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第十三話【フェンリルの夢】

この物語が始まる前の物語になります。

楽しんで頂けると幸いです。

第十三話【フェンリルの夢】



 和大と明の急な訪問から数時間が経過し、昼に近いしい時間となっていた。今後のプランが大まかに練り上げられたのを見計らい、メモに使っていた用紙を手に明が口を開いた。

「とりあえず、今後行っていく行動計画のおさらいをしようと思う。当面、最も重要になってくるのは、君たちが最初に行っていた活動の段階を下げて、都市伝説レベルで日本国民に未来の断片を見せ続けることだ。話題性が落ちそうになるたびに、タイムトラベラーとしてネットに現れるようにする。この際に、大和の能力を動画などで公開する。本当は、一度未来に戻って証拠を持ってこれたらベストなんだが―――」

 その時、天照が明の話に割って入った。

「妾は無理じゃが、大和ならば一度だけ、元の時間軸に三日間戻ることが可能じゃ」

「おい、聞いてねえぞ?」

「当たり前じゃ、まだ話してなかったのだからな。一応、何らかの物を持って帰ることは可能じゃが、そうじゃのう・・・・・・小指の先程度が限界じゃ。妾と大和の時間移動で多くの力を使ってしまったからのう」

 天照の言葉に何か考える素振りを見せ、明はすぐに口を開いた。

「その件については少し考えてみるとするよ。今話した通り、この計画には岩下の働きが今後を左右するカギになる。どうか頼んだよ」

「分かったでござる! 僕に任せておけば大丈夫ですぞ。それよりも、ハッキングされて襲撃されるのが怖いでござる・・・・・・」

「その点においては、海外サーバーを何ヵ所か経由して作業を行ってもらう。今回の書き込みについては安心して良い。もう処理は済ませてある。岩本以外の僕たちの行動についてだが、僕は引き続き、ハッキングで情報を集める。和大と大和には、僕の得た情報下で現地の情報収集、並びに神落としの研究施設と封神石の捜索に当たってもらう。天照、君には人脈ならぬ神脈を使って各地の神に神落としの情報と警戒を伝えてくれ。今後、さらに計画を詰めて行こうと思う。今日のところはこれで解散にしよう」

