八欠片目『日蝕』
僕はまだ…殺し足りない
『日蝕』
「ふぅ…終わっ——おまえなにして…ぅ゙…やばいたおれそう……」
「技の反動なのか知らないけど好都合だよ……僕はこれから『陰』となる。日を浴びるこの身を影に捧げて、君達を鏖殺するよ。残念だけどそこに美学は何も無い。僕の意識も影に捧げるからね」
「おまえ…きゅうにしゃべるな?」
「…………開き直りさ。最後に名を名乗るよ……チギリ、顎と書いて顎だ……」
チギリの自殺にも似た宣言に、遺言のような名乗り、そして隠し球の曝露。
これらを聞いてもなお、ノアには思うことは何もなく、ただただ余裕があった。
一方でチギリの心境は言葉よりも複雑であった。
僕だって出来ることならやりたくは無い……
これは狩人なんてかっこよさは皆無でただただ暴れるだけの獣と同じ……
だけどこれしか方法は無い。だって、僕のハンターとしての感が告げている、『この傷は塞げない』と…
はぁ…せっかくすぐ横に泣き別れになった下半身があるのに、この特性は意識がある方しか取り込まない…勿体無いね……。
「じゃあ…さようなら。星の子——」
瞬間、虎挟みが閉じるかのように影がチギリを呑み込んだ。そして…影はそのまま染み込むように人の形を成していく。足りない下半身を影で補い立ち上がる。
その存在を前にノアは——
「アルマ?」
その問いに『陰』は応えない。返事の代わりに——
——突き刺した——
「ぐぉ゙っ゙……かはっ……」
ランス状へ変化させた腕による刺突。その行動には、敵意も、悪意も、殺意も何も無い。
人が居たから刺した。それだけの事。
「はぁ゙…はぁ゙…『一等……』」
ノアが足を上げ始めた直後、勢いよく振り払う。
そのままゴロゴロと転がり、木へとぶつかる。
「ひゅぅ……ひゅぅ……」
浅くなる呼吸に霞む視界、朧気になる意識の中で戦斧と化した陰の腕が振り下ろされる——
『掌底菊一!!』
「か……ぐ…」
「喋んなノア!!」
不味いな… ノアの腹、ありゃ内蔵まで行ってる…
燃やして止血じゃすまねぇぞ。それにコイツ…完全に『陰』になってやがる……幸い下半身は転がってるから朝日が昇れば追ってはこれねぇが…
その前に俺が潰れる… 仮に俺が耐えたとしてもノアが保たねぇ……
【日蝕——上級魔人の特性。自身の肉体を影が取り込み、光による消滅を無くし一切の攻撃を受け付けなくなる】
ただし意識の及ぶ部位のみを取り込むため、切り離された部位は放置される。
なにより、光で消滅しないのはあくまで肉体を取り込んだ部位だけであり、今回の場合は神楽の読み通り日が昇れば下半身の影が消え、移動出来なくなる。
「ハァァ…だから夜の魔人戦は嫌なんだよ…な゙ぁ゙!!『劫拳』!!」
拳から真紅の炎を揺らめき出す。圧倒的に不利な状況、勝率は五分と無い。
だが、それでも……
「神気こそ無いが、あいにく魔力は多くてな゙ぁ゙ぁ゙!!
持久戦と行こうぜぇ゙!!テメェが動けなくなるのが先か、俺がミンチになるのが先かぁ!!」
胸を張り、炎を滾らせ、拳で鼓舞する。
その身尽きる時まで闘志を燃やす。
「かぐ……ら…」
「ノアッ——」
ノアの呼び掛けに思わず振り返りかけたその瞬間、神楽の顎下目掛けて影が突き上がる。
「ぶっねぇ…、生け花にする気かよ!!」
(チッ…あぶねぇからノアから離れた位置でやりてぇが…… 下手に離れたらノアに狙いが移るうえ、守れなくなる)
「…………?」
生花という単語の意味がわからないのか、陰は首を傾げる。どうやらチギリの意識が無くなっただけで思考回路自体は残っているようであった。
だが、思考できると理解できるは別の話であり、反応するから対話が可能とは限らない。
当然、隅のように名前を聞く事など不可能である。
「『陽光身傷』使えば勝てるが………」
(死にたくねぇしなぁ〜
正直、俺一人なら逃げるのは容易なんだよなぁ。
たとえ魔力まで底をついても、逃げるだけならどうとでもできる。まっ、ノアおいてけないから無理だが)
「…?…?…?」
