第3話 東京②
『50年前。その日、南海トラフ巨大地震が発生した。のちに震源である東海地方と最大の被災地となった東京から「東海東京大震災」と呼ばれるようになった。
被災者1500万人。たった1日で絶望に変わった。ライフラインは止まり、地下は崩れ地面は沈んだ。
混乱する中、連邦はわれわれを見捨てた。
彼らは東京の北に流れる荒川と、南に流れる多摩川で国土を分断した。
社会は混乱した。財政は破綻した。地下鉄網に汚水が流れ、疫病が蔓延した。
死者10万人以上。戦後最悪の災害だった。
この混沌とした状況の中、人々が立ち上がった。
われわれは、がれきを撤去して新しい埋立地を作った。
われわれは、アスファルトをはがして種をまいた。
われわれは、団結した。世界中の仲間たちと共に。
われわれは取り戻さなければならない。あの平和で豊かな国を。
取り戻そう。われわれの国を。取り戻そう。われわれの誇りを――』
東京駅に着いてすぐ、駅構内の巨大なモニター画面にプロパガンダ映像が流れていた。
映像が終わると次に現在の東京の地図と本来の国土である日本列島全域の地図が交互に映し出された。
そして支援国家の国旗や企業のロゴが100種類以上も画面いっぱいに映し出される。
最後は赤い炎の背景に切り替わり、団結の象徴である手をつなぐシンボルが現れた。
肌の色や形の違いから老若男女多人種が手を取り合っているのだとわかりやすく示していた。
駅の外に出ると国旗の代わりのように”団結の旗”がそこら中に掲げられていた。
東京は国旗を掲げなくなっていた。
「昔はいっぱいビルが建ってたのに、ずいぶん変ったわね」
「しょうがないよ。確か震災後の火災でいくつもの有名な高層ペンシルタワーが倒壊したからね」
マイケル夫妻が少し悲しそうに、しかし仕方ないとあきらめたように会話する。
「それに電気も水も不足していたら超高層ビルなんて地獄ですからね」
100年前ニューヨークに高層ペンシルタワーという新しい高層ビルが誕生した。
地価も物価も上がり続ける土地で、高く高層で細くスレンダーなビルは理想的だった。
下層には狭い部屋をシェアルームとして多くの人を詰め込む。
上層には空飛ぶ車と言われた個人乗りドローンで出入りする。
決して交わらない富裕層と貧困層を最小限の土地でパッケージした不動産商品とも言える。
それは地震による倒壊がしないという前提だった。
高層ペンシルタワーは地震で倒壊した。
倒壊しなくても富裕層が逃げ出したので支払い能力の低い人がすし詰め状態のビルという
日本政府は高層ビルに厳格な高さ制限が課す法律を可決した。
パリのシャンゼリゼ通り並みの低めの建物が立ち並ぶ法律を。
だから東京駅を出てから見える範囲に高層ビルはない。
背の低い建物しかない。あとどの建物にも国旗の代わりに団結の旗がなびいていた。
「東京駅は有明中央ステーションに次いで貨物の集積駅になっているんだ。いまでこそ京明線は貨物船の物資を東京へと運んでいるけど、本来は東京中のガレキを海側に運んで埋立に使っていたんだ」
マイクが高層ペンシルタワーが最終的にどう処分されたのかを話してくれた。
「この人ったらまた鉄道の話よ。ごめんなさいね。つまらなかったら聞き流していいのよ」
「いえ、とても面白いですよ」
昔の東京はビジネスの中心だった。
今の東京は物流の中継地点だ。
貨物は東京で降ろされてビジネス街の跡地にできた倉庫街に運ばれる。
運ばれた物資は小さく小分けにされて東京中に運ばれる。
どうやって?
「あら~ぜんぜん通れないわ」
「ほんとですね」
わたしとジェシーは皇居へと行く途中の道路で足止め中。
目の前を自転車の集団が途切れなく走っているからだ。
信号を無視するこの集団に注意する警察官はいない。
自転車の集団はあの”団結の旗”を
わたしたちを無視する彼らはまるで自分たちが、東京の経済を守っているんだ、と訴えているようだった。
「昔はガソリンを精製する工場があったらしいけどね。いまはないから高いガソリンを少量輸入してるんだ。だから東京は自動車の数がとても少ないんだよ。もっともそれだけが理由じゃないけど――」
かつて自動車が走っていた道路を。
だれもインフラを整備しないアスファルトの剥げた道路を。
個人配達業者たちが蟻のように群がり、そして荷物を必要とする各家庭に会社に運ぶ。
わたしたちはおしゃべりをしながら時間をつぶす。
少しすると自転車の数が減っていく。
「やっと通れる」
「ほんとね」
皇居の方からスタッフのような人が交通整理をはじめる。
その案内に従い道路を渡り、橋の上にやっとこれた。
皇居の周囲は堀で囲まれている。
だから橋を渡らないといけない。
橋の上までくると気づいたことがあった。
ジェシーも気づいたのか、「あら?」とつぶやく。
「お堀が枯れてるわ」
その堀の水が干上がっていた。




