5:言葉にしなくちゃ伝わらないものね
アサローがミカミの恋愛相談――というか、一方的な作戦会議に巻き込まれるようになってから、早くも半年が経過した。
(夏休みに合宿と称して毎日呼び出されたのはきつかったな)
無理やり共有された写真フォルダを遡りながら、旭郎はひとりごちる。
──────
ある時は図書館に呼び出された。
三上曰く、『図書館デートも想定しておきたい』ということらしい。
ちょうど、読書感想文の消化もあり、旭郎は承諾した。
図書館デートというものがどのようなものなのかは、最後まで分からなかった。
「今日の予行どうだった?」
「……相手が誰であれ、デートと言う名目なら『世界の拷問図鑑』とかのアングラ系を積み上げないほうがいいですよ。俺だから流せましたけど、意中の相手はそういうの得意ではないんでしょ?」
「本番ではもうちょっとかわいいの読むし……」
「例えば?」
「え……絵本とか?」
「せめて恋愛小説とかにしません?」
「あ、そういうのもありなんだ」
ある時は、どこで知ったのか家に直接出向いてきた。
夏の日差しの中、日傘も差さず玄関前に立つ彼女は、開口一番こう言った。
「アサロー君海行こう!今日、二人がデートするらしいから!」
水着は持っていたが、競技用。
レジャー用の水着を持っていないと断れば、三上は、海に入らないからと手を引いてきた。
海についたその瞬間、彼女はいつもの不審者のような姿になる。
「暑くないんですか?」
「これがあるから平気!」
そういって服をめくった彼女は、腰に付けた仰々しい機械を見せつける。
服が揺れていることと、妙な駆動音から送風機のようなものなのだろう。
「俺にもくださいよ、それ」
「もちろん!」
小さなカバンから出てきたとは思えない仰々しい二台目の機械。
セットして電源を入れると、確かに涼しかった。
そうして涼しい風を受けながら、砂浜から少し離れた遊歩道を歩く。
監視対象を見つけるためだ。
……暑さは防げても、日光対策は十分ではない。
日傘を差して直射日光は防いでいるが、地面からの照り返しがきつい。
持ってきたスポーツドリンクがあっという間に温くなる。
「で、どこにいるんです?」
「もうちょっと探すから頑張って」
結局二人は見つからなかった……その日の夜は地獄だった。
日焼け止めは塗っていたものの、照り返しを甘く見ていたせいで、全身は茹でダコのように真っ赤に腫れ上がった。
シャワーの冷水すら激痛に変わる拷問の中で、どれだけ怨嗟の声を上げても誰にも届かなかった。
──────
冬休みを翌日に控えた放課後。
三上はついに勇気を振り絞り、意中の彼へと思いを伝えに向かった。
……実のところ、来年こそと意気込んでいたのだが、旭郎が「長く続けるほど不利になっていきますよ」と焚きつけたのだ。
「……寒いな」
暖房の切れた、誰もいない教室。
吐く息は自然と白くなる。
旭郎はポツリと独り言をこぼした。
明日から冬休み。
今日はさっさと帰って暖かい部屋でゲームをしたかったのだが……半年間も奇妙な付き合いを続けていると、飼育しているモルモットに対するような、変な情が湧いてしまっていた。
『教室でちょっと待ってて!』
SNSで送られてきたその一言を無視して帰れない程度には、二人の間には関係値が出来上がっている。
(もともと無視できていなかったか……だけど、こんな風にスタンプを返すなんてしなかったもんな)
窓の外はすでに夕焼け。
遠くのほうで深い群青色が立ち上ってきている。
旭郎は、冬休みを前にしてはしゃぎながら帰っていく同級生たちを眺めつつ、定期的にスマホの画面を確認した。
三上からの連絡は一向に来ない。
こちらから「どうだった?」と急かすようなものでもないと思いつつ、かといって放置していいのか……旭郎は思考を巡らせる。
普段の彼女なら、結果がどうであれ即座にスタンプを連打してくるはずだ。それがないということは、よほど真剣に話をしているか、成功したか、あるいは──。
