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外道大魔導師ドラクロワ  作者: ゴリエ
第五章 舞踏会の長い夜
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舞踏会の長い夜③

 最初に動いたのは男の方だった。飛びかかってくる男の剣を、ジャスティンはあっさりとかわす。次も、その次もそうだった。剣を払いのけることはあっても、ジャスティン自身からは攻撃を繰り出そうとはしない。そんな彼女の戦法が長いこと続き、先にしびれをきらしたのは男の方だった。

 大きく身体をのけ反らせた後、彼は力一杯の一撃を振り下ろす。いくら腕の立つ騎士とはいえ、ジャスティンは女性だ。力技にはかなうまい、と踏んでのことだったのだろう。しかし、その渾身の一撃ですら、彼女は最後までかわしきった。ジャスティンの強みは、その身軽さにあった。

 男の剣が空振りしたその瞬間、ジャスティンは彼の手から剣を叩き落とす。そして、自らの剣の切っ先を彼ののど元に突き付けると、すうっと息を吸って勇ましく叫んだ。

「次っ!」

「こ、今度は私と手合せ願いたい!」

 二番手の男もすぐに現れ、ホール内では、絶えることなく真剣勝負が繰り広げられた。しかし、二番目の男も、ジャスティンの敵ではなかった。同じく、三番目も、四番目もそうだった。男たちも、決して弱いわけではなかったのだが、ジャスティンは、相手に合わせた戦い方を瞬時に捉えるのがひどく上手かった。この勘ばかりは、努力だけでどうにかなるものではなく、経験と、そして少なからず持って生まれたセンスが求められた。

 彼女の健闘ぶりは、実に見事なものだった。連戦続きであるにも関わらず、その集中力が途切れることはない。その冴えた動きは、彼女と実際に戦っている相手にも、また傍から観戦している者にも、思わず感嘆のため息をこぼさせた。それくらいに、彼女の動きは洗練された剣舞のように隙がなく、また芸術的でもあった。

 そして、対する男たちのほうも、剣技ではジャスティンにかなわないまでも、立ち居振る舞いや口ぶりは、非常に義や礼にあふれた好青年たちばかりだった。

 そもそも彼らは、ドラクロワの襲撃にも微動だにせず、危険をかえりみずこの場に残った、実に勇敢なる若者なのだ。婚約者候補の男たちは他にももっといたはずだが、襲撃時に逃げてしまい、その数もだいぶ絞られていた。

 しかし、ジャスティンを会場内に残したまま自分だけ先に逃げる男など、はなからろくでもない輩でしかない。つまり、ドラクロワのやったことは、結果として、男たちを正しくふるいにかけることにつながったのだ。実に皮肉なものだった。

 ジャスティンは、そんな男たちを負かしてはまた戦い、の繰り返しを延々と続けていた。彼女は本当に強かった。

 しかし、挑戦者たちが次々と負けていく中で、彼女もまた、確実に息が上がり始めているのは、傍から観戦している者にも見て取れた。

 カインは心底心配そうにジャスティンを見つめていた。それこそ、出来るものなら今すぐにでも止めに入りたい、と思うほど、ただ見ているだけというのは絶えがたいものだった。

 美しく結っていた髪も乱れ、肩で息をしながらだんだんとぼろぼろになっていくジャスティンの姿を見るのは、カインでなくても目を背けたくなる。それもそのはず、休む間もないまま精鋭の男を何人も、たった一人で相手にしているのだから、当然といえば当然のことだった。

 しかもジャスティンは女性だ。むしろ、ここまでもっただけでもかなりの大健闘だった。

「舞踏会ならぬ、武闘会だな、これじゃ」

 ウィーズが人ごとのように言い放つ。

「そ、そんなのん気なこと言ってないで。どうにか止めなくちゃ。何か良い手だては……」

「何言ってんだよ、カイン」

 ウィーズはそう言うと、カインの耳元に、やっと聞き取れるような低い声で、小さく囁いた。

「今の男の次くらいに行けば、お前にも勝てる見込みはある」

 カインは、最初ウィーズの言葉の意味が理解出来なかった。しかし、ウィーズに「次で行け」と肘でぐいぐいと合図され、そこで初めて、彼の意図を知って思わず叫んでいた。

「な、何を馬鹿なことを言ってるんだ! 今はそんな場合じゃないだろう!」

「は? お前こそ何言ってやがる。悠長に構えていられるほど、お前に余裕はねーだろーが!」

 逆に怒鳴り返されて、驚いたのはカインの方だった。

「ウィ、ウィーズ……?」

 少々遠慮がちになって問いかける。かたや、ウィーズの方は恐ろしく目が据わっていた。

「お前な。わかってんのか? なりゆきとはいえ、もうこんなチャンス無いんだぞ。敗者復活戦は一回こっきりだ。今を逃しちまうと、もう二度とめぐってはこないんだよ」

 そう言って、ウィーズはばんっと、勢いよくカインの背を叩いた。ちょうど、ジャスティンが今しがた闘っていた男を負かした瞬間でのことだった。

「ほら、行ってこいよ。やり口はとことん卑怯かつ卑劣かもしれないけど、もう手段なんて選べるような立場じゃねーだろ。男なら、ちゃんと気持ちぶつけてこい。勝ち取ってこい!」

「わっ、とと……」

 なかばウィーズに蹴られるようにして、ジャスティンの前に出されてしまったカイン。戸惑っていると、息も絶え絶えに鋭いまなざしを光らせているジャスティンと目が合った。まるで、追い詰められた獣のような瞳だ、とカインは思った。

