言葉を通じ、人はより他者を理解する。
■◇■
「悪いな。急に呼び出したりして。」
「構いませんよ。今日は特に予定も無いですから。それに……」
「それに、どうしたんだ?」
「貴方が私を呼び出した。興味を抱くのも当然ではないでしょうか、ゼルマさん」
「…………」
「理由も告げずにですからね。」
クリスタルの言葉に、ゼルマは沈黙で返した。
肯定も否定も直接言葉にはしない。だが、それがどういう意味なのかは明白だ。
少なくとも、ゼルマは目の前の少女の聡明さを知っている。
敢えて沈黙したことの意味も、少女は読み取ろうとするだろう。
それは、時に必要以上に。
「それに、こんな場所まで用意していたとは驚きました」
「誰かに見られるの避けたかったからな。クリスも俺と二人きりでいる所を誰かに見られたくはないだろう?」
「私は特に気にしませんが……ゼルマさんがそうなのであれば、意見はないです。ですが、『人目につかない場所』というのがこの規模とは流石に思いませんでした」
そこは最高学府内に存在する訓練場の一つ。
フェイムが借り上げている最高級に比べれば設備も整備されておらず、純粋な空間の広さだけを確保したような造りになっている。が、ゼルマにとってはそれで十分であった。
「私はそちらに明るくはないのですが、それなりの出費になったのでは?」
「まぁな。だがそれは問題ない。これでも魔導士なんでな」
「そうですか。ならこれ以上触れることはしません」
「そうだな。野暮ってやつだ」
実際、貸出料はそれなりのものだったがフェイムが借りているあの施設に比べれば安いもの。一日の利用料は十万アルゼと、普段の施設の三分の一の金額だった。
寧ろあの施設の貸出料を知っているので、安いとすら思ったほどである。
それでもゼルマの収入から考えれば手痛い支出には違いないのだが……ゼルマにはそうしなければならない理由があった。ならば吝嗇でいても仕方がない。
そもそも金とは用途があって初めて意味を持つものなのだから。
兎も角。ゼルマはこれで二つの条件を達成したことになる。
即ち、『対象』と『環境』。
言わずもがなクリスタル・シファーはこの訓練室へとやってきた。そして貸し切り状態のこの空間に立ち入れるのはゼルマと彼女のみ。
正確には管理権限を持つ最高学府職員は入ることが出来るだろうが、そこは信頼するしかない。
ゼルマにとって本日達成しなければならない条件は残り一つ。
最難関であり、同時に―――達成できると踏んでいるもの。
そしてゼルマがどう切り出そうかと思っていた矢先。
「―――では世間話はこれ位にして、本題を聞きましょう」
クリスタルが言う。それは、この場所に来た時点で明白だった。
態々一から十までを語らずとも伝わる。
だからこそゼルマもこの場所へと彼女を連れてきた。
場所は多くの場合において重要かつ強力な理由になる。
衆目のある場所で政治の話は出来ないし、逆に人の居ない場所で演説は出来ない。
戦闘、交渉、芸能、告白、謀略……あらゆる状況にはそれに適した場所が存在している。
場所は、そうであるというだけで理由を語ってしまうもの。
では、ゼルマの用意したこの状況は何を意味しているのか。
二人きりになれる人目につかない広い場所へ連れて来たのは何故なのか。
「もう良いのか?……最近、根を詰めている様にも見えたが」
「それこそゼルマさんが心配なさることではないですよ。これはあくまで個人的なものなので。自分の体調管理は自分でできますから」
「……それを言うなら、友人との会話は個人的なものじゃないのか?」
「ふむ……確かにそうですね。少し考えてみる必要がありそうです」
和やかな空気に漂う、一抹の不穏さ。雰囲気の中に香る、確かな重み。
それを醸し出しているのは少女ではない。
この場に居るもう一人……ゼルマ・ノイルラーの方であった。
ゼルマは力強く瞼を下ろす。
眉間に皺が寄り、額が下へ引かれる感覚を覚える。
それは決して不快なものではなく、寧ろ心地よさすら覚える感覚だった。
「…………」
そうして再び目を開けると、当たり前に彼女はそこに立っていた。
その場から動いていないので当然ではあるのだが、それでも確かに彼女は存在している。
普段と何一つ変わらず、純粋な視線でゼルマを見つめていた。
美しく、高潔な眼。暗闇から帰還して見た彼女の姿は、普段よりも一層輝いて見える。
良かった、とゼルマは素直に思った。
彼女は決して悪人ではない。そして恐らくは善人でもない。
彼女は魔術師だ。自らの道に邁進する、魔術の徒である。
真理を追い求め、好奇心のままに求める探究者である。
そしてそれは……ゼルマも同じなのだから。
「クリス」
「はい」
ならば―――この理論が通る。
「俺と勝負しないか」
ならば、これが言える。
◇
《【末裔】より【司書】へ》
《現在進行中の研究計画について》
