第6話 : 知覚、そして醜愛
自分たちの体の変化を受け入れ、対処を優先して急ぐ研究員。
《ネコの意識》
隕石が不穏なことを口にした。隕石とこの異様な報告はやはり、偶然ではなく因果関係があるのだろう。真実はまだわからないのかもしれないが私の直感がそう告げているのだ。
室内の霧の密度が高くなる。これはおそらく隕石の体を構成している粒子のようなものが霧散しているのだろう。そして我々の体内に入り情報がたちまち脳に入ってくる。これがいわゆる物語に出てくる“脳内に直接!”と言うやつだろうか。
これは…
体の中の、組成に関わる部分が根こそぎ熱くなる。体が足から頭を目掛けて稲妻のように熱くなり、そして情報は完結する。どうやら皆もそれぞれに体感したらしい。何故か分かってしまう、もう私は以前の私とは違う。異様なまでの今日の出来事の連続と、今の情報の完結で完全に脳内の回転が必要のなさ故か停止する。
“不確定要素”
まず脳内に伝わってきた情報だ…のだがその詳細はうまくまだ言葉にできない、文章などではなく体の動かし方や瞬きのような、感覚として情報が肉体に刻まれてしまったようだ。ざっくり知覚できたのは、その名の通り不確定要素を作り出せる力を得た、と言ったところ。ここだけを聞いてしまうと全くもって意味不明なのだが、漫画やアニメの世界の超能力のようなものが手に入ったようで、それを私は疑うことができない。研究者として長年過ごしてきた身なのだが、この隕石を見ていると尚更だ。
隕石「遅かった…」
隕石「もうあなた達の体には既に、“このDNA”が置き換わっている!」
研究者A「私たちの身に一体何が…?」
隕石「このDNAは、この報告書にある通り見た限りでは二重螺旋構造の組成しかありません。そして私の“知覚している”事を加えると、このDNAは人間の本来のDNAをコピーしてそっくりそのまま置き換わってしまう。」
研究者C「で、ですが仮にそうだとしても、そっくりそのまま置き換わるのであれば問題はないのでは?完全なコピーだとして、拒絶反応が起きて死んでしまうわけ度もないようですし…」
隕石「この物理を超えたDNAは、そのままの意味で完全に現実的な物体では無いんです。それが、コピーした状態になると骨組みは非現実的な物体のままで中身の人間に関する部分だけを取り込み、混ざってしまう。」
隕石「そしてどんどんと恐ろしいまでの速さで置き換わって行き、完全に組成の半分が非現実な状態になると脳に結果を報告するんです。皆様はもう自分の非現実的な力を理解させられたでしょう。」
研究員B「まさか…」
そう言った研究員は背中から鳥のような羽が生え、さながら天使のように風を我々に運ぶ。
それは脳内に刻まれた情報を疑問から真実へと昇華させ、隕石落下と同様の不可逆さを実感させてくれた。
隕石「こうなってしまった以上はもう、後手に回らないように対策を投じていくしかなさそうですね。」
研究員A「もう隕石…さんは普通に会議に同席するんですね。」
もはや当たり前かのように研究員達と同じように席に座る隕石に研究員が声をかける。
隕石「もうこの非現実に日本がなりかけているのに、事を理解できている人間…というか生命が私しかいませんからね。」
◇◇◇
もう日本の警察や自衛隊では対処も予想もできない、隕石とともに降り注いだ非現実的な変化により、全く新しい政府下組織が必要になると結論づけた研究員の面々はその日のうちに文面を揃えた。
“これから”に適応していく為に。
当初は困惑なのか疑念なのか、隕石の体や組成我々に起きたこと。そして予想される日本の今後について伝え見せたが、受け入れられなかった。
もし今この時に研究員達が望んだ新体制がスムーズに受け入れられたら、被害は最小限に済んでいたのかもしれない。しかし認められたのは日本中に”DNAの効果”が現れ、過去最大の暴徒化が進んだ後だった。
町は非現実的な肉体の変化より、犯罪に特化した効果が現れた人間達による大規模テロや軽犯罪が爆発的に行われ、各家庭や人身事故、中小の企業の被害総額は延べ30兆円近くにまでなった、
それでも政府の認可が下り、組織が設立した直後から問題は解決した。
それまで隕石は人間の恐怖心や責任、権利や情勢等の知識をネコの脳構造から吸収し、自分が例えできたとしても行動に移してはいけない事を理解していた。日本国の許可が得られるまで引き金を引くべきでは無い、と。
暴徒化が解決した理由は隕石の計算された金属性にある。
◇◇◇
今まで日本の空は澄み渡り、平和なこの国の空に浮かぶのは雲や飛行機、あってもヘリくらいのものだろう。だがこれからは無数に浮かぶ空中城が加わることになった。全体の建材に隕石の粒子を含むこの空中城は、新たな防衛・防犯技術として君臨した。一つの市に平均三城用意され、隕石の独自磁場により常に対流圏付近を飛行する要塞で、主砲複数やレーダー、ホーミングミサイルは隕石の構造模倣技術で転用され、サテライトスキャンも可能であり隕石の意識と深く結合されているので日本中の状態が隕石には把握できるようになった。犯罪が起きた場合迅速に対処する為に、目的地付近に接近の後隕石の複製隊が続々と投下・必要であれば攻撃、捕縛を行う。空中城に一時仮連行し、小型の輸送船を警視庁上空の本丸に運び込まれ、厳重投獄される。
この一連のシステムの総称として“ヨハネ”と名付けられた。
◇◇◇
本来人間が行おうとすれば果てしないほどの予算が必要となるが、上述した計算された金属製が可能にした。隕石は複数の特性があることが確認され、ほぼ無制限の粒子の増殖、各粒子の意識の分離や統合。一粒に粒子の直径がクォーツ粒子の千分の一もなく、間違いなくこの宇宙で最も小さい粒子。
そんないつでも国家を支配できる力がある隕石の実質的犯罪対策権の委任を許したのは、生物的敗北だけでなく極めて人間性がある為であった。
◇◇◇
加えて隕石はもう隕石ではない。上層部が研究所で記録された、隕石の涙を流した映像に衝撃を覚えたところから、”泣く星”と呼ばれ始め段々と砕けた言い方になり“CRYSTAR”(クリスタ)と呼ばれ始め、今やその名を誰もが知っている。
同時にこの一世紀。新たな時代の始まりの名前ともなる。