7話
「あの二人どーなっただろう?」
「どーもなってないんじゃないですかね」
「あ、やっぱり?」
二人は奥手の男を思い出し、同時に笑い出す。
「まあ、でももうちょっと待ってあげてもいいかもしれませんけどね」
「それもそうか。それより、さっきの八人組? あれはなんだったんだろうね。男の方がみんな死んだような顔してた」
車田はさっきの謎の集団を思い出す。プレゼント替わりだと、言われながら彼らは紙袋を女性たちに献上。献上としか言いようのない雰囲気で渡していた。
その時にしっかりと自分の紙袋を確認していた。だから、これは赤城に渡すために車田が用意したプレゼントだ。
「予定とは変わっちゃいましたけど、プレゼント交換をしちゃいますか」
「いいよ」
今回の集まりを声掛けたのはそもそも車田だ。友人の恋路を応援したいという気持ちもあるにはあったが、彼にとって本命はそれではない。
「はい、どうぞ」
赤城からのプレゼントは財布だった。車田の財布が古くなっているという話を前にしており、つい一週間前にも財布を買い替えてないと言う話になっていたのだ。
だから、車田はこの展開を期待していた。前もって赤城にはあの二人のプレゼントを互いに交換させようと話を持ちかけていた。余り物は互いに回ってくることになる。どうやってそれを仕組むかなど、いろいろ話をしていたのだが、結局使わずじまい、それでもこの交換ができるのであれば車田にとってはどんな形でも構わない。
「おおー、いいんですか。こんないいものを」
「うん、古くなってたのが気になっていたからね。私も開けるね」
赤城が袋からプレゼントを取り出そうとすると、車田が遮る。
「ちょ、ちょっと待ってほしい。こんないいもの貰った後だと、なんか申し訳なくってしまいます」
「えー、そんな、別に何でもいいんだよ」
赤城は笑いながら答える。
「そうだ、じゃあ、何か買わせてください。本当に大したものじゃなさ過ぎて申し訳ないんです。明日日曜ですよね。どうですか?」
「明日かー」
「お願いします」
車田は頭を下げ、審判を待つ。
「仕方ないなー」
笑顔で「仕方ないなー」と言った赤城の顔に車田はドキドキしている。最初は友人の恋路をだしにデートに誘うなんてとも思ったが、今はそんな考えはすべて飛んでしまう。この笑顔が見れたのだから。
やっぱりなし、と言われてしまう前に予定を固めるべく車田は明日の話を始めた。
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「ちくしょー、あともう一歩だったのに」
隊長は空になったペットボトルを握りつぶす。先ほどまで隣にいた女たちを思い出すとはらわたが煮えくり返ってしかたない。
「どこがですか、キスできるとでも思ったんですか、殴られたことを忘れられて都合がいいですね」
ノッポが隊長の言葉を否定する。
「俺は最初から変だと思ってたんだぞ。そもそも、紙袋目当てに近づいてきたに違いない」
メガネが早口で言い訳をするが、ノッポの攻撃は止まない。
「あれだけ鼻の下を伸ばしていたのは誰ですか。みっともない。だれよりも長く追いすがったのはあなたじゃないですか」
「うう」
「クリス―、クリス―」
マッスルは背中を丸めて、クリスの名前を呼び続けている。
「いつまで、あんたは引きずってるんだ。現実を受け止めろ。普段は筋肉で何でも倒して見せるって言ってるくせに、こんな時は何もできないんだな」
マッスルは言い返す気力もなく、うなだれてしまう。
「そう言うお前はどおなんだ。お前だって鼻の下を伸ばしていた同じ穴のムジナだろ」
隊長が吐き捨てるように言い返すがノッポの心には届かない。
「ええ、そうですよ。僕だって一時は欲望に流されてしまいました。だからこそ、ピンク撲滅隊の使命を思い出したのです。一個一個ピンクの電飾を消すなんて小さいことは言わない。電源から壊してやりましょう。すぐそこの、勾当台公園のテントの中にある発電機から電気を流していることはわかっているんだ。それを壊してやりましょう」
