第14話 まずはここから
八島希美の物語は現状駄作としか言えない残念な出来となっている。その理由は極めて明白…。物語の基盤である『テーマ』が定まっていないためだ。
人生のテーマとはすなわち生きがい。自分はこのために生きていると胸を張って宣言できるもの。生涯を掛けて成し遂げたい夢や目標。現在進行形で注力している事柄。心を寄せる趣味や嗜好。……そして、大切な人の存在。
かつての私はそれらをがむしゃらに追い続けていた。勉学に勤しみ。部活に励み。方々に媚びを売りまくり。あれやこれやと試行錯誤しながら自らの生きる道を探し求めていた。しかし、結果として私はそれを見つけることができずに挫折してしまった。
……小鳥遊奈緒さんのせいではない。私が生きる道を見つけられなかったのは生まれ持った個性が故であり、小鳥遊さんの自殺はそれに気が付くきっかけでしかなかった。
…私は中身が空っぽの透明人間。…心が乾ききった冷たい幽霊。…意味もなくそこに存在するだけの単なるモブキャラ。…誰の関心も得られぬ物語しか書けない惨めな底辺作家。
『自分はいったい何のために生きているのか。』
私はその答えを見出せないまま物語を終える…。それこそが天より定められた運命であり、変えることのできない私の初期設定……。
…ずっとそう考えて生きてきた。
……だが…しかし……。
―。
「…希美ちゃんの人生を私たちに預けてほしい。生きる理由がないというなら、今後はその命を私たちの想いに応えるために費やしてもらいたい。それがあなたに求めるたった一つの望みだよ。」
……婚約者とかでもない相手にこんなことを言われれば普通はドン引きすること必至だろう。だが、私の心は自分でも驚くほどすんなりと鈴木さんの言葉を受け入れていた。
理由は主に2つ。瑠花の奴から色々と聞き及んでいた鈴木さんならば、私が中学時代に重ねてきた無駄な努力の背景について知っていてもおかしくないと推察できたため。そして、鈴木さんの申し出に少なからず興味を抱いてしまったからだ。
「……もう少し具体的に話してほしい。人生を預けろって…。私はいったい何をすればいいの?」
私のつまらない人生でよければいくらでもくれてやる。私の無価値な命なんて好きなだけ消費してもらって構わない。あんたらが本気で私のことを想ってくれているってのはもう十分に理解した。ならば、それに応えてやるのもまた一興であると私は考えている。だが、ここで早々に了承の言葉を返すほど私もアホではない。鈴木さんがどれほどのニュアンスで先のセリフを述べたのかはわからないが、まずはその中身についてしっかりと精査しなければ。
「ふふっ。思っていた以上に前向きだね、希美ちゃん。」
…馬鹿にしてやがるのか。いや、そりゃあ確かに食つきはしたけどさ。その理由はちっとも前向きなモノじゃない。単純に人生を預けろなんてふざけた要求の中身が気になったから。そして、その要求を断る理由がなかったからってだけに過ぎないんだ。だからさ、鈴木さんよ。悪いけど私の気が変わらないうちにさっさと話しを進めてくれないか。これ以上ふざけたことをぬかすならなら私はもう帰らせてもらうぞ。
「人生を預けるって言っても特別なことは何もない…。私たちはただあなたに受け入れてほしいだけ。私たちのことをもっと知って貰いたいだけだよ。」
すまんが余計に訳が分からなくなった。あんたのセリフを履行することが人生を預けるという文句にどうつながるというのか。…ってか、そもそも私があんたらを露骨に拒絶したことなんて一度もなかっただろう。内心でいろいろ文句垂らしつつ、なんだかんだあんたらの仕掛けた茶番劇に付き合ってやった。長ったらしい話に耳を傾けてきただろうが。にもかかわらず、これ以上私に何を求めようって言うんだ。
「もちろんそれだけで終わりにする気はないけどね。これはあくまでも第一段階…。同時に、その先へ進むための重要な一歩でもある。そうだなぁ…。あなたの言葉を借りるなら、『まずは友達から始めましょう』って感じかな。」
