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- Lost help -  作者: nau
貴族篇
11/17

6 『小さくて大きな希望』


 激しい吐息と共にフードに身を包む人影が雑踏の間をすり抜けていく。通りすがりの人々の顔を見逃すまいと、首を激しく横に振っていた。


(顔を見られないのはいいが、逆にこっちが見づらいな)


 風に震えるフードの端が視界の三分の一を覆う。前から後ろへと流れていく者たちの数は日が昇っていくごとに増えていき、真上に昇る頃には大通りは人の波でごった返していた。

 前方を横切る人々に道を塞がれ、夕凪は細い路地へと飛び込んだ。


「はぁはぁ、これじゃあ探しようがないぜ。午前中走り回ったのに全然あのガキ見つからねぇし。てか、ここどこだ。夢中で走ってたせいで道忘れちまった」


 壁に手を付き、荒れた呼吸を整える。振り返ると通路の先に大通りが見え、見知らぬ大多数の人々が行き来している。


「あそこに戻っても動き回れないな」


 隠れ家を出発し、バジルグ地区を抜けてからミロナと夕凪は二手に分かれた。ミロナは南を、夕凪は西を目指し、各々の考えの元に捜索することとなった。当然、人探しにおいて何の術も持たない夕凪は二本の足で走り回る選択肢を選ばざるを得なかった。

 ひたすらに通りを走りながら西へ西へと進むと、視線の遥か先に王城が見え始める。脱獄から隠れ家への道を逆走するように、夕凪は更に西へと進んでいく。


「この辺はさっき通った気がするなぁ。くそっ、今どこ走ってるかも分からないとは、海外旅行するときは地図は必須だな。はぁあ、GPSさえあれば……」


 右も左も見知らぬ街並み、路地を抜けた先に見える川も先程見た川なのか、それとも別の川なのか、それすらも分からない。


「ラドミルとか言うガキを探し出しても、無事にチャームの元へ帰れるかの方が不安だな」


 遠くに見える王城は太陽を浴びて白く美しく煌いている。川の流れも穏やかで、現状の緊迫感を全く感じさせなかった。


「逃げてるんだから、人目につく所にはさすがに行かないか。いや逆に雑踏に紛れるっていう可能性も。えぇい、もう一度戻ってみるか」


 川を少し上った所で再び来た方向の路地へと入る。光の先から足音や話し声、人々の生活の気配がはっきりと伝わってくる。


「なんだ、ここ……」


 大通りに出て右を向いた所で夕凪の足が止まった。目についたのは通りの突き当たり。そこにはこの街のシンボルのような一際大きな建造物が力強く聳え立っていた。巨大な建物の門は相応に大きく左右には甲冑を身に着けた門番が立っている。


(でけぇ建物、それにあのマーク……)


 門の上部を囲うアーチに刻まれた紋章を眺めながら夕凪は呟く。逆五角形の内側に四本の剣が描かれ、全体でクロスを書くように全ての剣が中央に向けられている。更に縦と横に一本ずつ線が引かれ、五角形内部を四分割し、白と黒が交互に配置された美しい紋章。

 そして、夕凪はその紋章に見覚えがあった。


(ミスタスの野郎が付けてたのと同じ紋章だ)


 陽の光を浴び、銀の剣の表面に光の筋が走る。

 夕凪は根拠なく確信した。


「ここが、騎士団か」


 圧倒的な存在感。建物から発せられる圧迫感に思わずたじろぐ。唾を飲み込み、顔を隠しながらゆっくりと振り返る。そっと一歩目を踏み出し、見つからない様にその場から立ち去っていく。


「だ・か・ら、中に入れてってば。そしたら私が直接団長さんに話すから」

「騎士団でない者を通すわけにはいかない」

「だって、あなたたちにどれだけ言っても一向に信じてくれないじゃん。だから直接言いに行くって言ってるの」

「ダメだ」

「この分からず屋どもっ!」


 背後から聞こえてくる声に夕凪はまた門の方を見る。声を上げていたのは門番の前に立つ小さな桜色の髪の少女だった。向かい合う門番は嫌そうな顔をしながら目の前の少女を必死になだめている。


「子供は早くお家に帰りなさい」

「こ、こどもっ、私はこう見えても十四歳なんだから」

「充分子供だ」

「こども、こどもって、治安維持隊にも所属してるんですけど」

「えっ、ウソだろ。この門番の仕事が長いからか、新人で君みたいな子を見たことが無い」

「ねぇおじさん、もしかしてからかってる?」

「おじさんって、俺はこう見えても三十六だ」

「充分おじさんだ。良いから通してよ」

「だめだ」


 いがみ合う二人から少し離れた場所で夕凪は傍観を決め込んでいた。


(何だか、いやな雰囲気だ。関わらないでおこう)


