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第十四話【未来の証明】

もうこんな所まで来てしまったのか・・・・・・早いものです。

楽しんで頂けると幸いです☆

お茶でも啜りながらお読みください

^^) _旦~~

第十四話【未来の証明】


 等間隔で続く街灯の下を、息を切らしながら走る大和と和大の二人。

「見つけたは良いが・・・・・・はっ、はっ・・・・・・しつこいな・・・・・・こっちだ大和!」

「お、おう!」

 あの日、フェンリルの記憶を垣間見て以来、大和は仲間と接することが難しく思えていた。だが、今はそんな事を考えて居る場合ではない。

「くそ、こっちも先回りされてるのか・・・・・・」

 曲がろうとした道の先には、深夜にもかかわらず黒塗りの車が不自然に停車しており、違和感を感じ取った和大が、全力で走っていた脚を急停止して方向転換しようとしたその時だった。

『タァァンッ―――』

 乾いた発砲音。

「ぐっ―――」

 短く呻いた和大は突然崩れ落ちる。しかし、戦場で生きてきた大和はそれで動じることなく、すぐさま和大に駆け寄って呼びかけた。

「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」

「・・・・・・くそ、撃たれちまった・・・・・・」

 和大の右大腿部からは酷い出血が発生していることに気が付いた大和は、傷口を確認する。

「貫通はしてねえから安心しろ・・・・・・太ももを掠めて肉を食い破られただけだ」

 大和は素早く身に着けていたTシャツを脱ぎ、引き千切ぎって帯状にすると、素早く傷口に巻き付けた。

「俺のことは良いから早く逃げろ・・・・・・! お前まで捕まっちまうだろ・・・・・・」

「お前が居なくなったら計画が台無しだろうが・・・・・・」

 置いて行くように促す和大の声を無視して、大和は和大を無理やり背負った。

「それと・・・・・・俺の姿を見ても叫ぶなよ・・・・・・神威解放!」

 その言葉と共に、衣服を身に着けていない大和の上半身は黒い毛に覆われ、体格は急速に巨大化していき、その面構えは人の物から、狼の顔貌へと変化する。

「夢でも見てんのかよ・・・・・・俺は・・・・・・?」

 予想外なことに、和大は驚く様子もなく、短くそう呟くだけだった。

「フェンリル、この周囲の地面を消せ、血を一滴も残すな」

 足元から広がる闇。それは街灯の光で照らす地面を黒く染め上げ、歩道を埋めるブロックを次々と消し去っていく。

「十分だ。行くぞ!」

 大和はフェンリルに指示を出して走りだす。

「馬鹿・・・・・・そっちは駄目だ!国会前の信号に出たら、逃げ場が無い。・・・・・・奴らの思う壺だ」

 しかし、大和はその言葉を無視して走り続ける。背後以外の三つの分岐には、すでに複数の車が道を塞ぎ、黒服の者達がその手に拳銃を構えて待ち構えているのが見えた。

「この馬鹿・・・・・・!」

「・・・・・・しっかり捕まってろ!」

 大和はどの分岐にも向かわず、真っ直ぐに突き抜けた。その予想外な行動に、道を封鎖していた者達は一斉に拳銃を大和に向けて引き金を引いた。

 襲い来る銃弾の雨。しかし、神威を解放した状態にある大和を打ち抜くのは不可能だった。

 大和はその勢いのまま、桜田濠へと跳躍した。

「あのバケモノ、何をするつもりだ!」

「馬鹿な、幅百メートル近くあるんだぞ!」

 黒服の男達は、人類ではありえない背丈の化物の行動に、驚愕を隠しきれなかった。

 凄まじい跳躍。しかしそれだけでは、この広い幅の濠を跳び越えることなど不可能だった。高度が下がり始めたその身体。大和は空中で身を軽く屈め、空を激しく蹴りつけた。

『パァッン!』

 空気の炸裂する音が響き渡り、再び推進力を得た大和の身体は上昇し、濠を跳び越えることができた。

「森に突っ込む、顔を出すなよ!」

 その宣言通り、大和は生い茂る木々の中に着地し、体中を木々の枝に叩かれる。

「いってぇな・・・・・・飛べるんだったら・・・・・・もっと上品に着地しろ・・・・・・!」

「飛んでねえ、氣で空気を固めただけだ。まぁ、それだけ軽口叩けるんなら心配いらなそうだな。一気にここを突き抜ける! スピード上げるぞ!」

「うぉ、ちょ、おまっ!」

 森の中を駆け抜ける二人は、撤収場所である明の家へと向かった。



「それで、これはどういうことなんだ?」

 ベットの上で包帯に巻かれた足を吊るした和大と、その隣で正座をしている大和は共に、罰の悪そうな顔で、明の尋問を受けていた。

「その・・・・・・研究施設を見つけたついでに潜入して・・・・・・和大が撃たれました・・・・・・はい」

「簡潔に話がまとまっていて大変素晴らしいよ。流石、軍人と言ったところだね。・・・・・・だが、軍人なら与えられた任務を忠実に実行して欲しいものだ。ところで大和、今回僕が頼んだ任務は何だったかな?」

