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妖精眼のパンドラ  作者: 文車
第三次巨人戦争 中編
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「久方振りの謁見なれば。御健勝のこと、まこと慶び申し上げる」

『怖気が走る。様相など好きにしろ、畏まられるこちらの気分が悪くなるわ』

「そうかい。では楽にさせて貰おう」

 にたりと蛇のように笑ってテオドールは胡坐をかく。命じたのは自分だがゼウスの顳顬(こめかみ)がぴくりと動いた。

「さて。不死の巨人について詳説せよ、だったか」

『ああ。疾く申せ』

「急くなよ。そうさな、端的に言うなら御前達がギガントマキアで戦った巨人とそう変わらん」

『…!あのおぞましいギガースとか』

「その通りだ戦女神。彼奴等(あいつら)の不死性は大地に足を付けている限り続き、それを破り斃せば以降地に足が付いても蘇らん。ただ神に殺せんかと問われればそれは分からんな」

『へえ。神でも殺せる、って?』

「あれの『発生源』は御前達も予想が付くだろう。彼奴等は産まれて戦うばかりで後天的に神への不死性を与えられた気配は無い。そも、大元の性質は霜の巨人(ヨトゥン)。ギガースでは無い。どうも、『あれ』を掻き集めている奴等がいるようでな。ギガースの性質を獲得したのも其処から引っ張られてしまったのだろうさ」

 テオドールの言った『あれ』に神々は心当たりがあるようで、開け広げなものではないが視線がある男神に集まる。類い稀なる鍛冶の神「ヘパイストス」はしかし、表情を変えず瞑目したまま一言も発しない。

『お待ちなさい。そうであれば、あの者達の魂は今下界にあるということですか』

「かも知れんな。放っておけばその本能に従い矛先は御前達に向けられてしまうやも知れん」

『なんという……!』

『事実であろうと不用意な事を喋るな。…そうなると、人間だけでやらせるのは酷だな』

『徐々に知恵をつけているというではないか。ギガントマキアーと同じ手は使えんだろう』

『…そうなると、どうするのです?』

 アテナが怪訝そうにポセイドンを見やる。

『兄者に出てもらう他あるまい』

「……親父殿に出ろと申すのか」

 ポセイドンの発言にさしものテオドールも眉を顰めた。冥府の王であるハデスの職務は天上の神々の役目とはまるで異なる。その役目を放棄してまでと言いたいところだったが、同意したゼウスの言に異を返すことはできなかった。

『…ギガースの魂が外に出たならそれは死者の管理、すなわち我らが兄ハデスの職務であろう。先に聞いていた霜の巨人の特徴と照らし合わせてもそれはギガースの可能性が高い。そうなれば時間はかけてられん。ハデス神の権能ならばあのひと振りで事がなせよう』

 神々の半数が頷き同意する。頷いたのはハデスの兄弟神達で、ゼウスの子供、いわば第二世代の神々はそれを知らないようだ。

『では今回の巨人についてはハデス神に一任する。兄者であればお前も文句は無いだろう。よく仕えよ』

「承知。…ヘルメス神によく取り計らい頂くよう、お伝え下さい」

『ッ』

 テオドールが出て行くとヘルメスの玉座に座っていた「ヘルメス」が消える。ヘルメス本神は当然ながら下界でステュムパリデスを行使しておりここにはいない。玉座に座る「ヘルメス」が本物でないことをテオドールは見抜いていた。

 だがテオドールは怒っていたのではなく、単に術を見破られた神の一瞬の動揺を愉しんでいただけに過ぎない。今回崇と対峙することになったのはヘルメスだが、オリュンポスの神は誰であれ崇を傷付けることは出来ないと知っているからだ。

『よ~おテオドール。あれから崇はどうだったよ』

「おや戦神殿。相変わらず暇で何より」

『けっ、普通にしてろ気持ち悪い。しっかし、いや~頼られんのもあれで二回目だぜー?参っちまうよなぁ~。まっ、悪い気はしねぇケド』

 オリュンポスの「外れ」に向かうテオドールにかなり強めの勢いで肩を組んできたのはアレスだ。わざわざ人間サイズになってまでテオドールに絡みにきたというのも裏がありそうだが、それは違うとテオドールは勘付いていた。

「只の自慢なら離せ。重たいだろう」

『まあまあ。今崇いくつになった?』

「…確か九十三ではなかったか」

『お前そんなんだから女の一人もいねえんだよ。…しかし、はぁん……九十三ねえ』

「それが何だ。(おれ)はさっさと体に戻りたいんだよ」

 今更手を出そうとするのかとテオドールは言ったが、アレス、否、「マルス」の表情に足を止めた。

『崇の奴、ほぼ成熟しているぞ。九割六分といったところか。一応聞くが、十八の頃には身体は出来上がっていたな?』

「…ああ。だが性徴はほぼ無いに等しかったぞ。今も見る限り発育はしていない」

『じゃあ尚更危ないだろう。元凶からして近いうちに成熟するぞ。…どうする気だ』

 先の軽薄さは微塵も無くなり、マルスは真剣そのものだ。それはギリシャからやや離れた地域で信仰されている彼の一面だが、普段はほとんど出る事のないその側面を見せているということは相当の事態が起こることを予見させる。

