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第十五話【未来を変える戦い】

最後の戦いを一挙に書いています。

あと少しで完結です。

読んでくださると幸いです。

第十五話【未来を変える戦い】


 八月九日。世界は今、大きな分岐の前に立たされていた。

 オリンピックは水泳とボクシング、自転車、そして僅か数種類の球技を残すだけとなり、日本は熱狂の渦に飲み込まれていた。

 時刻は九時五十分を過ぎ、大和は暗闇の中で時が来るのを待っていた。

「天照の奴、何も言わずに出て行きやがって・・・・・・連絡も寄こさねえで、どこほっつき歩いてるんだ」

 三日前から天照は一枚の書置きを残して姿をくらましていた。

『けじめをつけてくる』

 たったその一文。目的も、行く先も、何一つ記されてはおらず、唯一の手掛かりとなるはずのスマートフォンすら置いて行かれてしまっていた。

「あと一分か・・・・・・」

 大和は明から渡された手巻き式の腕時計を見つめ、設置したカメラの最終確認を行った。

「うし、大丈夫そうだな・・・・・・もう時間か」

 時計の針は午前十時を差し示し、大和はカメラの前に立って口を開いた。

「よう、いきなり悪いな。俺が世間を騒がせている未来人の―――」



 日本中のテレビは本来、東京オリンピックの競技の中継を映し出しているはずだった。しかし、その多くの液晶モニターが映し出すのは暗い空間に映し出される一人の少年だった。

『よう、いきなり悪いな。俺が世間を騒がせている未来人の大和だ』

 画面には大和以外には何も映ってはいなかった。

『今日は俺が未来人である証明を行おうと思う』

 大和は上着を脱ぎ去り、傷跡の薄く残る上半身を露にした。

『俺は二〇九五年の日本からこの時代に来た。俺の居た世界は二〇二一年二月に核戦争が勃発し、第三次世界大戦が勃発した。そして、全世界に点在する原発は降り注ぐミサイルの的となり、この世界は太陽と月を失った。日本は清国と資源をめぐって長い戦争となり、俺は日本の軍隊に所属する軍人だった。軍人はその身体に神を宿し、権能を使って清国のバトルロイドと戦っていた。これが・・・・・・その証拠だ」

 大和は神威を解放し、その姿を人狼へと変化させる。

「これじゃ、見えにくいよな」

 その声と同時に画面はの中は明るくなり、一匹の人狼が光の中に姿を現す。

『・・・・・・神を身に宿した人間は、放射線の影響を一切受けない。ここは・・・・・・』

 一斉にライトが点灯し、人狼の背後に巨大な金属製のドームが現れる。

『福島第一原子力発電所一号機の建屋内だ。派手に壊れているこいつを消し去れば、俺が未来人だって証明になるだろ? それに、俺が戻る未来にこいつを残さなくて済む。一石二鳥だな』

 大和は悲しげ笑みを浮かべ、カメラを見つめた。

『ここからの映像は切り替わる。今の俺の姿も、これから見せる俺の姿も力も、今の政府がひた隠しにして研究を進めているものだ。その目に焼き付けてくれ』

 大和はカメラにそう言い残すと、歯を剝き出しにして力の限り噛み締める。

『神格化・・・・・・絶狼王フェンリル!』

 映像はそこで途切れ、原発建屋を上空から撮影する映像に切り替わる。それとほぼ同時に建屋は土煙を上げて倒壊し、一匹の巨大な狼が出現する。

『ウオォォォォオォォオォォオォォオォォオオォォォォオォォン!』

 カメラ越しであっても、その遠ぼえによって振動する大気の衝撃を日本中のテレビモニターは伝えていた。

『皆さん見えますでしょうか! 今、私の目の前に突然巨大な狼が現れました! 皆さん信じれますでしょうか、この非現実的な映像は紛れもなく本物です!』

 興奮した様子のナレーターは声を張り上げて現場の様子を実況する。

 フェンリルと化した大和は後方へと大きく跳び、四本の足を力強く踏みしめた。

『滅しろっ・・・・・・絶狼砲(フェンリル・カノン!』

 黒炎が漏れ出す閉じられた口は、一度大きく天に向けられると、開かれながら一気に振り下ろされ、絶の咆哮が解き放たれた。テレビに映し出される光景は黒一色に塗りつぶされ、激しい明暗差によって映像が乱れた。

 絶の咆哮が霧散し、映像の乱れが改善される。新たに映し出される光景には横一列に存在していたはずの一号機から四号機までカバーで連結されていた原発建屋が深く地面ごと抉り抜かれていた。

 そして間髪入れることなく大和は振り返り、残る五号機と六号機にも絶狼砲を放って消滅させた。その光景はまさに特撮映画そのものだった。しかし、それが紛れもなく現実の物であるとテレビに映される映像は物語っていたのだった。



 大和が日本中のテレビに出演するとほぼ同時に、和大が率いる部隊が文部科学省庁舎への進攻を開始していた。狭い通路をフルフェイスヘルメットを被ったのシールド持ちの前衛で塞ぎ、後衛が装備した飛び道具を使って、拳銃を持った特殊警備部隊を下の階層へと押し退けて前進を続けていた。

 階層を下るごとに迎撃の手は強まっていくが、準備を怠らなかった和大達にとって、強襲を受け、何も準備ができていない状況で迎え撃つ彼らは、敵ではなかった。

 拳銃を構え進路を塞ぐ敵には、ドライアイス入りのペットボトルに小石を入れた即席手榴弾を敵のテリトリーに投げ込み、怯んだところで空圧砲とスリングガンを掃射し、階層を制圧していった。

 二時間と掛かることなく和大は、地下八階までの制圧を完了した。

 顔全体を隠す仲間たちと違って、和大は目を隠すアイマスクをしているだけだった。

「俺だ。今、地下八階までを制圧した。これより九階の制圧に移る」

『回線を封鎖して通報を阻止していたんだが、さっき警察が動き出した。無駄だと思うが信号操作で時間を稼ぐ。もうすぐ大和がそこに到着するはずだ。それまで耐えていてくれ』

「あぁ、任せと―――」

「「「「うわああぁあぁ!」」」」

 その時、前衛から激しい打撃音と、悲鳴が上がった。

「ま、大和のあの姿を見た時から嫌な予感はしていたが、やっぱり出て来たか・・・・・・悪い明、また連絡する」

『あぁ、負けるなよ?』

「負けるかよ。俺は加護持ちだぜ?」

 和大はそう言って通信を切ると、スマートフォンを隣に居た仲間に預け、体勢を立て直そうとする前衛をすり抜け、前衛を一撃で打ち払った身の丈三メートル近い異形の者と対峙した。

