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大賢者の末裔  作者: 理想久
第四章 魔術師の邂逅
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竜からでも蜥蜴からでも 肆

 

 ■◇■


「若、拙いですって!奴隷を買ったなんてあの人に知られたらどうなるか……。最高学府でも奴隷は禁じられているんですよね?」

「黙れ。こんなことで一々アイツは小言を言いやしねぇよ。それに勘違いすんな。最高学府には奴隷制が無いだけで、別の国で買った奴隷の持ち込みまで禁じられてはいねぇ。まぁ白い目で見られはするだろうがな」

「それが拙いんじゃないでしょうか。我々は最高学府に居ない事になっている人間です。奴隷を連れまわしていたら悪目立ちしてしまいます」

「服装を整えときゃそうそうバレねぇよ」


 部下が手配した宿にて、レックスは眼下の奴隷の少女を眺める。

 小汚い服装、薄く痩せた肢体。そうして獣の耳と尾。

 獣人の少女は何を言うのでもなく、ただじっとレックスを見つめている。


「で、お前、名前は?」

「…………」


 無言だった。

 無言のまま、少女は先程と同じくレックスを見つめている。

 それはまるで、何かを観察しているかのような視線だった。


「……こいつ話せないのでは?」

「馬鹿言うな。人間の言葉が通じねぇ訳ねぇだろ。魔物じゃあるまいし」

「ですが返事どころか……若の方を向いたまま動く気配すらないですよ?意味が通じていないのではないでしょうか」


 人間種族の定義の一つに、『言葉を話せること』というものがある。

 人間と魔物の大きな違いこそ、この『言葉』を操る能力だ。

 人種もエルフもドワーフも獣人も或いはその他の少数種族も、皆一様に同じ言語を話す。

 故にこそ、姿形の違う人間種族は互いを『人間』であると認識できる。


 つまり、獣人であったとしても言葉が理解できない筈がない。

 となれば考えられる理由としては一つ。話せないのではなく、話さないだけだ。


「おい。隠しても無駄だぞ、お前魔術師だろ」

「…………」

「俺も魔術師だ。お前みてぇに隠してねぇから、一目瞭然だろ?」


 魔術師。その言葉を聞いた瞬間、獣人の少女の視線が上がる。

 レックスの見下す視線と少女の見上げる視線とが交差し、そうして。

 少女が遂に口を開いた。


「……あなたがこの家の長か?」

「喋れるんじゃねぇか。つまり、今までわざと無視を決めてたってことか?おい」

「貴方は良い魔術師。()()に気付いた」

「まぁな。アレくらい普通の魔術師なら気付くぜ」


 少女は自らが魔術師であることを敢えて隠していた。

 自身から漏れ出る魔力を巧妙に隠すことにより、魔術師が注意深く見なければ魔術師であると気づけないようにしていたのである。

 だが完全に魔力の漏出を隠していた訳ではない。魔力の流れが見える魔術師……それこそ最高学府の魔術師ならば、そこそこの者が彼女が魔術師であることに気付いただろう。


「で、何で自分が魔術師だってことを隠してやがった?」

「そうですよ。魔術師だって分かってたらあんな路上で投げ売りされることもなかったのに」


 魔術師は貴重な存在だ。最高学府で過ごしていると感覚が麻痺しがちだが、そもそも魔術師の絶対数は非魔術師よりも圧倒的に少ないのである。

 それこそ魔術師と非魔術師の割合が逆転しているのは、古今東西を見渡してみても最高学府くらいのものである。だからこそ、最高学府が魔術師にとっての総本山とも呼ばれるのだ。


 そして、そんな貴重な魔術師は人種に関係なくそれなりに値段が付けられる。

 目の前の年端のいかない少女であったとしても、少なくとも路上で投げ売りなんてことにはならなかっただろう。


「魔術師だって分かったら、すぐに売れない。すぐに買って欲しかった」

「確かに商館や競売で買われるのを待つよりは早く売れるでしょうが……。投げ売りよりよっぽど扱いは良いですよ?もっとマシな服だって着れますし」

「どうせ獣人の扱いは変わらない」

「それも魔術師だって分かってたら多少はマシに……」


 この宿を手配した部下が少女に説明しているが、埒が明かないと判断したレックスが部下を遮り、少女に言う。


「少しでも早く売れたい、ってのは分かった。ならどうして魔術師だってことを隠そうとした?確かに自分から言わなきゃ非魔術師には気づかれねぇだろうが、あんな風に隠せば普通の魔術師にも気付かれない可能性があるだろ」