「…あれの精神を信じるしかあるまい。外の神が手を出さんよう見張るのがお前達の仕事だろう」

『…ああ、そうだな。まあ、お前が躊躇うことはないと知っているが、引き継がなきゃならねぇなら、すぐに呼べよ』

 念を押すとマルスは「アレス」に戻る。男を見送る趣味は無いと、自分の住処へ帰って行った。


* * *


「はあッ……はあッ……」

『……』

 テオドールがオリュンポスに向かってから、地上では六十五時間が経過していた。

 あれから崇はろくに休息をとらず戦い通していた。巨大化したステュムパリデスをすぐに倒しきることは不可能だと判断した崇は、まずテオドールの体を護る結界を大幅に強化し不意打ちで死なせることのないよう万全の陣を張り続けて魔法を使っている。ステュムパリデスは神の創造物とはいえ鳥であることに変わりないようで、夜になればその動きは鈍り守りを重視するようになった。

 だが完全に動きが止まる、眠るなどすることは無く隙を見つければ羽ばたきで竜巻を起こし毒液銅羽根を飛ばしてくる。崇は長期戦を得意とする魔法使いだが、物理攻撃を仕掛けてくる相手には純粋に体力の消耗を余儀なくされるため相当疲弊していた。

(まだ膝はつかない!ついてなるものか……!)

『ギュイッ!ギュイイッ!』

「はぁっ!!」

 嘲笑うようにステュムパリデスは崇の足を狙い羽根を飛ばす。その様子をヘルメスは遠くから微妙な面持ちで眺めていたその時、空に赤く輝く何かを見つけた。

『……?』

(――あれは!)

 その光は溜め池に向かって真っ直ぐに落ちてくる。神気を帯びたその光にステュムパリデスは攻撃を止めたが、その光の正体に気付いた崇がその落下地点に駆けたのと同時にヘルメスも走った。

(まずい!あれが落ちたら流石にあのステュムパリデスも無事じゃいられない――)

 ヘルメスが地に落ちる光に手を伸ばすが僅かな距離で届かない。その光が草地に落ちたその瞬間、広がった神の豪炎がステュムパリデスを焼き尽くした。

『ギアアアアアアアアッ!!!!!』

『くっ……!』

 ヘルメスが怯んだその一瞬に崇は地面に落ちた光を掴む。それが崇の手の中に納まったその時、今度は崇を包み守るように炎が燃えた。

 落ちてきたのは矢じりだった。矢の部分はとうに燃え尽き、隕鉄の矢じりだけが崇の手の中にある。その炎は崇の傷、消耗を癒し、この池に辿り着いた時以上の状態にしてみせた。

『――ヘーパイストス!!これはどういうつもりだ!?今更創造主ぶろうとでもいうのか!!』

 ヘルメスが明らかな怒りの声を上げる。真意を見せない雄弁と計略の神らしくなく、眦を強く吊り上げ天を睨みつけた。

『蛇が戻るぞ。……そこにいたままでは「敵対していた」と捉えると思うが』

『……っ』

「……ヘルメス様……」

 自分で思っていたよりも細い声に崇も驚いたが、ヘルメスは怒りを解き崇に近づく。

『…ごめんね、大きな声出して。テオドールが戻ってくるから、僕は帰るよ』

「……」

『傷はないね。……やっぱり、ごめんね。…嫌いにならないでほしい。…何言ってんだって話だけど……』

「…いえ。ゼウス神に命じられての行為ということは分かっていますから」

 白い指が崇の輪郭を撫でるが彼女の言葉にその動きが止まる。

「そんなに訴えかけなくても師匠に告口などしません。ヘルメス神自身が私を傷付けようとやって来たのでは無いのですし。…そもそも、そんなに念を入れるのは私が『オリュンポス(あなたがた)が大切にしなければならないもの』だからでしょう。分かっていますから、斟酌なさらないで下さい。私には(むな)しいだけです」

『――……』

 ヘルメスの指が崇の頬から離れる。その金の睫毛を俯かせたまま、ヘルメスは溜め池から姿を消した。



 数刻もかからずテオドールは目を開けた。崇に結界を解かせ立ち上がり、諸々の関節の動きを確かめるなどして辺りを見回す。溜め池周りの空間は不自然なほど何も変わっていない。

「障りは有ったか」

「いえ、特に」

 テオドールは誰が自分を狙って来たかは分かっていたが、それ以上崇に訊くことはしなかった。フレイミアに分身を飛ばさせ、村に戻ることを伝えておく。

「戻るか」

「はい」

 朝焼けと共にしっとりと露を含む草地から二人の魔法使いが離れていく。神代の名残は何も変わること無く、ただひっそりと残された。



(続)

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