「お前ら! もうすぐサツの機動隊が押し寄せる。第一から第六小隊までは一度地上に戻って入り口を塞ぎに行け! 大和の奴が来るまで耐え抜け!」

「「「「「「おう!」」」」」」

 和大の言葉に短く返事を返した仲間たちは、完璧な練度で指示通りに動き出した。

「この俺を前にして余裕をかましてくれるじゃないか侵入者!」

 腹に鈍く響く怒声を発したのは、和大の前に立つ異形の者だった。

「生憎、そういう家系でな。昔からお前みたいな奴は見慣れてんだ!」

「ほう、得物も持たず俺と戦うつもりか?」

「俺達は悪人になるつもりは無いんでね。銃刀法はしっかり守らねえとな」

「不法侵入の分際で法律を語るな!」

 頭部に二本の角を生やした異形の者は、その丸太のような太い腕を振り下ろした。

「おっと、てめえこそ鬼の分際で法律語ってんじゃねえ!」 

 和大は振り下ろされた腕を紙一重で回避し、鬼の顔面にカウンターパンチを放った。

「ふふ、ふははは! ただの人間ごときの拳で神格化した俺とやり合えると思っているのか?」

「そうだな・・・・・・じゃあ、これならどうだ?」

 もう一度振りかぶられた拳は、紅い煌きを放ち鬼の頬を抉った。

「何度殴ろうと同じこ―――ぐぁあ!」

 その頬を殴られた鬼の巨体は微かに宙に浮き、床に倒れ込んだ。

「悪いな、言って無かったが俺は加護持ちなんだ」

 ファイティングポーズを取った和大は、尻もちを付いている鬼に立ち上がるように挑発した。

「人間風情が舐めるなあぁぁぁあぁぁああぁぁぁ!」

 激昂した鬼はすぐさま立ち上がり、再び拳を和大に振るった。

「お前も俺と同じ人間だろうが!」

 大和は鬼と成った男が放つ拳を最小限の動きで回避しながら抗議した。

「違う! 俺は鬼神と融合した誇り高き化物だ!」

「なん・・・・・・だとぉ!」

 鬼の言い放った言葉に、ここまで冷静に振舞っていた和大の瞳に怒りの感情が宿った。

「てめえが人間じゃねえって言うんなら、大和の奴が化物ってことじゃねえか!」

ここまで防戦一方だった和大が、一歩前に踏み出して拳を振るった。

「ふざけんな! あいつはな・・・・・・人のために自分を犠牲にできるすげえ奴だなんだぞ! あいつは化物なんかじゃねえ・・・・・・人間だ!」

 激昂した和大の右腕は炎に包まれ、一気に燃え上がった。歯を食いしばり全身の筋肉を収縮させ放たれる拳は鬼の鳩尾を打ち抜き、その巨体を凄まじい速度で吹き飛す。

 鬼の巨体は、突き当りの壁にめり込み、気絶したのか、人の姿に戻りながら床に倒れ込んだ。

「ふぅー・・・・・・おい、こいつをワイヤーで拘束しておいてくれ」

「「「「了解!」」」」

 大和は振り返り、後方で撮影機材を構える隊員に声をかけた。

「今の映像はちゃんと取れていたか?」

「バッチリっす!」

「よし・・・・・・お前ら、先に進むぞ!」

「「「「「「おう!」」」」」」

 その声が発せられると同時に、シールドを構えた隊員達が走りだし、再び前衛を固めて前進を再開した。



 出雲、スサノオを祀る下宮の社では多くの蝉達の鳴き声が響き渡っていた。

「はぁ・・・・・・気が付いておるのであろう? 話があって参った。煮ようが焼こうが好きにして構わぬ。ここを開けてはくれぬか?」

 暫しの沈黙。そして木戸は音を立てて開かれた。

「これはまた、珍しい客じゃのう。どちら様じゃ?」

 中には質素な屏風とは裏腹に、絢爛豪華な衣装を身に纏う一人の女性が現れる。

「白々しい、童がこの時代に来た時点でそなたは感知していたはずじゃ。なぜ妾を始末しに来なかった? 妾がそなたを殺し、そなたが受ける信仰の力を奪い取りに来たのやもしれんのじゃぞ?」

 その言葉に座っている女性はクツクツと笑った。

「つまらん腹の探り合いなどいらぬ。それで今回は何用じゃ? 挨拶しに来ただけではないのじゃろう? そなた・・・・・・いや未来の妾、天照よ」

 妖艶な表情で笑う天照の瞳は自信に満ち溢れ、紫色の輝きを燦然と煌かせる。その輝きに、この世界では偽りの存在でしかない未来から来た天照は神妙な面持ちで俯き、意を決した表情で再びこの時代の天照と顔を合わせた。

「助けたい者達が居る・・・・・・だが信仰の力が無い妾には、あの者達を救うことができぬ」

 その次の瞬間、余裕の表情で客人を眺めていた天照は目を見開いた。

「この通りじゃ! 妾は助けたいのだ。もう妾のものではない和大も、妾を信仰してくれていた人々も、そなたの腹の中におる赤子も、妾が腹を痛めて産んだ子の子孫も、その未来も・・・・・・妾は守りたいのだ・・・・・・頼む・・・・・・妾に力を貸しておくれ」