 声を荒げるでもなく、鬼のような表情という訳でもない。ただ無表情のまま、冷徹なまでに落ち着いたトーンで淡々と言葉を発し続ける。

「基地と思しき場所の周辺調査及び、明が手に入れた重要関係者名簿の顔写真と施設に出入りする人物の比較です!」

「その通りだ。ちゃんと理解してくれているようで頼もしいよ。でも、僕は周辺の調査を頼んだ訳であって、潜入調査を頼んだ覚えは無いんだが?」

 その言葉に、大和は何も言い返せなかった。

「ところで和大、君はどうして怪我しているんだい?」

「さっきこいつが言ってただろう・・・・・・侵入したら、しくじって見つかった。逃げてる最中に撃たれたんだよ」

「当然だよ和大。あそこは、日本の最重要機密が眠る場所と言っても過言ではないんだ。これまで潜らせたヤクザの事務所だったり、政治家の事務所とは次元が違うんだ。策も無しに君達程度が侵入できるわけが無いだろ?」

 表情も、声のトーンも変わらない。ただ、明の腸が煮えくり返っていることを二人は理解している二人は、黙り込むことしか出来なかった。

「はぁ・・・・・・過ぎたをこれ以上追及しても仕方がない。それで結果はどうだったんだ?」

 その言葉に、和大はすぐに答える。

「お前の読み通りだ・・・・・・研究施設は文部科学省の地下にある。研究所長の百目鬼 鬼一郎の姿も確認した」

「上出来だ。仕事はちゃんとしているんだ。余計な事をすると怪我をして損をするぞ?」

「だから、悪かったって言ってるだろ?」

 和大のその言葉に、明は目を見開いて初めて怒鳴り声を上げた。

「悪かったで済まなかったかもしれないんだぞ!」

 見たことの無い友の反応に和大は驚き、言葉を発することができなかった。

「本来、拳銃の有効射程なんてたかが数メートルなんだぞ! 距離が離れていたから良かったものの、当たり所が悪ければ死んでいたんだ! 君は、アリサに怪我の手当ではなく、死体の洗浄をやらせるつもりだったのか?」

 その言葉に、口を開ける者など誰も居なかった。

「悪い・・・・・・取り乱したな。今後の方針だがスケジュールを大幅に早める。さっき、僕も見たが、大和のあの姿を向こうの勢力に見られたのは不味い。とりあえず君には一度、未来に戻って証拠を集めて来てもらう」

「わ、わかった」

「岩本のおかげで、マスコミが食い付き始めている。少し早いが、ここで一気に証拠を流して勝負に出る。和大、兵隊の準備は?」

「いつでも大丈夫だ」

「良いだろう。なら、明後日から僕と大和で準備に取り掛かる。明後日の午前十一時、西新井駅のコンビニ前にあるベンチで待って居てくれ」

「わかった。それで準備ってなにするんだよ?」

「なに、簡単なアウトドアだ。動きやすい格好で来てくれれば構わない」

 その答えに大和はそこはかとなく嫌な予感がしたが、これ以上の問いかけは無駄と判断し、帰宅することにした。



 季節は七月の半ば、夏休みという長期休暇を目前に控え、日差しの強さと大気の蒸し熱さは苛烈さを増していた。

 そんな強い日差しの中、人々が行き交う駅前のベンチに大和は座っていた。

「どうやら、君は馬鹿正直な人間のようだな」

 不意に声を掛けられた大和が、その声の方を向くと、そこには大きなリュックを背負った明の姿があった。

「やっと来たか・・・・・・待ち合わせ場所はもっと涼しい場所にしろよな・・・・・・」

 寒冷な環境で生まれ、育ってきた大和にとってこの暑さは致命的なまでに体力を奪っていた。

「目の前にあるコンビニが避難場所だったつもりなんだけどね。まぁ良い、それでは行くとしようか」

 明は大和が立ち上がるのを待つことなく、駅の方へと向かっていく。

「今日は人が多いな・・・・・・」

 駅のホームに着いた大和は、暑さによって力を失った声で呟いた。

「今日は土曜だから当たり前だ。遊びに行く家族連れや、幼稚園の遠足なんかがあるんだろう」

「ふーん、こんな暑い中ご苦労なこった」

 明の説明に、大和は納得した様子でホームに居る人だかりに目を向ける。

『間もなく電車が通過いたします。危ないですので白線の内側にて―――』

 スピーカーから流れるアナウンス。線路の先を見つめると、白い車体の列車がこちらに向かってくるのが見えた。その列車から目を離そうとしたその時だった。

「「「「「きゃああぁぁああぁぁぁぁぁ!」」」」」」

 ホーム内に悲鳴が響いた。

 その声の方を向くと、そこには十人近くの幼い子供達が線路に落下していた。何が起きたのか分からずにパニックになる者、頭を打ったのか動かない者様々だった。

「うらっ! お前ら全員轢かれて死ねやぁぁ!」

 ホームの上にはさらに子供を突き落とし、周囲に包丁を向けて威嚇する男の姿があった。

「起きて! お姉ちゃん起きてよ! お姉ちゃん!」

 線路から、泣きながら姉の身体を揺する女の子の声が大和の鼓膜を擽った。

 大和の身体は考えるよりも早く動きだしていた。大和は風よりも早く駆け抜け、男を殴り倒し、一瞥することも無くホームへと飛び降りる。

 姉に縋りつく女の子の姿が、似ているわけでもないのに子供の頃の望と重なった。

「お前の姉ちゃんは頭を打ってる。動かすと死んじまうかもしれない。だから動かすんじゃねえ。いいな?」

 大和は姉に縋りつく女の子の頭を撫でながらそう言った。 

「うん・・・・・・わかった」

「良い子だ・・・・・・お前らは俺が守る。怖いかもしれねえから目を閉じてろ」

 大和はそう言い残して、迫りくる電車へと走った。

 すでに電車はホームに入る寸前で、ブレーキをかけているものの、すでにひき殺さずに止まれる距離では無かった。

「うおぉぉぉおおぉぉぉおおぉぉぉぉぉおおぉぉ!」

 大和は雄叫びを上げ、全力で線路の上を疾走する。一瞬にして前身は黒く硬い毛に覆われ、その体躯は巨大化していく。その顔が狼の顔貌に変化したと同時に、大和の両手は列車の先端と衝突した。