 自分の考えに納得するように二度頷き、夕凪は一歩後退る。


「もういいっ! あんたたちバカには一生話が通じないみたいだから」

「馬鹿とは何だ馬鹿とは、年上に失礼だぞ」

「年上でもバカはバカ。次来るときはもう少し頭柔らかくしといてよね。ふんっ」


 少女は振り返る。正面に立つ夕凪と一瞬目が合ったが、気にすることなく大通りの方へと歩き出した。近づいてくる少女から目を背け、夕凪は通りの脇に身を寄せる。

 夕凪の真横を通り過ぎようとしたところで、少女は再び振り返り、門番の男を威嚇するように眉間に皺を寄せて見せた。


「バーカバーカ」


 その時だった。少女の足の踵が石畳の溝に引っかかり、そのまま真後ろに倒れ込む。


「危ないっ!」


 咄嗟に夕凪は腕を突き出し、少女の体を受け止める。少女は驚いた顔で夕凪を見つめ、小さな声で呟いた。


「あ、ありがとう」

「大丈夫か?」

「は、はい」


 縮こまった姿勢でぺこりと頭を下げる少女。かっこ悪い姿を見られたのが恥ずかしかったのか、少女は頬を赤らめている。


「気を付けなよ、お嬢ちゃ~んっ!」


 事の一部始終を見ていた門番の男がニヤついた顔で声を張り上げた。少女は頬を膨らませながら門番の男を睨みつけたが、それ以上は何もせず夕凪へと視線を移した。


「恥ずかしい姿を見せてしまい……」

「いや、そんなことは」

「治安維持隊として恥ずかしい」

「治安維持隊なんだ……。まだ子供なのに凄いね」

「子供じゃありませんっ! あっ、ご、ごめんなさい。助けてもらったのに」

「大したことはしてないよ。気にしないで、それじゃあ」


 不自然にならない程度にフードで顔を隠しながら、夕凪はその場を離れようとする。


「待ってください」

「えっ」


 ドキッと心臓が鼓動を鳴らす。


(まずい、顔を見られたか)


 恐る恐る背後に向き直り、少女と視線を合わせる。


「どこかでお会いしたことありませんでしたっけ」

「えっ、いいいや、そんなっ、ことはないはずだよ。僕は会ったことないなぁ。それによく見てみなよ。僕みたいな顔の奴なんてどこにでもいるだろ。よく言われるんだよ、お前、あいつに似てるよな、とか」

「確かにそうですね。至って平凡な顔つきをされています」

「そ、そうだろぉぉ」


 答えながら、胸の奥に鈍い痛みが広がるのを夕凪は感じていた。


「どうやら私の勘違いのようです。毎日多くの人の顔を見ているので、誰かの顔と重なったのかもしれません。失礼しました」

「因みに見覚えがあるって、どの辺で見たのかな」

「そう言われると答えづらいのですが、最近見た顔で言うと指名手配犯の顔とかですかね」

「指名手配っ」

「あ、いや、別にあなたの事を言ってるわけでは……。あなたのような優しい顔の人が犯罪者だなんてとても信じられませんから」


 少女の笑顔は天使のように無垢で可愛らしかったが、夕凪には無邪気な小悪魔の微笑んでいるように見えた。


(正体がバレたら、即刻捕まりそうだな)

「どうかされたんですか」

「別に何もないよ」

「そうだ、何かお手伝いできることありませんか。助けてもらったお礼に何かさせてください」

「いやいやいやいや、助けたって程じゃないし、お礼なんてとてもじゃないけどもらえないよ」

「遠慮しないでください。市民の手助けをするのも治安維持隊の仕事です」


 活き活きとした瞳の輝きを前に喉元まで上っていた言葉を夕凪は飲み込んだ。


「ロゼリエ=ハープリーといいます」

鈴木中太郎すずき ちゅうたろうです」


 二人は大通りから場所を変え、人通りの少ない小さな橋へとやって来た。夕凪は橋の欄干に肘を付き、後ろに立つロゼリエの言葉を静かに待った。フードを被り続けているのは余りに不自然なので、仕方なくフードを取り、代わりに可能な限りロゼリエと目を合わさない様に心掛ける。


