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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第一章 シェロカミン大聖堂
9/179

7 調査

 7


 祭壇の後ろにリュックを置いて、まずは礼拝堂を歩き回る。

 タイルをひとつずつ踏んで、足音を鳴らしていき、他とは違う音がする場所がないか探していった。

 祭壇の周辺は念入りに、ベンチの下まで忘れずに、壁面を歩いた時はついでに壁を叩くのも忘れない。

 そのまま礼拝堂の周辺も漏れなく調べる。

 内側と外側で建物の大きさに差はないか、歩数で計っておく。


 一通りを調べて、一息。


「成果なし、と」


 再び祭壇の下に戻る。

 さすがにこんな簡単ではないのう。これで見つかるとしたら誰かのヘソクリぐらいじゃろうが、そんなのがあったなら理屈抜きでティレアさんが見つけているだろうて。


「次はカラクリがないか調べるところだけど……」


 この礼拝堂、祭壇と絵画ぐらいしか目に入るものがないのだよなあ。

 後から持ち込んだ物はあるが、それらしい置物は見当たらない。基本的にシンプルなのだ。

 余計な物がまるでない。


 じゃあ、まずは絵画から。


 リュックから取り出したるはおもちゃの望遠鏡。

 ロミオ兄が孤児院に来るよりも前に院を出た人からの贈り物らしい。

 天体望遠鏡なんて夢のまた夢で、少し遠くが見える程度なのだが。天井や壁の絵を調べるにはこれで十分だ。

 見た事もない大先輩、ありがとうございます。


 望遠鏡を使って、絵に不自然な点がないか調べていく。

 暗くて精査はでんきので、あくまで見落としがないかの確認だ。


「これもあったら見つかっているよなあ」


 収穫なし。

 まあ、予想通り。

 この礼拝堂で最大の見どころだ。

 当然、調査の段階で一番力を入れて調べておる。

 少なくとも儂が離れた場所から眺めたぐらいで気づけるものではあるまい。


「なら、次は祭壇かな」


 宗教施設のメインだ。

 こんな目立つ場所に抜け道なんて作らないはずだが、その思い込みを逆手にとっているかもしれないので調べる。


 土台を色んな方向から押したり、引いたり、いくつものパターンを試す。

 単純に十歳児の腕力では動かせないかもしれないが、それにしたって本当に動くのだとしたら兆しぐらいはあるはずだ。

 が、ない。

 びくともせん。

 まるで床とくっついているようだ。


「壊さないように抑えたけど、少し硬すぎる気がするな」


 この下にある地下へ繋がる穴を塞いでいるとも期待してしまうが、こんなに重すぎては隠せはしても、自分たちが聖堂に行くのも難儀してしまう。

 隠し方のさじ加減がおかしいか。


 まあ、単純なギミックなら調査隊が見つけておるだろう。

 あちらはそれこそ、遺跡から魔導具に使えるノウハウを見つけたいだけで、遺跡への畏敬の念などないからのう。儂と違って力任せに移動させようとしてもおかしくない。

 こうして残っている以上、土台も、その上の台座も動かなかったと。


「なんとなく、臭いな」


 いや、勘だがのう。

 リュックから色々と取り出し、考察を続けた。


 土台と一体になった、直方体のシンプルな形状の台座。

 高さは儂の肩ぐらいで、幅は一辺が儂の歩幅と同じぐらいか。

 あまり大きな台座ではないのう。

 普通は偶像の崇高さを強めるために、台座も偶像も大きく拵える物だが、この辺りは神獣像を崇めたくなかったからか?


 持って来たペーパーナイフの柄で台座を叩いてみる。

 音の反響具合は……重いな。これはかなり重い音だ。

 それこそ地面に埋まっている巨大な岩の一角なのかもしれんぞ。自然物を利用した台座なのかのう。

 しかし、その場合は台座だけでなく、ご神体の方も一体化していそうだが、あくまで元からあった岩を利用しただけなのか。


 一見するとただの石材にしか見えん。

 仮にこれがキーポイントだとしたら、何が隠れている?