「とぉぉおまぁぁれぇぇええぇぇぇぇえぇぇえぇぇええ!」

 最初の衝突で敷き詰められている石に沈んだ脚は、レールの下に埋め込まれたコンクリート製の枕木を粉砕しながら列車に押され続ける。

「うおぉおぉぉぉおおぉぉおぉぉぉぉぉ!」

 石が弾ける音、枕木が砕ける音、そして耳を劈くブレーキ音。もう子供たちはまですぐそこだった。大和は歯を食いしばり、張り詰めた全身の筋肉をさらに膨張させる。

「とっ・・・・・・ま・・・・・・れぇ!」

 列車が吐き出し続けていた火花が止まった。気が付けば石の弾ける音も、砕ける音も聞こえなくなっていた。

「はぁ、はぁ・・・・・・止まったのか・・・・・・?」

 列車が止まったのを確認した大和は、すぐさま後方を振り返る。

「よかった・・・・・・無事だったか」

 大和のすぐ後ろ数メートルのところまで子供たちは迫っていた。その中にはもちろん大和の言いつけを守って目を瞑っている女の子の姿もある。しかし、感傷に浸る暇も無く、ホームから悲鳴が上がる。

 それは当然で。目の前に背丈が三メートル近い化物が突然現れた時の正常な反応だった。もちろんそれは、大和自身も理解していた。しかし、その悲鳴によって目の前に居る女の子の瞳は開いていしまったのだ。

 大和の心臓が一度、強く鼓動を打った。

「・・・・・・」

「お兄ちゃん・・・・・・?」

 大和は堪らず振り返って、その場を去ろうとした。

「待って! ・・・・・・お姉ちゃんと私を助けてくれて・・・・・・ありがとう!」

 大和はその女の子に振り返ることなく、線路上を疾走し、その場から素早く走り去った。



 とあるビルの屋上。事件から一時間が経ち、ようやく大和は明との合流を果たした。

「まったく、君という奴は・・・・・・着替えを持ってきた。早くこれに着替えてくれ」

 明は袋の中から、一枚のTシャツを取り出して大和に渡した。

「しょうがねえだろ、身体が勝手に動いちまったんだからよ・・・・・・」

 大和は言い訳を口にしつつ、手渡されたTシャツを受け取った。

「別に君を責めている訳じゃない。さっき、岩本に指示を出した。君が狼男になって列車を止めようとする動画をネットにアップするようにとね。これで僕たちは益々時間を失うことになるが、先手を打たれるよりはマシなはずだ。世間の目も、君に悪く向くことはまずないだろう」

 大和は敗れたTシャツを脱ぎ、新しいものに袖を通す。

「ピッタリみたいだね。下にタクシーを待たせてある。先を急ごう」

 明は大和から受け取った用済みの服を袋に入れ、屋上から先に出て行ってしまった。



 全方位を木々に囲まれ、足元からは歩くたびに土を踏みしめる音が発せられる。

「それで・・・・・・俺達は山登りなんかしてんだ?」

「君が未来に帰る前に準備が必要だからだ。つべこべ言わずに歩いてくれ。インドア派の僕には結構辛いんだ」

「お前、俺に全部荷物待たせてんじねえか!」

「・・・・・・」

 山梨県大月市岩殿山に二人の姿はあった。すでに登山客の姿は無く、太陽も傾き始め、空はオレンジ色に染まりだしていた。

「見えてきた・・・・・・あれが稚児落としだ」

「うわ、何だあれ! めちゃくちゃ綺麗じゃねえか!」

 見え始めた巨大な岩肌に、大和は思わず明を追い越してその絶景を楽しんだ。

「悪いが景色を楽しむ暇はないよ・・・・・・暗くなる前に作業を終わらせないと・・・・・・大和、あの辺まで移動しよう」

 明は奥にある岸壁を指差し、再び歩き始めた。

 目的地に到着した二人は、荷を下ろして座り込んだ。

「それにしてもここに何の用があるんだ?」

「僕たちは、タイムカプセルをしに来たんだ」

「タイムカプセル?」

 大和は知らない単語に首をかしげて聞き返す。

「無知な奴だな君は・・・・・・一度埋めて時間をおいてから掘り出す物の事だ」

 息を切らしながら答えていた明は、リュックの中を漁って両手の中に納まる程度の、ビニールテープで完全密閉された金属性の箱を取り出した。

「この中は、真空包装したデジタルカメラとバッテリー、マイクロSDとその交換型のUSBを複数個ずついれてある。もちろん、これだけだと経年劣化に耐え切れないからね、中の空気はあ窒素ガスで満たして錆を防止し、温度変化が少ないよう中身は発砲スチロールで加工してある。これをここに埋める」

「いや、何でここに埋める必要があるんだよ?」

「それは、未来が草木の一本も残らない世界だと君が言ったからだ。核戦争で地形が変わるとも君は言っていた。だから、核の熱線と爆風を受けても変わることのないであろうここを選んだんだ。このカプセルを君の能力を使って岩肌に埋め込んで隠す。これが今回の目的だ」