 そこには、額を床にこすり付けて縮こまった日本の元最高神の姿があった。

「なっ・・・・・・何をしておる! その頭を上げよ! 自分のしておることが分かっておるのか!」

「当然じゃ、そなたが知っておるのなら妾も知っておる。妾が自尊心を捨て、恥をかくことであの者達の未来が守られるのならば・・・・・・妾はいくらでも恥をかく!」

 二人の天照は動かない。張り詰めた空気が社を包み込み、静寂が世界を支配していく。

「無理じゃ・・・・・・そなたも訳は理解しておるであろう? 妾の腹の中には赤子がおる・・・・・・ここを離れるわけにはいかぬのだ」

「・・・・・・」

 それでも天照はその頭を上げようとはしなかった。その様子を見て、この時代の天照はため息をついた。

「力は貸せぬ・・・・・・じゃが―――」

 その口から出される提案に、頭を下げていた天照は驚愕の表情を浮かべ、目の前に座る天照を凝視した。その頬には一筋の汗が走り。顎先から一滴の雫が零れ落ちる。

 依然として外からは、その空気の暑さを証明するかのように数えきれない蝉達が鳴き続けていた。



 クーラーの効いた部屋で汗だくになりながら、キーボードを叩き続ける二人。

「岩本、WE TUBEの再生回数はどうなってる?」

「トータル十五億超えたでござる! すごい速さでござるよ!」

「ニヤニヤ動画は!」

「とっくにアクセス過多で落ちたでござるよ!」

「それで良い! 送られてくる動画を片っ端から編集してサイトに上げ続けろ!」

「了解でござる! そっちは視聴率どうなんでござるか?」

 その問いに明は、ズレた眼鏡を中指で直しながら答える。

「驚かないで欲しい。テレビ放送始まって以来の93.4%だ。オリンピックもかたなしだ」

「ひぇー、スポンサーが居ないのが残念ですぞ!」

「どうやら君は、生粋のアフィカスのようだね」

「誉め言葉でござる!」

 その後も二人は、休むことなくモニターに向かい、必死に戦い続けた。



 地下九階。目の前に立ちはだかっていた警備員たちの姿は無く、その変わりに立ちはだかるのは異形の者達に置き換えられていた。

「スリングガンは弾丸を貫通炸裂弾に変更しろ! 射撃後は俺が前に出る!」

「「「「「了解!」」」」」

「手榴弾の用意しろ! 奴さんが来るぞ、壁役のラインマンは気合入れろ!」 

「「「「「おう!」」」」」

 目の前に迫る様々な異形の者達は、シールドを構える前衛に突進した。

「弾丸の導火線に火をつけろ・・・・・・撃てえぇぇぇぇぇ!」

 爆発音は無い。ただ鈍く弾けるゴムの音が喧騒の中に溶け込み、鋭く削り出された鉄の弾丸が長いバレルから射出される。

『ぐあぁ!』

『ぐおっ!』

 獅子の身体を持つ異形の者は、その弾丸が身体を貫かれ穴から紅い血液が流れだした。しかし、もう一体の全身を硬い鱗に包まれた異形の者は、その鱗によって弾丸を弾き飛ばしていた。当然、この程度では、怯む程度の威力しかなく、すぐに攻撃は再開される。

 だが、その次の瞬間だった。

『ボンッ―――』

 最初の炸裂音が全ての者の鼓膜を劈くと、次々と同様な炸裂音が響き渡った。

 弾丸が貫いた獅子の異形の者は、体内で起きた爆発によって倒れ込み、人の姿へと戻った。

「この銃を借りる。出るぞ、道を開けろ!」

 指示通りに盾役は達は道を開き、その隙間を和大はすり抜けて鱗を持つ異形と対峙する。

「お前、西洋の奴だな? リザードマン辺りか?」

「おや、物知りですねぇ、ご褒美に楽に殺して差し上げますよ!」

 リザードマンは和大の命を刈り取るために鋭い鍵爪を振り下ろした。

「ったく、いきなりだなおい!」

「君達も僕達の研究所にいきなり攻め込んで来たじゃないか!」

「ごもっともだなっ!」

 和大はその長いバレッドを駆使してリザードマンの連撃を回避する。

「僕は君がオーガと戦っていたのを見ていたよ。君は僕に勝てない。この厚い鱗を前には打撃も、その大事そうに抱えている銃のパチ物ですら僕に傷一つ付けられないよ!」

「どうかな、鱗が無けりゃ俺達と同じだろ?」

 振り下ろされる腕を和大は掴み、銃口を直接リザードマンの右目に押し当てた。

「動くな。失明するか、拘束されるか選ぶんだな。もちろん危害は加えない・・・・・・どうだ?」

「・・・・・・ぐっ・・・・・・わかった・・・・・・」

「なら、神格化を解け」

 リザードマンは腕の力を抜き、もう片方の腕を無抵抗の証として上げて人間の姿へと戻った。

「お前ら、こいつを拘束しろ」

「「「了解!」」」

 和大は男の拘束が完了するのを見届け、地下十階へと向かった。

「これは・・・・・・」

 目の前に現れたのはこれまでの研究機材が置かれた部屋が複数ある廊下ではなく、一つの広大な円形空間が広がっていた。

「これ全部・・・・・・神核か?」

 壁一面透明なガラスに覆われ、その中には一つ一つ瓶に納められた神核が並べられている。

 扉のすぐ横に設けられた階段を下り、和大達はこの空間の中心に据え置かれた巨岩の前に歩みを進める。

「これが、封神石・・・・・・第七、第八小隊はこいつの発破の準備に取り掛かれ! 第九、第十小隊はガラスの破壊と神核の回収を急げ!」

「「「「「了解!」」」」」

 何度も繰り返されてきた訓練によって、隊員達は誰一人として右往左往することなく自分の仕事をこなしていく。

「何だこいつ・・・・・・兄貴! この岩ドリルが通らないっす!」

「ちっ、氣で硬化してあるのか・・・・・・もう良い、一度発破させるぞ! 導火線の準備は?」

「出来てます!」

「よし、すぐにセットしろ!」

「了解!」

 ドリル作業に当たっていた隊員達は、土木作業用のダイナマイトを設置していった。

「距離を取ってシールドを展開しろ! 総員その影に入れ! 発破するぞ!」

 その一声に隊員達はすぐさま命令を実行に移した。

「カウント行くぞ! 三、二、一、発破!」

 激しい爆音が轟き灰色の煙が衝撃と共に巻き上がった。

「やったか・・・・・・?」

 濃厚だった煙が徐々に薄れ、対象物は再び姿を現す。

「おい・・・・・・嘘だろ?」

 一番最初にそれを目の当たりにした隊員の口から、絶望を孕んだ声が零れ落ちた。

「ちっ、呆けてる暇はねえ! ドリル作業を再開しろ!」

 発破ですら一片の欠片すら生み出せなかった。その事実に隊員達は動揺を隠せずにいた。当然それは和大も同じだった。しかし、警察が動きだし、一刻の猶予すら残されてはいない今、和大は迷うことは無かった。だが、不運はさらに続く。

