第38話:英才教育は「帝王学」か「農作業」か
子供の成長は早いと言うが、ウチの娘の場合は早いの次元が違った。
キャベツから生まれて一週間。
フタバは既に、人間の3歳児くらいの外見に成長し、片言の言葉を話し、元気に庭を走り回っていた。
「パパ! 見てー! ダンゴムシ!」
フタバが小さな手の中を見せてくる。
そこには、彼女のあふれ出る魔力を受けてテニスボールサイズに巨大化したダンゴムシがいた。
「……うん、大きいな。元の場所に返してきなさい」
「はーい!」
タタタッ! と音速で走り去る背中を見送りながら、俺は縁側で茶を啜った。
Sランク食材と魔石を主食にしているせいか、身体能力が既に冒険者レベルだ。
そんなフタバの将来を案じて、今日、三人の教育ママたちが立ち上がった。
「ジン様! これ以上、フタバちゃんを野放しにしてはいけませんわ!」
鼻息荒く宣言したのは、アイリスだ。
彼女の後ろには、大量の厚い本を抱えたローズと、タブレットを持ったルミナも控えている。
「この子は将来、世界を背負って立つ存在になります。今からしっかりとした『英才教育』を施すべきですわ!」
「なるほど。で、何を教える気だ?」
俺が聞くと、三人は待ってましたとばかりに主張を始めた。
「決まっていますわ! 『帝王学』と『淑女のマナー』です!」
アイリスが扇子を開く。
「まずは正しいお辞儀の角度、ナイフとフォークの使い方、そして貴族社会でのマウントの取り方……王族として恥じない品格を叩き込みます!」
「甘いですわね、アイリス」
ローズが冷笑する。
「この子に必要なのは『力』。すなわち『攻撃魔法』と『闇の覇道』ですわ。敵を視線だけで威圧し、指パッチンで爆殺する方法を教えます」
「えー、どっちも物騒だなぁ」
ルミナが口を挟む。
「やっぱり『神学』と『奇跡』でしょ! 水をワインに変えたり、死者を蘇生させたりするパーティトリック……じゃなくて、奇跡を教え込みましょう!」
……ろくなのがねぇ。
俺が止める間もなく、フタバへの「地獄の詰め込み教育」が始まってしまった。
まずはアイリスのターン。
「いいですかフタバちゃん。スープを飲む時は音を立てず、手前から奥へ……」
「あうー?」
フタバはキョトンとして、スプーンを握りしめた。
そして――ガリッ。ボリボリボリ。
スプーンごとスープ皿を齧り砕いて飲み込んだ。
「……美味しい!」
「ひえぇっ!? 王室御用達の銀食器が!?」
次にローズのターン。
「フタバちゃん、このカカシに向かって魔力を放ってみて? イメージは『全てを灰にする』ですわ」
「はい!」
フタバが無邪気に手をかざす。
ドォンッ!!
カカシどころか、背後の山が一つ消し飛んで更地になった。
「……素晴らしい才能ですわ」(冷や汗)
「やりすぎだバカ者!」
最後にルミナのターン。
「フタバちゃん、この枯れたお花さんを元気にできるかな?」
「うん!」
フタバが手をかざすと、枯れた花は瞬時に復活し――さらに進化して、触手を持った食人植物に変貌し、ルミナに噛みついた。
「痛い痛い! 進化の方向性が違う!」
――結果。
フタバは混乱していた。
「うぅ……」
庭の真ん中で、フタバが涙目になっている。
「お辞儀しながら……爆発させて……お花さんをいじめるの……?」
「違うぞフタバ。全部忘れろ」
俺は三人のママたちを説教部屋(正座)に送った後、フタバの手を引いた。
「フタバ、パパが一番大事なことを教えてやる」
「パパの……お勉強?」
「そうだ。ついてこい」
俺が連れて行ったのは、家の裏にある畑だ。
そこには、雑草が生え、土が固くなっている未開墾のエリアがあった。
俺はフタバに、子供サイズの小さなクワ(ライオネル特製)を手渡した。
「いいかフタバ。礼儀も、魔法も、奇跡も、全ては『生きる』ための手段に過ぎない」
「いきる……?」
「そうだ。そして生きる基本は『食う』ことだ」
俺は自分のクワを振り上げ、ザクッと土に入れた。
「土を耕し、種を蒔き、育てて、食う。これが出来れば、王様がいなくても、魔法がなくても生きていける。……やってみろ」
フタバはおずおずとクワを持ち上げた。
そして、見よう見まねで土に振り下ろした。
ドスッ。
小さな腕から繰り出された一撃は、驚くほど深く、鋭く土に食い込んだ。
アイリスから教わった「体幹の良さ」。
ローズから学んだ「魔力放出」。
ルミナから受け継いだ「土への祝福」。
それらが無意識に統合され――
「……たのしい!」
フタバの目が輝いた。
彼女は夢中でクワを振るった。
ザクッ! ザクッ!
彼女が耕した後ろから、土が黄金色に輝き、植えてもいない種が勝手に芽吹き、高速で成長していく。
「すごい……! 歩くだけで豊作になる『豊穣の神子』ですわ!」
「魔法を農作業に転用するなんて……天才か?」
戻ってきた三人のママたちが絶句する。
フタバは泥だらけになりながら、満面の笑みで俺に駆け寄ってきた。
「パパ! 畑、たのしい!」
「そうか。いい顔だ」
俺はタオルで彼女の顔を拭いてやった。
帝王学も魔道も結構だが、やっぱりウチの子には泥が一番似合う。
「よし、今日からお前は『農民見習い』だ。ライオネル師匠の下で修行するぞ」
「はーい!」
こうして、最強の英才教育バトルは、農作業という最強の結論に落ち着いた。
フタバはクワを片手に、今日も元気に大地を破壊……いや、耕している。
だが、俺たちは忘れていた。
子供の仕事は、遊ぶことと、もう一つ。夜泣きがあることを。