《提言を申請する》
◇
沈黙が流れる。
先程よりも深い沈黙が、そこにはある。
そして。
「……そうですか。そうかもしれないと、薄々予想もしていましたが……。念の為に確認しておきます。本気ですか?」
「冗談でこんなことを言えると思うか?他ならないアンタ相手に」
「今から、この場所で?」
「ああ、そのつもりだ」
その一言は呆気なく言い終えた。
予想しているよりも遥かに流暢に紡がれた。続く会話にも問題はない。
不思議と心身が軽くなる。だが、気を抜くことは出来ない。許されない。
本番はまだ始まっていない。これはあくまでも切っ掛けでしかない。
「貴方が私に勝てるとは思えません」
「それはやってみないと分からないだろ。これでもあの時から少しは成長したつもりだ」
「私は嘘を吐けません。ですから、これは客観的な事実です」
「そうかもな。……で、どうする?受けるか、それとも帰るのか?」
「…………」
クリスタルの表情は先程と何一つ変わらない。
澄んだ眼差しの中には一片の虚偽もない。
友人だからと、彼女は世辞を言ったりもしない。
彼女はあくまで事実を告げている。彼女はそういう人間だ。
特待生、天才、大賢者の再来、そして【天賦】の大賢者。
その才能の差は歴然であり、隔絶している。
同じ大賢者であったとしても、【末裔】と【天賦】がかけ離れている。
彼女の言う通り、百人に尋ねれば、百人が同様に返すだろう。
だがそんなことは、ゼルマとて百も承知である。
「安心しろ。前みたいな事前準備はしていない。公平な戦いにすると約束する。信じられないなら一筆書いたっていい」
「そんなことは些事です。私は手加減をしませんよ」
「それは良かった。そうじゃないと意味がないからな。是非とも全力で闘ってくれ」
クリスタルがそんな事を気にしない人間ということはゼルマも知っている。
彼女が気にしているのは、そもそもその段階にないのだ。
彼女はただ心配をしている。
強者である自身が、目の前の弱者を踏み潰してしまわないかを強者らしく心配しているのだ。
曲がりになりにも友人と思われていたのかと、ゼルマは思う。
彼女にとって、ゼルマは『気を使う程度』には親しい存在であったのだと。
それが嬉しい事なのかどうか、ゼルマには判断できない。
申し訳ないという感情の方が大きいからだ。
だが、ここで「なら止める」と引き下がれる筈も無い。
ゼルマは戦わなければならないのだ。
「分かりました。その提案を受けましょう」
「ありがとう」
頭を下げ、ゼルマは感謝の意を示す。
この行為にどれだけの意味があるかは分からない。
だが、彼女の行動に報いる義務が自分にはあると感じただけの話。
「感謝は不要です。私も……貴方には良くして貰っていますから。断る理由がなかっただけです」
「それでもだ。受ける理由もアンタにはなかった。そこを受けてくれたんだ、感謝もする」
「受ける理由がなかった訳ではありません」
「…………」
受ける理由。彼女の言うそれにはゼルマも心当たりがあった。
寧ろ、期待していたと言わなければ嘘になる。
クリスタルという人間性を知るならば、有効になるかもしれないとは考えていた理由だ。
しかし随分と前の出来事ではあるし、既に清算されたと彼女が考えている可能性もある。
なので彼女が一度断った場合を想定し、次弾の準備をしていたのだが……
(……良かった。彼女が俺の思う通りの人間で)
不要ならば不要で良い。
次善策を準備することは良いことだが、最も良いのは最初の想定で完了することだ。最善策で完了するに越したことはない。今回の場合で言っても、次善策はあくまで次善策の立ち位置であったのだから。
そうして二人は共に訓練室の中央、即ち開始地点へと位置につく。
見える景色の中心には水晶の如き少女が立っている。
何物にも汚されぬ、高潔な少女。魔術師、クリスタル・シファー。
「試合形式はどういたしますか」
「分かりやすく、新星大会を準用するのはどうだ。こだわりがあるのなら、別の形式でもいい」
「特段こだわりはありません。新星大会を準用するなら、私にとっても慣れているので助かります。試合というのが、全く別の分野の可能性もありましたから」
「……そんな狡い真似はしないよ」
冗談か本気か、恐らくは本気なのだろうクリスタルの言葉を受けつつゼルマは前方を見据える。
彼は今から―――目の前の人間を負かす。負かさなければならない。
その選択をしてこの場所を用意した。その決意を以てこの場所までやってきた。
後は、確定せぬ未来を手繰り寄せ、掴み取るだけだ。
『開始まで三―――』
魔道具に録音された音声がカウントダウンを開始する。
『二―――』
意識が冴える。魔力が昂る。
既に―――この場は戦場だ。
『一―――』
故に、後は無い。
『零』
「〈水晶刃〉」
開始と同時、空間に水晶の刃が吹き荒んだ。
■◇■