「兄貴! 神核を守るガラスが破れません!」

「何だと! ドリルで穴も開かねえのか!」

「・・・・・・はい、傷一つすら」

「何か方法は無いのか?」

「取り出すための機械はあるみたいですが、六桁の暗証番号が設定されています」

「事態は把握した。作業に戻ってくれ」

 和大は隊員を戻らせ、スマートフォンを手に取った。

「悪いな明、さっそく仕事だ」

『急だな。まぁ、君たちの映像は見ていたから状況は察している』

「あぁ、封神石は壊れねえし、神核を保管してるガラスの壁も破れねえ。たぶん、生成した氣で強化してあるようだ」

 和大は神核を取り出す機械の前に立ち、暗証番号を打ち込む台を調べ始める。

『それで、僕に何をしろって?』

「取り出すためのパスコードの解析をやってほしい」

『まったく・・・・・・それでその機械に合う端子はあるのかい?』

「今、機械のケースを外してるところだ・・・・・・・・・・・・見つけた!」

『ならすぐに君のスマホと、渡しておいた端子セットで繋げてくれ』

「わかってるっつーの・・・・・・うし、挿したぞ。五分で片付けろ」

『何を言ってるんだ君は? こんなもの・・・・・・二分あれば事足りる』

 その言葉と同時に通信が切れ、画面が数字とアルファベットの羅列に切り替わる。

「頼んだぞ明・・・・・・」

 息をつく暇も無く和大の元には新たな報告が届けられる。

「兄貴、入り口の封鎖に向かっていた小隊から無線が! 警察の機動隊が突入を開始しました!」

「何だと! あいつらは無事なのか!」

「怪我人は無し、ですが現在地下二階まで後退しています!」

「了解だ。ちっ、人質の解放を続けたのが仇になったな。警察も映像を見てねえはずがねえ。やっぱ政府とグルだったか・・・・・・」

 速すぎる機動隊の突入、壊れない封神石、破れぬガラス・・・・・・絶対絶命。その一言で状況を良い表すには十分だった。

「・・・・・・どうする・・・・・・どうする・・・・・・」

 思考が複雑に回る。どうあがいた所でこの戦力差では、警察の機動隊の数に押されるのは目に見えていた。

「考えろ・・・・・・この状況の突破口を・・・・・・」

 その時、背後から機械が動き出す駆動音が鼓膜を擽った。

「明・・・・・・やってくれたのか?」

 動き出すアームが一つの封神瓶を取り出されるとどこかへと運ばれ、数秒後に床から一本の柱が伸び出し、その上には先ほどの封神瓶が乗せられている。

「こいつは・・・・・・」

 その中には漆黒に輝く黒曜石が収められていた。

 その瓶を手に取った瞬間、訳も分からず鼓動が高鳴った。手は無意識に瓶を開け、蓋を床に落とす音で和大は我に返った。

「頼む、俺に力を貸してくれ・・・・・・」

 中に入っていた石に触れようとしたその時だった。

「そいつに触るな!」

 激しい落下音と同時に耳を劈く大声が、神核に触れようとした和大の指を止めた。

「大和・・・・・・?」

「そいつを渡せ! 俺達が取り戻す平和な世界で、その力は必要無いんだ」

「どういう意味だ・・・・・・?」

「それは、お前に適合する神核だ。皮膚接触で融合出来ちまう程にな」

「なんで、お前にそんなことがわかるんだよ?」

「わかるさ! なぜなら俺は・・・・・・お前の曾孫なんだからな・・・・・・フェンリルを手に入れたお前は世界を救うこともできず、戦い続けた未来で、交わした約束一つ守れずに死ぬんだよ!」

 大和の言葉に和大は目を見開いた。

「いきなり何言ってんだよお前は・・・・・・?」

「ならこれで信じるか?・・・・・・お前が戦う理由はこの国の最高神である天照大御神だ。神落としの脅威からあいつを守るためにお前は戦っている・・・・・・そうだろ?」

「どうしてお前がそれを・・・・・・まさかあいつが?」

「ちげーよ、これはフェンリルから教えてもらったことだ。もちろん、未来のな。それを今から確認すんだ」

 大和は瞳を閉じ、大きく息を吸い込む。そしてこう問いかけた。

「俺は和大とお前の子孫だ・・・・・・そうだろ天照?」

 大和が侵入する際に開けられた天井の穴から突如大炎が噴き出した。

「・・・・・・・・・・・・知っておったのか・・・・・・大和よ」

 炎は周囲に散り、その中心から天照が現れた。その表情は儚げな笑みを浮かべている。

「肯定として受け取って良さそうだな・・・・・・ということだ和大。だからそれを俺に渡せ。お前が俺と同じ化物になる必要はない」

 和大は動揺を隠せない表情で封神瓶を差し出した。

「あとで詳しい話を聞かせて貰うからな」

「それは俺じゃなく、あいつに聞くんだな。俺が地上までの退路を開く。上に居る奴らをここまで撤退させろ。退路には用意しておいたガソリンを巻いて着火させて離脱させろ。煙で機動隊を外に燻し出すんだ。良いな?」

「あぁ、わかった・・・・・・!」

 大和の言葉に、和大はそれ以上何も言わず小隊を引き攣れて上へと向かった。

「やるぞフェンリル、神威解放!」

 黒炎を身に纏いその姿を人狼へと変化させた大和は、右腕を黒炎に纏わせ天に掲げ床に振り下ろした。黒炎は厚い床板を食い破った。

「よし・・・・・・お前ら、地下鉄までの退路を開いた。あいつらが戻ったらこの中を走って退却!」

「「「「「了解!」」」」」

「お前らそこをどけ、その石を消す!」

「総員退避、退避ぃぃ!」

 蜘蛛の子を散らすように、封神石の掘削に従事していた隊員達は即座に退避し、大和から距離を取った。

「ったく、兵に指示出しなんて久々だぜ・・・・・・で、こいつが全ての現況ってわけだな。胸糞悪い、さっさと消えろ!」

 大和はその広げた掌を封神石に向けて黒炎を放った。

「ふん、意外とあっけねえもんだな」

 容赦なく流れ込む黒い炎は、威風堂々と聳え立っていた封神石を跡形なく消し去った。

「うっし、これでどうにか一つ片付いたな。あとは・・・・・・」

 開け放たれた通路から喧騒が迫ってきていることに大和は気が付いた。

「こっちだ、早く来い!」

「煙を吸うな、身を低くして進め!」

 この階の入り口から一人の兵が走り出てきたことを皮切りに、雪崩のように狭い扉から兵たちがなだれ込んできた。

「階段で転ぶなよ! 下りたら小隊ごとに整列しろ!」

「「「「「了解!」」」」」

 最後にこの部屋に入ってきた和大の指示によって、隊員達は一糸乱れぬ動きで整列を完了する。

「予定通りとはいかなかったが、大和と天照のおかげでどうにかなりそうだ。ここはもうすぐ火の海になる。俺達は少し早いがこの建物から離脱する。ヘルメットを離脱用のマスクに変更。銃器、チョッキ、重い装備はなどはここで破棄し、普段着に着替えろ。ここで証拠を隠滅する」