「人探し、ですか」

「そうだ。君と同じ年頃の男の子を探している」


 人探しという単語に真剣な表情を浮かべるロゼリエ。考え込むような仕草をしたかと思うと、ロゼリエは夕凪を見ながらこう言った。


「その方の持ち物とかってありませんか。何かしら、その人が見に付けていた物とか」

「ごめん。持ってない」


 背中越しにそう答えると、ロゼリエはそっと肩を落とした。


「そうですか。とすると私の力でも見つけられませんね」

「私の力って……」

「説明不足ですみません。私、実はこういう物を持っていて、父の形見なのですが」


 ロゼリエが取り出したのは、銀の装飾が施された手に乗る大きさの箱だった。


「コンパス……」


 夕凪がそう呟いたのは、箱の上面に描かれた銀の装飾を目にしたからだった。新円が細い菱形を囲い、菱形は上下で分断され、上半分が銀一色で色付けされていた。


「そうです。ただ、このコンパスは方角を指し示す訳ではありません。中を見てみますか」

「見ていいの?」

「あまり人に見せることはないですが、鈴木さんなら心配なさそうです」


 心配という単語に僅かな引っ掛かりを感じながらも、夕凪は黙って開かれたコンパスの中を見た。初めに目についたのは円柱状の凹みと凹みの中に架けられた十字の細い棒だった。一見すると、それ以外には何も無いように見えるが、よく見ると十字の交差点の下に小さな球体の水晶が隠れていた。


「このコンパスに探したい者の霊気を込めると、下にある水晶がその人のいる方角に引かれて動くんです。その人との距離が近くなればなるほどに水晶の動きは大きくなります」

「探したい人の持ち物にはその人の霊気が染み付いてるっていうイメージでいいのか。だからその持ち物があれば探すことが出来る」

「そうですね。ただ今回は使えそうにないですが……。もし持ち物が見つかったらこれで探すことが出来ますよ」


 ロゼリエの言葉に夕凪は沈黙したままコンパスをじっと見つめていた。どこか暗いその表情にロゼリエも心配そうな視線を送る。


「どうかしたんですか」

「持ち物があれば、探せるんだよな」

「はい」

「それじゃあ、これの持ち主を探してくれないか……」


 そう言って夕凪が取り出したのは、クリアピンクのビーズのブレスレットだった。湊が高校生になって直ぐの四月の頃、母から初めての遠出を許され、湊は張り切って繁華街へと繰り出していった。その夜、ニコニコとご機嫌な様子で帰って来た湊は、リビングにやって来ると母や夕凪の前にそのブレスレットを見せたのだった。


 ――これね、一番最初に行った店で見つけたの。すっごく可愛いでしょ――


 それから湊は毎日そのブレスレットを身に着け、高校に行くようになった。高校でも評判だと、夕凪は何度も聞かされた。そんな、彼女が肌身離さず持っていた宝物は、しかし、あの日だけはリビングのテーブルに置かれたままになっていた。

 湊がいなくなったあの日、夕凪はテーブルに残されたブレスレットを優しく手に取り、必ず妹を見つけてみせると、心に誓った。


「綺麗な腕輪ですね」

「大切な物なんだ。俺はこれを持ち主の元に返したい」

「その人がどこにいるのか分からないと」

「そうなんだ。ここにいるといいんだけど、少しだけでいいから希望が欲しい」


 夕凪の言葉の真意をロゼリエは理解することは出来なかったが、夕凪の優しくも悲し気な顔を見て大きく頷いた。


「やってみます」


 ロゼリエはブレスレットを受け取り、コンパスとブレスレットを近づけた。一度深呼吸をしてから目を閉じ、何かの呪文めいた言葉を囁く。

 カタカタとコンパスの中の水晶が震え出し、ロゼリエが目を開いた次の瞬間、水晶は勢いよく円柱の縁にぶつかった。目に見えない力に引かれるように、壁に付いた状態のまま動かない。

 指していたのは夕凪の立っている方角、というより夕凪自身を指し示していた。


「俺を指しているっていう事は、俺の霊気に反応しているってことか」

「そうみたいですね。もし鈴木さんがずっとこの腕輪を持っていたのなら、鈴木さんの霊気が腕輪に染み込んでいたんでしょう」

「それじゃあ、もう見つけられないって事か」

「いえ、まだ分かりません。コンパスはまだ完全に腕輪の霊気を読み取っていません。もし鈴木さんと同じくらい元の持ち主が腕輪を大切に持っていたのなら。コンパスに反応が出る筈です」


 小刻みに震えるコンパスは未だ夕凪を指し示している。藁にもすがる思いでコンパスを見つめる夕凪。ロゼリエも静かに水晶の動きを観察し、静寂が二人を包み込んだ。

 祈る思いを口には出さず、ただただ、祈り続ける。神という、見たこともない大きな力にすがったことは何度もあった。だが、その度に自分の無力さに心が折れそうになった。目の前に浮かぶ水晶はまたあの時の感覚を思い出させるのだろうか。何度も何度も砕けた心を直しながら、それでも探し続けた妹の影。しかし決して見つかることのなかったその影の端を、今度こそはとここまでやって来た。


