才能の在処。その精髄。
■◇■
隻腕王ゾーオス。
それは、かつて大国を治めたとされる王の名である。
生まれながらにしてその身は隻腕であったが、しかし同時に強大であった。
曰く、その五指は全てを穿つ。
その指は火の剣であり、水の槍であり、風の矢であり、土の斧であり、光そのものであったと。
その腕は万象を穿つ、最強の武具であったと。
事実、ゾーオスは一生において無敗であった。
強大な魔物にも、悪辣なる化生にも、時には自然そのものにも負けなかったとされている。
ゾーオス自身は魔術師ではなく、彼の力も魔術ではない。
現代では生得魔術と呼ばれる、彼自身が有する力である。
そして、〈万世穿つは王が五指〉はその再現。
隻腕王の御業を魔術にて再現したもの。
故に当然、この魔術にも王の特性は引き継がれている。
魔術としての〈万世穿つは王が五指〉は貫通特性を有している。
しかし……
「――――――」
ゼルマが放った炎剣は後一歩届かず。
クリスタルが生み出した水晶の防壁によって遮られていた。
たった今、クリスタルの〈千年水晶柱〉を貫通せしめた筈の炎剣が一枚の薄壁に防がれる光景。
それは確かに違和感を覚えずにはいられないものだ。
込めた魔力量で言えば、〈千年水晶柱〉の方が、今クリスタルの目前にある壁の何倍も多い。そもそも魔術式の密度からして格が違う。
(―――どうして)
クリスタルの中で疑問が生じる。
彼女の好奇心が、理由を知りたいと訴える。
だが、それ以上のことが起きている。
「 ふふ」
透き通る水晶壁の裏側で、クリスタルが魔力を滾らせる。
炎が掻き消え、壁が崩れ落ち、その破片が空間に舞う。
「〈結晶刃〉」
水晶の破片が、今まで壁であった筈のものが今度は刃となって襲い掛かる。
目標は当然一人。眼前の魔術師目掛けて飛翔する。
鮮血を滴らせるゼルマ・ノイルラーは誰がどう見ても瀕死の状態である。
流石に回復の魔術はかけているのだろうが、それでも流れ落ちる血液の量は凄烈だ。
これがもし、大会の様な公衆の面前であれば試合は無理にでも中断させられていたかもしれない。
魔術師同士の研鑽は推奨されていても、魔術師同士の殺し合いは禁忌。それが最高学府の掟だからだ。
だが、これは非公式の争いだ。
そしてクリスタルは決して手を抜かない。それは彼女の性格もあるが、それだけではない。
彼女は期待しているのだ。彼女は信じているのだ。
目の前の魔術師が、ゼルマ・ノイルラーという一人の魔術師が。
まだ終わっていないということを、信じているのだ。
破片の一つ一つは大した威力を有さない。単なる〈結晶刃〉と構造も変わらない。
だが先程までのそれとは大きく異なる点がある。
それは刃の全てをクリスタル自身が操っているということ。
例えば単なる石ころでも、人が使えば武器になるように。意思を宿した結晶の破片は、明確な意図を以て動き、ゼルマの身体を狙う。
だが、
(消え―――っ)
ゼルマの身体はその全てを回避し、撃ち落とし、弾く。
いつの間にか手に握られていた光剣が、破片を切り伏せる。
彼の身体は前進を止めず、破片の雨の中を一直線に駆け抜ける。
瀕死の状態とは到底思えぬ、動き。最小限の動作で、しかし確実に。
「〈身体強化〉〈水晶刀〉」
「―――ッ!!」
一瞬にして詰められた距離の優位。
水晶の刀と光剣が鍔迫り合う。
受け止めた刀剣の重みは互角。
振り下ろされた光の剣を水晶の刀が迎え撃った形だ。
だが、それすらも違和感だ。
「……お見事です」
「それは……光栄だな!」
ただ一言、彼女はゼルマへと称賛の言葉を送る。
世間話をする余裕は両者共に残されていない。
本来ならば、拮抗するこの瞬間に次の一手を指すべきだ。
だがしかし、彼等は自分の心を裏切ることはできない。
「―――ッ!」
一言を交わした次の瞬間、光剣が透明な魔力に弾かれる。
水晶の如く透き通り、鏡の如く魔力を反射する膜。
(これが例の魔術か!)