「いやー、それは、そのー。やりすぎじゃないか?」
ノッポの迫力に飲まれながらもメガネが否定する。
「先輩たちがやらないなら、僕がやってやりますよ。幸せである権利があると思ってるやつらをやっつけてやらなければ気が済まない」
「ま、マッスル。ノッポを止めろ!」
ノッポの行動にあわてた隊長がマッスルに止めさせる。
「離せ―、離せ―! 正義を正義を!」
「この野郎、今殴ったな。しばりつけてやる」
暴れるノッポの拳がマッスルにきれいに入ったせいで、マッスルは頭に血が上ってしまい、近くにあった縄でノッポを縛りつけようと足元に落ちている縄を引っ張った時である。
がしゃーんとテントの中から大きな音が鳴った。
「おい、マッスルそれって、発電機から続くケーブルじゃないか?」
「普通はこういうケーブルは地下を通るんだけど、あっ、この短い距離だけ地上に見えているのか」
全員が顔を見合わせ、一瞬時を置いて全員が同じことを言った。
「「「「逃げるぞー!!!」」」」
点灯まであと十分、不幸にもその時スタッフがテントから外しており、発見はさらに遅れることになる。
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「あれ? 時間になったんですけどイルミネーション光りませんね。どうしたんでしょう」
彼女の言葉によって私は現実に引き戻された。
今は幸せなのだ。愛する彼女が私の手の中にいて、彼女も映画の話をしたいと思ってくれている。なにに不満があると言うのか。
「なあ、ゴールデンウィークのことを覚えているなら。映画は見た?」
私はあの日おすすめの映画を彼女に勧めていたのだ。
「はい、夏の夜の夢ですよね。あの後、ブルーレイディスクを買うほど好きになったんですよ」
「そうなの?」
「あの、映画についてももっと話したいです。今まで、あまり映画について話せる人っていなかったんですよね。映画研究会は楽しいんですけれども、語るって言う感じの雰囲気ではないから、いっつも物足りなかったんですよ」
映画研究会の話が出たときに私はようやく違和感の正体に気が付いた。それは、きっとすごく大事なことに。
「ごめん、ちょっとトイレに行ってくるね」
「あ、えっと、今? ですか」
「うん、ごめんね」
それだけ言うと私は近くのコンビニのトイレへと走っていった。
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「パック! 出てきてくれないか!」
トイレの中に入ると、外に聞こえてることなどお構いなしに私はパックを呼んだ。
「パック! パック―」
「うるさいな。聞こえてるよ」
パックは例のごとくどこからともなく姿を現した。
「何が、不満なんだ。人間。ボクは君の願いを叶えてやっただろ。あんなにうれしそうに肩を抱いちゃってさ。何が不満なんだ」
「不満はいっぱいある」
呆れ顔でパックは私に質問する。
「映画についてたくさん話してきて引いたとか?」
「そんなことはない、常々映画好きの彼女が欲しいと思っていたのだ。文句などあるはずがない」
「抱き心地が良くなかった?」
「あれは、すばらしいものだった。って何を言わせる!」
「赤城先輩の胸に心惹かれてしまった?」
「いや、確かにあれは非常に立派ではあるが、そんなことではない!」
「じゃあ、実は筋肉に愛をささげてしまったり?」
「意味が分からんな」
パックはひとしきり質問すると両手を上げた。
「降参、降参だよ。何が不満だって言うんだ?」
素直に聞いてきたパックに対して私は答えなければいけないだろう。しかし、実際に口にするとなると、少し恥ずかしい。
「えーっと、だな」
「恥ずかしがる男なんて、何もかわいくないよ」
「それもそうだな。まず不満なことは彼女ではなく私だ」
パックは私の言葉でさらに疑問が増えてしまったようで、首をかしげている。
