表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
間章 学園編 2
PR
96/179

93 ネズミ族

 93


 獣人族。

 獣の特徴を持った種族。

 非常に多くの部族が存在し、様々な動物の特徴が異なっている。

 ノルト神父から聞いた話や過去の遺跡からも想像できる通り、脳筋――武勇を誇る傾向が極めて強い。

 その強靭な肉体を駆使して竜大陸に様々な国を興したが、長く続いた国家は極めて少ない。

 竜帝国が建国されて以降は、大陸各地でそれぞれの部族が密やかに生活している。

 多くの場合が竜帝国に帰順しているが、中には自由連合トワムの同盟国になっている部族も存在しているそうだ。


「亜人かあ、初めて見たよ」


 エスクリスク聖殿やグニラエフ立石群で見たように、毛皮や牙を持った見た目なのだけど、他種族との間に生まれたハーフ――亜人はより人に近い姿で生まれてくる。

 ソファで縮こまっているカナンみたいに。


「わ、私、は、お父さん、が、竜人族、で」


 亜人だと知られてどう思われるか不安なのか、いつも以上に言葉が途切れてしまっている。

 無理もない。

 過去、竜人族は竜卵を持つ前は他種族に隷属されていたのだ。

 その立場が逆転してからは他種族を見下すようになっている。

 今まで嫌な思いをしたのだろうと容易に想像できた。


 もしかしたら、人見知りで臆病な性格もそんな経験が原因なのかもしれない。

 俺たち三人はお互いに無言で頷き合った。


「カナンちゃん、心配はいらないわ」

「そうだね。驚いたけど、それでカナンを嫌いになんてなったりしないよ」

「ふん。当たり前だ。僕が出自で人を見下すとでも思ったか?(カナンはカナンだ。気にするな)」


 本心からの言葉だ。

 亜人だからと差別するつもりはないし、リィナとマルスも同じだ。

 俺は孤児院の出だし、二人は身分で苦労しているのだから、肩書で人の価値を決めつけたりはしない。


 というか、普通にかわいいし。

 偽者でいいからつけ耳とかシャンテにプレゼントしてみようかなあ。


「あう、はひ、ありがとう、ございます」

「ほら、落ち着きなさい。クッキー食べる?」


 さすがにすぐに平常運転とはいかないだろう。

 マルスはお茶請けのクッキーの入った皿を差し出した。


 言われるままにクッキーをかじるカナンはネズミというか、リスというか、なんだろう……ああ、ハムスターみたいだ。

 ネズミの獣人なんて言ってたけど、それにしてはしっぽがスカートで隠せてしまえるぐらいの長さみたいだし、しっくりくるな。


 そんな事を考えている間にカナンも落ち着いたらしい。

 ピンと立っていたネズミ耳がゆったりと倒れていた。

 儂知識だとピンと立っている時は警戒中で、横になっている時は安心しているらしい。


「じゃあ、そろそろ話を戻しましょうか?」

「そうだな。とりあえず、カナンが獣人族の亜人なのはわかったが、それと金が必要だというのは関係あるのか?」


 リィナに尋ねられても今度は固まらなかった。

 ぎこちないながらもしっかりと頷いた。


「私の、故郷が、大変なの」

「故郷というと、獣人族の?」


 再びこくんと頷くカナン。

 途切れがちな彼女の言葉を要約すると、こうだ。


 どうやら彼女は獣人族のコミュニティーで育ったらしい。

 竜帝国に帰順したネズミ族の村で生まれ、貧しいながらも慎ましく過ごしていたそうだ。

 元からネズミ族は獣人族にしては気性も穏やかで、戦闘力が強いわけでもないため、昔から竜人族と平和な付き合いができていたおかげだろう。

 森の奥で狩猟をし、畑を耕し、家畜を育て、近隣の竜人族の村と交流していた。


 しかし、近年になって大きな問題が発生してしまった。

 彼らの住む森に魔導列車を通す計画が立ち上がったのだ。

 ネズミ族の森は、二つの州の境にある山と山の間にできた小さな森。

 今まではそれぞれの州を治める貴族たちが険悪だったおかげで交流もなかったが、近年、関係修復がなされたために魔導列車を通そうという話になったのだろう。

 他の州境は山で、鉄道を通すとしたら他に適した場所もなし。

 ならば、ネズミ族を立ち退かせて、森を拓き、そこに通せばいいという結論が出るまで時間は掛からなかった。


「でも、すぐに、他なんて、いけなくて」

「それはそうだろうね」


 ネズミ族の人口は千人ほど。

 テールの町並の数だ。

 そんな数が移住するとなると大ごとになる。

 パッと考えただけでも場所、再開発、労力、資金などいくつも問題が浮かんでくる。


「けど、期限は、どんどん近くなって、準備しても、間に合わなくて、待ってってお願いしたら、違約金を払えって」

「違約金?」


 つまり、鉄道を敷く商会か貴族と契約を結んだという事?


