45話 『最強種族登場って話』
「はー!すっきりしました!行きましょうお客人!!」
「すっきりした!じゃねぇだろアホメイド!建物ぶっ壊れてるぞ!?」
俺は吹き飛ばされた建物を指差す。
さっきまでそこに建っていたはずの建物は、見るも無残な姿へと変わり果てていた。
「むふふー大丈夫ですよお客人!この神鬼家には莫大な資産があるのですぐ直せます!それに隠蔽対策の根を張る事にも用意周到なのです!」
「えっへん!」
またしてもナヲは誇らしげに胸を張る。
「神じゃなくて闇の一族じゃねぇか……」
まぁ、神鬼の家らしいといえば、神鬼の家らしい考え方だが。
あいつの根回しのうまさは、どうやら家譲りだったわけか。
……まぁ、角は受け継がれなかったみたいだがな笑
俺はそんなことを考えながら、ナヲに連れられて門の中へと入っていく。
「らったらー♪たったららー♪たったったー♪」
ナヲは鼻歌を歌いながら、軽快なステップを踏んで俺の前を歩いている。
さっきまで大泣きしていた奴とは思えない。
「随分上機嫌だな。いつもそんなテンションなのか?」
「やだなーお客人!いつもじゃ無いです!今日が特別なんですよ!」
そう言うと、ナヲはさらに上機嫌になった。
「らんぱらぱー♪ぱっかぱっかたー♪」
再び意味の分からない鼻歌を歌いながら、楽しそうに歩いていく。
年齢的には俺よりも大人だろうに、かなりガキっぽいふざけたメイド長だ。
「ねぇねぇお客人!これ何に見えますか!?」
突然、ナヲが立ち止まる。
そして両手をグーの形にして重ね、そのまま俺の目の前へ突き出してきた。
「いきなりなんだよ……」
その手を見て、俺は首を傾げる。
(……この遊び、子供の頃によくやったな)
両手でグー、チョキ、パーをそれぞれ作り、それを組み合わせて別のものに見立てる、子供じみた遊びだ。
グーが二つ。
この形なら――
「ゴーレムだろ?」
「ぶっぶー!!手が重なってるだけでしたー!」
「ぶっ殺すぞお前ッッ!」
ナヲのあまりにも子供じみた答えに、俺は思わず声を荒らげた。
「えへへー!」
何がそんなに嬉しいのか、ナヲは満面の笑みを浮かべている。
……元々、子供じみたところのある奴だとは思っていた。
だが、その要素にプラスして相当にテンションも高いらしい。
「この日を10年待ってたとか言ってたけど、そのテンションが高い理由はそれのせいなのか?」
「ご明察です!お客人!」
そう答えると、ナヲはくるりと俺の方へ振り返った。
「角無様と会えるチャンスなんて今まで全くありませんでしたから!これが10年目にして--そして初めて二人で会える時なのです!!」
「初めてって……あんた神鬼家のメイドじゃねえのかよ?なんで会えないんだよ神鬼に」
「う、うーん……レアキャラだから?ガチャでいえばSSRの方だから?」
「なんだそのふざけた理由……そんなつまんない嘘つくなら俺は帰るぞ」
「ままま待ってください!お客人!言います!言いますから!」
ナヲは慌てた様子で両手をぶんぶんと振り、俺を引き止める。
「実は……私たち神鬼家のメイドが仕えているのは角無様ではなく、裂鬼様のみなんです」
「裂鬼様……? あぁ、もしかして神鬼の妹か」
「ご明察です!」
そういえば、ニュースで何度か見たことがある。
神鬼家のお嬢様が生まれたとかで、当時はかなり騒がれていた。
あれは確か――十年ほど前だったか。
だから、俺は昔から神鬼に妹がいることだけは知っていた。
名前までは朧げだったが……そういえば、母親が、
『この子は激エロに育つわ』
なんて、今思えば早速侮辱罪で捕まりそうなことを言っていたのをよく覚えている。
「神鬼姉の方に仕えない理由は、角が無いのが理由か?」
その言葉を聞いた途端、それまで騒がしかったナヲが静かになった。
そして、ゆっくりと首を縦に振る。
「やっぱ神じゃなくて闇じゃねえか……」
姉妹で優劣をつけたうえ、一族ぐるみで差別する。
まともな一族とは、とても思えない。
自分自身のことではない。
それなのに、なぜだか無性に腹が立った。
「だから私はずっと待っていたんです……下界の人が角無様にお会いに来ることを」