 そう言って明はリュックサックの中から長いロープを取り出し、近くにあった岩に結び付けると、それを大和に渡した。

「えっ?」

「え、じゃない。さっさとロープを胴体に結び付けて岸壁に降りろ。岩肌に穴を明けてこれを埋めるんだ。そしてその穴に丁度収まる形の岩を切り出して蓋をする。簡単だろ?」

 突然の無茶振りに、大和は唖然とした表情で手渡されるロープを受け取った。

「マジで?」

「君は、僕が山登りをしてまで盛大なギャグを言う人間に見えるのかい?」

「もう少し簡単な場所でも・・・・・・」

「駄目だ。さっきも言った通り、これは未来に帰った後の目印にもなる。岸壁の作業を終えたら、わかるように適当な模様も掘って貰わないと困るんだ。守りたいものがあるのなら、やってくれ」

「守りたい・・・・・・もの」

 その言葉に大和は、明の顔を真っ直ぐ見つめてはっきりと答えた。

「わかったよ。絶対に俺がお前の子孫(未来)を守ってやる」

「・・・・・・あ、あぁ、よろしく頼む」

 突然の言動の変化に、明は珍しくキョトンとした表情で大和の顔を見つめていた。

 大和は神威を解放し、ロープを腹に括りつけ岩壁を下りて作業に取り掛かった。

 以外にも作業難航することなく、すぐに終わらせることができた。

「あとは模様か・・・・・・よし!」

 大和は黒炎を纏わせた拳を握り締め、力強く岩肌を殴りつけた。拳は音もなく岩肌に飲み込まれ、それと同時に黒炎は岩壁全体へと広がった。

「お、中々良い出来じゃねえか!」

 岩壁に現れた一匹の狼。その口は大きく開かれ、その牙は鋭く描き出されている。

「牙の先が目印だな・・・・・・覚えたぜ」

 作業を終えた大和は、ロープを手繰り寄せて登り、その上で待っていた明と合流した。

「セメントで密閉と固定はできたか?」

「あぁ、バッチリだ。上手な絵も描けたぜ」

「そうか、明日のニュースを楽しみにしておくよ。さぁ、逢魔が時が終る。早く下山しよう」

 使い終えた道具を片付け、帰り支度を終わらせた大和に、明がそう声を掛けた時だった。

「なっ―――」

 砂利に足を滑らせた明は、体勢を立て直すことなく崖下に姿を消した。

「あの馬鹿っ!」

 音よりも早く駆け出し、自由落下によってその身にかかる引力を追い風に、空気抵抗を突き破ってその手を伸ばした。

 二人は鬱蒼と生い茂る広葉樹の太い枝々を圧し折り、分厚い落ち葉の上に落下する。

「僕は・・・・・・これはどういう・・・・・・?」

「ぐぁ・・・・・・足を滑らせて落ちたんだよ・・・・・・気をつけろ・・・・・・この運痴野郎」

 大和は身体を起こし、抱きかかえていた明を降ろした。

「すまない・・・・・・そうか、僕はあんな所から落ちたんだな・・・・・・よく生きてたものだ」

 明は身を翻し、座り込んでいる大和と顔を合わせて口を開いた。

「ったく、暢気な奴だぜ。こっちは中途半端な解放であちこち痛えってのによ・・・・・・」

「動けるのか?」

「これぐらい、数分あれば動けるようになる」

「そうか良かった・・・・・・。この機会に君に聞いておきたいことがあるんだ」

「な、何だよ?」

 明は無言で頷き、話し始める。

「君は世界を救いたいと言った。だけど、僕にはこんなくだらない世界のために、君が命を危険に晒す理由が分からない」

「・・・・・・そう言うお前も、世界を救おうとしてるじゃないか?」

「それは違う。僕が救いたいのはアリサだけだ。・・・・・・砲弾が母国に降り注いだあの日、僕は両親と彼女の母親を見殺しにした。泣き叫びながら、激しく燃え続けている家に戻ろうとする、その手を引いて逃げたあの日から、僕はアリサを守ると誓ったんだ! 辛くても、悲しくても、健気に笑いかけてくれたあの笑顔を僕が守ると誓ったんだ! アリサが生きるにはそれでも、残酷な悲劇で汚れきった、このくだらない世界が必要なんだ!」

 怒鳴りつけるようにぶつけられる言葉。腰に付けていた小さなポーチの中に手を入れ、一丁の黒い拳銃を引き抜き、大和に向けて構えた。

「理由なく戦う者を信用したりしない・・・・・・僕は、君達を完全に信用している訳じゃない。利害の一致があるから行動を共にしているに過ぎないんだ。だから答えろ・・・・・・君は何のために戦っている?」

 明は、今まで見せたこともない感情を剝き出しにした表情で問いかけた。

 大和は銃口の中にある深淵を見つめ、微かに声を発した。

「・・・・・・戦う理由か」

 大和は目を瞑り、望の姿を強く思い浮かべる。そしてゆっくりと語りだした。

「俺には・・・・・・もう一度繋ぎ直したい掌がある。その小さな掌を握り締めて、柔らかい銀色の髪を優しく撫でて、最後に見た泣き顔を、笑顔に塗り替えたい・・・・・・ずっと奪われていた名前を、もう一度呼んでやりたい」

 大和は力強く目を見開き、銃口の向こう側にある明と目を合わせた。

「そいつの名前は、朝月 望。お前の三世代先の子孫だ」

 その大和から告げられた言葉に、今度は明が目を大きく見開いた。

「ふふ、はははっ!」

 明は拳銃を下ろし、顔を手で押さえて笑い出した。突然の事に大和は唖然とした表情で想像もできなかった明の様子を眺めた。

「何がおかしい?」

 いつまでも笑い続ける明に、しびれを切らした大和はついに問いかけた。

「あぁ、いや・・・・・・悪い。まさか僕と、君と、和大の三人の世界を守る理由が、まさか同じだとは思わなくてね。それに、君が守りたいのは僕の子孫ときた。これを笑わずに居られるかい?」

