力を貸してやる
痛みすらない。もう、全身が痛すぎて何の痛みが死の痛みなのか、わからなくなっていた。だが俺の視界は一向に色鮮やかに輝いている。硝煙の焦げ臭い香りも健在だ。ルーナの半泣きの声だってよく聞こえる。
「勝手に死なせるかよ……。貸しは返す、それが俺のもっとうだ!」
俺の視界に映っていたのは魔動二輪車にまたがり、ゴーグルをつけたレインだった。
片手の拳銃から黄色魔弾を放ったのか、俺の鳩尾に銃口を当てていた敵兵は痺れ、隣に倒れていた。
レインと敵兵の距離は約五〇メートル。
レインは拳銃の射程距離外から撃ち、敵兵に見事命中させた。どうやら俺の教えが俺を生かしたらしい。
「おらおらおらおらおらおらおらおらっ! 逃げてばかりでいられるか! 逃げてばかりの人生で終われるか! 勝って俺自ら理想を掴み取ってやる! そのためにはお前が必要なんだよ。ルーナだけじゃなく、キース、俺にも力を貸せ!」
レインは敵を撃ちながら俺の前にやってくる。俺がいたのは地面に溝が掘ってある後方付近ではなく、敵が後退したため荒地の前方側にいた。だから、奴は二輪車でも俺のもとにたどり着けた。
「たく……。俺はもう動けねえんだよ……。貸しにでもしておいてくれ……」
俺はレインの前で後方に倒れる。青い空と自由に飛ぶ鳥が見えた……。
腹部の傷口を左手で押さえ、何とか止血多量で死なないよう心掛けるも、体が凍えて仕方ない。
視界も薄れ、綺麗な空すら見えなくなってきた。
――ここまで来たら死ぬ気がどうとか言ってられねえ。もう、気力の勝負だ。
敵兵が撃った実弾が地面に当たると、土砂の柱が二〇センチメートルほど上がり、俺の体に砂が掛かる。
口の中に砂が入ると泥臭く、じゃりじゃりとして気分が悪い。唾液がほぼ出ないからか、口から吐き出すのも一苦労だ。口内に溜まった血と一緒に吐き出すしかない。
俺の周りでは仲間が叫び、敵をなぎ倒していた。
眼では見えないが耳で感じ取れる。
レインが叫びながらアサルトライフルをぶっぱなしているのか、魔弾を発射する小さな発砲音とサーベルが空を切り、隙間風のような優しい高い音、敵兵の叫び声、俺の心臓の音。
ここまで精神が研ぎ澄まされているのに体は動かない。人差し指一本動かない。
強制的に眠らされそうなほど頭がボーっとする。周りで銃撃戦が行われていると言うのに、母親の膝の上で居眠りしてしまいそうなほど心地いい感覚が脳内に充満していく。これが、死の間際なのか、緑色魔弾の副作用なのかわからない。
「メイ……。俺は……、いい兄貴でいられただろうか……」
俺は左手に意識を向ける。一番動かしやすい人差し指を必死に動かそうと力を籠める。
すると、人差し指がぴくりと持ち上がり、痙攣したように震える。右側の口角がゆっくりと上がるのを肌の突っ張り具合から感じ、左指全てを動かそうと意識する。
指が俺の意志と全く違う動きをしてしまうのは頭からの命令が上手く伝わっていないからだろう。だが、動いた。
左手の平に糸を付けたと想像し、胸に手繰り寄せるように動かす。左腕の前腕と後腕の筋肉が伸び縮し、左手の平が太ももに触れ、少しずつ上に上がってくる。
胸ポケットまで手が届いたので覆っている布を持ち上げ、中から手作り感満載のお守りを取り出す。
すると、右端が破れていた。どうやらヨハンが撃った鉛弾で体を打ち抜かれた時にお守りに当たっていたようだ。
よくよく見てみたらほぼ心臓の位置。
このお守りで弾道がずれたなんてうまい話しがあるわけない。