考え込む神楽だが、陰の攻撃をまるで宴舞でも披露するかの如く、ヒラリハラリと躱している。
その光景に陰はなぜ当たらないのか不思議そうに首を右へ左へと傾けている。
「ハァァ…こんな長げぇ夜は久々だよ。」
「…?…?…?」
「山火事は避けたかったんだが、お前の中距離からの急所狙いも飽きたんでな。ここら燃やして近距離で——」
瞬間、背後から放たれる異質な気配に神楽だけでなく陰までもが動きを止めた。
そして——
一瞬にして背後から現れた光は昼と見紛うほどに周囲から影を、闇を、黒を、奪い去る。
「…?!…?!…?!」
「後になにが……いやがる…」
冷や汗が流れる。体が小刻みに揺れる…。
それは、緊張からか、はたまた武者震いか。
否、これは本能的な恐怖からくる震えであった。
「か…ぐら…はぁ…はあ…」
(ノアか!?……起き上がれる状態じゃないはず…
確かめたいが……今…振り向いちゃいけねぇ気がする)
「がぅ゙はぁ…はぁ…神楽、ちょっと…」
「ノアァ!!お前、動ける状態じゃ無いだろ?寝てろ、死ぬぞ」
「か…ぐら…がぅ…ぁ゙ぁ゙…『退け』」
「ッ——」
『小銀河・五芒星』
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◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【統神暦3822年、菊月、21日】
ノアが眠って三日。未だ起きる様子はない。
今はノアが最後に放ったフルモスだかって攻撃で出来た道…もとい山だったものを真っ直ぐに進んでる。
あの時のノアの一撃は凄まじく、光の柱?って言ったらいいのか?いや、横向きだったし……霹靂神の雷鳴咆華が近いかも知れない。
まぁ、なんにせよ、たった一撃で『陰』もろとも山を消し飛ばして森の外への直通路を完成させちまった。
腹に穴開けてたはずなのに、倒れたノアは腹どころか服まで直ってた。
本当に何者なのか分かんないことだらけだが、今はただ元気な姿を見せて欲しい。
「うしっ、こんなもんだろう…」
神楽は湯飯で倒れて以来、約三日ぶりに日記を綴っていた。日記は幼い頃から続けている日課であるが現在は火鈴への土産話のメモとしての役割が大きい。だが、今回はかなり自身の思いの捌け口の様な感想文に近かった…。
「はぁ…慣れたつもりだったんだがな……。
静かなのはやっぱ寂しぃぜ…なぁ、ノア…早く起きて騒いでくれよ…」
月影る夜空見上げながら、眠気に誘われ夢現と神楽の意識は沈んでいった。
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「くわぁぁ…朝か…。………鳴いとくか」
空が明るくなった頃、神楽が目を覚ます。
軽く体を伸ばし、深く息を吸い…そして——
「コォケクォックォォォ」
森中に木霊する朝の知らせに、鳥や兎といった小動物から、鹿や熊といった大きめの動物も足音を立てて逃げ去っていった。
「………行くか」
何も無かったかのように平然とした表情を浮かべ、神楽はノアを背負い再び歩き始めようとした。
だが、その時——
空が一瞬にして暗くなり、夜の帳を下ろす。
「な、なんだ!? 夜か——日蝕…?」
「鳳炎神楽…」
突如として背後に現れた人の気配に驚きつつも、聞き覚えのある声に振り返る。
そこに立っていたのは…決して忘れられるはずのない、夢にまで出た、隻腕にした『魔神』の姿だった。
「ッ——久しぶりなとこいきなりで悪いが、俺達をこの山に攫ったのはお前か?お前の影は長距離移動できたろ?」
「……俺を見ての第一声がそれか…鳳炎神楽」
一瞬、魔神は驚くような反応を見せるが、すぐに能面へと戻る。その語り口からは予想外だと言わんばかりのものである。
「まぁな。聞きたいことは色々あるんだが、優先順位ってやつだ。まぁ、答えねぇなら別の——」
「違う」
「おん?」
「俺ではない。確かに、お前達を連れてくるよう命を受け、湯飯へ向かった」
(命令…。また神からか?)