 そう言って明は机の上の資料を片付け始めた。和大は特に何も言う訳でもなくテレビを眺めていた。

 帰り支度を終わらせた明と和大が、リビングを出て玄関へと向かおうとしたその時だった。

『バタンッ!』

 俺の部屋で寝ていたはずのフェンリルが、廊下を歩く和大に襲い掛かったのだ。

「うおっ、なんだこの犬! デカすぎだろ!」

 押し倒された和大は、犬になっても巨体なフェンリルに馬乗りにされ、顔を見合わせる。

 見つめ合ったままの状態で数秒間の沈黙が流れた。   

「お前・・・・・・」

『・・・・・・』

 フェンリルは一度だけ和大の頬を舐めると、何事も無かったかのようにリビングへと消えて行った。

「おい大和、あいつ犬じゃねえな?」

「あぁ、あいつはフェンリル。俺の身体に宿っている神格だ」

「そうか・・・・・・」

 和仁はフェンリルが消えたリビングの方にもう一度目を向けて立ち上がった。

「いきなりその・・・・・・殴りかかって悪かったな」

「別に気にしてねえよ。どうせ、あいつと知り合いなんだろ? 理由は分からねえけどよ、いきなり知らない奴が知り合いの部屋に居たら誰でも驚くさ」

 俺の言葉に和大は曇った表情で頷き、玄関の扉を開けた。

「あ、あぁ・・・・・・許してくれてありがとな。また明日、学校で会おうぜ」

「おう、気を付けて帰れよ」

 和大は答えるように軽く腕を上げて外に出た。それに続くように明も軽く会釈して去っていった。閉じられた扉の鍵を閉めようとした時、不意に後方から声を掛けられる。

「妾は少し用があって家を一時間ほど出る。留守は任せたぞ?」

「あ、あぁ、わかった」

 天照はそう言い残して、家を後にした。

 戸締りを済ませてリビングに戻ると、フェンリルに睨まれて硬直している岩本の姿があった。

「や、や、や、大和氏! 早く助けてほしいんですぞ! このままだと、た、た、食べられてしまうでござる!」

「ったく、大げさな奴だな・・・・・・おい、フェンリル。怖がってるから離れてやれ」

 その言葉にフェンリルは俺の顔を一瞥し、意外にも素直に岩本から離れていった。

「何だったんだあいつ?」

 良くわからないフェンリルの行動に、首をかしげながらも俺は、テレビを見るために定位置であるソファに戻った。

『コツン、コツン』

 肘に何かが当たる感触を感じて見てみると、リードを加えたフェンリルが鼻先を俺の肘に当てていた。

「何だ? 散歩か?」

『・・・・・・』コクッ

 フェンリルは小さく頷き、リードを口から放した。

「・・・・・・しょうがねえか」

 初めてフェンリルからコンタクトを取ってきたこともあり、俺はそれをどこか嬉しく思ったのかは分からないが、気が向いたのもあって散歩に連れて行くことにした。



 コーヒーの香りが包む店内は、静かな雰囲気を楽しむ多くの客で賑わっていた。

「それで、話って何だよ?」

 少し苛立った表情の和大は、ホットコーヒーを片手に目の前にいる天照に問いかけた。

「うむ、そのなんだ・・・・・・いきなり現れて済まなかったのう。驚いたじゃろ?」

 それに対して気まずそうな表情の天照は、コーヒーカップで冷えた手を温めながらポツポツと口を開く。

「当たり前だ。やっと、お前に手が届いたと思ったらこれだったんだからな・・・・・・」

「そなたの言葉は最もじゃ。だが、信じてはくれぬだろうか・・・・・・妾も、この時代の天照も、そなたを裏切ることは絶対にせぬ。あの童と共に暮らしているのが気になるのであろうが、その理由は必ず分かる時が来る。だから、それまで待ってはくれぬだろうか? その時がくれば、全てをそなたに話すと約束しよう」

「・・・・・・俺に言えないことなのか?」

 和大の口から零れる言葉に、天照は一度肩を震わせる。

「その通りだ・・・・・・頼む」

 天照は深々と頭を下げて、和大に頼み込む。

「・・・・・・分かった。俺はお前を信じることにする」

「すまぬ・・・・・・」

「しょうがねえさ、待てば訳が聞けるんだ。なら、俺はお前を待つ・・・・・・それだけだ。俺はこの後に用事があるから先に帰るぜ。また明日な」

 和大はそう言い残すと、伝票を持って席を立った。その後ろ姿を見つめる天照の顔は、仄かな微笑を浮かべていた。



 今後の方針が決まって一ヶ月が過ぎた。この一ヶ月での変化と言えば、タイムトラベラーの話題が、学校でもちらほらと耳に入るようになったということと、俺と和大の二人で、政治家という人種の尾行と、証拠写真を撮りに行かされたぐらいだろうか。

 あと、これを変化と言って良いのか分からないが、フェンリルを散歩に連れて行ったあの日から、この仕事は俺がこなすようになっていた。

「だいぶ温かくなってきたな。これから、夏っていう季節になるらしいぜ?」

『・・・・・・』

 話しかけても相変わらず無口を貫くフェンリルであったが、天照の話によると会話はできるとのことだった。しかし、まだ俺は一度もその声を聴いてはいなかった。

「なんだ、今日はそっちに行くのか?」

 犬のしつけ方の本が図書室にあったため読んでみたのだが、散歩は決めたコースを歩くという習性はフェンリルには当てはまらないらしい。

 駅前の通りを曲がって大通りに入る。俺の脚ならあと十五分も歩けば荒川の河川敷に着く。フェンリルは、人が居ない夜にそこで走り回るのが好きなようだった。

 今日はどのくらいの時間で帰れるのかと考えていた時だった。

『フッ―――』

 明らかに車のライトが照らす光の角度がおかしいと気が付いたその瞬間だった。

『ドガガァァアアァァァアァアァァァン!』

 歩道に突っ込んできたダンプカー。突然の出来事に俺は咄嗟にフェンリルを片腕で抱えて庇い、もう片方の腕でその車体を押さえていた。当然、身体はトラックとともに後ろにあった銀行の建物の中へと壁ごと押し込まれていた。

