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僕のもとに戻っておいで

「私が死んだあと、財産を妹の親族に(のこ)したいんです」 


 査問委員会が、波方少将による攻撃承認要請の拒否は妥当であるとの結論を出した日、あい(・・)はオリバーがあいのために遺してくれた湖畔のアパルトマンの一室で弁護士と面会していた。


 自分にもしも(・・・)のことがあったときは、全財産を妹の子孫に相続させる旨の遺言書を作成したのだった。


 用件が一段落したところで、あいがかねてからの疑問を口にした。


「私の契約解除に必要なお金はどうやって工面したのでしょう? 結構な金額だと思うんですけど」

「お金の出どころは、私にも分からないのですよ。ただ、クライアントはあなたに何回か会ったことがあるそうですよ」


 意外な弁護士の発言だが、あいには思い当たることがない。


「クライアントはアイちゃん、といえば分かると伝言を残されています」


 アイ。


 75年前、サジタリウスAでコールドスリープに就く前に、あいの歌に興味を抱いた量子MIであった。アイはGHOを通してあいの家族を見守ると言ってくれていたが、あいが未帰還となった後も約束を守ってくれたようだ。


 その後、あいは弁護士を部屋から送り出し、前日のうちにわずかばかりの私物と、オリバーの遺骨を丁寧に入れておいた小さな鞄だけを持つと、自身も部屋を後にしたのだった。



◇ ◇ ◇



 3か月後、兵員輸送船は地球の衛星軌道へと到着した。


 あいの敵前逃亡の容疑は既に晴れていたが、母星である地球に無事に到着したことは、船員たちの心を、理屈では説明できない安らかなものにしていた。


 落ち着いた空気に満たされた船内で、あいは人の形をした小さな作業ロボット、MRUと向き合っていた。MRUは、あいが両手で大切に持った陶器の白い箱を、マニピュレーターで丁寧に受け取った。


 MRUがエアロックに入るのを見届けると、あいは自身の船室へと急ぎ、ベッドに横になり、両目を閉じた。


 深く呼吸して、ゆっくり両目を開けると、そこはエアロックの中だった。あいの神経がMRUと接続されたのだ。


 あいはマニピュレーターの両手に、白い箱を持っていた。


 エアロック内の赤いライトが消えて、緑のライトが点灯した。船外へ通じる扉がゆっくりと開く。MRUの足の裏は電磁石で宇宙船に固定されている。足裏を引き剥がしては貼り付けるぎこちない動きで数歩を歩くと、目の前は永遠の安寧が支配する領域だった。


(オリバー君、地球に帰ってきたよ)


 あいはもう一度、白い箱を見た。オリバーの奏でるヴァイオリンの音が聞こえたような気がした。きっと自分の体はベッドの上で泣いているんだろうと、あいは思った。


(ウチもすぐに行くから、待っててね)


 あいは、(あらかじ)め計算された方向と力で、白い箱を宇宙空間へと送り出した。白い箱はすぐに見えなくなった。



◇ ◇ ◇



 上陸艇が国際宇宙ステーションISSにドッキングした。傭兵協会があいを送ってくれるのはここまでだ。あとの道のりはISSから地球に帰還する宇宙船に便乗することになっている。


 見送りの兵士が上陸艇側のハッチを開き、あいに敬礼した。


「お疲れ様でした。もしも再入隊の意志が固まったらご連絡下さい。それでは、お元気で!」

「ありがとうございました。さようなら」


 あいも敬礼を返し、ついで兵士と固く握手を交わした。ドッキングトンネルを通り抜けISS側へと移り、ハッチが閉じるのを感慨深く見守る。波方あいの傭兵としての長い生活が終わった。傭兵協会との縁がすべて切れたわけではないが、波方あいの人生はいったんここで一区切りである。