「「「「「了解!」」」」」

 次々と装備は床に置かれ、離脱の準備が執り行われる。

「カメラ班も映像の送信が終了次第、撮影機材は全て廃棄だ。良いな?」

「え、良いんすか兄貴?」

「良いんだよ。独占放送のお代に貰ったものだからな。持ってても足が付くだけだ。ここで廃棄する」

「りょ、了解っす!」

「それと、各位サーチライトの用意しておけ」

 全ての小隊が離脱準備したのを見計らって、和大はパスワード解析で使ったスマートフォンを取り外し、再び明に発信した。

『まだ僕に用があるのかい?』

「あぁ、仕事だ。今から施設を離脱する。逃走経路は変更、地下鉄の坑内を使う。信号機の攪乱を頼めるか?」

『任せておけと言いたい所だが、すでに警察が全ての鉄道各社に運航停止を命じている。僕がやるのは駅のホームからの人払いとカメラの映像操作だけだ』

「十分だ。頼んだぞ!」

『あぁ、頼まれたよ』

 和大は通信を切り、スマートフォンを胸ポケットにしまう。そして離脱準備を終えた隊員達の方を向き、口を開いた。

「これより離脱を開始する。二小隊ずつの二列縦隊で進軍を開始しろ! 各小隊長返答!」

「「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」」

「サーチライト点灯! 目標は地下鉄構内、駆け足で退路を進めぇ!」

「「「「「「おう!」」」」」」

 隊列を乱すことなく穴の中に進んでいく隊員達を見守りながら、和大は大和の下へと歩み寄った。

「俺はお前が言ったことを全て信じた訳じゃねえ。ただな、一つだけ言っておく。お前は化物なんかじゃねえ、心優しい人間だ! それを忘れるんじゃねえぞ・・・・・・分かったか!」

 和大は一方的に言い放ち、すぐにその場から走り出した。

「天照! お前には、ちゃんと話を聞かせて貰うからな!」

「わかっておる。火傷する前に早く行くがよい」

「言われなくても行くさ。あとは任せたぞ!」

 そう言い残し、和大はこの部屋を後にした。

「おい天照、けじめは付いたのか?」

「あぁ、おかげで妾は和大と結ばれることは永久に叶わなくなってしまった。だが・・・・・・」

 天照は出雲で交わされた契約を思い出す。



「力は貸せぬ・・・・・・じゃが、我が力の全てを授ける事はできようぞ?」

「どういう・・・・・・ことじゃ?」

 頬には冷や汗が走り、その言葉の意味を何度考えてもなお、答えは同じ結論に導かれる。

「お主、神の座を捨て人に身を堕とすつもりか?」

「流石、妾と言ったところか。理解が速くて助かるのう」

 この時代の天照はニヤリと笑い、未来から来た天照は苦悶の表情を浮かべる。

「そなた・・・・・・それは・・・・・・それはズルいぞ!」

「な、何を言い出すのじゃ!」

 天照は天照の胸倉を掴んで迫った。

「わ、妾も和大と結ばれたい!」

「駄目じゃ! あの者は妾のじゃぞ!」

「妾は一度、和大の子を産んでおる!」

「妾の腹の中には和大の子がおるのを知っておるであろう!」

「当然じゃ! 妾は我が子と過ごした日々を忘れたことなど無い! そなたの身に宿す子も妾の子と同義じゃ!」

「ならば尚更、妾の力を受け取るのじゃ、この時代に来ておるそなたの子孫の魂を守るためにも、妾達の子を守るためにも!」

 その言葉に天照は黙り込み、胸元を握っていた手をゆっくりと放した。

「・・・・・・妾にもその子を抱かせてくれるか?」

「もちろんじゃ。この子は、そなたと妾の子であろう?」

「わかった・・・・・・和大の事は諦めようぞ」

「諦めずとも良い。妾とそなたは二人で一人。妾達は二人で天照大御神じゃ。それに、あの者は甲斐性無しではない。そのことは、そなたも良く知っておるであろう?」

「うむ・・・・・・」

 二人の天照大御神は身を寄せ合い、その身体を抱きしめ合った。そして炎が二人を包み込むのに時間はかからなかった。



「じゃが、そのおかげで妾はこの世界を救うことができる・・・・・・ほれ大和よ、仕事を終わらせようぞ」

 天照は炎を足元から巻き上げ、神核を焼き払う準備に取り掛かった。

「あぁ、そうだな。行くぞフェンリル、絶空爪乱舞!」

 その五指の爪から放たれる絶空は、三百六十度を包囲する壁に次々と襲いかかり、斬り裂いて行く。そしてそれはいとも簡単に崩壊し、轟音とともに崩れ去った。

「上出来じゃ。久々じゃからのう、ちと手加減が下手やもしれん・・・・・・」

 その言葉通り、天照が纏う炎は勢いを増していく。

「紅き炎の煌きよ、全て灰燼となせ・・・・・・紅炎!」

「うおっ・・・・・・絶界!」

 一瞬にしてこの空間は大炎に飲み込まれ、その炎が消滅するまでに、原型を留めている物体は皆無だった。

「ったく、やりすぎだっつーの」

「すまぬ、すまぬ、加減ができなくてな・・・・・・それで、そなたの持つ神核はどうするのじゃ?」

「あぁ、こいつも・・・・・・」

 天照に燃やして貰うために、大和が封神瓶の中から黒曜石を取り出し、その手に触れたその瞬間だった。

『ふん、未来の我は、再び良き主達に巡り合うことができたのだな。この記憶は失うべきではない。未来の我よ、この身を喰らい、我をそなたの糧とせよ。それが我が望みでだ」

 不意に脳内に流れる声。その声が途切れると同時に神核を乗せていた掌は、無意識に力強く握り締めら、絶炎が指の間から微かに漏れ出る。そして掌が再び開かれた時、そこに黒曜石の神核は残されていなかった。

「俺はこれから最後の仕事で表から出る。また後で落ち合おうぜ」

「承知した。大和よ、また後程会おうぞ」

「あぁ!」 

 こうして二人は分かれ、大和は機動隊が包囲する地上に向かった。



 日本中のテレビ局はオリンピックの閉会式の放送を打ち切り、包囲された文部科学省庁舎前の映像を電波に乗せて視聴者に届けていた。

 動きが止まって三十分が経過し、一度撤退してきた機動隊が再び中へと突入しようとしたその時、建物の中から上半身裸の男が一人、歩いて出てくる様子がテレビに映し出される。

『日本の皆、今日は騒がせてしまって済まなかったな。テレビでは、俺が消滅させた原発から、神落としの研究施設、そして政治家達のスキャンダル。この日本の陰で育っていた陰謀や思惑が、一気に露見したと思う。日本はしばらく混乱し、立ち直るまでに多くの時間を要すると思うだろう。だけど、最悪の未来は防ぐことができた。俺が言いたいのは、他国のスパイを国会に議員として送り込んだのも、そのスパイに抵抗するため、こんな研究に手を染める政治家を送り込んだのも、お前ら日本国民なんだ! 俺が暮らしていた世界の写真や動画を、皆は目にしただろう? お前らがちゃんと考えず国の代表を選び、国民全員が政治家の仕事を監視しなければ、俺がどんなに今出ている悪い芽を狩りつくしたところで、新たな陰謀の芽が出てくる。頼む、一人一人がもっと真剣に未来を考えてくれ! そして、お前らの子孫が生きる未来をどうか救ってくれ』