「・・・・・・くそ、痛ってぇ・・・・・・おい、フェンリル無事―――」

『何をやっているのだ貴様は!』

 俺は耳を疑った。その声はまさしくフェンリルの声そのものだったからだ。

「何って、トラックが突っ込できて逃げ遅れただけだろ」

「違う!これぐらい、貴様なら避けれたはずだ! 我の身体は千切れようとも再生する! それなのになぜ、貴様は我を庇ったのだ!」

「なぜって・・・・・・身体を治せたとしても怪我すりゃ、お前だって痛えだろ」

『なっ・・・・・・騒ぎになる前に、ここを出る』

 フェンリルはそれ以上問い詰めようとはせず、その尾に絶を纏わせ、周囲の瓦礫を消滅させて脱出口を作り出し、その穴から出て行ってしまった。

「いきなり何なんだ・・・・・・あいつ?」

 俺はフェンリルの突然の言動の疑問を抱きつつ、その後を追って無事に瓦礫の中から脱出を果たした。

 その後、フェンリルは河川敷には向かわずに真っ直ぐ家へと戻ってしまった。帰りを待っていた天照は、俺の格好に大笑いしていた。

 風呂から上がってテレビを付けると、ニュース番組でさっきの事故を盛大に放送していた。原因は運転手の過労で、運転手が務めている運送会社に労働局の監査が入る可能性があるとの事だった。ちなみに、この事故での被害者は居ないらしい。

 テレビを消した俺は。出されていた課題の分からないところを天照に聞いて終わらせ、今日は眠ることにした。

「そういえば優希も・・・・・・学校に行きたいって言ってたよな・・・・・・」

 ベットの中で薄れ行く意識の中、俺は記憶の中に居る二人の優希に手を伸ばす。全身の力が抜け、意識が完全に失われるその瞬間、微かに振れる柔らかい感触と温もりを感じた。しかし、それで覚醒に繋がることは無く、そのまま微睡の中に意識は吸い込まれてしまった。


 山と家々に挟まれた道を一人の男が走っている・・・・・・。息を切らし、苦しげな表情を浮かべる男は、周囲を朽ちかけた木の柵で囲われた、ボロボロの木造の建物が立つ敷地の入り口で立ち止まった。

 白い紙をいくつも下げた、枯れた草でできた縄を掛ける木造の建物を睨みつけ、男は一度止めた足を再び動かし、躊躇う事無く敷地の中に足を踏み入れた。その時、男が横切った立札には下宮の文字が書かれていた。

「天照! ここに居るんだろ! 出てこい!」

 男は叫ぶ。閉ざされた建物に向かって。反応は無いように思えた。だが、男がもう一度叫ぼうとすると同時に、中から微かな音が聞こえた。

 男はすぐさま走り出し、その木戸を力任せに開いた。

「もう来たのか、早かったのう」

 開かれた扉の向こうには、和服を身に着けた美しい黒髪の女性。天照が待ち受けていた。

「当たり前だ。十ヶ月も連絡を断ちやがって・・・・・・ようやく連絡が取れたと思ったら・・・・・・お前が居ない間に、何が起きてたと思ってやがる!」

「まぁ、落ち着け。岩戸に籠っておった妾に久しく会えて興奮するのは分かるがのう、今日はそなたに報告があるのじゃ・・・・・・」

 天照はそう言って立ち上がると、背にしていた屏風の裏に向かい、楕円形の白い布の塊を手に男の元に歩み寄る。

「すまぬ。そなたが怒ると思って隠しておったのだ・・・・・・和大、そなたと妾の子じゃ」

 包まれた布の隙間から見せる眠った赤子の顔。

「勝手なことをして済まなかった。この子は妾一人で育てるつもりじゃ。スサノオにもこの社を使っても良いと許可を取った。そなたの人生の邪魔はせぬ。だから、安心―――」

 和大と呼ばれた男は、天照を無言で抱きしめた。

「悪い・・・・・・天照。俺は、お前とその子との未来を守ることができなかった・・・・・・」

「何を・・・・・・言うておるのじゃ?」

「戦争を止めることができなかった。さっき、核ミサイルが東京に落ちた。すぐに核報復の応酬が世界を包み込むだろう。そうすれば太陽は数百年の間、姿を現さない。世界中は戦争と核によって灰になる。今以上に、日本政府は神落としを使って日本中から神を狩り尽くすだろう・・・・・・だから俺は・・・・・・この世界の希望であるお前を、未来のために封印しに来たんだ」