……国分さんに対して放った言葉をどうしてあんたが知っている…なんて今更聞くまい。鈴木さんらが私とのやり取りについて共有し合っているというのは十分に想像できた話だからな。そして、鈴木さんが何を考えているのかも大体把握した。実に安直でくだらない、ベタベタのベターな思惑のすべてをな。
「…要するにあなたたちとの友情に生きろって言いたいわけ?……馬鹿馬鹿しい。悪いけどそういう話ならお断りだよ、鈴木さん。」
『友情』という言葉は漫画やアニメなんかじゃドが付くほどの定番テーマだ。しかし、それが成り立つのは漫画をはじめとした創作物が極々短い範囲を切り抜いた物語でしかないためだと私は考える。現実において人間関係ほどあやふやなものは存在しない。友人はもちろん、恋人や婚約者…。血を分けた家族ですら永遠に傍にいてくれるわけではないのだ。一瞬一瞬を刹那的に楽しむだけならそれでいいのかもしれないが、特定の誰かを生きる糧に据えてしまうのは余りにも危険…。何らかの要因でその関係が途切れてしまえば、それこそ空っぽの抜け殻みたいになってしまうのが落ちだろうよ。
「…そう言うと思ってたよ。あなたは中学時代にそれを試みて失敗しているものね。」
…本当にやりにくい奴だ。ああ、そうだよ。その通りだよ。悟ったような言葉を並べて人間関係という概念を否定したが、かつての私はそこに自らの生きる道を見出そうと試みていた。あちらこちらに愛想を振りまいて人との繋がりを得ようとしていた。そんな、馬鹿で愚かしい時代が確かにあったんだ。だが、鈴木さんが述べたようにその試みは完全に失敗に終わってしまった。あの頃に関係があったやつらとは完全に疎遠。高校には同じ中学の奴らも何人かいるが、そいつらとは入学以来一度も口をきいていない。中学時代からからかろうじて繋がりを保ち続けているのは腐れ縁である瑠花だけという始末。そしてそれも、進学や就職を経ていく中でいずれ消え去る曖昧な存在でしかないのだ。
「希美ちゃんは友達と言う存在に価値を見出していない…。そこに自分の生きる道はないと考えている…。正直それについて色々と思うところはあるけど、一先ずこの場ではその価値観を否定したりしないよ。けど、簡単に引き下がるわけにもいかない。さっきも言った通りこれは重要な一歩…。その先へ進むためにも絶対に必要なことだからね。」
うまい具合にスルー出来ないかと思っていたが、残念なことにそうは問屋が卸さないらしい。この薮をつつけば大蛇が飛び出してくるであろうことは目に見えている。しかし、ここまで念押しされてしまえば触れないわけにもいかない。…誠に不本意極まりないがな。
「回りくどい言い方はいい加減やめて。さっきから言ってる『その先』って何のこと?あなたは私に何を求めてるの?」
鈴木さんにとって私と友人関係を築くことは単なる通過点でしかないらしい。友人関係の先にあるモノとはいったい何なのか。鈴木さんがどんなゴールを見据えているのか。鈴木さんは私をどこに誘おうとしているのか。全く見当がつかない……と言えば嘘になる。だが、私の月並みな予想が鈴木さんたちに通用しないことはこれまでも散々思い知らされてきた話だ。鈴木さんのペースに飲まれるままよからぬ想像をするより、ここはさっさと答えを引き出してしまうのが最善の一手だろう。
「別に明確な何かを求めているわけじゃないよ。『その先』についてもはっきりとしたビジョンがあるわけじゃない。強いて言うなら私たちとしっかり向き合ってほしいってくらいかな。私たちと共に過ごす中で何を感じるのか。何を得るのか。そして、それを踏まえたうえでどんな道を見出すのか。そのすべてはあなた次第だからね。」
ほらみろ。案の定訳のわからないことを抜かしてきやがった。人生を預けてほしい。自分たちの想いに応えて貰いたい。まずは友達から始めていきたい。だけど、そこには明確な目的もゴールも存在していない。なぜなら、それを決めるのはこの私次第なのだから…。
