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25時の音楽  作者: 倉木元貴


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未来編第2話(第43話)

 初めて歌を作ってから、今まで何回歌作ってきたのだろう。

 

 たまに過去を見返すときは、必ず恥ずかしくなる。よくもまあ、こんな歌を作ったもんだと。

 でも、その過去があったおかげで今がある。到底世に出せるものじゃなくても、恥ずかしい歌たちが今の僕を形創っている。



 緊張はしてない。

 そう思い込んでいた。だけど、身体は勝手に震えている。指先は、キーボードの鍵盤も弾けないくらい揺れている。


 落ち着け……落ち着け……


 そう思えば思うほど、緊張は増していく。

 心細い。こんなときは誰かに縋りたくなる。誰でもいいから、僕の緊張を解いてくれる誰かに。


 控え室で天井を見つめてぼーっとしていると、扉からノックする音が聞こえた。


「鳴沢君。入っても大丈夫?」


「あ、はい。大丈夫ですよ……」


 扉が開いて中に入ってきたのは、羽山さんだった。


「何? まだ緊張してるの?」


 人の気も知らない羽山さんはニヤニヤしていた。


「慣れるものじゃないですよ。毎回、前回以上のパフォーマンスを見せる難しさがあるんです」


 羽山さんはにこりと笑った。その笑顔にはなぜか裏があるように思えた。


「新しい日を迎えるたびに、新しい気持ちを持たないといけないことの難しさは私もわかるよ。というか、玲那話してないんだね」


 なんのことか僕はわからなかった。


「私も自分の店を持つことにしたの。親とは違うけどパンを。真新しい斬新なパンを作るのか、昔ながらのシンプルなパンを作るのか。それとも、どちらも作るのか。こんな世界に正解なんてないんだよ。だから、私だったら真新しいパフォーマンスなんて求めないかな」


 羽山さんは、まるで当たり前のことを言うように肩をすくめた。


「……でも、僕は」


 言いかけて、喉が詰まった。


 〝僕は玲那さんに見せたいんです〟

 その言葉が喉の奥まで来ていたのに、どうしても出せなかった。


 羽山さんは、そんな僕の沈黙を見透かしたように、少しだけ目を細めた。


「鳴沢君。緊張してる理由、私にはわかるよ」


「え……?」


「だって、玲那も同じ顔してたから」


 心臓が跳ねた。


「玲那さんも……?」


「うん。あの子もね、今日の鳴沢君のステージ、すごく楽しみにしてたよ。怖がってたけど」


 怖がってた。

 その言葉が胸に刺さる。


 僕と同じだ。今までずっと怖かった。前に進むことも、立ち止まることも、どちらも怖かった。


「……玲那さんも、来るんですか?」


「さあ、どうだろね」


 羽山さんはわざとらしく視線を逸らした。

 その仕草が、逆に答えを教えてくれていた。


「鳴沢君」


 羽山さんは、控え室のドアに手をかけながら言った。


「“正解のパフォーマンス”なんてないよ。あるのはね――」


 そこで一度言葉を切り、僕をまっすぐ見た。


「“今の鳴沢君にしか出せない音”だけ」


 その言葉は、胸の奥に静かに落ちていった。

 扉が閉まると、控え室は再び静かになった。

 でも、さっきまでの“孤独な静けさ”とは違う。胸の奥で、何かがゆっくりと動き出していた。


 僕は深く息を吸った。震えはまだ止まらない。でも、さっきよりは少しだけ前を向ける気がした。


 ――玲那さんが、どこかで見ているかもしれない。


 その想像だけで、心臓がまた強く脈打つ。

 僕は立ち上がり、控え室の鏡に映る自分を見た。

 昔の僕とは違う。でも、その僕がいなければ、今の僕はいない。

 恥ずかしい歌も、未熟な音も、全部ひっくるめて“僕の音楽”だ。


「……行こう」


 小さく呟いて、控え室を出た。


 ステージへ向かう廊下は、やけに長く感じた。足音が響くたび、胸の奥の緊張と期待が混ざり合う。

 ステージ袖に立つと、ライトの熱が肌に触れた。客席のざわめきが、遠くの波のように聞こえる。


 心臓がうるさい。

 喉が乾く。

 手足が少し震えている。


 でも、逃げられない。


 スタッフが合図を送る。僕はゆっくりとステージに出た。


 ライトが目に刺さる。客席は暗くて、誰がどこにいるのか見えない。でも――その中に、玲那さんがいる気がした。


 マイクを握り、深く息を吸う。


 そして、最初の音を出した。


「最初の曲は、僕が高校生の頃から温めていた曲です。『横顔』」


『横顔』


 放課後のこの時間だけが

 僕と君とのおまじない

 何者にもなれない僕を

 君だけが光を与えてくれたんだ


 何年も何十年も

 こんな時間が続けばいいのに

 ときの流れは一瞬で

 終わりが見えるのが嫌だった


 時間を止められるなら この瞬間を

 写真に収めるように

 切り取って 脳裏に焼き付ける

 止めどなく流れ続ける この想いが

 消えないように薪をくべる

 どうか どうか 君に届きますように



 夕日に染まる横顔を

 盗み見るたび胸が痛く

 君に言いたい言葉たちが

 喉の奥でつっかえて息苦しかった


 叶わない想いとしても

 近くにいるだけでよくて

 何度も心の中で

 君の名前を呼んでいた


 君の世界を歩くことができるのなら

 写真だけでは足りなくて

 溢れる思いで 照らそうと

 君の表情の全てが宝物で

 無くさないように握りしめる

 どうか どうか 僕から離れないで


 君の気持ちと 僕の気持ちは

 同じ景色を見れてるかな

 友達以上 そう思ってるのは

 僕だけかな


 時間を止められるのなら 今の君を

 写真に収めるように

 切り取って 脳裏に焼き付ける

 溢れてしまいそうな この感情が

 君に気づかれないように

 どうか どうか 君は君のままで

 変わらずにいて




 歌いながら、胸の奥が熱くなった。

 この歌は、誰かのためじゃない。今日のためでもない。


 ずっと言えなかった言葉の代わりだった。


 ライトの向こうで、誰かが息を呑む気配がした。


 その瞬間――客席の中に、見覚えのある横顔が見えた。


 玲那さんだった。

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