「少しでも私を買う人を選びたかった。丁度、貴方みたいに見る目がある人が買ってくれれば少しでも勝ちの目がある。競売だと私は買う人を選べない」

「早く買われたいから魔術師ってことを明かさず、少しでも良い扱いを受けたいから買い手を試してたって訳か……何とも稚拙な戦略だな」


 少女の語る『策』はレックスの目から見ても稚拙なものだ。

 どう考えても自分が魔術師であることを明かした方が良いに決まっている。

 確かに少女の言う通り、競売形式では自分で買う人間を選ぶことはできない。

 それでも魔術師であると分かっていれば、それだけで買う人間を絞ることができるし、普通の人間より買い手は遥かに多い。

 どちらにせよ、路上で売られるよりはマシだということだ。


「私みたいな体形の人間を買う者はいない。なら少しでも早く売れる為にはこうするのが良いと思った。私が魔術師だって見抜いた人間は、それだけで私を買うと思う」

「一理ある。人間、自分だけが価値を分かってるとなりゃ、そいつを欲しくなるもんだ。だが、やはりお粗末な考えだな。お前みたいなガキでも、買う人間はこの国にはごまんといるぜ。そいつらにとっちゃ魔術師かどうかなんて関係ねぇからな」

「特に獣人の子供は頑丈な割に大人程の力も無いですから……狙われやすいでしょうね」


 レックス自身にそんな趣味はないが、貴族の中には少年少女ばかりを狙う嗜虐趣味の者も居る。そうした者にとっては、寧ろ子供であることにこそ価値があるのだ。

 特に獣人差別の激しいこの国においては、この少女がレックスに買われたのは偶然の幸運だった。そうした悪趣味な者でなくとも、安ければ買うという人間は一定数いるのだから。


「分かったか、ガキが」

「……理解した。やっぱり人種は頭がおかしい」

「人種って一括りにすんな。俺にそんな趣味はねぇよ」


 レックスの好みは自分と同年代か少し年上である。 

 目の前の少女など論外も論外だ。性的興奮など微塵も感じない。


「ガキが変に頭を働かせるからこうなる。今回は運が良かっただけだ」

「……あと、私はガキじゃない」

「あ?どこからどう見てもガキだろうが」


 改めてレックスが少女を見るが、どこからどう見ても子供にしか見えない。

 背丈も低いし、短い四肢など子供それそのものだ。

 だが、部下には何か心当たりがあるようだった。


「若。彼女の言っていることは本当かもしれません。最高学府ではあまり見かけませんでしたが、獣人種の中には、大人になっても見た目が幼少期から殆ど変わらない者もいるそうです」