 明は名残惜しそうに笑う事を止め、元の表情に戻った。

「それで、僕の子孫である望という女の子は、可愛いのかい?」

 突拍子の無い問いに、大和は何の迷いも無く声を大にして答えた。

「当たり前だ。あいつの笑顔は世界で一番可愛いんだぜ?」

「当然だな。アリサの血を引いてるんだ。あれの笑顔は、この世界の中で最も美しいからね」

 臆面することなく、いつもの表情のままで言ってのける明に大和は苦笑いだった。

「僕の可愛い曾孫を泣かせてきた罪で、この引き金を引いても良かったんだが止めておこう。その替わり二度と泣かせるなよ?」

「おう、任せとけ!」

 大和は力強く答えた。

 明は微笑を浮かべて一度だけ頷き、再度質問した。

「身体の調子はどうだい?」

「あぁ、もう動けるぞ」

「そうか、それは良かった・・・・・・じゃあ、僕を背負ってくれるかい? 落ちた時に足を捻ったようで歩けそうにない」

 よく見ると明は、片足にだけ重心を預けて立っている状態だった。

「・・・・・・しょうがねえな。人使いが荒い曽祖父さんだぜ」

「まだ曾孫をやるとは言ってないんだが」

 大和に背負われながら明は釘を差す。

「へいへい・・・・・・せっかく解放したし、山超えて帰んぞ。しっかり捕まってろよ?」

 大和がちょっとした復讐を考え、微かに口元を歪ませて明にそう伝えた。

 二人は文字通り真っ直ぐ、天照の待つ西新井のマンションへ向かい、到着したのは午後九時を回った頃だった。

「全く君という奴は、早ければ良いという訳じゃないだろう?」

「へいへい、俺が悪かったって言ってるだろう? おい、帰ったぞー」

 大和は気の抜けた声で明の説教を受け流しながら、リビングのドアを開けて中に入った。

「お、帰ってきおったな。テレビはそなたのニュースで持ち切りであるぞ!」

「おかえり大和氏、それに明氏も、こっちの手筈はバッチリでござるよ!」

 二人の言葉通り、映像を流すテレビは列車を押さえつける人狼の姿を映し出していた。そして映像は切り替わり、見覚えのある少女現れた。

『狼男がいきなり現れたけど、怖くはなかったですか?』

 女性リポーターが女の子にマイクを向けて問いかけたと同時に、大和の表情は氷のように凍り付いた。リポーターは紛れもなく、突き落とした男や、轢き殺そうとした電車ではなく、人狼となった大和を恐怖の対象としていた。

 マイクを向けられた少女は、困った表情でオズオズと質問に答え始めた。大和は覚悟を決め目を固く閉じた。

 しかし、少女の口から出てきた言葉は意外な物だった。

『どうしてお姉さんは、狼のお兄ちゃんが怖いの?』

 その一言に、リポーターの女性は顔を引き攣らせる。

『狼のお兄ちゃんは私と、動けなかったお姉ちゃんを守ってくれたのに、なんでそんなこと聞くの?』

『で、でも狼男が実際に現れたら―――』

 リポーターは、どうにか狼男の恐怖を証言させたかったらしく、執拗に話の方向を持っていこうとしたが、女の子はそれに割り込んでさらに続けた。

『お兄ちゃんは怖くなんてない。だって、守るって言ってくれたんだもん! 誰も助けようとしてくれなかったのに、電車を止めてくれたんだもん! そんな狼のお兄ちゃんを悪く言う人は私が許さない!』

 少女は今にも泣きそうになりながら一生懸命にそう答えた。リポーターの女は少女の言葉に圧倒されたのか、ポカンとした表情になっている。

 その後、数回のやり取りを終えてインタビューは終了し、映像はスタジオに切り替わった。

「お主の事を怖がらぬ娘がおって良かったのう?」

「・・・・・・そうだな」

 天照は揶揄うように声を掛けるが、大和はそう返すことしか出来なかった。

 大和は助けた少女を、幼き日の望に重ねていた。黒い狼の影を怖れて夜泣きする望をフェンリルを宿す身体で抱きしめる罪悪感に、胸を締め付けられ続けていたあの日々を思い出す。

 その苦い思い出に、硬いしこりとなって伴う罪悪感は、少女の言葉によって優しく溶かされていった。

「どうした大和よ? 今にも泣きそうな顔ではないか」

 俯いたまま動かない大和を心配し、天照は心配そうに声を掛けた。

「何でもない、もう大丈夫だ。それより天照、お前に頼みがあるんだ」

「いきなりどうしたのじゃ?」

 天照は首を傾げて大和に聞き返した。それに大和は一度頷き、口を開く。

「俺を一度、過去に戻してくれ」

「・・・・・・ほう、もう良いのか?」

「あぁ、準備はできた」

「良かろう、ならば行くが良い・・・・・・」

 天照はソファから立ち上がり、大和の正面に立った。

「開け時と空間の扉よ! 我が代償を受け取り、この者をその奥へと通せ!」

 足元に形成されていく陣から勢い良く炎が巻き起こり、大和の全身を包み込んでいく。

「気を付けて行ってまいれ」

「あぁ」

 大和は天照に短く答えると同時に、炎が繭のように包み込み、周囲に爆散した。

「あわわわ・・・・・・大和氏が炎に包まれて消えたでござる!」

「・・・・・・」

 岩本は驚愕の表情で叫んでいた。明も声に出すことはしなかったが、その表情は驚きを隠せてはいなかった。

「そう驚くでない。大和は向こうの世界で三日の時を過ごすが、一時間もすればここに戻ってきおるから安心せい・・・・・・岩本や、明に茶でも出してやっておくれ」

「りょ、了解でござる。」

 岩本は天照の命令に慌ただしく、台所へとお茶の準備に向かった。



 大和が未来へと戻り、一時間が経過しようとしていた。その間、明は岩本にブログのアクセス数や、SNSにおいての書き込み件数についてまとめさせていた資料をメールで受け取り、それらに目を通していた。 