(……どこかでまた泣いていないだろうか)
半年前の彼女との交流が始まった日を思い出す。
あの時は面倒ごとに捕まったと絶望したものだが……今はあれもいい思い出だったという結論が出た。
(俺も毒されているのだろう……もしまた泣いていたら、今度はメンタルケアできる自信はないな)
旭郎は無意識のうちに、冷え切った指先でスマホの画面を何度も見返していた。
「……どうして俺が、他人の色恋沙汰にこんなに気を使わないといけないんだ」
しびれを切らして席を立とうとするが……やはり、連絡もなしに帰る訳にはいかない。
焚きつけた手前、ここで無責任に放逐するのは、飼い主として不適切だろう。
「……くそっ」
悪態をつきながら席に座り直す。
告白が成功にしろ失敗にしろ、この『面白い生き物を観察する日々』は、今日で一区切りだろう。
休日の度に呼び出されたり、変な尾行を手伝わされたり。色々な無茶を聞いてきたなと、旭郎は物思いに耽る。
「……寂しいのか? 俺が?」
らしくない自分の感傷に、思わず自嘲する。
どうやら脳が疲労しているらしい。きっと昨日、深夜までゲームをしすぎたせいだ。
旭郎は冷たい机に突っ伏し、静かに目を瞑った。
少し眠れば、次に目が覚める頃には、いつもの冷めた自分に戻っているはずだ。
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「…起き……起きなさい! ちょっと、アサロー君!」
「……っ!?」
机の脚を思い切り蹴り上げられ、旭郎は強制的に意識を浮上させた。
顔を上げると、窓の外はすっかり暗くなっている。どうやら、かなりの時間寝落ちしてしまっていたらしい。
遠くグラウンドから聞こえていた部活生の声もまばらになり、校舎全体が静まり返っている。
そして目の前には――なんだかやけにスッキリした顔をした、金髪の少女が立っていた。
「……ミカミさん、結果は」
「ちゃんと言葉にしたのに、ダメだったわ! なーにが『やっぱり妹みたいにしか見えない』よ! 半年間もアピールしたのに!」
フン、と鼻を鳴らして、彼女は旭郎の前の席にドカッと座る。
半年前の夏、フラれて一人で泣いていたあの日の弱々しい姿は、そこにはなかった。
「……お嬢様、ご立派な玉砕でしたよ」
「うるさいわね……まぁ、これで少しは『ただの幼馴染』から『異性』として見てくれるようになったでしょうけどね」
そう言って、彼女は手に握っていた布切れを旭郎の机にポンと置いた。
見覚えのあるチェック柄。
旭郎は、それが自分のカバンに入れてあった予備のハンカチだと気がつく。
「おい、それ俺の!」
「寝てる間にちょっとカバンから借りたわ。あの時も思ったけど、いいハンカチね、ありがと」
「人のカバンを勝手に漁るな!というかいつ盗ったんだ!」
「盗ったなんて、私が泥棒みたいじゃない。借りるってちゃんと言ったわよ……多分」
返されたハンカチを手に取ると、それはほんの僅かに、湿って濡れているような気がした。
……旭郎は、全てを察した。この図々しい態度は、強がりだ。
(スッキリした顔に見えたが……やっぱり、裏で泣いてきたんだろうな)
よく顔を見ると、涙で目元が赤い。
きっと彼女はぎりぎりまで泣いていたのだろう。
だが、旭郎の前でも泣くわけにはいかず、こうしてわざとらしくいつもの彼女を無理やり演じているのだ。
(……俺が気を使える人間であれば慰めたのだろうが……今の彼女にはそれは不愉快だろう)
「ちゃんと洗ってから返してくださいよ」という嫌味すら、今は言う気になれなかった。
だが、それはそれ。
旭郎はハンカチを丁寧に畳み直し、あえて言葉はかけず、わざとらしく嫌そうにため息まじりにポケットに突っ込んだ。
(人のカバンから勝手にハンカチを借りるような図々しさがあるから、そういう目で見られないんじゃないか?)
