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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
間章 学園編 2
98/179

95 発表

 95


「浮遊技術?」


 寮に戻った俺たちはすぐにカナンの部屋を訪ねて、マルスが図書館の話を提案した。


 カナンは目を覚ましてからも泣いていたのだろう。

 真っ赤な目のまま提案について考えている。

 先に口を開いたのは意外な人物だった。


「それって研究中の技術じゃなかったかしら?」

「あら。ミレーヌ、詳しいわね」


 俺たちが来る前からソファの上で、カナンを膝にだっこしたままのミレーヌが頷く。


「ええ。わたくしとサムエル君の実家は武門の家だから。軍の話は色々と聞こえてくるの」


 ミレーヌがニレイム子爵家で、サムエルがトランジス男爵家だっけ。

 この辺りの知識に疎い俺では判断できないので、頼りになるサブリーダーに視線を送ると、リィナが説明してくれた。


「両家ともサンティエル州の領軍を指揮する家だな」


 その名前は聞いた事がある。

 かなり有名な都市の名前で、上京の途中に魔導列車で通過したはずだ。


「サンティエル州って竜帝国最大の商業都市サンティエルがある?」

「そうだ。立地がいいのだな。昔から交通網の要所として発展しただけあり、竜帝国のあらゆる物品が集まると言っても過言ではない。多くの商人が集まるため、盗賊の発生頻度も高い。そのため、領軍は極めて精強と言われている。ニレイム子爵家は斥候や工作兵などの取りまとめで、トランジス家が騎兵や魔導車などの取り纏めだったか」


 さすがはリィナ印の百科事典。

 見事に解説してくれた。


「さすが、リィナ」

「ふん。貴族に詳しい人間にとっては常識だ。つまらない賛辞はいらない(苦手な分野なら任せてくれ。僕が教えるからな)」


 まんざらでもないのか背中のウサギさんがぴょんぴょんしている。


「そうなのよ、確か実家でも研究してるって聞いた事があるわ」

「それを、私たちで、作るの?」

「ええ。この四人で、ね」


 俺とリィナとマルスとカナンでの共同開発というわけだ。

 とはいえ、現実味を見いだせないのかカナンは難しい顔をしている。


 俺やリィナやミレーヌにとって魔導具は専門外。

 カナンには難易度の高さがわかるのだろう。


「あの、難しい、よね」

「そうね。だからこそ、価値があるのだから」

「はい。もしも、成功したら、すごいと、思う、けど……」


 無理だと思う。

 そんな言葉が続くのだろう。

 マルスも想定しているので頷いて返した。


「あのね、あたしは前から実現できるんじゃないかって考えていたのよ」

「え?」

「リィナ、見せてもらえる?」

「構わないが、ここは狭いな。他に場所はないか?」


 カナンのリビングは意外に色々と物が置いてある。

 図書館で写してきたり、アイディアをまとめているだろうノートや、何かの設計図が床にまで山積みされていた。

 工具や作りかけの魔導具のパーツまで転がっているから踏みつけてしまいそうで怖いな。

 足の踏み場がない程ではないけど、自由に使えるスペースは狭い。


「じゃあ、屋上に行きましょう? あそこなら広いし、便利よ」


 というミレーヌの提案で、俺たちは寮の屋上へと場所を移した。

 金網のフェンスに囲われていて、寮生なら自由に出入りできるらしい。

 二十階建ての寮だけあって近くの建物から抜け出ているので、ここなら人目を心配しなくても大丈夫そうだ。


 さっそく、リィナは竜卵を掲げて呼びかける。


「おいで、キュイ」


 竜卵が輝いた後には翼を持つ大蛇が現れていた。

 広い屋上でもキュイがいると狭く感じられてしまう。

 キュイは指示されるまでもなく俺たちの邪魔にならないよう翼を畳んで、とぐろを巻いて床に頭を寝かせてくれた。


「ひいぁっ!」


 つぶらな瞳と目が合ったカナンが短い悲鳴を上げて固まってしまった。

 いつもならマルスの背中とかに張り付いて隠れるけど、それさえもできないらしい。

 背筋や短いしっぽやネズミ耳をピンと立てたまま動かない。


 ああ、そうか。ネズミ族の亜人であるカナンにとって蛇のキュイは恐怖の対象なのか。

 まあ、無理もない。

 確かに冗談抜きで丸呑みされてしまいそうなサイズだからなあ。

 それに種族的にどうしようもないのだろうな。

 蛇にとってネズミって完全に捕食対象だし。


 昨日はすぐに竜卵に戻していたし、頭の中がいっぱいいっぱいで本能もマヒしていたかもしれないけど、一夜明けて落ち着いたせいで取り乱してしまっている。


「きゅう……」

「よしよし。本当にいい子だな、お前は」


 怖がらせてしまったのを詫びているのか、それとも傷ついているのか、キュイは俺の後ろに隠れてきた。

 しかし、どうして主人のリィナではなく俺の後ろに来るんだ?

 いや、いいんだけどさ。

 とりあえず、頭を撫でて慰めておこうか。


「ふんっ!」

「いや、そこでどうしてリィナが拗ねるんだよ」

「拗ねてなどいない!」


 いや、拗ねてるじゃんとは言わない方がいいな。

 なんだろう。

 頭を撫でてほしいんだろうか?

 幼少期のつらい環境にいたから温もりやスキンシップに飢えているかもしれないし、今度、試してみようかな?