無詠唱で展開されたそれが、噂に聞くクリスタルの反射魔術であるとゼルマはすぐに思い至る。魔力を反射し、撃ち返す彼女の防御手段。
フェイム・アザシュ・ラ・グロリアを最期に打ち負かした、クリスタルの魔術陣。
言わずもがな、光の剣が魔力によって形成されたもの。
加えて、彼女の反射魔術は『鏡』の概念を以て現れる。
相性は抜群であり、同時に最悪。
いとも容易く光剣は跳ね返され、ゼルマの喉元に刀は迫る。
「クッ―――!」
それを身体を仰け反らせ、回避するゼルマ。
薄皮一枚分の間隔を空けて、水晶刀は空間を通過する。
「〈三重土槍〉!」
「〈結晶刃〉!」
ゼルマの背後に現れた土槍を、射出の寸前に結晶が迎撃する。
例え破片であったとしても、三重に強化された魔術であったとしても、強度はクリスタルの用いる〈結晶刃〉が上回っている。破片は容易く作られて間もない土の槍を粉砕してみせた。
そうして魔術の粉砕を皮切りに魔術の応酬が始まる。
ゼルマが生み出す極々基本的な魔術を、クリスタルは丁寧に撃ち落とし、時に本体を狙い撃つ。
彼もまた本体を狙う破片を到着する寸前で撃ち落としつつ、距離を保って空間内を駆ける。
(……何故?)
この瞬間にもクリスタルの思考は淀まず、今もまだ巡り続けている。
彼女の疑問は当然、ゼルマが見せた不可解な挙動……そしてあの魔術だ。
(あの時、彼は全ての破片を理解していた。自身を狙う破片だけを選別して、切り伏せていた。でも今は……着弾する寸前まで気付いていない破片もある。……何故?)
ゼルマは現在進行形で魔術を放っている。
彼がしている事は一見して変わらない。
多くの破片を回避しつつ、魔術を用いて結晶を撃ち落としている。
だが相対するクリスタルは気が付く。
あの時のゼルマは、まるで破片がどのように動くかを理解しているようであった。そうでなければ破片を回避しつつ、回避しきれない、自身に衝突する破片だけを的確に切り伏せる芸当が出来る筈がない。
(それに、どうして使わないの?)
彼女の最大の疑問はそこだ。これは違和感とは明確に異なる。
(〈万世穿つは王が五指〉なら、こんな破片は関係ない。なのに、あれから魔術式を書こうとする様子すら見えない……いえ、そもそもあれは本当に〈万世穿つは王が五指〉だったの?)
クリスタルの専門は再現魔術ではないが、彼女も〈万世穿つは王が五指〉の事は知っている。
非常に強大であった隻腕王ゾーオスの力を模倣したこの魔術は、完成された魔術式でありながら、しかし使い手は余りにも少ない。
理由は単純で、魔術自体の難易度が非常に高いからだ。
再現魔術として完成度が高過ぎるが故に、〈万世穿つは王が五指〉を使いこなせる魔術師は非常に限られるのである。
だからこそ、一部の魔術師はこの魔術の更に一部を切り取って自身の魔術として使う。丁度、エリザベート・コルキスがしていた様に。
兎も角、クリスタルが疑問を抱いたのはそこだった。
ゼルマ・ノイルラーが非常に高度な再現魔術を用いた、という点だ。
ありえないと否定している訳ではない。
だが、この魔術の難易度が彼に見合ったものではないのは事実だ。
何より、そもそも―――
(どうして、次の指が来ない?)