「そんで?」
「倒れているお前達を発見し、接近しようとした時だ…
突風…いや…強風…名状し難いが竜巻程ではないにしろ、強い風がお前達を攫った」
風、誘拐、そこから連想されるものに神楽はいくつか心当たりがあった。
一つは天狗の神隠しであり、大和では天狗が風を起こし人を攫う被害があると幼い頃に蒼龍から聞いていた。
そして、もう一つは——
「………。豪風…」
「豪風?あぁ、そうだな、豪風だ。これ以上ない表現だ」
「………。次の質問だ、この日蝕はお前の仕業か?」
「違う。ただの偶然、自然現象だ」
「そうかぁ、俺は随分と低い確率を引き当てたもんだな。運がいいのか悪いのか、気分的には凶だな」
軽口を叩く神楽だが、その表情には一切の油断は無く、決して侮ってはい相手として魔神をその目に捉えて離さない。
「質問は以上か?」
「……最後にもう一つだけ聞きたい。お前の名前はなんていうんだ?」
「ッ………墓にでも刻むのか?」
「誇りなんだろ?『人』の方の魔人から聞いた」
誇り。神楽のその言葉に魔神は一瞬だけ寂しそうな笑顔を浮かべた。
「…怯えと書いて怯だ」
「……そうか…。やっぱお前、使徒向いてねぇよ」
アヤメの能面面に僅かに寂しさが滲んだ……。
一拍程の静寂の後、アヤメが呟く——
「…………構えろ。『狂器暗影』」
影はゆらりゆらりと形の定まらない泥のように揺れながら、植物のように伸びていく。
腰辺りまで来たところで、アヤメはそれを握り締めた。
瞬間——泥が弾けるように『剣』が現れる。
「……出たな、『影器・転影剣』」
「てん…なんだそれは」
「お前の剣の事だ。名前ないみたいだからな、勝手に付けた」
「………転送する影の剣で転影剣か……悪くない」
「気に入ってもらえたようで何よりだ。そんじゃ俺も、本気で構えさせてもらう。『炎武』」
左拳を前に向け、少し足を開く。瞬間、拳と足が発火し炎が揺らめき立つ。
その構えにアヤメは疑問の色を見せる。
「………使わないのか? あの日、俺の左腕を飛ばしたように」
「ん?あぁー、あいにくあの日に溶けたので最後だ。
代わりになりそうなのもねぇから使ってねぇよ」
「そうか…難儀なことだな……」
張り詰める空気、舞い散る落ち葉が地に落ちる——
『木枯らし紅葉!!』
『…………』
木枯らしによる瞬間火力の一撃を、アヤメは剣を地面に突き刺して“素手”で受け止める。
止まることなく神楽は畳み掛ける。
『連炎椿!!』
『………』
威力の上がり続ける連撃にも“素手”でいなしていく。
(っ…50回は殴ってるってのに、剣すら使わねぇとか…
連炎は最初の一発から途切れない限り回数を重ねる毎に威力が増す…つまり今は最初の50倍なんだが…)
「………重いな…」
58発目がいなされた瞬間、顔面目掛けて蹴りが迫りくる。
間一髪、防御が間に合い蹴りを防ぐ。だが、体勢を立て直そうとしたその瞬間、アヤメは剣を掴み体を捻る——
(やべっ…逆袈裟—— クッ…避けるな、叩き込め!!)
『|鉄槌菊一!!』
「!!…………避けずに弾くか…」
叩きつけるように剣を殴り付ける。刃による切断を防ぐため、神楽は拳に神気を纏わせ刃の通りを防いでいた。
(今日は曇か……だったら30分もすりゃ日蝕の陰りは終わるか?
影さえ消えればノア連れて逃げる事くらいはどうにかできるはずだ…… だが、今のままじゃやばいな……)
「はぁ…やっぱ、炎武だけじゃ駄目だな。温存しときたかったが、やるか…」
瞬間——手足の紅炎は色を変え、黄炎入り混じる橙炎となり、その範囲を広げる。拳の炎が腕を覆い、足の炎は膝を覆う。
そして、その眼は黄炎を宿す。
『炎爛』
「………ものにしていたか」
「あの日のあと、出来るようになるまで叔母さんにひたすらシバか——いや…しごかれたからな……」
「……そ…そうか…アレにやられたか……」
叔母の話にアヤメは憐れみのこもった視線を向ける。
その視線に少々複雑さを覚えつつも神楽は一つの確信を得る。
(やっぱコイツ、殺す気ねぇな。さっきから防ぐ、躱す、いなす、ばっかで攻撃してきても気絶狙いの頭だ……。逆袈裟も咄嗟に反撃したが、ありゃフェイントだな。本気で斬るつもりなら、出だしの遅れた拳じゃ弾き返せなかった。つまり狙いは生け捕りか?てことはこの勝負、俺が動けなくなったら負けってことだな)
「………その技は消耗が激しい筈だが、皆既があと15分もすれば終ると踏んでか?」
「答え言う前に言い当てるとか、大道芸だと嫌われるタイプの客だぞそれ」
「そうか…どちらにしろお前達は逃げられないぞ……」
「お前の『遺影』は確かに厄介だが日が出てたら使えないだろ?」
神楽が疑問に思ったその時——鼻筋に冷たい感覚が落ちる。
「ん、冷たっ……ッ!!……このタイミングでか、このタイミングで…雨なのかよ」
なんとか更新、間に合いました!!
今まで野良との戦闘が多く、なかなかストーリーが進みませんでしたが、ここからは使徒との戦闘がメインとなっていきます!!
それでは、また次回。シースー。




