脅迫者
さて、その日の展示会がどうなったのか。
結論からいえば、無事、大盛況のうちに幕を下ろした、ということになるだろう。もっともあのトラブルがなければいうことはなかったかもしれないが、そのおかげで例の運動会を撮影したムカデ競争の写真については、展示会の中でもなかなか評判の作品になった。
どういうことかというと、作品タイトルとキャプションを差し替え、写真のイメージをがらりと変えてしまったのだ。もともと『激闘』というタイトルがつけられていて、集落ごとの威信をかけた戦い、という説明からとても闘争的なイメージをもっていた写真だったのを、『分身の術?』というタイトルに変えることで、コメディっぽさがでるように、要は印象操作をしたのだ。
キャプションも急遽作り直したものを貼りなおした。
――おなじ集落で育った六人は息ぴったり。仲良しすぎて倒れるときもみんなで一緒、まるで分身の術。レースは負けても、ゴールをした喜びはみんなで六倍
と、こんな感じだ。まあ、おれが考えた文言だからいい出来か、と問われればもっといいキャッチコピーはいくらでもあっただろうとは思う。でも、あの写真を見ただれもが「本当に分身の術みたいだ」といって笑っていたんだから、あながち間違っているというわけでもなかったのだろう。もっとも、おれがいいたかったのはそこではなく、あのときのハルナにこれっぽっちの悪意もなかったのだということだったどね。目線を変えられたという点では成功だろう。
マコトとハルナについては、昼過ぎの客入りがひと段落したところで会場にやってきてくれた。どこか落ち着かない様子のマコトだったが、リョウコが彼女のことを見つけて駆け寄り、そしてマコトを抱きしめながら「来てくれてありがとう」といっていたのを見て、ちょっとだけウルっときたのはみんなには内緒だ。
そうそう、あのあとリョウコを連れていったときに、ワタルからどうやって見つけたのか、と散々たずねられたけれど深夜まであしびばでマコトとおしゃべりしていて寝過ごした、ということにしておいた。マコトには悪いが、彼女なら事情を察してくれるだろう。なにせ、ワタルはこの島を守る警察官なのだ。
ただ、マコトがリョウコを軟禁していたことと、写真を汚したことについてはコウジにだけは耳に入れておいた。やつはいい加減なように見えて、口は堅いし信頼ができるやつだ。それにあしびばの常連でもあるし、変な勘繰りをさせたくなかったというのもある。しかし、おれがコウジにその話をしたのは、あくまでもっと別の目的のためだった。
世界自然遺産登録のためのプレゼンテーションが終わった後、近くのホテルで意見交換会と称してパーティーが開催された。おれたちもマコトの写真展のスタッフとしてパーティーに招待された。
二百人近くの関係者が出席しており、あのプレゼンテーションにこれほど多くの人間がかかわっていたのか、と今更ながらに感心させられた。それを思えば、展示会を無事に終えられたことは、当たり前でありながら、必ずやり遂げなければならないことだったのだと思い知らされ、ここにきてようやくおれもほっと安堵の息をついた。
長たらしい役人の挨拶がようやく終わり、パーティが始まったところで、おれは会場で役場の職員たちと談笑するコウジを見つけて少し離れた場所から呼びかけた。
「コウジ、ちょっといいか」
コウジは盛り上がっている輪を離れると「なんだ」とおれに近寄った。
「少し二人で話したいんだ。一緒に来てくれないか」
そういっておれはやつをつれてホテルの宴会場を抜け出した。なるべく人のいない場所がいいと思い、そのままホテルのロビーをでると、道路を渡ったむこうの埠頭へとむかった。コウジはおれが呼び出したことになんの疑問もないようかのように、だまっておれの後をついてきていた。
「ここならだれもいないか」
埠頭の中ほどで立ち止まると、おれはコウジとむきあった。岸壁に寄せる波がコンクリートを打つ音が一定のリズムで刻まれている。コンテナヤードのある新港に停泊している本土への大型船にコンテナが積み込まれるたびに重々しい音がナトリウムランプのにじむ夜暗に響いた。
「今日は大変だったな。けど、アキオは今回も期待通りに活躍してくれたな。まあ、朝の遅刻がなけりゃ、もう少しスムーズな解決だったかもしれんが。しかし、お前が遅刻とは珍しいこともあるんだな」
コウジは機を制するようにそう切り出した。おれにとっては苦い出来事だったが、それについても思うところはある。