 大和は深々と頭を下げて懇願する様が日本中のテレビに放映される。

『キッシッシ! 中々の熱弁ですねぇ。施設襲撃の一報を受けて戻ってみれば、全てが終って閉まっていたようです』

 不気味な笑い声が日本中のスピーカーから流れた次の瞬間、映像は機動隊の前に歩み出た白衣の男を映し出した。

『キッシッシ、あなたが噂の未来人さんですね? お話は伺ってますよ。よくも私の研究所をやってくれたものです。これで私の十数年が全て水の泡になってしまったのです。こうなってしまえば、もう私に未来は無い。なので研究の成果をここでお披露目と行くのですよ?」

『あんた・・・・・・百目鬼 鬼一郎か?』

『おやぁ? 私たちどこかでお会いしましたでしょうか? まぁそんなこと、どうでも良いのです。どうせあなたは、これから死ぬのですからね』

 白衣の男は胸ポケットから一本の注射器を取り出し、自らの首に突き刺した。

『まずい、皆ここから逃げろ!』

 焦りを見せる大和は、周囲に居る人々にそう叫ぶ。しかし、その声を前に誰一人として動く者など皆無だった。

 白衣の男は不敵な笑みを浮かべてこう口を開いた。

『神格化、リョウメンスクナノカミ』

 テレビの映像はそこで乱れ、数秒間の後、途切れてしまった。



「何なんだ・・・・・・こいつは・・・・・・?」

人間の上半身を背合わせにし、一つにしたような身体。二つの頭、四本の腕、四本の脚。しかし、驚くべきはその点ではなく、その大きさにあった。

 リョウメンスクナノカミの背丈は東京タワーに並び、周辺のビルは出現の衝撃で悉く倒壊していた。

「くそっ・・・・・・神格化、絶狼王フェンリル!」

 その体格差は圧倒的だった。身の丈四十メートルを超えるフェンリルの身体となった今でも、埋めようのない差が開いている。

『どうです、これこそが私の力なのです!』

 リョウメンスクナは拳を握り、容赦無くフェンリルへと振り下ろした。

「まるでおとぎ話の神の鉄槌のようだな・・・・・・絶界!」

 拳とアスファルトの地面がぶつかり合ったその瞬間、凄まじい衝撃波が発生し周囲の瓦礫は爆風と共に飛び散っていく。

『これは・・・・・・なんと素晴らしい!』

 引き上げた拳の大半が、絶界に飲み込まれたことによって消滅しているにも関わらず、リョウメンスクナは歓喜の声を上げた。そして次の瞬間、凄まじい速度で拳は修復されていく。

「おいおいマジかよ・・・・・・ったく、何で最近の俺は、相性の悪い相手とばかり戦うはめになってんだ・・・・・・よ!」

 大和はそうボヤキながら尾に絶を纏わせ、その裏面に回り込みながら複数の絶空を放ち、リョウメンスクナの四本の腕を斬り落とした。

『これは・・・・・・素晴らしい力ですねぇ! キッシッシ!』

 全ての腕を無くしたにも関わらず、リョウメンスクナはこれすらも実験の検証の一つであるかのように楽しんでいるようだった。

『キッシッシ! 分かりましたよ・・・・・・あなたの能力は触れた物体を消滅させる能力なのです。あぁ、実験がしたい。その消滅させる速度はどれくらいなのでしょう。先ほど私が拳を振り下ろした速度が時速三百キロメートルと仮定して、難なく消滅されてしまいました。その際に物体の飛散などは見られなかった。つまり、とても効率よく原子レベルでの分解が行われおり、その際に生じるエネルギーは莫大なものになるはずなのです。つまり分解された物体は、原子より小さい物体に分解され、別の次元に飛散している可能性がある・・・・・・あぁ、素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい素晴らしいぃぃぃぃのです! あなたをモルモットにしてドロドロになるまで実験がしたいのです! この無尽蔵な知識欲を満たすための贄にしたいのですよ!』

 リョウメンスクナは金切り声をあげ、その腕の切断面から新たな腕が生え出るように再生される。

「誰がお前の実験体になるか! それとな、神様はお前の玩具なんかじゃねえ!」

『神とモルモットの差とは何です? 神もモルモットも私の前では無力! つまり、どちらも似通った実験動物に過ぎないのです! ・・・・・・ところで、あなたの消滅の力に限界速度はあるのでしょうか?』

 リョウメンスクナはその腕に一瞬にして弓と光り輝く矢を生成し、強く弦を引いた。

『私の矢の速度は、第一宇宙速度なのです―――』

 放たれる矢。それと同時に展開される絶界。お互いの間にある数百メートル空間は、矢の凄まじい速度によって生み出される衝撃波によって瓦礫は周辺に飛び散り、地面を抉った。

 そして矢は絶空と接触。そのエネルギーの塊は完全に消滅するはずだった。しかし―――。

『ゴォォォォオォォォォォオォォォォオォォォォォン』

 凄まじい衝撃が背後から発生した。何が起きたのか分からず、大和は振り返った。

 そこには大地が抉られ地形が変わり、衝撃によって激しく海は荒れていた。

『ほほう! やはり限界点はあったようなのです! 高質量、超高速度で接触する物体を消滅させるには限界があるということなのです!』

 左頬から感じる痛み。矢が微かにかすり、肉を抉り取られたのだと大和は理解した。

『おそらく、雷などの質量が低いものはその壁を貫通できないのです。検証してみましょう』

 両面し宿儺はその人差し指を天に向け、指先に雷を纏わせると、それを大和に向けて解き放った。大和は素早く絶界を再展開して防御する。

『やはり、私の理論は正しいようなのです! 質量と速度があなたの消滅の力に対抗できる方法なのです』

 実験染みた攻撃。しかし、その再生速度の前では下手な攻撃を仕掛けるわけにはいかない。大和は思考を巡らせ続けた。そして導き出された結論は、絶空による神核の破壊。無駄に氣を消費する愚策中の愚策であることは、当然大和にも理解できていた。しかし、他に倒す方法など無かったのだ。

「ちっ・・・・・・行くぞ!」

 大和はリョウメンスクナの周囲を高速で移動して攻撃を回避しつつ、神核があるであろう部位を集中して狙い続けた。

『キッシッシ、無駄なのです。わかって居るのですよ、あなたの狙いは外神核に包まれた私なのです。しかし、私はリョウメンスクナの巨体全身に走る血管の中を絶えず移動し続けているのです! 当てることは不可能に近いのですよ!』