あるわけないが、そう思ってもいいだろう。震える手でお守りを持ち上げ、焼けた部分を見る。すると何かが入っていた。
好奇心は限界の体をも動かす力があるらしい。全く動かなかった右手を使い、お守りの中から紙切れを取り出す。
「お兄ちゃんは……、メイの……愛で守られているから……死なない……。お兄ちゃん大好き……。ふっ……」
茶色の紙袋を切って作った手紙にメイのつたない文字が鉛筆で書かれていた。血で染まっているが、ギリギリ読める。
流す涙も枯れ、掠れた喉では笑い声も出ない。
俺はお守りを腹の傷にねじ込み、生じる激痛で頭を無理やり覚醒させる。手紙は口に含んで唾液を無理やり出させ、食して肚に落とし込んだ。
全身をナイフで刺されているような激痛の中、寝返りを打ち、頭部に飛んでくる銃弾がないか確認してルーナのもとに駆ける。
「ルーナ! サーベルの予備はないか!」
「ありますけど、キースさんじゃ、魔力を扱えませんよね。ただでさえ大怪我で動ける状態じゃないのに、接近戦なんて無理ですよ。へ? ちょ、ちょちょちょ……んんっ」
俺は魔力を無理やり奪いとるような荒々しい口づけをルーナにする。どうせいっかいされたんだ、何度やっても同じだろ……。加えて水分も貰う。
「ぷはっ。ば、馬鹿なんですか。こ、こんな時に。って、あれ? 何で私が回復魔法を……」
ルーナの体に緑色の魔力がまとわれていた。彼女はその状態を見て困惑している。
「すまない。俺がお前に緑色魔弾を撃った。俺の体には撃てないが、お前に撃てば無害だろ。体に纏われた魔力を刺激の弱い回復魔法に変換すればいい」
俺の足りない頭で考えた応用は効果を発揮し、腹部の傷を止血した。
「とっさの判断でよく……。で、でも、いきなり口づけは反則です! 心臓に悪いのでやめてください!」
ルーナはアイテムボックスから予備のサーベルを出した。柄をぎゅっと握り、鞘から引き抜くと、白っぽい光を纏った銀の剣身が現れた。
「麻痺の効果がある状態異常魔法を付与しました。剣身が伸びたりしませんが、敵に当てれば黄色魔弾と同じ効果を発揮します」
「助かる。んじゃあ、もうちっと戦ってくる。あと数十人倒したらナリスを出発させよう」
「そうですね。でも、塵尻になった敵兵を追う方が体力を消耗しそうですから、深追いはしないようにしましょう。トランシーバーでナリスさんに出発するように伝えます」
ルーナは腰に取り付けていたトランシーバーを手に取り、受信ボタンを押してナリスに出発するように伝えた。
ナリスが来るまで五分も掛からない。その間に抵抗している敵兵を倒しに向かう。レインが囮役を買って出くれており、二輪車を縦横無尽に走りまわしていた。
「レイン! さっきの交渉の続きだがな、俺の答えは『わかった』だ! お前に力を貸してやる! だから、俺の援護をしろ!」
俺はサーベルを逆手で持ちながら、全力で走る。そのままレインの隣を走り抜ける。
「なっ! 死に急ぎ野郎! 敵に突っ込むとか、馬鹿のやることだぞ!」
「だから、援護しろって言ってるだろうが!」
「くっ! どうなっても知らねえぞ!」
レインは二輪車から転げ落ちる。そのまま地面に這いつくばり、アサルトライフルの銃口を敵の狙撃手に向けた。
――弾幕は分厚くない。なんなら、もう銃弾を持っている敵兵が数名しか見えない。
敵兵は俺と同じように剣を抜き、襲い掛かってくる。無謀者だけだ。銃を持っている敵はレインに任せて俺は目の前の敵を倒す!
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