「まあな。これは想像でしかないが、マコトに睡眠薬を飲まされたのかもしれない。前の日、あしびばでマコトにハーブティーを入れてもらったんだが、その後、事務所で気を失うように眠っていたんだ。リョウコも発見したときはあしびばのソファ席に横になっていたからな」
「マコトも随分と手の込んだことをしたもんだな」
「どうかな?」
おれは肩をすくめてみせた。
「実は、マコトと外で会ったときに、彼女が黒い袋を下げていたのを見て、ひょっとして薬局に行っていたんじゃないかとは気になっていた。しかも、商店街の薬局じゃなくて、わざわざ港通りのスーパーマーケットにまで歩いて行ってたみたいだったから、もしかしたらそのときには睡眠薬を買っていたのかもしれない」
マコトが睡眠薬を購入していたのか、実際にそれをおれやリョウコに使ったのか。それについては確認する必要もないだろう。もう過ぎたことなのだ。それよりも、おれはコウジにどうしても確認しておきたいことがあった。やつとまっすぐにむきあうとおれはいたって真面目にたずねる。
「単刀直入にきく。リョウコに脅迫状をだしたのは、コウジじゃないのか?」
「なぜ、そう思った?」
コウジは否定も肯定もせず、おれにその理由を求めた。
「まず、おかしいと思ったのは脅迫状の犯人が、リョウコと一切コンタクトを取らなかったことだ。普通ならば、中止をするのかどうかの結果を確認するはずだし、実際に中止されないとわかれば、別の脅迫手段を使ってきてもおかしくない。けど、そんな様子はなかった。だから、犯人はこの個展を中止することが目的じゃないんじゃないか、と考えた」
「なるほど。だけど、それだけの理由では俺を特定できないはずだ」
「もちろん、それは考える一つのきっかけに過ぎない。もし、犯人がその後の状況を気にしない理由がもう一つあるならば、それは、犯人が逐一情報を知りえる場合」
「つまりお前やリョウコの周辺の人間に絞ったというわけか」
おれはうなずく。コウジはまるで推理小説の結末を楽しむような薄い笑みを浮かべておれの話の続きを待っていた。
「おれはなぜ犯人が脅迫状を出したのか、それがずっと引っかかっていた。脅迫状を出すならば普通はなにかしらの取引を持ち掛けるはずだ。例えば、コウジが裏でおれに仕事を斡旋していることを役所にばらされたくなかったら、おれに酒をおごれ、という風に相手の不利益と自分の利益を交換するものだ。けれど、今回の脅迫状は『個展を中止しろ』だけ。これだと、かえって個展の警備を厳重にされてしまい、妨害行為そのものが実行困難になってしまう。そもそも、リョウコ本人に恨みを持っているならば、彼女のスタジオに手紙を放り込むなんて回りくどいことをせずに、直接彼女に危害を加えればいい。しかし、それもなかった」
「つまり、アキオは個展の中止もない、リョウコ個人への恨みでもないと考えた」
「最初はどちらかといえば恨みの線を疑ったけどな。世界遺産潰しならば直接的にこのイベントを潰しにかかればいいだけだ。でも、リョウコについていろいろと話を聞けばどこでも彼女の評価は高かった。リョウコは一方的に恨みを買うような人じゃない」
おれはポケットから煙草を取り出すと一本抜いて火をつけた。コウジにも勧めたがやつは首を振って断った。ゆっくりと煙を吐き出しておれは続けた。
「おれが違和感を覚えたのは、お前が『役場の人間が関わっているから大事にしたくない』といっていた割には、そのあとで妙に現場のレイアウトや警備計画を気にしたことだ」
「なにかおかしいか?」
「今回のシンポジウムで一枚かんでいたのは市役所の環境対策課だ。おまえの働く保護課とは全くといっていいほど畑違いだ。わざわざおまえが出張る必要もない仕事だが、おまえは『準備にかり出されるかもしれないから』といって、おれにレイアウトをきいただろ? でも、あのレイアウトは最終的にはそっちの環境対策課にいくものだ。もし準備の応援要請があるなら正式なレイアウトは環境対策課が用意をするはずだ」
「アキオからきくほうが早い、それだけの理由だろ」
「でも、コウジは準備の日はあの場にいなかった。もっと別の理由があってあのレイアウトを知りたかったんだ、違うか?」
コウジはニヤリと口元を吊り上げ「例えば?」と短く聞き返す。おそらく、おれの考えは間違っていないだろう。やつからこれ以上の情報を引き出す必要もなさそうだ。
「コウジはあのイベントを妨害しようとしている犯人を知っていた。しかも、それが役場にバレるとおまえの仕事に悪影響がある人物、例えば仕事の同僚なんか過激な反対派だったりするとかだな。そこで、おれの警備計画に便乗して、おまえ自身がその犯人の妨害を阻止しようとした、というところか。そう考えたとき、すべてが繋がったんだ。なぜわざわざ脅迫状を出したのか、そして脅迫状の主からそれ以来コンタクトがなかったのか。それはコウジがリョウコに個展での警戒をさせるために脅迫状を送りつけたたからだ」