「そんなもん、やってみねえとわかんねえだろうが!」

 大和は大きく後方に飛んで距離を取り、足を全力で踏みしめる。

「穿て・・・・・・絶狼砲(フェンリル・カノン!」

 放たれる絶の奔流は空間を塗りつぶし、リョウメンスクナの胸部から上を全て消滅させる。

 バランスを失ったリョウメンスクナはその場に倒れ込み、一つのビルが倒壊する。

「やったのか・・・・・・?」

 ビルが倒壊したことによって発生した土煙に周囲は包まれる。その次の瞬間だった。土煙を突き破り、光の矢飛び出した。

「なんだと・・・・・・!」

 大和のすぐ横を通り過ぎて行った矢は、入道雲に巨大な穴を開け空の中へと消え去った。

『今のは効きましたよ・・・・・・痛覚の遮断が追いつかなかったのです・・・・・・あなたの消滅の力は危険なのです・・・・・・あなたの力は大体の理解ができたのです、なので危険なモルモットは、殺処分なのですよ!』

 土煙を突き破って立ち上がる巨体は、すでに完全に再生されていた。その四本の腕には弓と矢ではなく四本の巨大な両刃剣が握られている。あれが一振りされた場合、絶界の範囲外から攻撃され、たとえ防げたとしてもカバーできずに切断した部位に両断されるのは確実だった。

『大和よ距離を取れ! あれは我が力では防げん!』

 その時、頭の中でフェンリルの声が響き渡り、とっさに距離を取った。

『良い判断なのです! ですが逃がしませんよ!』

 その巨大な剣は一直線に振り下ろされ、地面を深く斬り裂いた。そして剣の軌跡をなぞるように三日月型の斬撃が大和へと飛翔する。

「絶―――」

『馬鹿、避けろ!』

 その声に形成した絶界の裏から飛び退いた。

 あまりにも巨大な斬撃は絶に阻まれようが、すぐに途切れた部分は補われ、地面を抉りながら進み、海を大きく二つに割った。

「なっ・・・・・・!」

 再び剣は天へと掲げられ、振り下ろされる。もはや回避することしかできない大和は、あまりにも理不尽な存在に声を荒げた。

「あんなん、どうやって倒しゃあ良いんだよ!」

 その大和の言葉に、フェンリルは躊躇いながら静かに答えた。

『一つだけ・・・・・・方法はある』

「本当か! 教えてくれ!」

『世界樹がこの星にあった頃・・・・・・我はガルムという名前で飼われていた。そして主は、死後に争いの元凶となるであろう、自らの肉体と一本の霊槍を我に喰らうよう命じて、神々の黄昏に挑んだ・・・・・・主は息絶え、我は言いつけ通りフェンリルとして主の亡骸と霊槍を喰らった・・・・・・その霊槍の名はグングニル。投げれば必中する霊槍である』

「説明なげーよ! 取り合えず投げれば当たるんだな!」

『だが問題がある・・・・・・』

「まだなんかあるのか?」

『・・・・・・我が腹の中で悠久の時を過ごしたためか、オリジナルは我が肉体と同化している。貸せるのは複製のみだ。複製を具現するには莫大な力を消費し、一度投げれば霧散する。チャンスは一度きり・・・・・・必中の槍とは言え、見えぬ的を当てることなどできると思うか?』

「分かった、出してくれ!」

『馬鹿を言うな! 具現させてしまえば、神氣の大半を失うのだぞ!』

「わかってる! でも、倒す方法はそれしかねえんだ・・・・・・だからフェンリル、俺を信じろ!」

 大和の言葉にフェンリルは、秒間悩んだ末に口を開いた。

『具現せよ・・・・・・グングニル!』

 その名が呼ばれると同時に出現する漆黒の槍。それは自然に口へと加えられえる。

『貫きたい物を強く念じ、全ての力を込めて投げ放て!』

「おう!」

 大和は槍を加えたまま、リョウメンスクナの下へと一直線に駆け抜けた。

『そんなちっぽけな槍一つで何ができる言うのです!』

 リョウメンスクナは両腕に持つ二本の剣を天に掲げ、叫びながら一気に振り下ろした。

 凄まじい衝撃と斬撃が、凄惨な街並みをさらに凌辱しながら駆け抜け、迫りくる大和の命を刈り取ろうとする。しかし、大和は氣で足場を作り出し、遥か上空まで跳躍してその斬撃を回避した。

「行くぜ・・・・・・百目鬼!」

 大和槍を加えたまま身体を大きく捻り、落下の開始と同時に、筋肉を収縮させて弾ける発条のようにグングニルをリョウメンスクナへと投げ放った。

『「貫けえぇぇぇえぇえぇぇぇええぇえぇぇぇえぇ!」』

 全ての力と思いが込められた霊槍は大気を貫きながら、一直線にリョウメンスクナへと突き進む。しかし、その槍の進路を遮るように素早く手が伸ばされ、無情にも障壁が展開された。

『この力の前では、全てが無駄なのです!』

 霊槍の切っ先が障壁に触れた瞬間、凄まじい衝撃はが大気を震わせる。

『無駄、無駄、無駄なのです!』

 だが槍はリョウメンスクナの障壁に弾かれる事無く、それでもなお貫こうと抗い続け、そしてついに、障壁に亀裂が入った。 

『「行っけえぇぇぇぇぇええぇぇえぇぇ!」』

『な、なんだというのですか・・・・・・この力は! ありえない、ありえないのです!』

 大和とフェンリルが槍に力を与えるかのように叫ぶと同時に、障壁は甲高い音と共に砕け散り、リョウメンスクナの掌を貫通し、その腹部を貫いた。

『ウギャアァアァァァアァァアアァァァァァアアァ!』

 耳を劈く断末魔が響き渡り、リョウメンスクナは轟音と共に地に倒れ、その巨大な身体は無数の光の粒となって爆散した。

「はぁ、はぁ・・・・・・酷い有様だな・・・・・・フェンリル、神格化を解くぞ」

 大和は神格化を解き、瓦礫の山の中に降り立った。

「一体、何千人が死んだんだよ・・・・・・俺はただ守りたかっただけだってぇのによ・・・・・・」

 周囲一帯はビルの残骸で埋め尽くされ、風の音以外に呻き声一つ聞こえることはなかった。感傷に浸る暇も無く、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンから突然深いなアラート音が流れ出した。

