……は?
一代限りの準男爵であれば、ルーク様が死んだ後、ニーナとこれから産まれる予定の子ども達が生活に困ることもあるだろう。
当主が儚くなった後、一代限りの貴族はその保障がない。
領地は取り上げられて、別の誰かがまた一代限りの準男爵になるか、他の貴族が引き継ぐかだ。
貴族でなければ統治できないと知らなかったルーク様は、その後も恒久的に収入が得られる領地を欲したのだ。
「ルーク様、平民になるのは諦めるしかないようだ。伯爵なら頻繁に王都に来なくても大丈夫だから、領地でゆったり過ごせばいいさ」
オレがルーク様の肩にポンと手を置くと、項垂れていたルーク様は顔を上げた。
「わ、わかりました。伯爵位を拝命いたします」
悲壮な決意を表情に出して、ルーク様は右手を胸に頭を下げた。
「まあ、近々叙爵式を催すから、そんな挨拶はその時に。この討伐に参加した者で、他にも陞爵する貴族がいるから大々的にやるからね。それに、そこまで落ち込まなくてもいいんじゃない? デイヴィス卿の生活が大きく変わるわけじゃないんだから」
ジュリアン代表はにこやかにそう言うが、ルーク様がどれだけニーナとゆったり過ごせる時間を欲していたかを知っているオレとしては、なんとも言い難い。
肩を落としたまま席につき、ルーク様は荷物を素早くまとめた。
「では、ジュリアン代表。これにて失礼します」
「ああ、帰るの? 無理にとは言わないけど、残ってた方がいいんじゃない?」
「いえ、オレもミラー卿も、もう国政とは関係のない人間なので」
元々、末席に籍があっただけで、国政に参加していなかったけどな。
「まだ叙爵式が終わっていないから、デイヴィス卿は伯爵位を持っていないけど、伯爵位を受けたらオレの指名で議会に入れるからさー」
「……は?」
ルーク様は目玉が飛び出そうなほど、目を見開いた。
「どういう……」
「伯爵以上の貴族は、国政に協力しなければならないって法律があるよね? それを使ってオレはデイヴィス卿を指名するよ。どうせ議会に入るなら、第一回目の会議から出ていた方がいいよね。だから、帰らない方がいいんじゃない?」
やっぱりな。
ジュリアン代表の考えていることは、なんとなくわかった。
恒久貴族でいいなら、爵位は高くなくていいはずだった。なのになぜ、男爵や子爵でなく伯爵家なのかもここに関係してくるんだろう。
「っく」
ルーク様は文句を言いたかったのだろうが、ぐっと呑み込み、もう一度腰を下ろした。
かわいそうだが仕方ない。
オレがジュリアン代表だとしたら、ルーク様はどんな汚い手を使ってでも、手元に残すだろう。
オレはサッと書類を持ち、ルーク様の肩を手を置いた。
「じゃ、ルーク様。オレは退出させてもらうな」
「そんなっ! 義兄上」
「大丈夫。ルーク様は立派にやれるよ。オレは一貴族として、協力するから」
捨てられた子犬のような目でオレを見るが、オレは後ろは振り向かない。
早く家に帰って、残り少ないニーナとの兄妹の時間を大切に過ごすんだ。
オレが会議室の扉に手を掛けると、オレもジュリアン代表に止められた。……なんでだ?
「ミラー卿も第一回目からいた方がいいと思うよ?」
「……ジュリアン代表。わたしはこのまま辞めさせていただきます。将来爵位を継ぐ予定ではありますが、子爵位なので国政に強制的に参加させられる理由もありませんし」
ジュリアン代表はまたもやニヤリと笑みを浮かべる。
その瞬間、オレの背筋にさーっと冷気が走った。
「ミラー卿も議員として指名させてもらう予定だよ」
「……は?」
なんでだ? オレが父上から譲られるのは、子爵位だぞ?
「いやあ、ミラー卿は大変頭の回転が速いから、理由は検討ついてるんじゃない?」
もしや、でも、まさか……!
「いや、まさか、ですが、さっき言ってた叙爵式で陞爵される貴族がいるって……」
「あー、やっぱり切れ者と話すと、話が速いよね。そのまさかだよ」
……やっぱりか!
「どうしてもミラー卿にも国政に参加して欲しかったんだ。デイヴィス卿とミラー卿が居てくれたら、この国はうまく回る。断言してもいい。だから、どうしてもキミたちは手放せないんだよ」
人懐っこそうに笑うその人は、オレの目から見ると、頭にツノが生えていて、黒く細いしっぽがあるように見える。
そして、背中にはコウモリのような薄く黒い翼が見えた。
……悪魔のような、笑顔の人だ。
その悪魔から、オレはルーク様と同じ伯爵位を賜った。