「まいったな、別にアキオを見くびっているつもりはなかったけれど、そこまで考えていたとは意外だった」
コウジは「守秘義務があるからな、詳しいことはいえないけど」と前置きをしてから話し始めた。
「俺の受け持つ保護世帯にはワケアリなのもあってな、在留外国人も担当しているんだ。そいつらの中にちょっとぶっ飛んだ思想のやつもいる。ほら、ついこの前、沖縄で世界遺産に油ぶちまけた奴がいたろう。ああいうニュースをみて喜んでるような異常な連中だ」
コウジは困ったもんだ、といいたげに手のひらを天にむけてみせる。
「やつらはこの島に住んで、保護を受けているにもかかわらず、この島が世界自然遺産に認定されるのを必死に阻止しようとしている。まあ、母国のロビイストがしきりにこの島が世界遺産に登録されることへの反対キャンペーンをしまくっているから、そういうのに触発されてるんだろうな。そいつらが、今回のシンポジウムや写真展を妨害しようとしているって情報を耳にした」
「だったら直接、環境対策課か警察に相談すればいいんじゃないのか?」
「不確実な情報でよそのシマの連中を動かしたくなかったし、俺のほうでなんとか食い止めたかったんだよ。けど、妨害しようとしてるやつらは複数人いて連帯感もあるし、俺ひとりじゃ、どうにもコントロールしきれなかった。だから、アキオを巻き込むことにした」
やつは悪びれる様子もなく平然といってのけた。
「おれを巻き込むなよ。そもそも、なぜ直接おれに手伝ってくれって依頼しなかったんだ?」
「俺たちの職場にも筋ってもんがあるからな。今回については俺はあくまで外野だし、役場がらみの案件でおれが守秘義務を破って外部に相談をしたとかいわれたくなかったからな」
なるほどな、それであの電話か。やつがいった、お前がいいんだよ、の言葉の意味にこのとき納得がいった。
コウジはまずリョウコの事務所に脅迫状を送りつけて、彼女からのトラブル解決の依頼をおれに押し付けた。おれはやつにまんまと乗せられてリョウコのトラブル解決に首を突っ込み、結果的にこの世界遺産登録のシンポジウム全体の警備に力を貸したというわけだ。こんなひどいマッチポンプがあるか?
おれが不機嫌な声をあげて抗議すると、コウジは少しだけ表情を引き締めた。
「でも、アキオのおかげでイベントは無事終えることができた、いや、大成功だったといってもいい。もっとも、マコトのあの行動だけは予想外だったけれど、でも結果的にはあれのおかげで妨害工作をしようとしていたやつらも、なぜすでに妨害がされたのかと混乱したのは確かだ」
「仲間内のだれかがすでに実行してしまったと思い込んだってことか。どうりであのときお前がやけにオーバーアクションだったと思ったよ。あの開場待ちの中にその連中がいたんだな」
「正解」と、コウジは頭の後ろに手を組んでヘラっと薄い笑いを浮かべた。
「アキオ、マコトのことは責めないでやってくれないでくれ。おれがあんなことをしなければ、そもそも起こりえなかったかもしれない事件だ。それとこれは俺からの正式な依頼なんだが、マコトとリョウコの間を取り持ってやってくれないか」
「わかってるよ、おれもマコトを責めるつもりなんてないさ。でもお前の依頼は受けられないな」
おれの答えにほんの少しだけ顔をしかめたコウジだったが、おれのノーの答えの理由がすぐにわかったようで「まあ、それもそうだな」とふっと鼻で笑うように短く息を吐き出した。
おれは法律に触れることや、おれがやり遂げられない仕事はしない主義だ。そしておれのやってるなんでも屋『ANY』はだれかの些細なSOSを感じ取り、橋渡しをしてやるのが仕事だ。だけど、マコトとリョウコの間にはしっかりと強い絆が結ばれているんだから、おれの入り込む余地なんてないわけだ。つまり、コウジの依頼をやり遂げる必要なんてなくて、必要のない仕事をやり遂げるのは無理ってこと。
「じゃあ、俺は戻る。アキオはゆっくりとしてな」
「おい、コウジ」
おれの呼びかけに応じる様子もなくコウジは夜のカーテンのむこうへ姿を消した。なんでやつが「ゆっくりしてな」といったのか、おれが考えていると、やつと入れ替わるように港の光の輪の中に、後ろで一つにくくった長い髪を揺らしながら、こちらにむかって歩いてくるシルエットが浮かび上がった。
オレンジ色のナトリウムランプをスポットライトのように浴びて立ち止まったのは、リョウコだった。