…ダメだな。ここまでの話を簡単に整理してみたが、私には鈴木さんが何を言っているのかさっぱりわからない。鈴木さんが何を考えているのか全く理解することができなかった。ただ、それでも一つだけはっきりしたことがある。それは、鈴木さんたちがこの私と『友達』になるのを望んでいるということ。彼女たちが何を考え何を期待しているのかは見当がつかないが、何はともあれ『まずは友達から始めよう』って指針があることだけはまごうことなき事実だろう。ならば、この場面で私が出すべき回答は……。
「…悪いけど私にはあなたの話がちっとも理解できなかった。だから、やっぱり人生を預けろなんて申し出は受け入れられないよ……。」
書面の契約でも口約束でもよくわからないモノにホイホイと了承の意思を示しちゃいけない。そんなことは社会生活を営むものなら誰しも留意すべき一般常識だ。
鈴木さんたちが悪意を持って私に近づいてきたのでないことは承知している。鈴木さんたちが本気で私のことを想ってくれているというのは十分すぎるほどに理解した。それでもやはり、人生を預けてほしいなどという突拍子もない話を承知できるわけがない。赤の他人に生きる道を委ねる選択を取れるはずがないだろう。
…少なくとも、鈴木さんたちの考えが掴み切れていない現状では…な……。
「…私はまだ鈴木さんたちのことをよく知らない。あなたたちも私の本質をまったく理解できていないって思う。それを踏まえての『まずは友達から始めよう』ってことなんだろうけど…。」
申し出を断られているというのに、鈴木さんはうっすらとした微笑を携えたまま黙って私の話に耳を傾けている。彼女はきっとわかっているのだ。私が今何を考えているのか…。どんな想いを抱えているのか…。どんな言葉を紡ごうとしているのかを……。
「友達っていうのは何かしらの打算や共通の目的があって結ばれる関係じゃない……と私は思っている。だからさ……。」
私は鈴木美玲の掌で踊らされている。いや、鈴木さんと瑠花の掌で踊らされていたと言った方が正確か。あの日の放課後も…。国分さんたちとのやり取りも…。ここまでの長ったらしい話も…。今にして思えばすべては私からその言葉を引き出すために仕組まれた布石だったのだろう。だが、それがわかったところで今更どうしようもない。私はまんまとこいつらの術中に嵌ってしまった。私は彼女たちと同じ望みを胸に抱いてしまったのだ。まあ鈴木さんと瑠花はもっと先の絵図まで描いているんだろうけど…。
「…『まずは友達から始めよう』じゃなくて、ただ純粋に『友達になろう』……って感じじゃダメ…かな…?」
友達という概念は人生のテーマに成り得ない。私の抱くこの価値観は今でもまったくブレていないし、今後もそれが変わることはないと思う。だが、私は別に友達という存在そのものを否定しているわけではないし、友達なんて必要ないみたいな拗らせをしているわけでもない。現実にしろ創作物にしろ、友達の存在は物語を彩る極めて重要な要素の一つだ。他者との関りを持つことで人は成長し、心を癒し、遠大な道を歩んでいくことができる。友達は人生の主題には成り得ないが、主人公が道を歩む中で支えや標になってくれる存在なのだと私は思っているのだ。
鈴木さんは先ほど私が友達と言う存在に価値を見出していないなどと言っていたが、その指摘は完全なる見当違い。私に友達がいないのは独り善がりで擦れた人間性が故であり、他者との関りを敬遠しているわけではないのである。
…まあ要するに何が言いたいかと言うと……。
「…私は何の価値もなくて。…自分勝手で。…生きる喜びも意味も持たない空っぽの透明人間でしかない。……それでも。こんな私でも良ければ……。そ、その…。友達になって貰えないかな…?」
