90 改めて
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結局、リィナが落ち着くのに一日必要になった。
場を改めてマルスの部屋。
魔導学科の特待生のために工房が階の半分を占めていて、俺やリィナの部屋とはだいぶ印象が違う。
唯一同じ造りのリビングで俺とマルスは向かい合って座っていた。
そして、肝心のリィナはというと、
「きゅい?」
リビングの端っこでキュイの背後に隠れている。
キュイは主人を見ては、俺たちを見て、首を傾げさせて困惑していた。
「いや、気にしないでいいから。もう、具合はいいみたいだね。ほっとしたよ」
「きゅ」
昨日も見ていたけど、速攻で壁の大穴から飛び降りたからしっかり姿を確認するのは二日ぶりだ。
ディアロスの竜砲を受けて酷い怪我をしていたけど、そこは竜卵のストレンジ。
生物型でもしばらく休ませれば修復されるらしい。
キュイは傷ひとつなく、翼を広げて元気をアピールしている。
「リィナー、もう出てきなさいよ。ちゃんと話し合いましょ? あなたもそのつもりで来たんでしょ?」
「……親友で恩人のカルロに襲い掛かって、どの顔を合わせればいいんだ(恥ずかしい。死にたい)」
どうやらまだ怒りが持続していて、俺の顔を見たら我慢できないから隠れているわけではないらしい。
昨晩、怒りやら恥ずかしさやらで暴走して、キュイをけしかけた事を悪いと思っていたのか。
正直、安心した。
今朝からリィナは自室にこもって出てこなかったから、本気で嫌われてしまったのかと心配していたのだ。
いや、そんなの杞憂だなんて言えないって。
我ながら昨日の俺はとんでもない事をやらかしたのだから。
「リィナ。とにかく、話そうよ。まずはそこからだって」
「……いいだろう。好きにするがいい(うん。罰は受ける)」
再度の説得でやっとキュイの後ろから出てきてくれた。
昨日と同じ女子の制服姿だ。
見るのが二度目でも思わず見とれてしまいそうになる。
リィナはマルスの隣に座ると、キュイを脇に待機させて、そのお腹をしきりに撫でだした。
あれは気持ちを落ち着けるためなのだろうか?
ちょっと触らせてほしいなんて思ったけど、今は自重しよう。
お互いの出方を窺うような沈黙を挟む事、数秒。
俺は立ち上がった。
「ごめん。知らなかったとはいえ、リィナを傷つけた」
とにかく、そこからだろう。
腰を九十度の角度で折り曲げて、頭を下げる。
「いや、違う。僕が至らなかったせいだ」
「それを言うならあたしもよ。昨日はごめんなさい。つい、口が滑っちゃって。それにカルロ君が知ってるって思い込んじゃってたし」
「ふん。それも違う。一目で見ても、触ってもわからない、僕の、至らない……」
苦しそうに胸を押さえて自虐するリィナ。
なんだか目からハイライトが消えてしまっていた。
「やめて、リィナ! 自分を責めないで!」
「そうだよ! その、大丈夫だから! 何が大丈夫かはわかならいけど、大丈夫だから!」
励ましの言葉が浮かんでこない。
ともかく、その話題は昨日の再来になりそうなので、強引に話の軌道を修正しよう。
「でも、本当に驚いたよ! リィナが女の子だったなんて!」
「そうでしょ! びっくりよね!」
俺の意図を察したマルスが乗ってくれた。
根が真面目なリィナは話の本題が進めば、自然と意識がそっちに向いてくれたらしい。
ひとつ深呼吸をすると、真剣な顔で頷く。
「自己紹介を改めよう。僕はリィナ・セルツ。だが、もうひとつの名前がある。それが、ヘレナだ」
「ヘレナ」
家名のない名前だけの自己紹介。
ディアロスと同じ、皇族の名乗り。
「リィナっていうのはヘレナの愛称なの。セルツのおうちに入る時、せめてもの繋がりは残したいっておじ様がね」
おじ様というのはリィナの母方の生家である公爵家の当主だろうか。
確かにリィナは女性名じゃないのかなとは思っていたけど、そういう由来があったんだな。
「マリアンヌ先輩から噂を聞いたようだが、大方間違ってはいない。僕は竜帝国皇族の証たるアームズを持って生まれなかったため、母は死を選ばされ、僕は存在が消された。幸い、おじい様が愛情深い方でな。縁のあったセルツの家に匿われて、こうして生き延びる事ができている」
「男を偽っていたのはその時からでね。何せ、相手が竜帝国そのものだから、性別ぐらい偽らないとばれちゃうでしょ?」
