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リョウコからの手伝い料


「リョウコ?」

「探しましたよ、アキオさん」


 光の中でリョウコは微笑んだ。その魅惑的な美しさにおれは返事をすることも忘れて、ただぼうっと眺めることしかできなかった。


「今回はアキオさんのおかげでなんとか無事に個展を終えることもできました。本当にありがとうございました」

「まあ、いろいろと意外な方向にいっちゃったけれどね」


 おれは軽く頭を掻く。まさか脅迫状を送りつけた相手がコウジだったとは、さすがにリョウコも思わなかっただろうな。もっとも、それすらこのイベントを成功させるためのやつの奥の手だったわけだけれど。


「それでわたし、まだアキオさんに手伝い料をお渡ししてなかったので、そのことでアキオさんを探していたところだったの」

「そうだったんだ。悪かったな。ちょっとコウジと込み入った話があったからさ。ここじゃ寒いし、いったん会場に戻ろうか」

「いえ、ここで」


 そういってリョウコはこの場を離れようとしたおれの腕をつかんで引き留める。突然のことにおれの心臓がとくんと強く鼓動を刻む。彼女はつかんでいた腕をそっと離すと、ジャケットのポケットから手帳を取り出し、その間に挟んであった小さな紙片をおれに差し出した。それを受け取って、港の明かりに浮かび上がった紙面を見たおれは一瞬それがなんなのかを理解できずに、眉をひそめていた。


「この写真、クリスマス時期にきた巨大客船の歓迎セレモニーか?」

「はい。ちょうど、地元の南海大島高校の子たちが歓迎レセプションで島唄を披露しているところです」


 そこに写るのは巨大客船を前に島唄を歌う四人の女子高生で、全員がハルナと同じ制服を着ていた。


「へえ、みんな美少女だ。でも、おれはさすがに女子高生には興味ないけど」

「ちがいますよ。その乗客の一団の前のほうに写っている女性です」


 そういわれておれは写真が良く見えるように顔を近づけてみるも、おれ自身が港の明かりの陰になってしまってよく見えない。スマホをとりだしてその画面の明かりを写真に近づけて、なんとかその乗客の顔が判別できる明るさになる。

 その最前列にならぶ顔をひとつひとつ見ていき、おれははっと息をのんだ。


「これ。ここに写っているのって……」

「確証はありません。でも、そこに写っている乗客の女性は越智おち愛朱那あすなちゃんだと思います。わたし、アスナちゃんがやっていた路上島唄ライブを何度も見に行っていたんです、だから間違いないと思って……」


 おれはもう一度写真に目をむけた。島唄を歌う彼女たちを取り囲むようにして見物している乗客たちの中、楽しそうに笑う一人の女性。それは、おれがずっと彼女の真横で見てきた、そして、あの日におれが永遠に失ったと思っていたアスナの笑顔だった。こみ上げる嬉しさと、胸が締め付けられるような苦しさが一緒くたになった声でおれはいう。


「ああ、アスナだ。毎日一緒に音楽やっていたおれがいうんだ、間違いない」

「わたしが教えられることは彼女が台湾行きのクルーズ船に乗っていたということだけ。彼女が誰と一緒だったのか、どこに住んでいるのか、そんなことまではわかりません。その写真はアキオさんにとってはなんの役にもたたないものかもしれません」

「そんなことはないよ。少なくとも、おれには二つのことがわかった。一つはアスナが生きているということ、そしてもう一つは、アスナがふたたび笑えるようになっているってことだ。それがわかっただけでもこれまでの空白の時間を大きく埋めることができた。ありがとう」


 おれが礼をいうと、リョウコは途端にその涼しげな眼にどこか鋭い光がともったようにおれの顔を真正面から見つめてきた。


「もし、アスナちゃんの記憶も声も戻っていて、アスナちゃんがもう一度歌を歌えるようになっていたとしたら、アキオさんはまたアスナちゃんと一緒に音楽をやりたいと思いますか?」


 その質問の真意はおれにはわからなかった。彼女を音楽をやりたいかといわれたらもちろんやりたい。けれど、おれはもうプロとして音楽の世界ではやっていけないだろう。そうするにはおれは音楽から離れすぎていたからだ。

 対岸で本土へむけて出港する船の汽笛がなった。それをきっかけにリョウコは「戻りましょう、あんまり遅くなると、みんなが勘繰りますよ!」と意地悪な笑みを浮かべて小走りにホテルへむけて駆け戻っていた。

 けれど、おれは手にした写真をぼんやりと眺めたまま、その場を動けずにいた。結局、おれが宴会場へと戻ったのはそれからさらに二十分以上も後になってからだった。当然ながら、パーティの料理はあらかた食い尽くされたあとだった。

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