「待たせたな」
「―――ッ」
クリスタルは誓って、この戦いの中で気を抜いた瞬間は無い。
彼女の瞳は確かに、目の前で起こった事象を把握していた。
だが此処に来て、クリスタルはもう一つの違和感を自覚する。
他の違和感に塗り潰されていた、もう一つの違和感を。
「〈僭称・万世穿つは王が五指〉!!」
彼が、魔術式を書いていないという事実を。
◇
実際のところ、ゼルマは約束をしっかりと守っていた。
彼は誓って、試合開始前に魔術を使っていない。
それは彼の目的が、公平な試合によるものでなければ達成できないものであったから。
そうでなければ、例え勝利したとしても、彼は目的を遂げられなかったから。
だからこそ、彼は何でもない事の様に振る舞った。
現状でゼルマが魔術陣に待機させている魔術は一種類のみ。
彼の固有魔術、〈廻る世界の時針〉である。
ゼルマの魔術陣の待機枠は非常に厳しく、〈廻る世界の時針〉一つで埋まってしまうのだ。
勿論、他の魔術を待機させるという選択肢もあった。
基本的な魔術でも、無詠唱で発動できるという利点に鑑みれば有効になる。
不意打ちに用いることもできるし、咄嗟の防御にも利用できる。
エリザベートの様に、手間のかかる魔術を待機させるという王道の使い方でも良い。
そうした使い方に比べ、〈廻る世界の時針〉は即効性という点ではやはり見劣りする。
その性質から本領を発揮するまでには時間がかかるからだ。
だが同時に、〈廻る世界の時針〉を組み込む利点もまた確かに存在する。
一つは、この魔術自体の魔術式を省略できるという点。
〈廻る世界の時針〉もまた、魔術。最初の発動には魔術式を書く必要がある。そして魔術式を書くということは、それだけゼルマの意図を読み取られやすくなるということでもある。
固有魔術であるだけに、相手に予想外を与えられる利点はやはり大きい。
そして、〈廻る世界の時針〉のもう一つの強み。
それは自動で魔術式を書くということ。
当然、〈廻る世界の時針〉はそのための魔術である。
自動で魔術を発動するためには、その機能が無ければならない。
戦闘中にゼルマの無意識下で魔術式を編み、魔術を発動するという機能。
今ゼルマが利用したのはその部分であった。
つまり、どれだけ複雑な魔術式であったとしてもゼルマが発動できるならば自動化できる。
本来戦闘中に複雑な魔術式を編む行為は大きな危険性を伴う。
集中力が乱され、精神力を消耗し、他の魔術の発動を控えなければならなくなる。
故にこそ詠唱を短縮できる魔術陣は重宝される。
しかし、〈廻る世界の時針〉に危険性は存在しない。
ゼルマが発動できる魔術に限られるとしても、〈廻る世界の時針〉に組み込まれた魔術は無意識下で魔術式が編まれ……時間と共に発動する。
当然〈身体強化〉のような基本的な魔術と同じ周期では発動できない。
数分、或いはもっと。複雑な魔術である程に時間を要するだろう。
だが、発動できさえすればいい。
どれだけ時間を要しようと、発動さえできれば良いのであれば。
こと戦闘中において〈廻る世界の時針〉はもう一つの価値を持つ。
「――――――」
その為の改良は済んでいる。
これまでの〈廻る世界の時針〉は実用性の担保の為に、組み込める魔術には上限があった。
固有魔術であるだけに、その上限を取り払う事は簡単ではないにしろ、可能であった。
この戦いのために、そうした。
「…………本当に、お前は凄いな」
再び放たれた炎剣は間違いなく破片を消し飛ばしながら進んで行った。
今度こそ、間違いなくクリスタルの身体に届く筈であった。
勿論、貫通特性を有した魔術であるが故に、実際に彼女の肉体を穿たぬよう細工はしてある。
彼女はこの程度で死なないとは分かっていたとしても、それは失敗を意味するからだ。
だが、これは予想外だった。
「ええ、出来ましたね」
彼女は真っ向からゼルマの魔術を防いでいた。
使ったのは彼女が愛用する〈結晶華〉でも反射魔術である〈結晶鏡〉でも無かった。
それは、全く新しい結晶魔術。
複数の鏡が合わさり、まるで一つの花であるかのように顕現した壁。
その反射の中に、炎の剣は吞み込まれて消えていった。
貫通特性を持っている筈の魔術が、反射の中に溶けて行った。
「貫かれるなら、方向を変えてしまえば良いと思いまして。上手く行って良かったです」
「…………簡単に言ってくれるな」
「〈結晶鏡〉では足りず、〈結晶華〉でも貫かれる……工夫するのは当然ではないですか?」
そうではない。だが、余りにも正しい。
ゼルマはこの時、改めて思い知った。
何故、最高学府が魔術師同士の戦闘を推奨しているのかを。
そして、クリスタル・シファーという魔術師の天才性を。
彼女は紛れもない天才だ。
彼女の魔術の才能は、同年代では明らかに突出している。
だが、最高学府全体で見れば、彼女と同格の魔術師は存在している。
にも関わらず、彼女は『大賢者の再来』と呼ばれ期待される。
何故か。
彼女の天才性とは……その成長速度。
あらゆる知識、経験を吸収し魔術へと変えてしまう、その能力こそ。
「さ、続きをしましょうか」
正しく、彼女の【天賦】である。
■◇■




