第53話:フタバが番組を始めた
旅行から戻り、数日が経過した。
俺たちの聖域には、再び穏やか(?)な日常が戻ってきていた。
「マジカル・農耕・キックー!!」
ドゴォォォォォンッ!!!!!
裏山の方から、盛大な爆発音が轟いた。
見れば、フタバがピンクのフリフリドレス――『魔法少女フォーム』に身を包み、巨大な岩を粉々に粉砕して遊んでいた。
その背後では、弟子入りした天才少年・レオンハルトが、飛び散る岩の破片を必死に魔法障壁で防いでいる。
「さ、さすが師匠……! 岩山を豆腐のように……!」
「レオンお兄ちゃん、つぎはあの雲を消すよ!」
「えっ、気象操作ですか!?」
……元気で何よりだ。
俺は縁側で茶を啜りながら、その光景を眺めていた。
フタバの魔法少女ごっこは、日課となっていた。本人は「みんなに見せたい!」と張り切っている。
「おじ様! 素晴らしいものを持ってきましたわ!」
そこへ、ローズが意気揚々とやってきた。
彼女が抱えているのは、禍々しい紫色のオーラを放つ、巨大な水晶玉だ。
「なんだそれ。また魔界通販か?」
「いいえ! お父様が開発した最新鋭の魔道具『全世界投影水晶』ですわ!」
ローズがドヤ顔で水晶をテーブルに置く。
「これを使えば、通常の配信プラットフォームを通さず、魔力波に乗せて世界中の水晶玉や魔導端末へ、直接映像を送りつけることができますの! 本来は『世界征服宣言』をするための演説用機材ですけど」
「物騒なもん持ち込むなよ」
俺は眉をひそめた。いわゆる電波ジャック用の機材じゃないか。
「でも、フタバちゃんが『魔法少女の活躍をみんなに見せたい』って言ってたでしょう? ご安心ください、設定を『強制介入モード』から『任意視聴モード』に切り替えればいいのですわ! 任意視聴モードなら、映像はただの『野良電波』として漂うだけ。見たい人が波長を合わせない限り、勝手に映ることはありませんわ」
「ふむ……野良配信か」
俺は少し考えた。
魔界の野良電波なんて、人間界の一般人が受信できるわけがない。
「……分かった。少しだけだぞ」
「わーい! パパありがとう! レオンお兄ちゃん、カメラマンね!」
「は、はい! 光栄です!」
俺は許可を出した。
だが、俺たちは一つ、重大なミスを犯していた。
この水晶玉が、俺の魔力に反応して――かつて100万人以上の登録者を抱え、現在は休止中となっている伝説のチャンネル『ジン』のアカウントと、勝手に同期してしまったのだ。
――その頃、世界各地。
王国の街角、帝国の酒場、学園の寮。
人々は退屈していた。
数ヶ月前まで毎日の楽しみだった「謎のおっさん」こと、ジンの配信が、ぷっつりと途絶えていたからだ。
「あーあ、おっさん引退しちゃったのかなぁ」
「あのフェンリル動画、癒やしだったのに」
「勇者ざまぁ回とか伝説だったよな……」
多くのファンがおっさんロスに陥っていた、その時だった。
ピロリンッ、ピロリンッ、ピロリンッ……!!!
世界中に存在する数億という端末――通信機能を持つありとあらゆる水晶玉や魔導スマホが、一斉に通知音を鳴らした。
画面に表示された文字を見て、人々は我が目を疑った。
【生放送】チャンネル『ジン』が配信を開始しました。
「えっ!?」
「『ジン』って……あのおっさんのチャンネルか!?」
「き、来たぁぁぁぁッ!!」
「復活だ! 謎のおっさんが帰ってきたぞ!!」
歓喜の声が世界中で上がった。人々は慌てて端末を開く。
だが、次の瞬間。
ブツッ! ザザザッ……!
全ての端末の画面がいきなり赤く染まり、緊急演説モードによる強制ジャックが作動した。
「うわっ!? 勝手に画面が!」
「操作できないぞ!? なんだこの魔力干渉は!?」
混乱する数十億の視聴者たちの画面に映し出されたのは――いつもの焚き火と髭面のおっさん、ではなかった。
『愛と勇気と野菜の使者! マジカル・フタバ、参上!』
バァァァァン!!(背景爆発)
フリフリのピンクドレスを着て、背中から光と闇の翼を生やし、極太のビームを放つ幼女の姿だった。
『え?』
『誰?』
『おっさんは?』
『ていうか、背景の山が消し飛んだぞ今』
コメント欄が困惑で埋め尽くされる。
その時、画面外から聞き覚えのある、気だるげな声が聞こえた。
『おいローズ、緊急モードのランプが光ってないか?』
『あら、いけませんわ。お父様の初期設定が「人類支配モード」になってました』
『……人の家のテレビを勝手にジャックするな。迷惑だろ』
プツッ。
強制モードが解除され、ようやく「任意視聴モード」に切り替わった。
だが、人々はブラウザを閉じなかった。
閉じられなかったのだ。
画面の中の幼女が、あまりにも規格外すぎたからだ。
『いくよー! マジカル・農耕・スマッシュ!』
フタバがピンク色のクワを振るう。
ただそれだけで、巨大な岩盤が粉砕され、衝撃波で森の木々がなぎ倒された。
レオンハルトのカメラワーク(手ブレ補正魔法済み)が、その迫力を余すところなく捉える。
『すげぇ……!』
『なんだこの映像!? 最新の特撮映画か!?』
『CGのクオリティが高すぎる』
『この子、おっさんの娘か!?』
『可愛い顔してやってることが破壊神なんだがwww』
休止期間を経て、飢えていたファンたちが一気に食いついた。
コメントの流れる速度が加速する。
『神回確定』
『おっさん、育児休暇だったのか!』
『このクオリティなら待った甲斐があったわ』
『投げ銭したい!』
視聴者たちが「応援ボタン」を探す。
しかし、そこで異変が起きた。
ボタンを押した瞬間、エラーメッセージが表示されたのだ。
【エラー:不正な外部ツール(魔界製)の使用を検知しました。セキュリティ保護のため、課金機能を一時ロックします】
『は?』
『不正ツール扱いワロタwww』
『セキュリティに引っかかってんじゃねーか!』
『おい運営! 金を受け取れ! 俺の感動を金額で表させろ!』
そう。ローズが持ち込んだ最新鋭の水晶玉が、プラットフォームの解析不能な「チート機材」と判定され、収益化機能だけがBANされていたのだ。
画面の中では、フタバが無邪気に手を振っている。
『見てくれた? えへへ、またねー!』
その笑顔の破壊力。
行き場を失った視聴者たちの「貢ぎたい欲求」が、ネットの海で渦を巻き始めた。
俺はまだ気づいていなかった。
この配信が、世界中の富豪や権力者を巻き込んだ「物理的投げ銭パニック」の引き金になることを。
「ふぅ。こんなもんでいいか。……ん? なんかコメントの流れが速くないか?」
俺が首を傾げたところで、初回の「マジカル配信」は終了した。




