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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
間章 学園編 2
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94 金策会議

 94


 翌朝、朝食の後で三人図書館の地下二階に集まった。

 道中、リィナの女子制服姿に軽くない騒ぎが起きたけど、ここは図書館だ。

 注目を集めるのは仕方ないとして、おしゃべりする生徒もほとんどいないし、そもそも地下二階なら利用できる生徒も限られている。


「ふん。騒々しい連中だ(恥ずかしいだろ)」

「そうよね。あたしも罪な女だわ」


 逆方向にインパクトのある二人が揃っていたからね。

 あと、マルスは罪な女じゃなくて、罪深い男なだけだぞ。


 ともあれ、一息ついたところで本題だ。


「カナンはどうしてるの?」


 朝食の席にカナンの姿はなかった。

 昨日はマルスの部屋に三人とも泊まったのだ。

 さすがに俺が一緒にいるわけにもいかないので、部屋に戻ったので気になる。


「カロル君が帰った後、すぐに泣き疲れて寝ちゃったわ」

「朝、謝られてしまったな。『嫌な話を聞かせてごめんなさい』だそうだ。まったく、気に食わない(頼ってくれていいのに)」

「今は部屋で休ませているわ。ミレーヌが様子を見てくれているわ」


 そうか。

 それなら思いつめて水商売に手を出したりもしないな。

 一人にするのは心配だったから、ありがたい。

 Sっ気のあるミレーヌも今のカナンをいぢめたりはしないだろう。


「けど、どうしようか。お金の問題は大変だよ」


 孤児院育ちなだけにお金の大切さは身に染みている。

 シェロカミン大聖堂の財宝を売りさばいた今こそ余裕があるけど、その前まではティレアさんが苦労して生活費を工面してくれていたのだ。

 お金が何より大事とは言わないけど、軽視するつもりにはなれない。


「正直に話してしまうと、俺が自由にできるお金は結構あるんだ。さすがに金貨千枚とはいかないけど、五百枚ぐらいは確実に用意できると思う」


 メリヤ孤児院のためのお金を差し引いても、それぐらいはあるはずだ。

 これはティレアさんとロミオ兄が俺の分だと決めた金額で、自分のために使えと言い渡されている。

 あくまでティレアさんの鑑定額だから正確ではないけど、大きくずれはしないだろう。

 まあ、この数字は本当に全てを売り払ったらの話だけど。


 これにふたつの遺跡の成果を足したら、金貨千枚にも届くかもしれない。

 この後、ベリアン院長に聞いてみようとは思うけど、どうなんだろうな。

 査定にも時間が掛かるだろうし、そんな大金をすぐに用意できるのかな?


