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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
間章 学園編 2
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96 犠牲者たち

 96


「二人が協力してくれて助かったわ」

「それはいいけどね。俺も興味があったし。でも、マルスがこれの事を知っていたのは驚いたよ」

「……すまない」


 マルスの工房の中、三人で作業を続けながら雑談していたらリィナが落ち込んでしまった。

 しまった。

 今の言い方では嫌味っぽいというか、怒っているみたいに聞こえたかもしれない。


「ああ、ごめん。別にリィナを責めているわけじゃないし、相手がマルスなら構わなかったんだけどさ」

「あら、信頼してくれているのね。嬉しいわ」

「よくはない。いくら興奮していたとはいえ、あまり軽挙だった。カルロには僕をなじる権利がある。償えるのならどんな責め苦でも受けてみせよう」


 なじるって。

 ドSさんだったら喜ぶかもしれないけど、生憎俺はノーマルだ。

 親友を口汚く罵って喜ぶ性癖はない。

 そっち方面のスキルを磨いてしまうと、従者人形がハッスルしてしまって大変だしね。


「これはカルロの切り札なのに」


 俺以上にリィナは凹んでいた。

 というのも、儂がディアロスから竜砲の図式をコピーした件についてだ。

 図書館でマルスから聞いた計画にそれが含まれていたのだから驚いたよ。


 なんでも、帰還した当日にリィナがマルスに喋ってしまったらしい。

 二人で何があったかお互いに語り合った時に口を滑らせてしまったのだとか。


 どの道、この方法でカナンに協力すると決めた以上は、協力者には知られてしまうのだ。

 確かにこれはリィナの言う通り、儂の切り札のひとつだろうけど、切り札のひとつにしか過ぎないのだ。

 儂なんか『知られてしまったならば、それを逆手にとって罠にはめればいいだけじゃろう』なんて豪語しているよ。

 本当にやるんだろうな、儂。


「とにかく、そんなに気にしないでよ」

「いや、カルロの優しさに甘えるわけにはいかない。これに関しては全面的に僕が悪い」


 リィナも頑固だからなあ。

 適当な罰を用意した方が納得するかもしれないけど、こういう考え方をした時の俺は何かしらトラブルが連動して発生するんだよ。

 すると、マルスが口を挟んでくる。


「そうねえ。あの時はリィナったらずいぶん興奮しちゃってたから。あたしに熱心に教えてくれたのよ。それはもう、大はしゃぎで。あんなリィナ、あたしも初めて見たわ。もう、ずーっとよ。カルロ君がどんなに強くて、どんなにすごくて、どんなにかっ……」

「マルス! そこまでだ! それ以上、口にしたら協力しない――わけにはいかないが! その、ああ、そうだ! 怒るぞ!」


 顔を真っ赤にしたリィナが立ちあがり、座り、言葉に迷って子供みたいな事を言う。

 リィナがどんなふうに俺の事をマルスに語ったのか気になるけど、折角マルスが話を逸らしてくれたんだから、蒸し返さない方がいいな。

 俺は立ち上がって、羽織っていた上着を脱いで上半身裸になる。


「ほら、リィナ。もう準備できたし、そろそろ始めよう」


 リィナは俺から視線をそらすようにしながら、赤い顔でこっちをチラチラと見て、最後は背中を向けた。


「……ん、そ、そうか。キュイ、いいか?」

「きゅう……」


 部屋の隅でとぐろを巻いて休んでいたキュイが顔を上げる。

 心なしか声に元気がない。

 これから始める作業が嫌なのだろうなあ。


「ごめんな。でも、頼む。協力してくれ」

「きゅ」


 スベスベのお腹を撫でると、了承するように鳴いてくれた。

 じゃあ、ここからは儂の出番だ。

 切り替わったので、竜卵を発動させる。


「リィナもいいかのう?」

「ああ。覚悟はできている」

「うむ。では、始めようか。やってくれ」

「きゅ」


 キュイが大きく開いた口が迫り、そのまま儂は上半身をくわえこまれた。


「ぬおおおおおおおっ!?」


 心構えをしていたつもりだが、思わず叫んでしもうた。

 こりゃ、わかっていても怖いぞい。


 ストレンジであるキュイの口内は生物と似ているようで違う。

 肉の感触というよりは、どちらかというと陶器のような感触じゃ。

 まあ、それでも薄暗い口の中は温くて、全身が唾液のような液体でべとべとになってしまうのだがのう。


 これは外から見ればかなり猟奇的な光景だのう。

 膝から下だけが口からはみ出ているのだから、何も知らない人間が見たら儂がキュイに食われそうになっているようにしか見えん。

 まあ、実際、その通りなのだが。


 しかし、キュイは口で儂の太ももを挟んで固定して、下に落ちないようにしてくれておるので、嚥下される心配はない。

 おかげで少しずつ落ち着いてきたよ。

 これなら作業も可能だろう。


 と、物思いにふけっている場合じゃないのう。

 いくら体の大きいキュイとはいえ儂をくわえこんでいるのも大変だろう。

 早く作業を済ませてやらんとかわいそうじゃ。


「いくぞ?」


 聞こえんかもしれんが、声を掛けてから目をつぶった。

 両手のロープをできるだけ細く解いて、キュイの口内から喉奥に向けて伸ばしていく。

 視界が遮られているぶん、糸の感覚が敏感じゃのう。


「キュイ、すまんが耐えてくれよ?」


 いくらストレンジと言っても生物としての感触はある。

 口の中をまさぐられて気持ちがいいわけがない。

 それでもキュイは必死に耐えてくれておる。

 うむ。うっかり飲み込んだりしないように頼んだからの?