 茫然とした表情で、和大の言葉に耳を傾ける天照。

「妾を・・・・・・封印・・・・・・?」

「今の俺達では、この戦争を止めることはできない。だが、必ず終わらせる。それが何十年かかろうとも・・・・・・だが、日の光が無い世界では、お前は消滅してしまう」

「そんなの嫌じゃ・・・・・・そなたと離れるのは嫌じゃ、この子と離れるのはもっと嫌じゃ!」

 天照は和大の抱擁から逃れ、子供のように泣き叫ぶ。

「俺も嫌に決まってんだろ・・・・・・だが、こうするしか、お前を守る方法がねえんだよ!」

「ならば、妾は消えても構わぬ! この身が消えるまでの間でも構わぬ! 妾はそなたと共に、この子を愛で、育みたいのだ・・・・・・」

 和大は拳を握り締め、歯を食いしばり、赤く充血した瞳を見開いて天照を睨みつけた。

「なら・・・・・・今ここで俺を殺せ! お前が消えちまう世界なんて要らねえんだよ! そんな世界なら俺は、今ここで命を捨ててやる!」

 その言葉に、天照は膝を折り力なく座り込む。

「酷い男じゃ・・・・・・妾に・・・・・・そなたを殺めるなど・・・・・・できるわけがないであろう」

 赤子を抱きかかえたまま泣き崩れる天照。和大はその腕から赤子を抱き取り、耐えていた涙を頬に走らせた。

「この子は・・・・・・俺が育てる。だから、安心して眠ってくれ」

「妾は・・・・・・この子とそなたに、また・・・・・・会い(まみ)えることはできるのか?」

「当たり前だろ・・・・・・お前が目覚めて最初に目にするのは俺だ。全てが片付いたら俺が必ず迎えに行く、だから・・・・・・待っていてくれ」

 その言葉と共に、この世界から光は消失してしまった。


 暗転。


 再び、ぼんやりと視界に光が灯る。鮮明になってくる光景には二人の男女と、その腕の中に抱かれる一人の乳飲み子が居た。

「よう、お二人さん。二人目ができたんだって?」

 若い夫婦にかけらるその声の主は、無精ひげを生やした黒髪の男だった。

照大(てるひろ)か、今日の仕事はもう終わったのか?」

「当ったり前だろ? 家で可愛い息子が待ってるからな。可愛い嫁さんのためにも、炊事洗濯の手伝いしてやらねえと」

 照大と呼ばれた男は、過剰なジェスチャーを交えて、面白可笑しく話していた。

「こんにちは照大。ほら優希、私たちの英雄に挨拶なさい」

「やぁ、エミリ。それと可愛い優希くーん!」

 照大は赤子の前で身を屈めてあやし始める。

「う、うぇ、うえぇぇぇぇぇぇぇん! びうぇぇええぇぇぇぇぇぇん!」

 赤子の顔はみるみるうちに顰め、火が付いたように泣き始めた。

「うわ、やべっ!」

「あらあら、まぁ」

 照大は狼狽えながら下がり、その様子を見て夫婦は笑う。

「ははは、そんなに慌てなくて大丈夫だよ。この子は人見知りだからね」

「いや、俺はまだ息子を抱くと泣かせちまうからな・・・・・・飼い犬の方が、子供をあやすのが上手いんだよ・・・・・・」

「父親の面目丸潰れだね。どうせ、君は猫可愛がりしすぎてるんだろ?」

「そ、そんなことねえ・・・・・・はず」

 照大は顔を伏せて反論するが、その声に自信は人欠片も含まれていなかった。

「エミリは流石だな。すぐに泣き止んじまった」

「当たり前でしょう? 私はお母さんなんだから」

 既に赤子は泣き止み、エミリと呼ばれた女性の中で眠っている。

「そういえば、もう二人目の名前は決まったのか?」

「おいおい、君は気が早い奴だね。でも、名前はこの子が生まれた時には決まってたんだ」

「まだ男か女かも分かってないのにか?」

「うん、どちらでも大丈夫な名前だからね。この子達が二人が揃って、この悲しい世界にとって優しい希望になれるようにと思ってね」

 父親は、愛おしそうに赤子の頬を撫でながら、照大の問いに答える。

「君もそうだろ? 憧れてるお祖父さんの名前を息子に付けたじゃないか」

「ち、ちげえよ! あの糞ジジイは関係ねえ! 俺は日本に生まれた男として名付けたんだよ!」

「君は相変わらず素直じゃないな」

 銀髪の夫婦は、焦りながら反論する照大の姿を見て笑っていた。その光景は温かく幸せな物に思えた。


 暗転。

 

