6話
トイレからカラオケルームへ戻ると、赤城先輩は正気を取り戻していた。すぐに彼女と車田の待つ喫茶店へと戻ろう、との話になった。
赤城先輩は喫茶店へ戻るまでの間、先ほどの私への行動は冗談であったと、基本ふざけながら、しかしどこか真剣に私に謝ってくれた。
パックのかけた魔法のせいであり、それに頼った私のせいでもあるため、謝ってもらえるような立場ではないのだが、上手に説明することができない以上、笑ってごまかすしかない私であった。
赤城先輩の魔法が解けているのであれば、彼女は逆に魔法にかかっているはずであると、喜び勇んで喫茶店へ戻ってみると、彼女の姿はなかった。
私が車田にどうしたのかと聞き出そうとした時、彼女から電話があった
「もしもし?」
「センパイ? 今どこにおられますか?」
「さっきの喫茶店に戻って来てるけど?」
「そうだったんですね。今から、定禅寺通りの遊歩道まで来ることできますか?」
「できるけど?」
「それなら、一人で来てください」
「えっ? あれ? 切れた」
なんだ? これは、どんな誘いなんだ? パックの魔法の効果なのか、彼女の様子がおかしい。
「なんだったの?あの子からだったんでしょ?」
「定禅寺通りに来て欲しいって」
「ああ、ちょっと早いですけど、光のページェントを見に行くってことですかね? あと一時間ぐらいで点灯ですから」
車田の意見が正しいような気もするが気になるのは場所ではない指定だ。
「一人で来て欲しいって」
「「一人で?」」
しまった。私がそう思った時にはもう、車田と赤城先輩が野次馬の顔をしていた。格好のからかいネタを見つけたのだ。彼らが逃すはずがない。さんざんからかわれながらも、二人は最後にはぜひ一人で行って来いと言ってくれた。
ついて来ないようにと、くぎは刺したが信じられたものではない。どうにか、彼らがここに釘づけにする方法はないかと考えてみたが、いい方法など思いつくはずもなく、自分の選んだプレゼントの入った紙袋を持って、その場を離れた。
ちょうど、八人の男女と入れ違いになったのだが、男たちが魂の抜けたような顔で歩いていたことが妙に記憶に残った。
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「なぜだ。なぜなんだ」
隊長は天国から地獄へ突き落されたような様子で歩いている。
「なーにが、なんでなんだ、よ。痴漢で突き出さない優しさを感じて欲しいものだわ」
朱里は先ほどまで隊長を誉めていたのと同じ口で隊長への罵りを口にする。
パックの魔法が、隊長が朱里にキスをしようとするタイミングで解けてしまったのだ。隊長の厚く乾いた唇を至近距離で見た朱里は、それまでの態度を一変させ、隊長のあごめがけてきれいなアッパーを決めてみせた。
同時に他の三人も正気を取り戻し、彼らへの気持ちは一切なくなり、今では軽蔑した目で彼らを見ている。
「美鈴さん! 僕達分かりあってたじゃないか!」
メガネの眼鏡が涙で曇る。
「支離滅裂とした発言ですね。相手に理解して欲しいなら、それ相応の工夫をしてください」
マッスルは冬の寒さを思い出したようで、タンクトップから出た腕を真っ赤にさせながら、クリスへと思いを伝える。
「クリス、見てくれ。俺の上腕二頭筋を切れてるだろ。誰よりも切れてるだろ!」
「近寄らないでくだサーイ。バカがうつりマース」
麗華はノッポとの距離を測れないでいる。
当然麗華もまた、魔法が解けノッポへの気持ちなど一切なくなったのだが、ノッポの様子がおかしくて、対応に苦慮している。
「――――」
小さな声で、ぼそぼそと怨嗟の声を上げるノッポ。麗華はつかず離れずの距離でそんなノッポを見ていることしかできなかった。
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「センパイ! よかった。来てくれたんですね」
私が彼女の元につくと、定禅寺通りの遊歩道にはすでに何人かの人が集まって来ていた。光のページェントの点灯の瞬間を見ようとしているのだろう。
「ああ、君に呼ばれたならどこにだって行くよ」
決まった。
喫茶店からここまでくる中で、何パターンものセリフを考えた中で一番自然なものを言えた気がする。
「ふふ、センパイは王子様みたいですね」
王子様!
これが愛の力なのか!
パックの魔法の力に私は感謝した。
「センパイを待ってたら、寒くなっちゃった」
彼女が私の胸に飛び込んでくる。私はコートでくるむように彼女のことを抱きしめる。
「センパイ、私、私のことをセンパイに知って欲しい」
「私も教えて欲しい」
「さっき一緒に見た映画の話なんですけど、最初の引きがすごいなって思いました。パーティーのシーンから一気に告白のシーンまでうつりますよね。あそこです。原作は詩的な表現が多くて、きれいな印象があったんですけれども、映画らしくアクションシーンを早い段階から入れてきてましたよね。恋愛映画って、最初のインパクトが弱いものが多いのに、あそこで全部持ってかれたなって……中盤の決別のシーンは逆にすごく時間をかけて、役者の表情を写してましたよね……ラストについてはセンパイの意見とちょっと違います。私はあの話はハッピーエンドの方がいいと思うんですよ。だって……」
突然どうしたんだ? 彼女は。
映画の感想なんて言いだして。
彼女を抱きしめている興奮よりも、突然のまくしたてるような彼女の言葉を理解できないでいる。
「……センパイ、センパイ!」
「あ、ああ。すまない何の話だったかな?」
「もう、センパイちゃんと聞いててくださいよー」
頬を膨らませる彼女をいとおしく眺めていると、彼女はまた語りだそうとする。
「いや、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
小首を傾げ私を見上げる彼女。
「どうして、君のことを知るために映画の話になるんだ」
「えーっと、ですね。それは、センパイと映画の話をずっとしたいなと思ってたんです。去年のゴールデンウィークのこと覚えてますか?」
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私たち映画研究会の新入生獲得のための歓迎会は、委員長の怠慢により何度も延期を繰り返していた。それに業を煮やした赤城先輩が辣腕を奮い、ゴールデンウィークになってようやく開催にこぎつけることができた。
しかし、度重なる延期のせいで間違った時間を教えられていた私は、二時間も早く会場の居酒屋についてしまっていた。
同じく誤った情報で私の次に来たのが彼女だった。
歓迎会の主役たる新入生を二時間も外で待たせるわけにはいかないと、彼女を喫茶店へ誘って映画の話をした。
この時、すでに私は何度も悪癖をサークル内で披露してしまっていたため、話す内容について細心の注意を払った。独りよがりにならずに、相手に分かってもらいたい。
そのために私はテレビで何度も繰り返し放送されたアニメ映画の話題を選んだ。きっかけにすぎないつもりで選んだ話題であったが、幸いなことに彼女も見たことがあり、話は弾んで行った。
そこから、最近見た映画や好きな映画のジャンル、好みの俳優や女優。サークルのメンバーが集まってくるまでの間、私たちは話し続けた。
「センパイの話、面白いですね」
彼女からしたら何気ない、一言だったに違いない。
ただ、この一言を言う彼女の笑顔を見た時、私は恋に落ちた。だから、私がこの日のことを忘れるはずがない。
でも、じゃあ、彼女にとっても同じなんだろうか。
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