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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第一章 シェロカミン大聖堂
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8 脱出へ

 8


「……む」


 強すぎる光に意識を失っていたようだ。

 ゆっくりと目を開くと、まだチカチカするものの、辺りから例の光はなくなっていた。というか、何も見えん。


 まさか失明!?


 慌てて目元をこするが、やはり何も見えん。

 目の近くで手を振ってみるが、さっぱりだ。

 見開いているはずなのに、真っ暗闇のまま。


「ぐうっ」


 まさか、生まれ変わってたったの二日で視力を失ってしまうとは、あんまりではないかのう。

 目が見えなくては冒険なんぞできんし、愛しいシャンテの成長も見守れないではない。そんな世界でどうやって生きていけというのだ。

 ぬ、待て。

 失明なんぞより。


「いや、それよりもシャンテだ! シャンテは無事か!? シャンテえええええっ!! 返事をしてくれええええっ!!」

「……お兄ちゃん?」


 こもって聞こえづらいが、確かにシャンテの声がした。

 かなり近い。

 というか、儂の腕の中からじゃった。

 ああ。最後に抱きしめて、そのままだったのう。

 顔を見る事もできんが、この声を聞き間違えるわけもないし、この抱き心地は確かにシャンテだ。


「シャンテ。良かった。無事か? どこか痛い所はない?」

「んーん。だいじょうぶ」


 ああ、本当に良かった。

 シャンテの身に何かあったとしたら、自分で自分が許せんぞ。

 儂が安心して肩から力を抜いていると、腹の辺りでシャンテがもぞもぞと動き回る。


「お兄ちゃん、まっくら」

「まっくら? シャンテも見えないの?」

「こわい」


 ああ。

 じゃあ、これは儂が失明したのではなく、明かりがないだけか。

 光が爆発した瞬間、儂の腹に顔を埋めていたシャンテまで失明しているとは思えん。


 しかし、それもおかしいのう。

 今夜は月の良く見える明るい夜だった。多少、雲が出たところで、まったく何も見えんようになるだろうか。

 なんにしても、まずは現状把握だのう。


 落ち着いて辺りを探ってみると、見えないなりにもわかる事がある。

 空気が違った。

 どこか儂になじみのある香り。

 これは、そう。古い図書館と似ているが、未発見の遺跡に踏み込んだ時のそれだ。礼拝堂のそれとはまったく違う。


 怖がるシャンテをしゃがんでぎゅっと抱きしめて、安心させるように背中をぽんぽんと叩いてやりながら、足で辺りを探る。

 と、何かが爪先に当たる感触。

 引き寄せてみると、手触りからしてどうやら儂のリュックのようだ。


「シャンテ、ここ。俺の首にしがみ付いていて。できる?」

「ん!」


 この暗闇の中で離ればなれになったらシャレにならんので、できればずっと抱きしめてやりたいのだが、手が塞がっていては何もできん。

 シャンテに背中側に移動してもらって、おんぶの体勢になった。しっかりと儂の首に抱きついてくるので、正直息が苦しいのだがこの程度は我慢しようじゃないか。

 両手が自由になったので、手探りでリュックをあさる。


「あ、これ、かな?」


 引っ張り出したのはランタン型の魔導灯。

 それから足元を触れば、魔法陣の形に広げたままの屑晶石の感触がある。しまってしまう前で良かった。


「お、点いた」


 壊れているという事もなく、問題なく魔導灯は点灯した。

 そうして明かりに照らし出されたのは、祭壇や壁画などの礼拝堂の光景ではなく、見た事もないレンガ造りの部屋だった。


 広さは礼拝堂の半分ぐらい。

 殺風景な部屋で、家具や装飾の類は何もない。儂が持ち込んでいた品々が足元に転がっているだけ。

 敢えて挙げるとしたら、床一面に刻まれた魔法陣だろうか。円と紋様と文字で構成されたマークが掘り込まれている。

 壁面はレンガ造り。窓はひとつもない。

 あるのはどこかへと通じているだろう扉がひとつ。こちらは金属製の重そうな一品だ。


 うむ。どう見ても礼拝堂ではない。

 しかし、となると、ここはもしかして、本当に聖堂なのだろうか?

 隠された聖堂――言うなれば『エタニモ聖堂』にあたる場所?

 礼拝堂から魔法かなんかしらんが、不可思議な力でここまで移動したと?

 じゃあ、あの空想みたいな推論が当たっていた?