 視界は、酷く荒れ果てた荒野に切り替わる。その砂と岩に覆われた大地に、一人の老人が前方から歩いてきた。

「照大か、急に儂を呼び出してどういうつもりじゃ?」

「悪いな、亀爺・・・・・・頼みがあってよ・・・・・・」

「何じゃ? 食料は分けてやれんぞ? というより、そっちの方が飯は旨いじゃろうが」

 亀爺とよばれた老人は亀戸 清一郎だった。

「・・・・・・うちのコロニーで疫病が流行っちまってよ・・・・・・」

「ならば、すぐに薬の手配を―――」

「ありがとな・・・・・・でも、もう皆死んでる・・・・・・医者が真っ先にやられちまってな・・・・・・対応ができなかったんだ・・・・・・」

 あまりに衝撃的な言葉に、亀戸は目を見開いた。

「ならば・・・・・・頼みとはなんじゃ?」

「あぁ、話が早くて助かる・・・・・・基地の中に大人一人と子供三人の生き残りがいる・・・・・・その中の一人が俺の息子なんだ・・・・・・」

 照大の表情は明らかに優れていない。

「・・・・・・亀爺、あんたの国に俺の首を差し出す。だから、生き残った四人を頼む・・・・・・あんたしか、頼りになる人が居ねえんだ・・・・・・」

「・・・・・・わかった。じゃが儂はそなたも救うぞ!」

「その気持ちだけで、十分だ・・・・・・それと、フェンリルの事も頼んだぜ・・・・・・?」

 照大はその手に黒炎を纏わせ、一気に胸に突き刺した。

「何を! 照大やめるんじゃ! 照大・・・・・・照大!」

「・・・・・・弱い父ちゃんで・・・・・・ごめんな・・・・・・大和・・・・・・」

 亀戸の腕から崩れ落ちる照大。その胸には大きな穴が開き、血液が溢れ出していた。投げ出される掌からは黒曜石が零れ落ちた。


 暗転


「お、ちゃんと仮代に気が付いたようじゃのう」

 その言葉と共に、簡素な調度品が並ぶ部屋が目の前に広がる。

『余計なことしやがって・・・・・・クソ亀が』

「そう言うでない。せっかく儂がお主の仮代を探し出してやったというに」

『ふん、我は頼んですらおらんがな』

 目の前の椅子に座るのは亀戸だった。どうやら、会話している人物の視界を共有しているらしく、その姿は見えなかった。

「ところでお主、愛し子との仲が悪いらしいのぅ。一体、どういうつもりじゃ?」

『・・・・・・あれは呪い持ちだ・・・・・・酷く陰湿のな。我が奴の心の支えになるわけにはいかぬ』

「そなたなりに考えがあるのだな・・・・・・じゃが安心したぞ。お主があの小僧を嫌っておるのかと思っておったからな」

 亀戸は安心したように深く椅子に持たれ込む。

『あまり我を見くびるな。この命は我が愛し子に捧げると誓っている』

「ふむ・・・・・・最も愛を注ぐ者に嫌われるのは辛い道じゃぞ?」

『愛し子のためだ。我は火の中であろうが飛び込もう』

 その言葉に亀戸はニヤリと口元を歪めた。

「奴の息子は愛されておるのう」

『黙れ。その喉笛を噛み千切るぞ』

 図星を突かれて荒げられる声に、亀戸は声を大にして笑った。

「それで、お前の望みはなんだ? 意味もなく、我に仮代を与えた訳ではあるまい」

「うむ、話が早くて助かるのう。玄武の事なんじゃが、お主に・・・・・・」

 会話していた二人の光景はやがて薄れ、視界を照らしていた光は消えて行った。


暗転。


『あぁ、我が愛し子よ・・・・・・本当にすまぬことをした・・・・・・』

 優しい温もりが全身を包み込み、低く穏やかな声がこの暗闇の中に反響する。

『主にかけられた呪いを解くためには、我が心の拠りになるわけにはいかなった・・・・・・だが、それは間違いだった。我は寄り添うべきだったのだ』