『ウゥゥーーーーー ミサイル発射情報。ミサイル発射情報。当地域に着弾する可能性があります。屋内に避難し、テレビ、ラジオをつけてください』

「ミサイル? どういう事だ・・・・・・?」

 そう呟いた時だった。アラートを割り込み着信音が鳴り響く。

「明か、これはどういう事だ?」

『あぁ。全ての陰謀が明るみに出た今、陽鮮王国が証拠を隠滅するために、東京に向けて核弾頭ミサイルが発射された』

「何だと! それだと歴史が変わらないじゃねえか!」

『あぁ、その通りだよ。それどころか神核を失った日本はさらに絶望的な未来を辿ることになるだろうね』

「ミサイル迎撃はできるのか?」

『ははっ、出来ていたら、君が居た未来は無かったはずだ。現に、迎撃システムはサイバー攻撃を受けてダウンしている。不本意だが・・・・・・頼りになるのは君だけだ』

「どこに落ちるのか分かって居るのか?」

『君が居る地点から北東七キロ、東京スカイリーだ。君が未来から持ち帰ってきた歴史資料が、陽鮮王国のミサイル制御サーバーの目標地点と合致している』

「お前の方でなんとかできないのか?」

『できないから電話している・・・・・・それと、君がミサイルを消滅させる映像は全国で生中継されている。現在、国営放送の視聴率が0%なのに対し、僕達と提携して生中継しているテレビ局の視聴率は100%だ。全国民が君を見ている。この世界で生きている全人類の未来は今、全て君に託されていると言っても過言じゃないよ』

「ったく、酷いプレッシャーだな。止めれなかったらどうなるんだよ?」

『その時は君は死ぬし、僕も死ぬだろうね。オリンピック開催中だしほぼ全世界の国々の人々が死ぬ。まぁ、第三次世界大戦は避けれないだろうね』

 明は予想される最悪の事態を、いつもと変わらぬ冷静な声で言ってのけた。

「冗談じゃねえ・・・・・・着弾まで後何分だ?」

『残り、三分を切った』

「わかった・・・・・・生きてたらまた会おうぜ!」

『あぁ、アリサに紅茶を入れさせて待っているよ』

 その言葉を最後に通信は切断され、大和は空を見上げた。

「やれるかフェンリル?」

『主と我ならば必ず』

「頼もしい限りだ。神格化、絶狼王フェンリル!」

 巻き上がる黒炎と爆発音。再び絶狼はその姿を現した。

「あの塔か・・・・・・行くぞ!」

『おう!』

 こうして大和とフェンリルは、ミサイルを止めるために東京スカイツリーに向かって走り出した。

『建物を避けるのは時間の無駄だ! あの川の上を走れ!』

「わかった!」

 フェンリルの指示に従い、大和は隅田川の水面に氣で足場を作って疾走する。

「間に合え! 間に合え!」

 必死に足を動かし、幾度となく橋を跳び越え、ようやく大和は東京スカイツリーに辿り着く。そして、その足を止めることなく、その垂直な塔を駆け上がりだした。

「うおぉぉぉおぉぉおぉぉお! 間に合えぇぇぇぇええぇえぇぇぇぇ!」

 反りたった第一展望台を勢いに任せて突破する。そして、ネズミ返しになっている第二展望台を氣を使い、空中に足場を作り出して跳び越えたその時だった。

『主よ、あれだ!』

 先に気が付いたフェンリルの声によって、二つの入道雲の合間に見える小さな黒点に気が付いた。それは瞬く間もなく巨大になり、凄まじい速度でこちらへと迫っていた。

「飛べェえぇぇえぇぇえぇぇえぇ!」

 勢いを殺すことなくスカイツリーを登り切った大和は、迫りくるミサイルに向かって全力で跳躍した。

 身体を大きく仰け反らせ、持ち合わせる全ての氣を肺に集中させる。

 その閉じられた口からは、肺の持ち合わせる容量を超え、行き場を失った絶が黒炎となって溢れ出していた。

『フェンリル―――』

 仰け反らせていた身体を発条のように戻してミサイルと対峙し、塞き止められていた黒き絶の奔流を一気に解き放った。

『―――カァァノォォォォォオォォォォォン!』

 秒速三キロメートルを超えるミサイルは、空間を無慈悲に塗りつぶす絶の咆哮と接触した。



 全世界が様々な媒体を通し、モニターを見つめていた。

 スカイツリーを登る巨大な狼は、その頂上にまで上り詰めると高く跳躍し、画面を一筋に黒く染め上げる何かを、その巨大な口から放ち、ミサイルを迎え討った。

 黒き奔流にミサイルが飲み込まれたその瞬間、世界は静まり返り皆一様に息を飲んだ。その刹那。その巨大な狼はミサイルにその腹を貫かれて画面から姿を消した。

 世界に流れる一秒が果てしなく長く感じられた。しかし、どれだけ一秒が積みかねられようが、爆発の衝撃がカメラを襲うことは無かった。

 そして、一時間にも感じられるほどの一分という時が流れ、モニターに映し出される映像が切り替わり、巨大な川が映し出された瞬間、日本のみならず全世界が歓声に沸いた。

 河川敷には大きなクレーターが出現し、川の中に横たわる一匹の狼が立ち上がろうとしていたのだ。 

 黒い狼は、ゆっくりと起き上がると川から上がり、河川敷に座り込む。そして自分の腹を頻りに探り、何かを口で加えると、一気にそれを引き抜いた。

 それは打ち込まれたミサイルの残骸だった。弾頭からその全身の半分までが完全に消滅し、残された部位も、表面は大きく損傷していた。

 狼はその場で横たわり、動こうとはしなかった。その映像が二十分ほど続いた後、ヘリコプターから撮影される実況中継へと切り替わった。

 狼はヘリが近づいてきていることに気が付いたのか、ゆっくりと立ち上がり、構えられたカメラと正面から向かい合うと、ゆっくりと口を開かれた。

『日本の皆、よく聞いてくれ・・・・・・今日という一日で、何千何万の罪の無い人々が死んだ。俺の事を快く思わない人間も多く居る事だろう。そいつらがマスコミを使い、中立ではない報道をすることも俺は理解している。だがそいつらは、日本という国に住む、お前ら全員で選んだ日本のリーダー達だ。くだらない足の引っ張り合いで停滞する議会も、どこぞの国スパイ議員も、神を踏みにじる研究に着手させる政府も、お前ら全員が選んだ結果なんだ。もっと未来をよく考えろ! 選択を誤れば今のように核が落ちてくることになるんだからな・・・・・・それと、どうせ世界中の国々のお偉いさん方が、この映像を見ているんだろ? よく聞いて覚えておけ、もし日本に手を出してみろ、俺はもう一度未来から舞い戻り、お前らの国を滅ぼすことになる。肝に銘じておけ!』

 そして微かな沈黙の後、一言だけ黒き狼は言葉を残し、風のように走り去ってしまった。

『俺は、この世界に生きる全ての人々の選択するその先にある未来を、大いに期待している』


残すところあと二話。

次回も来てくださると幸いです。

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