 背筋をぞわりと『何か』が駆け上がるような感覚に震える。


「っ! ……馬鹿野郎!」


 自分で自分を罵倒する。

 今、儂は状況も弁えずに心が昂ろうとしていた。

 冒険の気配を感じて喜ぼうとしていた。


「お兄ちゃん、ここ、どこなの?」


 背中でシャンテが不安そうにしているというのに。

 最愛の妹を巻き込んだ事を忘れるとはどうしようもない馬鹿野郎じゃ。


 っと、いかん。自己嫌悪は後にしろ。今はシャンテを安心させてやるのじゃ。

 内心を隠して、儂は背中のシャンテを撫でてやる。


「うん。お兄ちゃんにもわらかないなあ。でも、大丈夫だよ。すぐに調べるから。お兄ちゃんを信じて」

「……わかった」


 と言いつつも抱きつく力が強くなる。

 怖いのを我慢してくれているんだなあ。いい子だなあ。


 何が起きたかはわからんが、この子だけは絶対に守るぞ。

 冒険心なんて今だけは捨ておけ。

 それが儂の好奇心にシャンテを巻き込んでしまった責任だ。

 ここがどこだろうか関係ない。何があろうがぶち破る。なんとしても、万難を排して、孤児院に帰してみせる。


 そのためにここを調べねば始まらん。


 まずはこの部屋だが、ヒントになりそうなのは魔法陣。しかし、儂では意味がわからん。おそらく、精霊族の魔法に関わるものだとは思うのだが……これを使えれば礼拝堂に戻れるだろうか?


 いや、ないな。

 ここがエタニモ聖堂だとすれば、入り口と出口は別にあるはず。


 何故なら、ここが隠されていたから。

 精霊族が出入りするだけなら出入り口にする方が便利だが。防衛面では不安が残る。

 儂らのように偶然入り込んだ侵入者が、そのまますぐに脱出できるようにはせんだろう。

 少なくとも儂なら、別に出口を設けて、そこに辿り着く間に侵入者を排除できるようにしておく。


 となると、あの扉の先に精霊族の聖堂と出口があるわけだ。

 問題は精霊族以外を排除する防衛機構もあるかもしれん、という懸念。

 そんなの儂が気にし過ぎているだけで最初からありもせんとか、あっても停止してくれていると、都合のいいようには考えられんな。

 礼拝堂の手の込み方や、実際に起動した事を考えると、この『エタニモ聖堂』は本気で隠蔽されており、まだ活きている。

 まあ、そうでなければ、地下の密閉空間に閉ざされた状況だ。換気の機能が働いてなければ、早々に酸素を消費し尽くしてしまうのだが……。そこらはここがどういう立地にあるかで変わってくるのう。


 どのみち、肚を据えるしかあるまい。


「なあ、シャンテ。お兄ちゃん、シャンテにお願いしてみようかな」

「シャンテに? なあに?」

「うん。このランタンを持って、俺の後ろからついてくるんだ。これはシャンテにしかできない、とっても大切な事なんだけど、できるかな? シャンテには難しいかなあ?」


 できれば脱出できるまで、最低でも安全を確保できるまで、儂一人で行動したいところだが、まったく未知の状況だ。

 ここにシャンテを置いていく事はできない。

 それなら簡単でも役目を与えて、自分にできる事を持たせよう。

 何もできないでいると、心が不安に塗りつぶされてしまう。

 危険? そんなもの、儂が払いのければいいだけよ。


 首だけ振り返ると、シャンテは儂とランタンを何度も見比べて、ますますギュッとしがみついてくるが、意を決したように背中から飛び降りた。


「……やる! シャンテ、できるもん!」


 気持ちの強い子じゃ。

 その勇気に儂が必ず応えるからのう。


 早速、散らばっていたあれこれをリュックに詰める。

 武器になりそうなのはペーパーナイフぐらいしかないが、そもそも子供の力では真っ当な武器など扱えん。


「じゃあ、シャンテ。行くよ?」

「ん……うん!」


 シャンテと手を繋ぎ、儂は慎重に扉を調べてみた。

 軽く押してみると、見た目に反してあっさりと奥に開く。どうやら鍵は掛かっていないらしい。

 閉じ込められて餓死の心配はなさそうだ。


 ここで迷っても意味はない。

 今度は無言のままシャンテに頷いて見せて、儂は扉を開いた。

 鉄の扉の隙間が広がり、ゆっくりとシャンテが手にしたランタンの光が奥へと届けられていく。


「ひっ! お兄ちゃん!」


 短い悲鳴を上げたシャンテが、儂の足にしがみ付いてきた。

 無理もない。


 扉の向こう側にあったのはレンガ造りの通路。

 幅はおおよそ三メートルぐらいか。

 どこまで続いているかはわからん。少なくともランタンの光量では見通せないぐらいに続いているようだ。

 それだけなら問題ない。


 シャンテが怖がったのは、その壁面。

 通路の左右には等間隔――おおよそ、五メートルの幅で大人の人間が入れそうな窪みが設けられており、その中には人形が立ち尽くしていたのだ。

 光が届く範囲内だけでざっと三体。

 おそらく通路の奥まで同じようになっている。


 ああ。しかし、なんとなく読めたぞ。この後の展開が。

 青柳君から借りた漫画でも、アニメでも、ゲームでも、このシチュエーション。あの子も言っておった。お約束だと。


「動くんだろうなあ」

「お兄ちゃん?」


 儂の声に反応したのかどうか。

 一番近くの人形がぐらん、と上半身を大きく揺らしたかと思うと、滑らかな動きで儂らに頭を向けてきた。

 頭部には赤い宝石みたいなものが埋まっている。


『OSURTNI OTONEIMICONOCER AZNATAM ACAITCARP』


 機械音声のような無機質な声。

 意味はわからない。

 だが、その声に反応して、通路の奥まで、一斉に、整然と並んでいた人形たちの宝石が赤い輝きを灯しだした。

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