「・・・・・・予想以上の反響に少し驚いているよ。流石、天才アフィブロガーといったところか」

 明は資料に二度目の確認に入り、素直に岩本を褒めたたえる。

「そ、それほどでもないでござるよー!」

「ふん、ただのアフィカスじゃろうて・・・・・・」

 嬉しそうに、下手くそな謙遜をしている岩本に、ソファに座る天照はぼそりと棘を刺した。

「ふっふっふ、負け惜しみは良くないでござるよ天野氏?」

「ふん、好きに言っておれ」

 天照はそれ以上、口を開くことなく眺めていたテレビに視線を戻した。

「岩本、メディアからの取材は?」

「バンバン来てるでござるよ!」

「上出来だ。後は大和が上手くできるかどうかにだな・・・・・・」

 明がそう呟いたその時だった。

「・・・・・・噂をすればじゃな」

 突然、部屋全体を飲み込む炎が巻き起こり、一瞬にして爆散する。その中心にはボロボロになった、殆ど全裸に近い大和の姿があり、力なく膝を折って倒れ込んだ。

「あぁー・・・・・・死ぬかと思った・・・・・・」

「酷い恰好じゃのう。何かあったのか?」

「味方に殺されかけたんだよ。呪いが解けたのと、コソコソと証拠を集めてたのがバレちまってな、軍の総戦力で俺を殺しに来やがった」

 大和は口の中に指を入れて何かを摘み出すと、それを明に差し出した。

「ほらよ、おまけつきだぜ?」

「良く考えたな。その様子からして失敗したんだと思ったよ」

 明はその指先に摘ままれた物を受け取る。その手には、薄いセロファンに包まれたマイクロSDが置かれている。

「舐めんなよ? これでも俺は隠密部隊の隊長なんだぜ?」

「その元部下にも襲われたんだろ? 元隊長殿?」

 明はニヤリと笑いながら、床に倒れて抗議する大和を揶揄った。

「岩本、君のPCでこれの中身を確認してくれ」

 明は岩本にマイクロSDを渡し、PCに読み込ませた。

 中身には大量の写真と、フォルダ分けされた機密情報の数々が収められていた。

「資料室の奴に知り合いが居てな。重要そうな情報を入れて貰ったんだよ」

「自慢するのは良いんだが、その無様な格好をどうにかしたらどうだい?」

 明は冷たい視線を向けて一瞥すると、全裸に近い大和を一蹴した。

「岩本、そのデータのコピーを取って、メディアとネットへ公開するプランををまとめておいてくれ」

「分かったでござる! これだけのネタが揃えば、やりたい放題ですぞ!」

 歓喜の声を上げる岩本は、嬉々として画面に噛りついている。

「他に欲しい物はあるのか?」

「そうでござるねぇ、今日の電車の事件もあることでござるし・・・・・・大和氏が変身する映像が欲しいんですぞ」

「分かった、検討しておくよ。それじゃ、僕は家で待っている人が居るんでね、これで帰らせてもらうよ」

 明は岩本にそう返答すると、依然として動こうとしない大和の方へと歩み寄った。

「今日はご苦労だったね。君にとっては四日間過ごしたことになるのか。部屋まで運んでやるから肩を貸すと良い」

「悪いな。助かるぜ・・・・・・」

 大和は素直にその好意に甘えて肩を預けた。

「ぶら下げている、その粗末な物を手で隠すくらいしたらどうだ?」

「力が入らないんだよ。これくらい許してくれ」

「もしこれが、アリサの前だったら斬り落としていたところだ」

 大和を、自室のベットの上に荒々しく横たわらさせ、明はタオルケットを上からかけた。

「もうすぐ、フェイズを大きく動かす。君の身体はたしか放射線の影響を受けないんだったかな?」

「あぁ、その通りだが・・・・・・いきなりどうしたんだ?」

「今日持って帰ってきてもらったデータだが、合成と疑われる可能性が高い。それを本物と信じさせるには、もう一つの工程が必要だ。まぁ、今日は流石の君も疲弊しているからね、追って連絡するよ」

「あぁ、そうしてくれると有難いぜ」

「ゆっくり休みたまえ。明日から忙しくなる」

 明はそう言い残すと、部屋から去っていった。大和も扉が絞められると同時に、緊張の糸が切れたかのように、気絶するように眠りについてしまった。



 翌日の朝のニュースは昨日の西新井駅での事件と、岩殿山の稚児落としに刻み込まれた狼についてのニュースが繰り返し報道されていた。

 岩殿山の件は、岩本が深夜の内にBちゃんねる及び、マスコミに情報をリークしたことで日の出と共に、報道ヘリによる大々的な実況が行われていた。

 これにより、便所の落書きに過ぎなかった岩本の書き込みは、全国ネットを通じて全国民の殆どに知れ渡ることとなった。

 その二日後、未来人であることの証明として、仮面を被った大和が神威を解放し、人狼となって、ネットで記していた権能を披露する映像が動画投稿サイト【WE TUBE】に投稿され、さらに話題性が高められていった。