(まだ諦めない。まだまだ諦めるわけにはいかない)


 その時、薄く宙に浮かぶ水晶が夕凪の立つ方角から僅かに傾いた。ほんの小さな揺らぎ。一見するとただの震えにも見える動きを確認し、夕凪とロゼリエが顔を見合わせた。


「動いたよな」

「はい、動きました。とても小さいですけど確かに動いたように見えました」

「俺がここから動けばまた何か変わるんじゃないか」


 夕凪が言った直後、コンパスの中で浮かんでいた水晶が力を失ったように転がり落ちた。少しすると、また隠れるように十字架の交差点の下に戻っていく。


「あれ、どうなったんだ」

「履歴を全て吸い出してしまったんです。先程、物に持ち主の霊気が染み込んでいるという話をしましたが正確には霊気の履歴が物に残っているんです。もし仮にその物の持ち主が変わった場合、物に染み付いた霊気は時間と共に上書きされていき、長い時が経てば元の持ち主の霊気は完全に消え去ります」

「ってことは、この腕輪にはもう……」

「はい。履歴は残っていません」

「じゃあ、さっきの、最後の動きはどうなんだ。あれは……」

「確実とは言えません。私の眼にもコンパスが別の何かを指し示しているように見えました。ただ、直後に履歴の読み取りが終わってしまったので、その際の単なるの震えという可能性もあります。断定はできません」

「そうか……」


 夕凪は肩を落とし、胸に溜まっていた空気を力なく吐き出した。それを見てロゼリエも俯いた。


「あの、これはその、気休めにしかならないかもしれないんですが……、このコンパスは霊気の履歴を読み出すとき、新しい履歴から読み出していくんです。だから後に読み出す履歴ほど古い履歴になる。つまり私が言いたいのは、最後の、ほんの少しだけ残っていた元の持ち主の履歴に反応して水晶が動いた可能性があるということです。もしそうだとしたら読み取りが直前の水晶の動きは……」

「元の持ち主を指し示していたかもしれないってことか」

「はい。余り高い可能性ではありませんけど……」

「いや充分だ」


 これまでも僅かな可能性ばかりを追ってきた。広い砂場に埋もれた小さな金の粒を見つけるような途方もない道程。

 それでもここまで続けてきた。


「小さくなんかない。今まで一番大きな希望だよ」


 ロゼリエは口を閉じたまま夕凪を見ていた。夕凪の目に映る確かな光。それを見てロゼリエは微笑んだ。


「指し示していたのはあっちの方角です」


 ロゼリエが指差す方向に目を向けると、ある建物が最初に目についた。


「王城の建ってる方角ってことか」

「はい」

「そうか、ありがとう」

「いえいえ、それにしてもその腕輪の持ち主の方は幸せですね。あなたのような人に大切に思われて。もしかして恋人さんですか」


 ロゼリエの問いに、夕凪は目を丸くして、それから笑った。


「違う違う。このブレスレットの持ち主は妹だよ」

「妹さんですか。それはその、ごめんなさい」

「謝る必要なんてないよ。ありがとう」

「いいえ、治安維持隊としての職務を全うしただけです」


 ロゼリエは嬉しそうに敬礼して見せた。


「でもブレスレットなんて、珍しい呼び方をされるんですね」

「こっちではそう呼ばないの」

「あまり聞きませんね。以前、他国に行った際にはそういった呼び名は聞きましたが。鈴木さんはどこか違う国から来られた方なのですか」

「えっ、ま、まぁそんなとこだよ、はははっ……。それじゃあこれで」

「あれ、まだ男の子の捜索があったはずですけれど」

「これ以上力を借りるわけにはいかない。君はこの街を守る職務についているんだ。俺以外の困ってる人を助けてやってくれ」

「分かりました。それと、君じゃなくてロゼリエです」

「そうだったな。ありがとうロゼリエ」

「どういたしまして」


 二人は橋の上でそれぞれ逆の方向を向いて歩き出した。少しして夕凪は振り返ったが、そこにロゼリエの姿は無かった。


(小さな可能性でも今はそれに賭けるしかない)


 その可能性に少しばかりの元気を貰い、夕凪はまた通りを駆け出そうとして、直ぐに足を止めた。


「……いた」


 視線の遥か前方。

 ラドミルの姿が、そこにあった。



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