「……やはり、のう」


 キュイの喉奥には竜砲のように図式が刻まれておった。

 しかし、どれが何の図式かまでは試してみねばわからんか。

 ともあれ、成果はありじゃ。

 このまま糸を通して覚えさせてもらうとするかのう。


「しかし、儂も蛇に飲み込まれるのは初めての経験じゃ」


 災難に巻き込まれた我が身と、キュイを思い、密かに溜息を吐いた。




 儂とリィナの協力があれば成功する可能性があると知ったカナンは、即座に開発に動き出した。

 開発チームは儂、リィナ、マルス、カナン、そして、ミレーヌじゃ。

 カナンとミレーヌは事務棟に開発の申請に行ってもらい、その間に儂らは早速、キュイが持つだろう飛行の図式を読み取ろうとしたのじゃが、これが上手くいかんかった。

 翼にあるだろうと予想しておったのじゃが、いくら糸を這わせても図式のひとつも見当たらんかったのだ。


 その後、全身隅々まで糸で調べ上げたのじゃが、結果は変わらんかった。


 まあ、その際にキュイからのフィードバックを受けたリィナがえらい事になってしもうたのじゃが、そこは割愛するとしよう。

 リィナの名誉のためじゃ。

 あれは年頃の娘にはちと酷な仕打ちじゃったよ。

 言えることがあるとすれば『痛みを与えるよりも、くすぐりの方が拷問になる』かのう。


 そんなリィナとキュイの献身は報われず、成果は得られないまま初日を終えたのだが、何も考えなしに二日目を迎えてはおらん。

 体外にないのなら、体内にあるのではないか。

 そんな可能性を追求してみた結果、ようやく図式を見つけられたわけじゃ。


 考えてみれば不思議な話ではない。

 ディアロスの竜砲にしても図式が刻まれておったのは銃身や弾倉の中じゃった。

 そもそもこれ見よがしに外に刻まれておったら、他の人間も気付いてるだろうよ。


「かなり奥まで続いておるなあ」


 糸はどんどん奥へと伸びていく。

 果たしてこの先は胃なのか、肺なのか、そもそもキュイに通常の蛇のような内臓器官があるのかも謎じゃのう。


 俺に舌を握られて苦しがっておったから生物の機能はあると思うのじゃが。

 幻獣のストレンジは稀少過ぎてデータが不足しておるからまったくわからん。

 とりあえず、重要器官があるかもしれんから慎重に進まねばな。


 とはいえ、そろそろ儂も覚えられる限界が近いわい。

 一度出て、メモを取って、そこから再チャレンジするしかないのかのう。

 さすがにこんな体験、一度で済ませてしまいたいのだがのう。


 というか、下手をすればロープの長さが足りんとかないよなあ。

 そうなったら最悪、キュイに一度丸呑みされて、後から吐き出してもらう事になってしまうのだが……。


「お? 終わりかのう」


 糸の先に図式の感触がのうなった。

 正直、ほっとしたわい。

 再チャレンジならまだしも、丸呑みは辛すぎるからのう。


 と、ここで急にキュイが体をうねらせた。

 今までずっと大人しくしておったのじゃが、どうしたというのか。

 暗くてわかりづらいが、これは体を持ち上げておるのか?

 何が起きるかわからんので、大急ぎで意図をロープに束ねて回収したところでそれは起きた。


「ぷしゅんっ!」

「ぬおっ!?」


 次の瞬間、吹っ飛ばされた。

 いきなり明るくなって頼りない視界は高速で流れておる。


 で、べしんと壁に激突した。


 工房の壁に激突する寸前、ロープを全身に巻いたからダメージはないがのう。

 べとべとの体を持ち上げると、なんとも申し訳なさそうに項垂れたキュイと目が合った。

 見ているこっちが憐れな気持ちになるしょげ返り振りじゃ。


「きゅう……」


 ああ、もしかして今のはくしゃみなのか?

 蛇がくしゃみするとは知らんかったのう。


「気にせんでいいよ。お前も大変だっただろう? よく頑張ったぞ」

「きゅい」


 かなり我慢してくれていたのはわかる。

 なにせ中途半端に口に入れた人間に、体内を糸でまさぐられておったんじゃからくしゃみぐらいで済んで良かった方じゃろう。

 とてもじゃないが文句を言う気にはなれんわい。


 頭を撫でてやろうかと思うたが、べとべとの手で触るのは悪いだろう。

 タオルでももらえるとありがたいがのだがと見回して気づく。


「カルロ君……」


 沈痛な面持ちで立ち尽くしたマルス。

 その足元には白いシーツらしき布が敷かれていた。

 なんだか凹凸の少ないふくらみがあり、それはピクリピクリと蠢いておるのう。

 そして、部屋にいたはずの人間が一人足りないという現実から、それが何かは容易に想像がつくわい。


「ふむ」

「カルロ」


 布の下からくぐもった声が聞こえてきた。

 リィナの声だが、かつてないほどに覇気が消えてしもうておる。

 というか、ちっと泣いておらんか、これ。


「後生だ。後生だから、しばらく、そっとしておいてくれないか……」


 フィードバック、やばかったようじゃのう。

 昨日でああだったのだから、今日は相当だったはずじゃ。

 覚悟していたはずだが、想定以上だったのか。


 タオルを持って来てくれたマルスが頷いた。


「二人の犠牲は無駄にしないわ!」

「本当に、頼んだぞ?」


 これで無駄骨ではあまりにやるせない。

 ますます失敗できなくなったのう。

引っこ抜かれて、食べられる。

昔、そんな感じのゲームの主題歌があったのを思い出しました。

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