と、喉まで出かかった正論を、今回も静かに飲み込んだ。
「でも、これは逆にチャンスね! これで相手も私のことを意識して悶々とするはず!」
「いや、完全にフラれてるんですが……」
明確にフラれて頭がおかしくなったのだろうか。
「バカね、一回目はただの『ジャブ』よ!」
三上は自信満々に言い放つ。
すでに半年前に一撃入れているから、一回目でもないのだが。
「中学校の頃ね、知り合いが同じような状況になってたのを思い出したの」
「同じ?あなたと?」
「そういう意味じゃないわ……片方が告白をして、もう片方が意識してなかったと断る状況よ」
曰く、その二人は傍から見ても両想い。
お似合いのカップルだと周囲は思っていたのだが、二人はその実付き合っていなかった。
片方が勇気を出して気持ちを伝えたところ、もう片方はパニックに。
断った側も憎からず想っていたのだが、改めて言葉にされるとは思っていなかったらしい。
そのため、反射で断ったものの……互いに諦めきれず、最終的には付き合ったという事例らしい。
「いや~~~あの時の、相手を意識した彼女の囲い込みはすごかったよ!
告白したほうは後輩の男の子だったんだけどね……その後同じ高校に入った後輩君に、プロポーズしたらしいからね!」
「そ、それはすごいですね」
「夏休みにだってさ!すごいよね!あこがれちゃうな~」
世の中には信じられない人たちもいるらしい。
どのような人たちなのか想像もつかないが、きっと二人は幸せなんだろうな。
「それで?結局これからどうするんです?」
「一回目はただの意識付け! 必殺の一撃かもしれないけど、私の戦いはここからが始まりなの!」
「…………」
三上は身を乗り出し、机をバンと叩いた。
「つまり! 今回の告白で、カイリの頭の中には『異性としての三上栞』が確実にインストールされたわけ! これからは、今まで通りの距離感で接するだけで、あいつは勝手にドキドキして自滅していくって寸法よ!」
「はは……いいですね」
「でしょ?くさびを打ち込んだって考えれば、成功も大成功よ!」
夕闇の教室。
負けヒロインのはずなのに、誰よりも眩しい笑顔で宣言する彼女を見て、旭郎は思わず目を細めた。
……もし、このまま彼女の作戦会議に付き合い続ければ、自分の学生生活は間違いなく退屈しないものになるだろう。
面倒事には関わりたくない主義だったが、どうやら自分はもう、この面白い日々にどっぷりと浸かってしまっているらしい。
「あなたの力は、これからも借りるわよ! 報酬は出世払いでよろしく!」
「……ハッ。いいですよ、これからもせいぜい頑張りましょうね」
旭郎が心からの笑みを浮かべて返事をした直後。
「おい! お前ら! いつまで残ってる、早く帰れ!」
見回りに来た教師にこっぴどく叱られる形で、二人は慌てて教室から追い出されたのだった。
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その夜。
自室でゲームを起動しようとしていた旭郎のスマホが震えた。
『この冬休み、この場所に付き合いなさい!』
メッセージと地図のURLと共に、半年前から見飽きるほど送られてきた『謎のゆるキャラスタンプ』が画面に表示される。
今回の行き先は、少し遠くの商店街らしい。
イルミネーションが少し有名だったと記憶している。
「今度はここか……少し事前に調べておくか……店とか」
どうやら、この意味不明な関係はまだまだ続くらしい。
願わくば、このやかましい駄犬が、いつか『勝ちヒロイン』になれることを祈りつつ――。
旭郎は、だんだんと愛着が湧いてきてしまったその『マスコットのスタンプ』を送り返した。
「……この辺りはカフェも多いな。冷えたらここに入るとして……いや、なんで俺がデートプランを練っているんだ?」
これで完結です。