「私はだな。この一年半、様々な努力をしてきた。女性の気持ちなど一切わからないなりにだけどな。彼女に振り向いて欲しいとばかり考えてきたのだが、彼女にいったいどれだけ向き合ってきたのか。私は恥ずかしいことに何一つとして彼女のことを知らないのだ。昨年のゴールデンウィークのことをよく覚えていること、私の勧めた映画を見てくれたこと、映画を語る機会を探していたこと。知ろうとすればどこかで知れたはずだ。でも、私は彼女を知ろうとすらしていなかった」
「そんな自分を変えたいってことか、立派なことを言うじゃないか」
立派なんて言われると、恥ずかしくなってしまう。そんな高尚な話ではないのだ。
「違うよ。私はただ、いろんな彼女を見たいんだ。今日は私を好きになって、映画を語りだす彼女が見えた。でも、これがもうちょっと心を許してなかったら? 遠慮しながら、こっちの様子をうかがいながら、話す彼女や、マニアックなことを離しすぎて、置いてけぼりになってないか不安がる彼女。語りすぎたときは真っ赤になるかもしれない。私はそのすべての彼女と会いたい。だから、それらをすべて飛ばしてしまうのは不満だ」
パックのにやけ面が私の顔の赤さを示している。相当恥ずかしいことを言っている自覚はある。それでも、これが今の私の気持ちだ。
「それで、怒らせたり、嫌われたりするかもしれないよ」
「怒った顔は見てみたいかな。嫌われるのはいやだ。そうならないように頑張る……としか言えないなー」
「なさけないなー。絶対に惚れさせてみせるぐらい言って欲しいものだよ」
「絶対に……できるだけ……努力はします」
強く言えない自分が情けない。
「それじゃあ、魔法の時間はお終いだ。普通は日が落ちてからが本番なんだが、今日は明るいうちから魔法を使ったからね。昼の時間が終わるとともに、魔法が解けるのも趣があると言うものだ。魔法ではなく一つの願いとして、君の幸せを祈っているよ」
「ありがとう」
パックは出てきたときと同様に、消えるようにいなくなった。
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走って彼女の元に戻った時には、すでにイルミネーションの開始予定の時間から三十分も経過していた。それにもかかわらず、光がともる様子はない。
「あ、センパイ。なんか機材トラブルみたいでまだつかないんですよ」
彼女が抱き着いてくることはない。魔法の時間は終わったのだ。一抹のさみしさと、照れている彼女を眺めることのできる大きな幸せを噛みしめる。
「楽しみにしてたんだけれど、今日はもう光のページェントはやらないのかな」
「それは、ちょっとさみしいですね」
彼女が下を向いた瞬間。イルミネーションに光がともった。
「あ、すごい!」
私たちの周りを光が取り囲む。周りにいる誰もがイルミネーションを見上げる。
「きれいだね」
「はい! あ、センパイ見てください。あそこピンクの光!」
「ほんとだ」
きっとあれが、パックの願いなのだろう……
背中を押されたのだ。行動で示さねばならない。
「プレゼント交換をしない? 車田と赤城先輩には悪いけれどさ。今どうだろう?」
「ええっと、私は構いませんよ。ただ、喜んでもらえるかな」
私と彼女は二人でプレゼントを交換する。
「「あっ!」」
「センパイも夏の夜の夢にしたんですね!」
予想をしてなかった事態に二人で顔を合わせて笑い出す。
「でも、被っちゃいましたね。やっぱり、四人で交換しますか?」
「いや、実は被ってない」
「え?」
「私はブルーレイ版は持っていないし、きみはDVD版を見たことないだろう?」
私の言葉に彼女は怪訝そうな言葉を浮かべる。
「はい、それがどうかしましたか?」
「実はDVD版とブルーレイ版では演出が違うところがあるんだ」
「ほんとですか!?」
ほら、食いついてきた。
彼女が大の映画好きだと言うことを利用した手口なのだが、魔法で知ったこの事実を使うのはずるい気もするが、これくらいは許してほしい。
「だからさ、明日二人で見比べてみない?」