 だが、明と岩本は手を緩めることはしなかった。さらに数日後には、大和の話題で最大の盛り上がりを見せた所で、未来から持ち帰った写真・動画類をBちゃんねるにアップロードし、報道機関は連日連夜、未来人についての報道を行うという事態に陥っていった。

 そして七月二五日、学生である大和たちは、夏休みという長期休暇に入ることとなる。

 終業式が終り、教室では期末テストの返却と長期休暇中の課題が配られていた。

 大和は中等教育までしか勉学を修めていなかった。それも若年の内から戦場に駆り出される大和を憐れんだ黒描 律子と亀戸 清一郎らの手によって教えられる範囲までである。当然、学業は同輩の生徒達に大きく後れを取っていた。しかし、それをしょうがないといって見過ごさせる性格ではない大和は、合間を見つけては努力を続け、時には天照、岩本、和大、明に恥を忍んで質問する場面もあった。そしてそれは徐々に実を結び、今回返却された期末テストにも数字として表れ始めていた。

「おい見ろよ天照! 全教科六十点以上だったぞ!」

「おめでとうございます黒木さん、頑張ったんですのね」

 すでに校内での天照の口調に慣れている大和は、眉を顰めることも無く答案用紙を天照に渡した。

「ほう、頑張っておったからのう。良くやった、今日は褒美にアイスを食後に付けてやろう」

 成績で一喜一憂する生徒たちの喧騒の中で、天照はボソリと囁いた。

「マジか! 早く食いてえ! 廊下に順位を張り出すらしいから見に行こうぜ!」

「これ、そう慌てるでない」

 大和は天照の手を引いて、廊下に走り出した。

「さて俺は何位だ・・・・・・やっぱ下から数えた方が早えな。お前は?」

「妾か? 妾は三位じゃぞ?」

 その言葉に耳を疑い、すぐさま確認する大和だった、確かに張り出された順位表の三位という数字の横には、天野 輝美の文字があった。

「はぁ? お前全く家で勉強してなかっただろ!」

「あの程度の物、妾に掛かれば授業を一度聞けば覚えることなど容易い。何せ妾はこの国の最高神じゃからな。それに見よ、妾の近くにはそなたの顔馴染みが並んでおるぞ?」

「は?」

 天照の言葉に、大和は再び順位表に目を向ける。

一位 朝月 明 二位 黒木場 和大 四位 アリサ・イヴァーノヴナ・フリードマン 五位 岩本 良太・・・・・・と続いている。

「嘘だろ・・・・・・これ? なんで和大と岩本が・・・・・・」

 現実を直視できない大和は、口をぽかんと開けて順位表を見つめ続けている。

「当然じゃ。ほれ、これから明の屋敷で会議じゃから帰るぞ」

 天照は放心している大和の後襟を引きながら、荷物を置いている教室へと向かった。



 紅茶の芳醇な香り、焼きたての菓子の甘い香り、それらが合わさる広い洋室の中に、大和を始めとする五名がソファに腰かけている。

「終業式早々に集まらせてすまなかったね」

 複数のモニターが並ぶ明の作業用の机の前に設置された応接用のソファとセンターテーブル。その上座に置かれた一人掛け用のソファに座る明が最初に口を開いた。

「明さんが、和大さん以外のお友達を招くと聞いて沢山作りましたの。お口に合うか分かりませんがどうぞ、お召し上がりください」

 アリサは一本に纏められた白く長い髪を靡かせ、二つに分けたクッキーの入ったバスケットをテーブルに置くと、ワゴンに乗せられたポットから紅茶をティーカップに注ぎ、一人ずつに配膳していった。

「ところで、今日は皆さんで何の悪巧みをするんですか? 明さん、私も仲間に入れてくれませんか?」

「駄目だ。君はその紅茶を配り終えたらすぐに部屋を出てくれ」

「はーい。どうせ私は、明さんに仲間外れにされるのは慣れてますよーだ」

 アリサは明に軽く悪態を声にしながら、慣れた手つきで配膳を終えティーポットを机の上に置き、扉へと向かった。

「お茶、お菓子、軽食が必要になりましたら、呼び鈴でお呼びください」

「あぁ、解ってるよ。君は部屋で休んでいると良い」

「かしこまりました。では、ごゆっくり」

 アリサはそう言い残し、部屋を後にした。

「おい明、せっかく準備して貰ったんだ。もう少し優しい言い方は無いのかよ?」

 その大和の言葉に、明は一瞬ハッとした表情になったが、クスリと鼻で笑い大和に返答した。

「この間も、同じことを言われたばかりだね・・・・・・だが、あれは僕の物だ。どう接するかは僕が決める。口出しは不要だ」

 明はきっぱりとそう言い切ると、大和はそれ以上の追及をしなかった。

「さぁ、始めるとしようか。明は手に持っていたリモコンを操作すると、照明が消え、スクリーンが降りて映像が映し出された。

「これは、岩本が纏めてくれたデータだ。君達でも理解しやすいようにグラフにしてある。右が彼のブログの閲覧者数の推移、真ん中が新規閲覧者の増減推移、左がブログをSNSにリンクさせた人の推移だ。どれも、急激な伸びを見せ、閲覧者数はこの三か月間で九億PVを達成。次のページは岩本がアフィで稼いだ金額だ。これはあまり関係がないので飛ばさせてもらおう」

