だけれど、実際は全く違うのだ。


「……確かに、そんな話をした」


 サミュエルも騎乗し、私を抱きかかえた。


「しかし、本当は分かっているだろう。俺がいま、何を想い、何の為に行動してるのか」

「…………いいえ」


 温もりから気を逸らすように、前を見る。


 分からない。人の心なんて、分かる訳ない。

 都合の良い解釈はいくらだって出来る。けれど、期待を繰り返し、裏切られるのはもう嫌だ。


 後ろで笑いが漏れ、耳に吐息がかかった。


 馬が走り出す。

 まだ冷たい風が頰を撫で、どうしても、包み込む人の温かさを意識させられた。


「好きなだけ足掻くと良い。じっくり思い知らせてやろう」


 風から顔を背ければ、結果的に振り向く形となる。

 サミュエルが、自信に満ち溢れた目を細めた。



「俺を諦めること自体を、諦めるべきだとな」







二人の戦いはまだ続きますが、物語はここでお終いです。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


設置していたアンケートの結果は活動報告に掲載いたします。

ご協力くださった皆様、こちらも併せて感謝申し上げます。



下にスピンオフ元「政略結婚につき命狙われてます!」へのリンクを貼ってます。

サミュエル様の妹、ミア皇女のお話です。お兄ちゃんは後半から出ばって来ます。

ちなみに、エレノアはセリフ一つの脇役 of the 脇役。ベンシード伯爵は序盤からバンバン出て来ます。

もし良ければ、どうぞ覗いてやってください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 中途半端な終わり方に思う。子供を授かってハッピーエンドで終わってほしかった。
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