「エルフがずっと若ぇみたいにか?」

「恐らく。加えて彼女は魔術師ですから、余計に幼く見えているのではないでしょうか」


 魔術師は自身の体内にある魔力を賦活することで全盛期を長く保つことができる。

 不老には程遠いにしても、実力ある魔術師ならばそれに近しいことを成すことが可能だ。


「お前、幾つだ?」

「今年で二十になった」

「俺とそう変わらねぇじゃねぇか」


 レックスの年齢は二十四歳。

 なので彼女とは四つしか変わらないことになる。


「私の種族は齢が十五を過ぎたあたりで成長が止まる。これでもとっくに成人だ」

「十五って……どう見ても十歳かそこらだろ」

「私は特別若かった」

「にしても限度があんだろ」


 だがしかし、彼女の言葉は真実なのだろう。

 流石に自分の年齢を十歳も勘違いしているということなないだろうし、何より彼女の言う『特別若かった』というのも彼女が魔術師ならば有りえないことではないのだ。


 そうしてレックスが若干驚いている中、彼女は更に言葉を紡ぐ。


「長よ、今後の話がしたい」

「ってか、その長っての止めろ。若だの先輩だの、これ以上呼名を増やすな。ややこしい」

「違うのか?あなたはこの者の長に見える」

「それは正しいんですがねぇ……ちょいと複雑なんですよ、その辺りは」


 まだ彼女がレックスの部下になることが確定した訳ではない。

 レックスやその部下はゼルマとの契約魔術で縛られているが、彼女はそうではないのだ。レックスが長ではないことは明かせたとしても、詳細を語るにはまだ早いということだ。


「そうか。あなたは副長なのか。あなたの上に長が居るのだな。それなら理解した。副長よ。それで今後についてなのだが……」

「てめぇ耳ついてんのか?俺は『呼名を増やすな』って言ってんだ。長か副長かは問題じゃねぇ」

「では何と呼べば良い?私はまだあなたの名を知らない。それとも奴隷らしく『主人』と呼べば良いのか?或いは『ご主人様』がお望みか?」

「そうですよ若。俺達まだ名乗ってすらいません」

「チッ……レックス・オルソラだ」


 レックスとしても『長』や『副長』と呼ばれるのは避けたい。

『ご主人様』などもってのほかだ。

 名前はもう少ししてから明かそうと思っていただけに予定を崩された形だが、これ以上ややこしくしても仕方ないので素直に話すことにした。 

 のだが……。


「オルソラ殿か……長いな……呼び名はもっと短い方が良い。やはり主人と呼ばせて貰いたいのだが」

「なんでそうなる?」

「長も副長も嫌となれば、残りは主人だけだ。それに先程からその者が呼ぶ『若』というのはどうも身に合わない」

「お前……!!」

「わ、若……ここは一旦譲りましょう!話が進みません!!」


 苛立つレックスの腕を部下が掴み止め、宥める。

 確かに彼女と話し始めてから碌に会話が進んでいない。

 力ずくで言う事を聞かせるという手法が取れない以上、このまま呼び方の話を続けても不毛なだけだ。


「……分かった。もう呼び方はどうでも良い。てめぇの名を聞かせろ」

「シリュウセン・ミナミだ、主人よ」


 意外にも彼女は素直に名前を言う。

 いや、彼女は別に捻くれている訳ではない。

 ただある意味奴隷らしくなく、自分の我を保ち続けているのだ。

 それがどうにもやりづらいようにレックスは感じる。


「シリュウセンか。お前の方こそ名前がなげぇじゃねぇか」

「名は『ミナミ』の方だ。姓が『シリュウセン』となる」

「ん、ああ、そうか。獣人の一部はこっちとは苗字と名前の順番が違うんだったか」

「特に違和感はない」

「お前が言うな」


 最高学府にも獣人は居るが、彼等は最高学府で過ごしているだけに名乗る時も名を先に名乗っていた。レックスも講義などで姓を先に名乗る獣人も居ることは知っていたのだが、実際に出会うのはこれが初めてだったのだ。