 グラフのページが切り替わり、桁の多い数字が太文字で書かれているだけのページに移る。

「ふん、アフィカスが」

「へぇ、結構な額を稼いでるんだな」

 天照と和大は岩本を冷やかな視線を向け、そう呟いた。

「あわわわわわわわわわっ! そんな目で見ないで欲しいでござる!」

 明はその反応を楽しみ、満足したのか画面を切り替えて説明を再開する。

「これは政府の機密情報をネットにリークし始めてからの政府の支持率の変動だが、右・左どの政党も等しく低下していっている。これもまずまずの成果と言ったところだろう。元々、陽鮮王国からのスパイ議員の脅威を感じ、右系政党の議員達は秘密裡に神落とし開発に着手した。そのためには大本の膿を断たなければならない。だからと言って、完全な右傾になってしまってもならない。僕たちがやるべきことは、政治家は何をなさねばならないか、国民は考えて票を投じねば国が滅ぶということを、再教育することだ。どの政党にも大打撃になるようなスキャンダルを流出させ、停滞し、腐りきった政治体制を一掃する。これが僕と岩本の仕事だ」

 画面はさらに切り替わり、一棟のビルが映し出される。

「君達の仕事はこっちだ。文部科学省の地下に秘密裡に作られた研究施設の制圧と破壊。そして神落としに必要な封神石。別名、殺生石の破壊を頼む。僕は施設のサーバーに蓄えられた研究データの破壊を行う。和大、兵隊の育成状況は?」

 その問いに、和大は一度頷いてすぐに答えた。

「練度はバッチリだな。明が手配してくれた防弾チョッキとシールドの扱いも上々だ」

「おい、兵隊ってどういうことだ?」

「大和も会ってるはずだぜ? ほら、高架下でお前が遊んだ連中だよ」

 返ってきた答えに、大和は首を傾げて数秒間考えた後、転入初日の事を思い出した。

「・・・・・・あぁ! あの頭の悪そうな奴らのことか!」

「思い出したか。だが、あいつらは馬鹿じゃねえぞ? 全員で学年七十位圏内を独占しているからな。それより成績が悪い奴とはつるまねえって言ってあるからな。お前が軽くのしていたあいつらは、学年の平均を底上げしている連中ってわけだ」

「おい和大よ、その辺でやめてってはくれぬか? 大和のヒットポイントは既にゼロじゃ」

「ん? あ、そういやお前・・・・・・」

「・・・・・・学歴至上主義? 上等だゴラァ! てめえら、次の定期テスト覚えてろやよ!」

 己の成績を惨めに感じた大和は、周囲に座る成績上位者に強く吼え、ソファに項垂れるように座り込んだ。

「気が済んだか? 話を戻すぞ。文科省地下施設の襲撃は八月九日。オリンピックの閉会式で警察の人員が不足しているその時を狙う。優先事項としては封神石の破壊と研究機材の破壊。格納された神核の解放だ」

「解放の方法が見つかったのか?」

 すぐさま画面は切り替えられ、実験の映像らしきものがスクリーンに流される。

「あぁ、盗んだデータによると、高温の炎で燃やせば良いそうだ。こんな感じでね」

 固定された有色透明な緑色の石は、青々と燃えるバーナーによって火で炙られ、眩い輝きとともに霧散した。

「この次の動画は、今解放した神格を再度神核に戻す映像なんだが見るかい?」

「いや、胸糞悪いから良い」

「そうだろうね。では文科省を落とすプランの説明に移ろう」

 画面は数回切り替えられ、一つの巨岩がスクリーンに映し出される。

「これが僕たちの最終目標である封神石だ。大きさは横幅二メートル、縦四メートルの巨岩だ。この石から発せられる特殊な神氣によって八次元に住む神は三次元に身を落とすらしい。その神氣を電波に変換して、衛星を経由して送信することで全世界の神を捕えることに成功したと研究報告書には記されている。だが、同様の電波を人工的に再現しても、神落としはできないとも報告には上がっている。つまり、この封神石の破壊さえできればこれ以上、神核を増やすことはできなくなるということだ」

 さらに画面は文部科学省庁舎の見取り図に切り替えられる。

「これが、僕たちが攻め込む庁舎なんだが、かなり難しいと言って良いだろう。中は入り組んだ構造で特殊警備が二十名。名簿と装備を調べてみたが、全員がレンジャー持ちの元自衛官で拳銃を装備している。下手をすると死人が出るだろうな」

 明は深く椅子に腰かけ直し、溜息交じりに頬杖を突く。

「これを和大、君に突破してもらう訳だが出来そうかい?」

「どうせ、できねえなんて言わせてくれねえだろ? お前には危ない橋を渡らせっぱしなしだったからな。次は俺の番だ」

 和大は苦笑を浮かべながら答える。

「ダチの家の鉄工所に依頼しておいた空圧砲も、スリングガンもすでに完成して訓練に移ってる。あと五日もあれば十分だろう」

「そうか、抜かりなく頼む」

「あぁ、わかってる」

 そこで二人の会話も聞いていた大和が口を挿んだ。

「話を聞いた上で考えたんだが、俺が一人で制圧しに行った方が速いんじゃないか?」

「あぁ、その通りだ。だが万が一でも君が人を殺してみろ。ここまで作り上げた世論は完全に逆風へと変わってしまう。それでは計画が台無しになってしまう」

「なら、俺は出番なしかよ?」

 大和は不満そうに抗議をするが、明はその口元をニヤリと歪めてリモコンを操作し、とある建物をスクリーンに映し出した。

「大和、君には君にだけにしかできない最終仕上げを任せるつもりだ。楽しみにしていてくれ」

 明は怪しげな笑みを浮かべたままティーカップに口を付け、ぬるくなった紅茶を飲み干した。

 こうして会議は深夜にまで続き、夜は更けて行った。

次で最終決戦が始まります。

話は残り三話で完結です。

読んでくださると幸いです。

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