「僕個人はあまり持ち合わせはないな。家に頼めば用立てられるとは思うが」


 リィナの言う『家』はセルツの家ではなく、公爵家の方かもしれない。

 つまり、最終手段だという事だ。


「しかし、これはそういう話ではないだろう」

「そうね。あたしたちがお金を用意してもカナンは受け取らないでしょうね」


 昨夜の俺と同じ結論を二人は口にした。

 ネズミ族の問題を部外者が財力や腕力で解決しても意味がないのだ。


「魔導学を学ぶのは悪くないと思うのよ」

「そうだな。カナンが発明しなくてもいい。学んだことを持ち帰り、他のネズミ族に教えてもいいだろうし、魔導具を部族全体で増産するという方法もある」

「問題は時間が掛かる事だね」


 最低でもカナンが卒業する三年間。

 いや、その後の準備なども含めれば五年は見ておきたいな。

 その場合、必要になる違約金は、一年で四百枚として、五年で二千枚か。

 移住に必要な総額と同じになってしまう。


 実際はその都度払っていけばいいので、まとまった金額が必要ではないはずだけど、そんな金策ができるなら最初から苦労していない。

 これが竜人族ならお金を借りる事もできたかもしれないけど、獣人族ではどこも貸してくれないだろう。


 苦い顔でリィナは吐息をついた。


「おそらくだが、この程度の事は他のネズミ族はわかっていただろうな」

「え?」

「カナンのやり方では間に合わない。だが、少なくともカナンだけは魔導具職人として生活の基盤を手に入れられる。たとえ、ネズミ族が散り散りになったとしてもな」


 だから、カナンがノーツ総合学習院に入学できるように応援したのか。

 それはありそうな話だ。

 大人ならカナンのヴィジョンが穴だらけなのは気づいていただろうしね。


 まったく、ネズミ族は仲間思いばかりらしい。


「知ってしまった以上は見捨てたくない」

「ふん。カルロならそう言うだろうと思っていた。つくづく、お人よしな奴だな(カルロらしいな。僕も手伝うぞ)」


 どことなく嬉しそうに微笑むリィナ。

 きっと、彼女も同じ気持ちだからだろう。


「期限はいつまでなんだろう? カナンに聞かないとな」


 それがわからない事には策を練りようがない。

 泣いているカナンから聞き出せなかったな。


「それならあと一ヶ月だそうだ。来月の初めが期限と聞いている」


 さすがリィナ、未来のサブリーダー。

 必要な情報を聞き出してくれている。


 しかし、一ヶ月か。

 カナンの様子から期限は迫っているとは思っていたけど、厳しいな。

 あと一ヶ月でカナンたちネズミ族が不足分の金貨千枚を手に入れるか、違約金の百枚を継続的に支払える方法を見つけなくてはならないのだ。


 最悪、俺が立て替えるにしても、資産を換金するだけで時間が掛かってしまうだろうから、猶予はほとんどないぞ。


「ねえ、いいかしら。実は昨日から考えている事があるの」


 ここまで黙って話を聞いていたマルスが手を上げた。

 いいアイディアがあるにしては表情は難しそうだ。


「要はカナン自身がお金を稼げればいいのよね?」

「そうだけど、当てがあるの?」


 マルスは頷くと、本棚から一冊の本を取り出してきた。

 タイトルは『魔導具による浮遊技術』。


「浮遊技術って……」

「主に軍で研究されている技術なの。最新の型だと背中リュックを背負って、広げた大きな風呂敷を浮かべるみたいな感じの魔導具でね。短時間だけど空に浮かべるのよ」


 ページを開いて説明してくれるマルス。

 儂は機械が苦手だったから詳しくはないようだけど、この魔導具はパラグライダーとか、気球に近いイメージだろうか。

 違うのは浮力を得るため理論に科学ではなく、魔晶石を利用した魔導が用いられている点ぐらいだ。


「空を飛べるのか。それはすごいな」


 あまり広まっている知識ではないのだろう。

 リィナは素直に感動していた。

 俺は儂の影響もあるし、シャンテがわりとフワフワ浮いていたので驚くほどではない。


 キュイも飛行能力を持っているけど、本当に短時間だけだから、憧れるのは理解できる。

 この世界の空は竜や鳥、一部の獣人族や魔族にしか許されていない領域なのだ。


「飛べるってほどじゃないのよ。あくまで浮くだけ。それも重たい物は浮かべられないし、時間も短いしね。未完成の技術よ」


 それはそうだろう。

 完成していたら飛行船が空を飛んでいるはずだ。


「これが完成したなら、すごい価値よね?」


 思わずマルスを凝視してしまった。

 確かに浮遊にしろ、飛行にしろ、実現したら魔導学の革命と言えるだろう。

 人類の生活があらゆる面で変革されるのは間違いない。

 それこそ歴史に名前が刻むレベルの功績だ。

 金貨千枚どころか、一生を遊んで暮らせる程の金貨だって手に入るだろう。


 それだけに重力からの解放は難問でもある。


「この魔導具を作るつもりなの? 軍で研究中の物を? というか、そもそも魔導具ってどれぐらいでできるものなの?」


 俺も儂も魔導具については詳しくない。

 日用品として流通している物ぐらいで、しくみなんてさっぱりだ。

 精々、魔晶石や屑晶石を使って動く道具なんて認識だった。


「そうね。確かに完成させるなんて軽々しく言えないけど、将来性を感じてもらえたら充分なんじゃないかしら」


 それは、そうかもしれない。

 研究しているという軍に技術を買ってもらってもいいし、腕を売り込むという手もある。

 将来、研究に参加するから資金援助をお願いする、とかね。

 やり方は考えないといけないけど、短時間で成功させるというより現実味があるだろう。


「それで、どれぐらい掛かる物なんだ? 時間は少ないぞ」

「やってみないとわからないわ。だから、かなり危険な賭けになるわね」


 だから、マルスの表情は硬いままなのか。


「そもそも、成功する可能性はあるのか? 軍で研究している以上、大切な情報は出回らないだろう。この本にも詳細は触れられていないじゃないか」


 リィナの指摘は正しい。

 取らぬ狸の皮算用では賭ける以前の問題だ。

 カナンたちネズミ族の命運を賭ける以上、根拠ぐらい提示できなくては。


「あるわ。あたしも以前から考えてはいたのよ。もしかしたらってぐらいだったんだけどね」


 マルスは俺とリィナにウィンクをしてくる。


「あなたたちが協力してくれるなら、ね」

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