「ふん。それでも噂が漏れてはいたようだがな」
その辺りはどうだろうか。
マリー先輩はトワム議長国の三女で、情報を得られる立場にあった。
でも、ヴィンセントなんかは噂を聞いた事もないような反応だったからな。
そのマリー先輩の情報にしたってかなり曖昧のものだったからこそ、確認しようと慣れない色仕掛けなんてしていたんだ。
実際、リィナの性別は勘違いしていたわけだし。
「完全にばれたわけじゃないと思うけど……」
「時間の問題だろう。どの道、キュイを認めさせるために動いていけば、露見するのは予想できていた」
それはそうだろう。
優秀な探索者になれば引く手あまただ。
引き抜き合戦を有利に進めるためにも当然、出自などが調べられもする。
その中で真実に辿り着く者が出てきてもおかしくはない。
「本当はその前に実績を積んでおくつもりだったんだけどね?」
「第三皇子を見て、我慢できなかった」
リィナにとっては初めて見た兄弟で、仇に似た相手だったのだ。
それがあんな奴だと知って、気持ちが溢れてしまったのは理解できる。
自立への努力や、キュイへの想い、そして、失われた立場。
自分でも把握しきれない複雑な感情に突き動かされたのだろう。
「じゃあ、マルスは?」
「あたしの家は公爵家の遠縁だったのよ。おじ様からリィナの味方になってほしいって頼まれてね。うちはもう平民だったから、しがらみもないしね。それでセルツ家に奉公に出るって名目で、リィナの世話役に選ばれての」
そういう縁だったんだ。
今も世話役として傍にいるのか、なんて野暮な事は聞かない。
巨漢の友人は自分のスカートを摘まんで話を続ける。
「あたしのこの格好もリィナの男装を気づかせないように視線を集めるためだったのよ?」
「そっか」
「ま、今はもう気に入っちゃって、趣味になっちゃったんだけどね? 男の服より女の子の服の方がおしゃれできるから」
「そっか……」
友達思いの話が女装趣味の変態の話になってしまった。
いや、まあ、わかっていた事だけどさ。
「まあ、俺はおかげで気づかなかったわけだし、成功していたと思うよ」
けど、策としては悪くなかった。
実際、この二人と出会って印象に残るのはどう考えてもマルスの方だろう。
こんな奇抜な格好をした隣にいるのが、男装した女子だとは考えまい。
「そうでしょ? リィナも態度がこんなだしね?」
ツンデレなクール系美少年にしか見えなかった。
おかげで女子からのいらぬ注目を集めていたようでもあったけど、どちらにしろ正体を隠す意味では成功していた。
「でも、それにしたってさ。もうちょっと、ね?」
「言いたい事がわかるわ。カルロ君と平気な顔で背中を拭き合ったりした時はどうしようかと思ったわ」
思い出せばあの時、マルスは妙な反応をしていた。
恥ずかしがっていたのだと思っていたけど、俺が秘密に気付くんじゃないかってハラハラしていたのかもしれない。
まあ、完全スルーしたけどね!
「あの時は! あの時は、まだ気にしていなかったんだ」
リィナがまたくーるモードになっている。
そっぽを向いて顔が見えないようにしているけど、耳が真っ赤だから簡単に想像できてしまう。
というか、後ろでウサギさんが丸まって震えているし。
思い出して今になって恥ずかしくなったのだろう。
やはり、女と知られて見られるのとでは意識の仕方も違うのだろう。
「もう、ね。聞いてよ、カルロ君。男として生きてきたから感覚がおかしいのよ、この子。『胸もこんなだからばれないだろう』なんて言って、カルロ君の前で服を脱いじゃうし」
「マルス!」
「それが、昨日はあんなになっちゃうなんてねえ?」
「……マルスぅ」
あーあ、くーるの仮面も崩れちゃった。
キュイのお腹に顔を押し付けてしまった。
「はいはい。あたしを色々と心配させた罰はこれで許してあげるわ」
そんな背中を優しく叩くマルス。
なるほど。
一人で暴走した意趣返しもあったわけか。
そうとわかってはリィナも文句は言えないらしい。
キュイに抱きついたまま拗ねてしまった。
珍しいリィナの態度に悪いけど微笑ましくなる。
「まあ、わかったよ。俺も、リィナも、マルスも今までと変わらない。そういう事でしょ?」
「そう、ね。あたしはそれでいいわ。リィナは? どうなの?」
「僕も、それでいい。いや、それがいい。まだ色々と修業不足だからな」
まずはそんな結論に至るのだった。