 今は、ただの16才の少女だ。


 あいは迎えのステーションクルーと握手を交わす。歓迎の言葉と説明を受けた後、観測モジュールへと案内される。観測モジュールには大きな観測窓があり、モニター越しではなく、地球を直に見ることができた。


「波方さん、ほら、ここから一番地球が綺麗に見えるんですよ」

「うわあ、本当ですね。地球を直に見るの、私初めてです。 青くて、とても綺麗です」


 地球を離れてから既に80年以上の歳月が流れていた。契約解除手続きを行ってくれた弁護士によると、あいの知っている人々は既に故人となっている。あいに帰るべき故郷はなかった。再入隊という言葉が頭をよぎる。


 地球は輝くように美しかった。あいの目はいつのまにか日本を、今治を探していた。当時、まだ4歳だった妹の洋子は今治空襲を生き延び、76歳で亡くなったのだという。


(あの後、洋子はどんな人生を歩んだんだろう。会って、話したかった)


 言葉もなく静かに地球を眺めていると、あいの耳に懐かしい響きの言葉が飛び込んできた。そこでようやく観測モジュール内に日本語の歌声が流れていることに気付いた。


「いま流れている音楽って、日本の音楽ですか?」

「ええ。日本人の女の子達が歌っているんですよ。この音楽を聞くと魔物化しないそうですよ。噂ですけどね」


 クルーが気を利かせてボリュームを上げてくれた。



 ひとは誰でも遠い夜空に

 自分の星を探してるよ


 君ははるか誰も知らない空の彼方の

 僕だけの小さな星


 夢壊れても次の夢見つめてる

 僕はそんな君が(かな)しいから


 恐れるものなんて何もない

 きっと君は今も夢を見て

 広い空を駆け抜けてゆく


 だけどもしも道に迷ったなら

 どうか僕のことを思い出して

 僕のもとへ戻っておいで


 希望を胸に旅を続ける

 ひとり孤独に震えてる


 君に光のエールをきっと届けるよ

 この想い伝えたいから


 いつか世界が君のこと忘れても 

 僕は君を見失いはしない


 星が砕けて散る夜が来て

 時の砂の中に埋もれても

 君は僕のこころのなかで


 永遠に輝き続ける

 いて座(サジタリウス)だって思うんだ

 今日も空に君を探すよ 



 あいは大きく目を見開き、両手で口元を覆い、そのまま言葉もなく青い地球を見つめ続けた。


 青く輝く地球が、オリバーの軌道葬を託されたことの意味を、あいに教えてくれていた。


「……そうか。そうだったんだ。かなわないね、オリバー君には……」


 あいは、初めからずっと、オリバーの愛に優しく包まれていた。


「逆、だったんだね。ウチがオリバー君を連れてきたんじゃなくて、オリバー君がウチを地球にまで連れてきてくれたんだね。ありがとう、オリバー君……。


 ふふっ、そうだよね。だってオリバー君は、ウチの故郷なんやもん。


 ねえ、オリバー君……。


 ウチを待っててくれる人が、まだ地球におるかも知れんよ。オリバー君に会いに行くのは、もう少しあとでも、いいかな?」


 この広い宇宙のなかで、誰かが自分のことを憶えていてくれた。


 波方あいは、時間と宇宙を旅して、ようやく故郷に戻ってきたのだった。

この曲は、波方愛と6人の少女達が、波方洋子の思いを込めて、波方あいに送ったメッセージです。完結済み作品「ダンス部の愛ちゃん、戦闘スキルは皆無だけど、爆裂ヨーヨーでゴブリン相手に無双しますよ。でも、本当に得意なのはダンスと浄化魔法なんです」の最終話で、この曲を作るエピソードが語られます。

あいには、洋子の思いとともに、オリバーの思いが込められているように聞こえたかも知れません。


Mureka様で曲を生成しています。曲を聞きながらお読みいただければ、作者として大変嬉しいです。

https://www.mureka.ai/ja/song-detail/EgdHPhz6yJfx1ePL6jZZmY?is_from_share=1

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