 その声には深い後悔の念が込められていた。

『主は大切な二人のを失った。だが二人はその名の通り、優しい希望を我に残してくれた。・・・・・・我はずっと主と言葉を交わしたかった。頭を撫でて貰いたかった・・・・・・。目的も理由も無くただ共に歩きたかった・・・・・・我の願いは叶った。今更、主に許されようなどとは微塵も思わん・・・・・・ただ、我に蜜月の時を授けてくれた二人のために、あの者達が生きるはずだった世界を取り戻す手助けをさせてくれないだろうか?』

 徐々に晴れて行く闇。それは夢の終焉が近いことを伝えていた。

『我は嬉しかったのだ。守護すべき主に守られたことが・・・・・・我を思ってくれた言葉が・・・・・・主は我に頼ることはないだろう・・・・・・だが、我はいつでも主と共にある。それだけは忘れないでくれ・・・・・・我が最愛なる主人よ』

 優しい風が吹き、積み上げられた石が崩れ去る音が微かに鼓膜を擽った。

 夜が明ける。暗闇は徐々に晴れ、意識は徐々に覚醒へと導かれていった。



 日の出前の微かな光がカーテンの隙間から入り込み、部屋の中を青白く染め上げている。隣に居たはずの誰かの姿は無く、掛け布団の皺と微かな温もりだけが残されていた。

「・・・・・・俺は今まで・・・・・・あいつに酷いことを・・・・・・」

 大和は自分の過ちを悔いた。首筋に突きつけられていた牙の愛情を知った今、その向けられ続けた白い輝きの意味を顧みず、ただ甘え続けていた己の幼さが恥ずかしくて仕方がなかった。

「今まで俺は・・・・・・お前に守られていたんだな・・・・・・」

 頬を伝う熱い涙。自分の物ではない他者の記憶によって解かれた呪い。今まで抜け落ちていた記憶のピースが今、再び嵌め直される。

「フェンリル、そこに居るんだろ・・・・・・?」

 大和は開け放たれたままの扉を見つめ、確信をもって口にする。数秒間の沈黙の後、フェンリルは、恐る恐る大和の部屋の中に入っていく。

「・・・・・・来い、フェンリル」

 大和は、そう声を掛けて腕を広げた。その行為にフェンリルは目を見開き、一歩前に足を踏み出すと、堪え切れずに駆け出し、大和の胸の中に飛び込んだ。

「俺が悪かった。ずっとお前だけに、我慢させちまったな・・・・・・」

『・・・・・・そんなことは無い。我慢させていたのも・・・・・・主を傷つけ、孤独の中で戦わせ続けたのは紛れもなく我なのだ・・・・・・』

「だけど・・・・・・お前のおかげで・・・・・・俺は、もう一度あいつの名前を呼ぶことができる・・・・・・」

 大和は一度頭を軽く撫で、フェンリルの身体をより一層強く抱きしめた。

「俺は、あの世界に置き去りにしてきたあいつを救いたい・・・・・・離された手をもう一度結び直したい・・・・・・だからフェンリル、俺に力を貸してくれ」

 フェンリルは目を閉じ、大和の耳元で囁いた。

『・・・・・・我が魂は主と共にある。我が力を全て捧げ、共に世界のあの呪縛から、白銀の娘を救い出すと誓おう』

 その穏やかな言葉には、確かな力が籠められていた。

「ありがとな、フェンリル・・・・・・」

 抱きしめるフェンリルの身体に顔を埋め、大和は静かに呟いた。

「俺は必ずその手を掴み取る・・・・・・待ってろよ、望・・・・・・」

 ゆっくりと日が昇っていく。青白かった部屋の中は、徐々に紅く染まり始めていた。

次回から話は一気に加速します。

ぜひ、また来てくださると嬉しいです!

|д゜)チラッ


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