「や、やあ、ジャスティン……」

 喋ることすらしんどいのか、ジャスティンが彼に言葉を返すことはない。

「あ、あのね、あの、えっと、僕は……」

 カインが言葉を濁していると、ウィーズが「はっきり喋れ!」と横やりを入れてきたので、カインも負けじと「うるさい!」と一蹴した。それから、カインはしゃんと背筋を伸ばして、息をすうっと吸い込んで、それから覚悟を決めたように、目の前のジャスティンに向かって言った。

「僕は……僕はね、ジャスティン。思ったんだ。やっぱり、どんなことをしても、譲れないものがある、って。だから……」

 そう言って、カインは静かに自らの剣を鞘から引き抜き、彼女に向けて、こう宣言した。

「君の強さはよく知ってるよ。たぶん、ここにいる誰よりも。でもね、悪いけど、今回は僕が勝たせてもらう」

 カインのその一言で、二人の決闘は始まっていた。

 普段から穏やかで、およそ人を傷つけることに無縁に見えるカインも、やはりファブリス家に生まれた男子だった。決闘となると、ひとたびまとう空気を一変させ、鋭い突きを何度も繰り出す。カインはこと剣技に関しては、意外なほどに強かった。

 それでも、互いが万全の態勢で打ち合えば、きっと分はジャスティンの方にあっただろう。しかし、消耗しきった彼女は、はっきり言ってカインの敵ではなかった。

 次第にジャスティンはどんどんと追い詰められ、防戦の一途をたどるばかり。それでも諦めずに、ジャスティンは必死に抗った。

 そんな矢先のことだった。突如、ジャスティンは身体に力が入らなくなる感覚に襲われ、危うく床に膝をついてしまいそうになっていた。なんとか押し留まるも、そのときも容赦なく降り注ぐカインの剣撃に、本当にかわすのが精いっぱいという状況に陥った。

(な、何だ……?)

 自分の身体が一瞬おかしかったことを不審に思うジャスティン。疲労ももちろん溜まりきってはいたのだが、どうにもそれによるものではないような気がした。それこそ、突然、外部から何か干渉を受けたような、ひどく奇妙な感覚だった。そう思いながらもひたすらに打ち合っていると、今度は腕が思うように振るわなくなり、また肝を冷やすような目に合った。

(……やっぱり何かおかしい。何だ、何が?)

 そう思って、はっとして振り返ると、露台の手すりに揚々と足を組みながら座っている、ドラクロワと目が合った。

 彼はジャスティンを見て、口の端をつり上げて小さく笑った。それは、ジャスティンにしかわからないような、わずかな表情の変化だったが、彼女はそれを見逃さなかった。

「あいつ……!」

 ジャスティンは唇をかみしめた。

(あいつ、まさか、私をわざと負けさせようとしているのか? 手を抜くなと言ったくせに、自分だけそんな卑怯な真似をして……!)

 そう思うと、ジャスティンは無性に腹立たしくなってきていた。理不尽な孤軍奮闘を強いられ、今まで必死に抗っていた自分が心底馬鹿みたいだった。いや、自分のことなどもはやどうでもいい。

 とにかく、なんでもいいから、とりあえずドラクロワを一発ぶちのめしたい。その性根の腐った根性を叩きのめしてやりたい。そんな思いが内から溢れてくるようだった。

 カインとの一戦の中で、もはやこれまでか、と弱気になりもしたジャスティンだったが、まるでそう思っていたのが嘘のように、自分でも驚くくらいに、みるみるうちに力が湧きあがってくるのを感じていた。言葉に言い表せないくらいのドラクロワへの怒りが、思いのほか彼女を強くした。カインの剣がはじきとばされたのは、そんな瞬間でのことだった。

 呆然とするカイン。だが、ジャスティンはもう、何にも構うことはなかった。

 ただ、勢いよくドラクロワの方に向き直ると、彼女は自らの剣先を彼に突き付けて、こう言った。

「ドラクロワ! 降りて来い!」

 ただっ広いホール全体に響き渡るような怒声で、彼女は叫んだ。

「降りて来い! そんな高みの見物など許さない! 降りて、今度はお前が私と決闘しろ!」

 彼女の言葉に、人々は度肝を抜かれた。それでも、ジャスティンはそんなことなど一切気にせず、ひたすらまっすぐ視線でドラクロワを射ぬいていた。

 しかし、ドラクロワはジャスティンの必死さをあざ笑うように、彼女の言葉を一蹴するだけだった。

「決闘だと? お前とこの私が? はははは。なかなかに笑える冗談だ。まるで、塵のような蟻が象に挑むような……」

「私は本気だ」

 ジャスティンもまた、ドラクロワの言葉をはねつけていた。

「それとも怖いのか、私に負けるのが。塵のような蟻に負けるのが。よもや、『外道大魔導師ドラクロワ』の名も、所詮ははったりか?」

「何?」

 ドラクロワが眉間にしわを寄せて、怒りを露わにするのが見て取れた。

思ったよりも簡単に食いついてきた相手に、ジャスティンはひそかに不敵な笑みを浮かべていた。

 ジャスティンにまんまと誘導されたということに気づいていないのか、それとも気づいていながら、それすらもどうでもいいと思っているのか、ドラクロワは、ついに露台から飛び降りていた。そして、彼は地上にその二本の足をつけ、それからひどくご立腹な様子でこう言った。

「いいだろう。お前の相手をしてやる。ただし、私にそれだけの大口を叩いたのだ。当然、それなりの覚悟はできているのだろうな」

 今宵の真の宴の始まりだった。

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