「精霊族。となれば、やはり魔法か」


 ぬう。

 ここで魔法が出てきてしまうと、手詰まりだぞ?

 魔法のノウハウを魔導具として活用しているせいか、その詳細に関しては専門家の間で箝口令がしかれておる。

 そりゃあ、自分の飯の種を公開したくはあるまい。

 おかげで、どういう仕組みで働いているのか、借りた本ではわからん。


 わかるのは精霊族が持つ、魔力と呼ばれる力を用いて奇跡を起こす術、だ。


「仕方ない。仮に漫画やゲームの魔法と思っておこう。仮に、が多くて嫌になるなあ」


 この台座に魔法の力が秘められているなら、今はどうして動かないのか。

 古くなって力が失われているならどうしようもないが、ここは単純にガス欠と考えるか。


「となると、魔晶石かな」


 正確には魔晶石に蓄えられた魔力。

 この台座に魔力を注入すれば、魔法が発動するかもしれない。


 試しに持って来た屑晶石を台座に置いてみる。反応なし。

 土台の方にも置いてみる。反応なし。

 屑晶石で五芒星や六芒星を描いてみる。反応なし。

 そのまま辞書を片手に、獣人族や精霊族の聖句を唱えてみる。反応なし。


 これは屑晶石では魔力が足りないのか、それとも精霊族にしか動かせないのか、他の要因が働いているのか……。

 一番可能性が高いのが、的外れな事をしているだけという結論なのだが。


「お兄ちゃん?」

「ふおっ!?」


 変な声を漏らしつつ振り返ると、そこには寝ぼけ眼をこすったシャンテがいた。

 ベッドからそのまま抜け出してきたのだろう。

 パジャマ代わりのお下がりワンピースに、カーディガンを羽織っておる。


 しかし、びっくりした。爺のままなら心臓が止まっていたかもしれん。

 ティレアさんといい、シャンテといい、どうして儂の隙を突くのかのう。いや、儂が考え事に没頭していて隙だらけなだけなのだが。


 声を掛けてきたシャンテの方も儂の声で驚いたのか、閉じかけていた目をぱっちりと開いて固まっている。

 儂はその頭をできるだけ優しく撫でてやりながら、まずは謝った。


「ああ、シャンテ。驚かせてごめんな。こんな時間にどうしたんだい?」


 熱中していたので時間を忘れていたが、祭壇の上から月の光がまっすぐ降ってきている。既に儂の定めた終了時間。日付が変わる頃だ。

 七歳のシャンテが起きている時間ではない。

 たくさん寝んと大きくなれんぞ? ああ、でも、大きくなったら美人さんになって、男どもが寄ってきそうだのう。ならば、いっそ大きくならんでも良いのでは……いかん。それは儂の身勝手に過ぎる!