「それで話が長くなってしまったが主人よ、今後の話がしたいのだが」

「待て、先にこっちの話からだ」

「……分かった。先に主人の話を聞く」


 やはり素直にレックスの言葉を受け入れるミナミ。

 獣人は本能的に上下関係に厳しい者も居ると聞くので、彼女もそうなのかもしれないとレックスは思った。


「お前はこれから自分がどうなるか分かるか?」

「分からない。だが、主人は悪人……には見えるが、悪人そのものとは思えない」

「見る目はあるじゃねぇか」


 悪人に見えることをレックスは否定しないし、怒りもしない。

 実際レックスは自分をけっして善人であるとは思っていない。

 そもそも諜報や暗殺を生業にする貴族出身の魔術師が善人である筈もない。

 事実、レックスは一度ゼルマを殺している。

 感情のまま、激情のままに動いている。

 今でこそ相応の振る舞いというものを知り、落ち着いているが悪人という自認は変わっていない。


「お前はこれから俺と一緒に最高学府に行き、そこで働いて貰う」

「最高学府か」

「おいまさか魔術師の癖に最高学府を知らねぇのか?どんな秘境の出身だ?」

「魔術師の集まる場所だということは知っている。だが何をする場所かは知らない」


 そういう彼女の表情に嘘は感じられなかった。

 最高学府を知らぬ魔術師は居ない。これが常識であっただけにレックスは少し驚く。

 魔術師があつまる場所ということは知っていたので、全く知らないという訳ではないのだろうが、最高学府が『教育機関』であるという最も肝心な部分を知らないようだ。

 だが、それは今重要ではない。


「あー面倒くせぇし、それはおいおい分かるから説明は端折る。兎も角、てめぇは今後俺の下で働く為にこっから遠く離れた最高学府に住むってことだけ分かればいい」

「それは願ってもないことだ」

「願ってもない?分かってんのか、てめぇは奴隷として買われて、今から行ったこともない場所で働かされ続けるんだぞ。まさか俺がそんな甘い人間だなんて舐めてるんじゃねぇだろうな?」


 レックスが詰め寄るが、しかしミナミの表情は変わらない。


「舐めてなどいない。私がしたかった今後の話に繋がる内容だ」

「……言えよ、許可する」


 ある種、覚悟の宿った瞳と呼ぶべきだろうか。

 ミナミの瞳に確固たる何かを感じたレックスは、彼女に話すように促した。


「私は獣王国から逃げてきた。不運にも奴隷狩りに遭い、仲間とも離れてしまったが……目的はあの森から離れることだ。できるだけ遠く、安全な場所に行くことだ」

「意味が分からねぇな。亡命してきたってことか?お前、そんな重要人物なのかよ」

「私自身は大したことはない。だが……できるだけあの森から離れたいというのは本心だ」

「なんでだ?」


 そして、あまりにもあっけらかんと、ミナミは言う。


「獣王は近く戦争をする」


 戦争。何も珍しいことではない。

 西方諸国では小競り合いのように戦争を度々起こっているし、歴史を見ても戦争が無かった次代なんてものは存在しない。


 だが獣王国は大国だ。

 国としても規模は大陸の中でも屈指のもの。

 純粋な戦闘力で言えば、獣人の膂力は人種のそれを遥かに上回る。


 そして何より――()()が居る。


「このままでは獣人への差別は大きくなる。その前にできるだけ遠くへ逃げたかった」

「ならどうして西方に来た?言っちゃなんだが、西方諸国は獣人差別の国が結構あるぜ」

「本当なら帝国か、共和国に逃げる筈だった。だが森を出たところで奴隷狩りに遭い……流れに流れて西方に来てしまった」

「成程な……それは随分遠くまで来ちまったもんだ」


 獣王国は大陸の南東、グロリア帝国の南にある大森林の中に在る国だ。

 ハルキリア王国は大陸中央から少し西に位置しているので、獣王国からはかなり離れている。

 何なら獣王国から見ると最高学府の方がまだ近いくらいだ。


「だがそうだな、良い知らせと悪い知らせがある」

「なんだそれは?」

「まず悪い知らせだが……最高学府は此処ハルキリアよりも獣王国に近い」

「なっ……!それは……嫌だな……」


 尾を露骨に下げて、落胆を示すミナミ。

 表情は変わらないのだが、表情以上に分かりやすい部位である。


「まぁ聞け。良い知らせは……最高学府は俺が知る限り、限りなく安全な場所だ。内部に居る限り、外敵を心配する必要はねぇ」

「それは真か?」

「ああ、この前も魔王が来たが何とかなってたぜ」

「おお……魔王をも退けるのか、最高学府は」


 今度は尻尾を上げ、左右に振るミナミ。

 その仕草は最早言い訳できない程に子供なのだが、面倒臭いことになるのは目に見えているので指摘はしなかった。


「それではよろしく頼む、我が主人よ」

「ああ。精々後悔しとけ。こき使ってやる」


 こうして、レックスは一つ、自身の手駒を手に入れたのだ。


 ■◇■


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