先ほどまでの明るさが嘘のように、ナヲがぽつりと呟く。
「角無様のいる離れのお部屋は特殊な魔力で封印されていて、下界の人の魔力でないと開かない仕組みになっているんです」
「ふーん、随分厳重に守られているんだな。差別している割には」
「守ってなどいませんよ!!」
ナヲが突然、声を荒らげた。
その表情からは、先ほどまでのふざけた様子が消えている。
「あれは神鬼家の敷地を中と外とで完全に乖離させる障壁です--!いわば角無様を部外者として、この神鬼家の敷地から完全に隔離する最低なモノなんです!!」
「そこまでするのかよ、この家の奴らは……」
思わず言葉が漏れる。
屋敷の中にいるのに、家族からさえ隔離される。
はっきりいて、異常だ。
「はい……腐っている人なので、御党首様は」
「御党首、ね」
俺は、ふとこの前の学術対抗戦のことを思い出した。
スラミとヴォルガの試合直前。
観客席に現れた、あの白髪のロン毛のイケメン。
あの男がこちらを見た時の、冷たい黄金の瞳。
まるで俺なんか最初から存在していないかのような、侮蔑に満ちた視線だった。
あの時、神鬼もかなり怯えていた。
神鬼のその様子からしてまともな奴ではないとは思っていたが――まさか、身内に対してもここまでやる奴だったとはな。
神とは名ばかりの心の狭いやつだ。たかだか角一本の事で。
「そういえば今日はボディガードがいないとか言ってたけど、何が理由なんだ?」
ふと、このだだっ広い敷地に不自然なくらい人がいない事が気になり、俺はナヲに問いかける。
「あー……それ聞きます?」
ナヲが、露骨に嫌そうな顔をした。
さっきまでの能天気な表情とは打って変わり、心底関わりたくないと言いたげな顔だ。
「なんか次期神?である裂鬼様の10歳の戴冠式らしいですよ?」
「戴冠式?」
「そうです。神鬼家には10を数える歳になると新たな神として戴冠の儀式が行われるんです。そして裂鬼様が10歳になられるのが今日、と言うことのようですね」
「なるほどな」
つまり今日は、神鬼家にとって特別な日というわけか。
だからこそ、屋敷の警備に当たっていたボディガードたちも、そちらへ駆り出されているらしい。
「ま、私の知ったことではないですけどー」
ナヲは急に興味を失ったように言った。
(お前は裂鬼様のメイド長じゃなかったのかよ……誰よりも知っていろよ)
「神ってそんなすごいんですかね。確かに他の怪人さん達より能力はちょこっと強い系なのかも知れないですけど、別に普通の怪人なのに……」
「メイドのお前がそれを言うのか、首が飛ぶぞ」
「ぁ……あぁ!そうでした!ありがとうございます!ぇと……」
ナヲは何かを思い出したように、ぽんと手を叩く。
そして、俺の顔をじっと見つめた。
「そういえばお客人、お名前はなんと仰るのですか?私、お客人のこと、お名前でお呼びがしたいです!お友達になりましたし!!」
「別に友達では無いが……」
メイドと客人じゃなかったのか俺とお前は……。
「……まぁ、いいか」
俺は口を開いた。
「淫鬼夜ひなた。どうせもう会わないだろうから忘れていい」
「なるほど、ひなたさんですか!フェニックスみたいに、暖かくて素敵なお名前ですね!」
「そ、そうかありがと……」
ここまで真正面から名前を褒められるのなんて、久しぶりだった。
そんな俺が珍しく照れている瞬間だった――
「ここにおられましたか!お嬢様!」
突然、背後から声が飛んできた。
「お嬢様……?」
俺は声のした方へ振り向く。
すると、こちらへ向かって一人の女性が駆けてきていた。
ナヲと同じメイド服に身を包んでいる。
走るたびに九本の尻尾が大きく左右へ振られ、その姿はまさしく九尾の一族の怪人だ。
そんなことを考えている間にも、女性は俺たちの前まで駆け寄ってくる。
「ようやく見つけましたよ!お嬢様!」
そう言うと、そのメイドはナヲの腕を掴んだ。
「お嬢様……? メイド長じゃなくてか?」
俺は思わずナヲを見る。
確かによくよく考えてみればメイド長の雰囲気は全く感じられない。
というかメイド長なのだとしたら、仕える主人である神鬼裂鬼の戴冠式に出席していないのはおかしい。
だったらこいつは一体、何者なんだ?