「あのね、外で音がしたから、見たら、お兄ちゃん、いたの」

「ん? ああ、起こしちゃったか。ごめんね」


 まだ驚きが抜けないのか、ポツリポツリと話すシャンテ。また考えすぎていて、危うく聞き逃すところだった。


 どうやら儂が礼拝堂の周囲を回っている時の音で、起こしてしまったらしい。

 シャンテの部屋は儂の隣で、儂の次に礼拝堂に近い。

 静かにしていたつもりだったが、足音が聞こえてしまったようだ。


 そして、大好きな儂の所へ来てしまった、と。

 ううむ。健気な子じゃ。

 いや、しかし、ここは心を鬼にして、一人で外に出てはいけないと注意しないといかんか。

 だがのう、子供わしが抜け出しているから、どの口が言うのかという話よな。


「お兄ちゃん、何してるの?」


 小首を傾げるシャンテ。

 かわいいので追加で撫でておく。


「ああ。ちょっと気になってな」


 正直に話してもシャンテにはわかるまい。

 というより、儂がここにいた事を口止めせねば明日にもティレアさんからお説教じゃ。

 いや、それどころか明日は巡廻神父のノルト神父が来てしまう。あの人から叱られるというのは儂も肝が冷える。


「いいかい、シャンテ。これは儂とシャンテだけの秘密だ」

「シャンテと、お兄ちゃんだけ? ティレアママにも? お姉ちゃんにも」

「そうだ。ティレアさんにも、アリア姉にも秘密だ。それとロミオ兄もな」

「ロミオはどうでもいい」

「う、うん。そうか」


 シャンテ、ロミオ兄にだけは心を開かないよなあ。呼び捨てだし。

 シスコンが怖がられているのかのう。

 あれでロミオ兄も傷ついているのだぞ? 前、アリア姉に相談しておった。下の妹がちっとも懐いてくれない、と。

 シスコンにはつらいだろうのう。

 まあ、儂も今はロミオ兄はどうでもいい。


「約束できる?」

「……ん。シャンテとお兄ちゃんの、秘密!」


 元気に手を挙げて、頷いてくれた。

 嘘を吐いちゃいけないと教えられているから迷っていたようだが、二人だけの秘密、というワードが心を動かしたのだろう。

 まあ、何かの調子にぽろっとこぼしてしまうかもしれんが、その程度のリスクは許容するしかあるまい。

 その時は、シャンテの分まで儂が叱られよう。

 いや、どう考えても儂が悪いしの。


「じゃあ、一緒に帰ろうか」

「ん」

「ちょっと待っててね。すぐに片づけるから」

「お手伝い、するの」


 うーむ。

 本当にいい子だのう。

 儂が並べておった色々な道具を片づけるのを手伝ってくれるみたいだ。

 危ない物を触らんように見ておかんとな。まあ、月が明るいから暗くて失敗する事もあるまい。


「お?」


 と、不意に視界が薄暗く、いや、これは……色味が変わった?

 青白い月光が、ゆっくりと薄紫色へと変色していく。

 見上げれば、頭上の窓から丁度赤い月と青い月が等分に通過しようとしていた。


 もしかして、それで赤と青が混ざり、紫色になったのか?

 だとすれば、なんとも奇妙な感覚か。異世界とは凄まじいのう。

 いや、これは月の運行の条件が、今日はたまたま重なる日だったから起きた現象かもしれん。こんな光景、カルロの記憶にもない。


 儂と同じように隣ではシャンテも手を止めて、窓から見える月を見上げていた。

 ポカンと口を開けたまま、声もなく月に見入っている。


「……ん?」


 いや、おかしいぞ。

 最初は光の中にいたせいでわからんかったが、この紫の光は空から降ってきておらん。

 儂らの足元の、祭壇から起きておる!


 祭壇の前方に円状で、歩幅にして十歩ほど。

 薄紫の色は範囲を広げはしないものの、ゆっくりと光量を強めていた。


「シャンテ!」


 とにもかくにも、まずはここから離れよう。

 この光が何によって起きたのか考察するのは後だ。何に置いてもシャンテの安全を確保しなくてはならん。


 未だにぼうっとしているシャンテの手を引こうとするが、結果から言えば儂の判断も行動も遅すぎた。


「ぐっ!」

「………」


 足元の輝きが急激に増していき、目も開けられなくなってしまう。

 咄嗟に目をつぶるが、まぶたの向こう側から紫の光は押し寄せてくる。

 これではどこに向かえばいいのかもわからん。

 せめてシャンテだけはと、掴んでいた手を頼りに引き寄せ、胸の内にきつく抱きしめた。


 やはり、何がきっかけになったのかはわからんかった。


 音もなく、衝撃もない。

 だが、薄紫の輝きが爆発し、強すぎる光はまぶたを貫き、儂の意識を塗りつぶした。

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