「移住の支援を、するから、この日までに、立ち退けって」

「ふん。連中のやりそうな事だな」


 不機嫌そうにリィナが鼻を鳴らした。


「支援といっても必要額の半分にも満たないだろう。それでもネズミ族にとっては少しでも資金が必要だから契約するしかない」

「それで、やっぱりお金が用意できなくて、立ち退きが間に合わなくなるのも計算の内なのかしら?」

「さてな。だが、それぐらい考えていてもおかしくない。間に合えばそれでよし。間に合わなかったなら契約通りに強制退去。引き延ばし交渉をしてくるなら違約金請求で、支援した資金が戻ってくるわけだ。どれにしても奴らにとっては損がない」


 ひどいな。

 森で自給自足の生活をしていたネズミ族には対処できるわけないだろうに。


「もっと言えば、解決方法も提示されたんじゃないのか? そうだな。鉄道事業の労働者として雇用するとか、な」

「あ、はい。そうです」

「やめておけ。契約書のどこかでペテンにかけられるぞ。ネズミ族全員が奴隷のように扱われかない」


 カナンが涙目で固まってしまった。

 厳しい言い方をしたリィナも眉をしかめているけど、今回は凹んだ様子はない。

 恐れられてもいいと覚悟して、ネズミ族のために忠告したのか。


「酷い話ね」


 訴え出ても無駄か。

 こういう問題の際に仲裁するべき貴族が商会の後ろ盾になっているのだ。

 ただでさえ獣人族の味方をする竜人族は少数派。

 裁判になったとしてもネズミ族が勝てるとは思えない。


 抗うという選択もないだろう。

 獣人族とはいってもネズミ族は武力を頼みにする部族ではない。

 貴族の有する領軍によって蹴散らされてしまう。

 それも反乱者討伐という名目で。


 となると、選択肢はふたつか。

 なんとか期日までに移住を始めるか、違約金を払って引き延ばすか。

 どちらにしろお金が必要なわけだ。


「それであといくら必要なの?」

「まだ、半分しか、貯まってなくて、移住の目標金額まで、あと、金貨千枚ぐらい……」


 おいおい。

 一般家庭が八十年以上は暮らせる金額だぞ。

 まあ、千人ものネズミ族が移住するための資金だ。

 総額で金貨二千枚ぐらいかかるのかもしれない。


「……違約金は?」

「金貨、百枚。そしたら、三ヶ月、待ってもらえる」


 ノーツ学習院の三年分の授業料と同額じゃないか。

 現状、貯めている金貨を使い切っても二年半しか延長できない。

 それにしたって三ヶ月で百枚以上の金貨を稼げなければ目減りしていく一方だ。

 先が見えている。


「でも、私たち、商売とか、した事なくて、色々と、売ってもうまく、いかなくて」

「自給自足してたんだもんねえ。そう簡単に特産品なんて見つかるものじゃないわ」


 カナンの隣に座ったマルスがその背中を優しく撫でてやる。


「だから、私が、魔導具を、作れば、売れるって、勉強して、皆も、応援してくれて、やっと、入学できたのに、時間、ぜんぜん、足りなくて……」


 カナンの目からぽろぽろと涙がこぼれる。


 魔導具の職人になるというアイディアは悪くない。

 大発明すれば大金が手に入るし、そうでなくても高給取りの職業だ。

 ネズミ族が慣れない商売をするより資金稼ぎはできるだろう。


 けど、それは長期的なビジョンでの話だ。


 魔導学科の次席になって環境は整った。

 それでも売りに出せるほどの魔導具がすぐに作れるわけがない。

 知識が足りないし、素材だって足りないし、それを手に入れるための時間や資金も足りないのだ。


 入学してそんな現実にぶつかったカナンは、水商売でもいいから少しでもお金を工面しようと考えたのだろう。


「どうしよう、皆、バラバラに、なっちゃうよ」


 例えばここで俺がお金を出すのは簡単な話だ。

 特待生になって浮いた学費は金貨百三十枚。

 もしも、リィナとマルスが協力してくれるなら合わせて三百九十枚。

 一年近い時間を稼ぐことはできる。


 あるいはエスクリスク聖殿とグニラエフ立石群の謎を解明した事を利用して、資金を調達できるかもしれない。

 大切な情報を切り売りしてもいいし、再度の調査のためにパトロンを呼びかけるという手もあるだろう。

 意外に金貨千枚ぐらい集まる可能性もある。


 けど、どちらにしろ問題の根本的な解決には至らない。


 ネズミ族が今回の件で難を逃れたとしても、その商会に鴨として狙われてしまえば次も何かしらの商売に巻き込まれてのだ。

 その時も俺が助けるのか?

 出会って数日のカナンのために?


 もちろん、短い付き合いとはいえカナンは友人だし、恩返ししたい気持ちはあるし、ネズミ族への同情だってある。

 だけど、俺にだって自分の夢やメリヤ孤児院のためにお金は必要なのだ。

 ずるずると資金提供を続けてもいずれは共倒れになってしまうかもしれない。

 少なくとも個人で千人もの集団を養い続けるというのは現実味のない話だった。


 それぐらいカナンもわかっている。

 だからこそ、ミレーヌからの提案も断ったのだろうし、俺たちからのお金も受け取らないだろう。


 結局、誰もアイディアを提供できず、カナンの嗚咽が部屋に響くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