「戴冠式だというのに何をされているんですか!?」
九尾のメイドがナヲの腕を掴み、血気迫った表情で怒鳴る。
「も、もう!いいじゃん別に!分身が式場には代わりに出席してるでしょ!?」
「大事な戴冠式に分身で出席される神が、どこの世にいると言うのですか!」
「ここにいますー!」
ナヲはそう言うと、子供のように舌を出した。
「あっかんべー!」
「お、お嬢様!公然の場で舌を出すなんてなんてはしたない!」
「はしたないも何もあるもんか!私は私のやりたいことをやるんだもんねー!べー!べー!あっかんべー!!」
(……なんて子供じみた奴だ)
「全く、減らず口を言わないで早く行きますよ!」
痺れを切らしたメイドが、再びナヲの腕を掴む。
「お、おい待てよ!」
俺は慌てて二人の間に割り込み、さらにメイドの腕を掴んだ。
「そいつ連れてかれたら神鬼の場所わから無くなるんだが!」
「何ですか貴方……。なぜ部外者がこの屋敷に」
途端、メイドの切れ長の目が、眼鏡の奥から鋭く俺を睨みつける。
「しかもその陰鬱とした魔力--侵入者ですか!?」
メイドの背後で、九本の尾がざわざわと蠢き始める。
九本の尾がそれぞれ意思を持っているかのように揺れ、明確な敵意を俺へと向けていた。
「ちょ、ちょっと待て!俺はただ神鬼に学校の届け物をしにきただけで!」
「嘘おっしゃい!そんな客人が来るなどという情報は--」
「もう!うるさい!」
その瞬間だった。
ナヲの身体から、まばゆい光が放たれた。
「なっ……!?」
あまりの眩しさに、俺は反射的に腕で目を覆う。
だが、その隙間から見えたものに、俺は思わず息を呑んだ。
「……あれは……角?」
ナヲの頭に被せられていた頭巾が、光に弾かれるように外れる。
そこから現れたのは――額から真っ直ぐに伸びる、巨大な一本の純白の一角。
それは黄金色の光を放ち、周囲を照らしていた。
「『眠って!』」
ナヲが叫ぶ。
その声と同時に、彼女の角から放たれた光が一瞬だけ強く輝いた。
「情報は……入って……な……ぃ…………」
メイドの身体から力が抜ける。
そのまま、支えを失った人形のように地面へと倒れ込んだ。
「し、死んだ--?」
「物騒なことを言わないでください!眠っただけです!」
「眠った……?なんで急に」
俺は倒れたメイドを見下ろしたあと、ゆっくりとナヲへ視線を戻した。
「てかその角……お前一体……」
黄金に輝く一本の角。
俺はそれから目を離すことができなかった。
ユニコーン族の角とは明らかに違う。ただ美しいだけじゃない。
その輝きを見ているだけで、本能の奥底から警鐘を鳴らされているような――そんな、底知れない恐怖を感じさせる。
少なくとも、俺の知っているどの種族にも当てはまらない。
「ぐぅぅ……バレてしまっては仕方ないですよね。このまま隠し通すつもりだったのですが……」
ナヲは困ったように笑う。
そして、頭に手を伸ばしすと、髪留めを外しゆっくりと髪をほどいていく。
今まで頭巾の下に隠されていた長い髪が、肩から背中へと流れ落ちた。
「この人が眠ったのは、この世界で神のみが使える神術--全てを支配する神なる鬼族にのみ与えられた力です」
「神術……?」
聞き慣れない言葉に、俺は眉をひそめる。
ナヲはそんな俺を見つめながら、静かに続けた。
「そして、この角の理由は--」
言葉が途切れる。
次の瞬間。
ナヲの身体を、再び眩い光が包み込んだ。
「なっ……!」
あまりの輝きに、俺は再び目を細める。
黄金の光が彼女の輪郭を覆い、姿そのものを塗り替えていく。
やがて光が少しずつ薄れていき――そこに立っていたのは、先ほどまでの騒がしいメイドではなかった。
この世のものとは思えないほど純白で、神々しい長い髪。
真紅の浴衣の装いとその髪を風に揺らしながら、少女が静かに立っている。
そして、その顔を上げた。
黄金に輝く瞳が、真っ直ぐに俺を見つめる。
「嘘をついてごめんなさい。ひなたさん……」
――違和感。
俺は思わず息を止めた。
声が空気を振動させているわけではない。鼓膜を震わせているわけでもない。
その声は、まるで空間そのものに言葉を刻み込み、世界そのものに響かせているかのようだった。
不思議なことに、そこには強烈な安心感がある。
だが同時に、全身が警鐘を鳴らしていた。
近づいてはいけない。
目を合わせてはいけない。
抗ってはいけない。
俺の中にある、理性よりもさらに深いところ。
生物としての本能が、目の前にいる存在を前にして、ただひたすらに「跪け」と告げている。
俺はこれまで、数え切れないほどの強者を見てきた。
魔力の強大な奴もいた。
それでも――こんな感覚は初めてだった。
「……なんだ、これ」
思わず声が漏れる。
圧倒的な魔力を感じるわけじゃない。
殺気を向けられているわけでもない。
ただそこにいる。
それだけなのに、この空間そのものが彼女を中心に成り立っているように錯覚する。
そして俺は、ようやく理解した。
この世界に存在する者たちの中で頂点に立つもの--
神。
その言葉の意味を、俺はこの瞬間、初めて理解した。
「私こそ、次代の神位を継承し、この世界を統べる神鬼家の次期党首――」
少女は一度だけ息を吸う。
「神鬼裂鬼--そのご本人です!」