「ほら、カナンも大丈夫だから。リィナのストレンジよ。こわくなーい、こわくなーい」

「ふふ。そうね。平気よ、きっと。かわいいじゃない。でも、本当に大きいわあ。この子が噂の幻獣ちゃんなのねえ。カナンちゃん、ごくりってされちゃいそう」

「ご、ごくりっ!?」

「うふふ」


 こらこら、ミレーヌさんや。

 追い詰められているカナンに追い打ちをかけてやりなさんな。

 さすがにマルスが注意を入れてくれた。


「もう、ミレーヌったら。いたずらはまた今度よ!」

「はぁい」

「え? 私、いたずら、今度、されちゃうの?」

「うふふふふ」


 意味ありげな笑みにカナンがガクブルになってしまった。

 マルスとミレーヌはお互いに小さく笑うと、カナンの頭を撫でてやる。


「ごめんなさい。冗談よ。カナンちゃんはかわいいからからかいたくなっちゃうの」

「ほら。見てごらんなさい。カルロに頭を撫でられても大人しいでしょ? キュイは優しいストレンジだから」

「あう、はひ」


 恐怖はなくならないまでも、硬直からは解放されたようだ。

 これはショック療法的な対処だったのかな?

 視線で問いかけてみたけど、ミレーヌはやっぱり真意の見えない微笑みを浮かべるばかりだった。


 まあ、おかげで会話はできるようになったのだからありがたい。


「じゃあ、カナンはよく見てて。リィナ、お願い」

「ああ。キュイ、頼む」

「きゅ」


 カナンを刺激しないようにゆっくりと身を起こすキュイ。

 周りに気を付けながら広げた翼が極彩色の輝きを強めていき、その体がゆっくりと宙に浮かんでいった。


「ふわぁ、浮いてる」

「鳥みたいに翼を羽ばたかせて飛んでいないわね。能力の一部なのかしら?」


 単純に驚いているカナンと違い、ミレーヌは冷静に分析している。

 とはいえ、いつまでも観察はできない。

 キュイの飛行能力は短時間の制限があり、すぐに着地してしまった。


 マルスが何を言いたいのか察したのだろう、ミレーヌが納得しながらも残念そうに首を振った。


「マルスちゃんはこの蛇の子――キュイちゃんの力を研究したいみたいだけど、時間が足りないのじゃないかしら?」

「そうね。普通に分析しただけじゃあ、ね」


 そして、今度は俺に視線を送ってきた。

 その視線に少なからず好奇心が宿っている辺り、マルスは根っからの研究者なんだろうなと感じる。


 迷いがないと言えば嘘になるけど、躊躇う程ではない。

 この力を教えるリスクはあるけど、どの道、ヴィンセントに知られている以上は遅かれ早かれ広まるのは避けられないのだ。


 じゃあ、儂、お願い。


「ふむ。では、ここで見た事は他言無用でお願いするよ。お嬢さん方」

「あら?」

「ふえ?」

「うふふ?」


 ありゃ、少し口調を誤ったのう。

 リィナ以外の三人が驚いているわ。

 まあ、見せてしまえば今の違和感程度は忘れてしまうだろう。


 儂は竜卵を発動させてロープを腕に巻き、その先をほどいて図式を描き出す。

 完成まで二秒ほどじゃ。

 威力を抑えるよう調整もできるようになったし、まあまあの成果じゃの。

 夜中に練習したおかげでずいぶんと掴めてきたわい。


「これ、なに? 光ってる?」

「嘘。もしかして、これは、でも、嘘、でしょ……」


 何度も見ているリィナと、話に聞いていたマルスは沈黙を守っておるようだが、カナンとミレーヌは戸惑っているのう。

 ふむ。余裕のないミレーヌというのも珍しい。

 どうやら彼女は見た事があるようじゃのう、本物を。


模造武装レプリカアームズ――拳銃リボルバー


 立てた指先から光の弾丸を空に放つ。

 飛距離にして一キロ程度かのう。

 有効射程は精々、数十メートルぐらいか。

 この辺りは習熟が必要じゃな。

 色々と試さねばならん。

 焼け落ちるロープからの衝撃に耐えつつ、そんな分析を終えた。


 ふむ。

 それにしても儂にしては珍しく横文字なんぞ使ってみたが、どうかのう?

 ちいっと青柳君の影響を受けてしまったかもしれんが、なかなかのネーミングセンスじゃないか?

 何故か俺には『腸砕き』が不評だったからのう。

 捻ってみたんじゃが。


 後はその俺に任せるとしようかのう。


「カルロ君、今のは竜砲よね?」


 真っ先に尋ねてきたのはミレーヌ。

 その厳しい表情を見るだけで、事の重大さを理解できていると察せられた。

 儂の命名のセンスについて考えている場合じゃないか。


「まあね。ある人から技術を盗ませてもらったんだ」

「……はあ」


 重々しい溜息を吐かれてしまった。

 さすがは一般科の一年主席は頭の回転が速い。

 今の一言とこれまでの状況から予測したのだろう。


「こんなの迂闊にしゃべれないわ。わたくしに見せてしまってよかったのかしら?」

「賢明な判断をしてもらえると嬉しいな」

「怖い子ね。うふふ、そうさせてもらうわ。カルロ君を敵に回さない方が良さそうだもの」


 さて、本心なのか言葉だけなのか。

 今後の対応でミレーヌの考え方がわかるかな。

 さすがに全面的に信頼はできないから、その辺りは今後の判断だ。

 できれば、険悪にはなりたくないけどね。


 そして、ポカンと口を開いたままフリーズしてしまったカナンに視線を移す。

 キュイの時と同じような反応になってしまっている。


「あたしの考えがもうわかったでしょ?」


 その肩に手を置いたマルスが微笑む。


「キュイの飛行能力をカルロ君に読み取ってもらって、それをあたしたちが魔導具に作り変えるの。どう? 試してみない?」

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