さっきも言った通り、人生を預けろとか想いを受け止めてほしいとかいう頓珍漢な申し出を受ける気など私には微塵も存在しない。ただしそれは、鈴木さんたちに対してマイナスの感情を持っているからとかではなく、現時点はあらゆる面で理解できていないことが多すぎるためって言うのが主な理由なのだ。これも繰り返しになるが、私は鈴木さんたちに対してそれなりに好意的な印象を抱いている。鈴木さんたちのことをもっと知りたいと思ってしまっている。私が気恥ずかしさを押し殺して先のセリフを述べたのはそういう背景があってのことに過ぎないのだ。
それに……。
「…こちらこそよろしく、希美ちゃん。希美ちゃんからその言葉を聴けて本当にうれしいよ。自分を卑下する癖は相変わらずだけど…。その辺はこれから友達として過ごす中で徐々に直していけたらいいかな。それが私たちの目的でもあるしね。」
打算や目的意識などない純粋な友達関係を築きたいと言ったつもりだったが、どうやら私の言葉は正確な形で鈴木さんの耳に届かなかったらしい。しかし、私にそれを咎める資格など皆無であろう。なぜならば、私もまた純粋な想いのみで彼女たちとの友人関係を望んでいるわけではないのだから。
「…あなたたちと友達になりたい。これは間違いなく私の本心だよ。けど、それがすべてじゃない。あなたたちの傍にいれば私は小鳥遊さんとの間にあった出来事を…。欠けている記憶ってやつを思い出すきっかけがつかめるんじゃないかと思った。私にもそういう打算的な想いがあるってことはあらかじめ宣言させてもらうよ。」
小鳥遊さんとの件を本当に思い出したいのかと問われれば、正直言ってかなり微妙なところであるってのが私の本音だ。瑠花曰くその記憶は思い出しても益どころか損にしかならないトラウマってやつらしいからな。だが、その存在を知ってしまった以上その中身に興味を抱いてしまうのが人間の性というモノ。鈴木さんや瑠花に話す気がないと宣言された以上積極的にアクションを起こす気はないが、一緒に過ごす中で何か取っ掛かりがつかめるのではないかと考えるのは極々自然な流れだろう。それでもそんな想いを隠しつつ友人関係を営むのはフェアじゃないと私は思った。鈴木さんが腹に抱えた何かを隠そうとしていないのであれば尚更な…。
「もちろんわかっているよ。と言うより、むしろ私はあなたにそのことを思い出してほしいほしいと考えている。瑠花ちゃんとの約束があるから詳しいこと話せないけど、あなたに奈緒のことを忘れたままでいてほしいと望んでいるのはあくまで彼女だけだから…。」
…こいつ。ここにきてまた気になる発言をブチかましてきやがった。私が忘れたままでいてほしいと望んでいるのは瑠花だけ?鈴木さんは私に小鳥遊さんとのことを思い出してほしいと考えている?……駄目だ。本当に訳が分からん。こんな情報をばらまいておいて詳細は何も話さないだなんてさすがに酷すぎるんじゃないか、鈴木さんよ。
「まあそのあたりのことは機会があれば話すよ。さ、それじゃあ今日のところはこれでお開きにしましょう。今後のことについては全員が揃ってからってことで。」
…最後の最後までとことん振り回してきやがる奴だ。しかしまあ、今日のところはこれで解散ってのだけは私も賛成だな。色々と情報を詰め込み過ぎたせいで頭がパンクしそうだし、精神的にもかなり疲弊していたところだ。友達になるという盟約を交わしたせいで今後は心労の絶えない日々が続くだろうし、せめて今日くらいは何も考えずゆっくり惰眠を貪っておかなければな。
「そうだ。せっかく友達になったわけだし、これからは私たちのことを苗字じゃなくて名前で呼んでほしいな。友達だからって必ずしも名前で呼び合うわけじゃないんだろうけど、私たちの場合こういう小さな積み重ねが大事だって思うから。そういうわけだから改めてよろしくね、希美ちゃん。」
……本当に最後の最後まで…。どこまで私の精神に負荷を与えれば気が済むんだよ、このクソ馬鹿アホ女が!




